「諸君、本日13:00をもって我が軍は敵本拠地ダイクロフトに総攻撃をかける。」


    総司令であるリトラーが静かにそう告げる。

    会議室は厳粛な雰囲気に包まれ、息がつまりそうだ。

    さすがにあのハロルドも気を引き締めているようだった。




    「ラディスロウ発進!」




    リトラーの号令でダイクロフトへの総攻撃が始まった。

    何としても地上軍を本来の歴史通り、勝利へと導かなければならない。

    ここで歴史の改変を防がなければ、エルレインの思うがままの世界になってしまう。


    浮上するラディスロウから外を眺めている。

    この船に乗るのは二度目だな、と彼女はふと思い出す。

    これからまた千年先、自分はもう一度この船に乗る事になるのか。

    そう思うと何となく複雑というか、信じられない。

    千年も経てば、自分という存在が産まれ成長し、そしてこうして今

    千年前の世界に存在している。


    だがエルレインの介入を防がなければ、その存在も無くなってしまう。

    産んでくれた人も、育ててくれた人も、生きる術を教えてくれた師も

    一緒に旅をした仲間も、そして隣にいる彼も。


    (・・・させてたまるか。)


    はぎゅっと刀の柄を握った。


    「は〜い〜、何難しい顔してんのよ。」


    ポン、と軽く背を叩いたのはハロルドだ。


    「これから戦に出るという時に笑ってもいられんだろう。」


    の代わりにジューダスがため息まじりに言う。

    彼の言葉にもつられて頷いた。


    「だからって固くなりすぎてもどうかと思うけどね。・・・あ、そうそう。

     あんたに渡すものがあるんだけど。」

    「・・・私に?」

    「そんな身構えなくたって大丈夫よぅ。ホラ、これこれ。」


    そう言ってハロルドが差し出したのは、どこかで見たようなピアスだった。

    あれ?とは慌てた様子で自分の耳に手をやるが、レンズの砕けた

    ピアスはちゃんと付いている。


    「改良したのよ。暇だったから、ちょちょいっと、ね。」

    「・・・あ、ごめん。ちょっと訳ありで受け取れないんだ・・・。」

    「ん?」


    レンズを媒介にしてエルレインの声が流れ込んで来ることを簡単に説明する。

    今自分が自由に動けるのは、ピアスに含まれていたレンズが砕かれたからだ。

    もしまたレンズが含まれたものを身に付けてしまったら――――――。


    「あら大丈夫よ。レンズは使ってないから。」

    「え?」

    「ま、安心して使ってね。んっふふ〜ふ〜♪」


    鼻歌を歌いつつ、ハロルドは上機嫌で行ってしまった。



    「何だ一体・・・。」

    「・・・さぁ・・・。」


    二人して首を傾げるが、彼女の考える事は誰にもわからない。

    はぁ、とため息をついて、は手の中にあるピアスを見る。


    「あ、しまった。私片耳しか開けてないのに・・・。」


    もしかして返した方が良いのだろうか、と悩んでいると

    横から伸びてきた手が片方のピアスを持っていった。

    驚いて隣を見ても、当の本人は素知らぬ顔でそれを懐にしまう。


    「何か文句でもあるのか?」

    「い、いえ何も・・・。」


    「・・・ふん。」


    ハロルドの思惑通りになるのは少々癪だが、とジューダスは一人ごちる。







    「・・・何か付けるのが怖いなぁ・・・。」


    あのハロルドの事だ、安心して使えと言われても

    はいそうですかとそう簡単に付ける事も出来ない。

    一体どんな仕掛けが施されているのか、どうにも心配だ。


    「さすがに危険という事はないと思うが。」

    「んー・・・。」


    そう言いつつも、ジューダスもほんの少し心配げな表情で

    の方を見ている。

    確かに危険という事はないと思うが、厄介な事にはなりそうだと思う。

    が、付けなかったら付けなかったで何かと怖いような気もするので

    はピアスとの睨めっこを止めて、大人しく自分の耳に付けた。

    どうやらハロルドが言っていた通りレンズは使用されていないし

    特に危険という事はないようだ。


    「よかった、何も起こらなくて。」


    ホッとは胸を撫で下ろした。

















    「上空に熱源確認!ベルクラントです!」


    ―――のも束の間、けたたましい警告音と怒声が鳴り響き、船体が大きく揺れる。

    慌てて顔を上げると、光が凝縮さえれていく様子がモニターに映し出されていた。



    「回避!」



    次の瞬間何とも嫌な轟音と共に、また大きく船が揺れた。

    クルー達はとうとうバランスを保つ事が出来なくなり

    次々と壁や床に叩き付けられていく。


    (あれがベルクラント・・・!)


    倒れる直前に見えたあの光を目の当たりにして、は思わず身震いする。

    素人目でもわかる、あれは人間がおいそれと手を出してもいいエネルギーではない。

    何て強大な力なのだろう。

    あんなものがこれから千年後の世界で再び甦ってしまう事になっているのか。


    史実通りだとはいえ、どうにも出来ない事が何だか悔しい。


    「大丈夫か?」

    「・・・あ、ああ・・・。」


    上からすっと差し伸べられたジューダスの手を取って

    少々ふらつきながらは立ち上がる。

    ふと、小さな窓から地上を見下ろしてみると、そこには何もなかった。

    降り積もった雪も、森も、何もかも。


    もし直撃を受けていたら全員があの世行きだったろう。

    しかし直撃ではなかったとしても、それに耐える事が出来た

    このラディスロウも十分恐ろしいものだと思う。


    「全く司令も無茶するわ。さすがの私も呆れるわよ。」


    ちょっと焦っちゃった、とハロルドは言っているが表情は至っていつもの彼女だ。

    口ではああ言っていても、実のところそうでもないのだろう。

    リトラーを信頼しているのか、それとも自分の科学力を信じているのかは読めないが。


    「ハロルドを呆れさせた男か・・・ぞっとしませんな、司令。」


    何てタフな双子だ。

    カーレルもハロルドと同じく全く動じてはいない。

    だがタフなのは彼らだけはなかった。


    「では私の墓にはそう刻んでもらおう。」


    千年前の人間はでたらめにタフな人間ばかりらしい。


    が人知れずため息をつくと、ジューダスが気遣わしげに肩を叩いた。









    ベルクラントが再び発射される前に、ラディスロウはゴゴ、と音を立てて

    ダイクロフトへの突入に成功した。

    最低限の戦力をラディスロウに残し、ディムロス達は船を降り

    カイル達もそれに続く。

    ソーディアンチームは一刻も早く皇帝ミクトランの所へと到達する事。

    そしてカイル達は遊撃隊として敵の霍乱に当たることになっている。


    「・・・っ・・・!何て数だ・・・!」


    ラディスロウの周りには既に警備モンスターで溢れ返っていた。

    いちいち相手にしていたら、またベルクラントが発射されてしまう。


    「どうやら敵の備えも万全のようだ。」


    焦るカイル達とは裏腹に、意外にも落ち着き払った様子で剣を構えるディムロス。


    「ではさっそく、新兵器の実践投入といきましょう。」


    カーレルの言葉を合図に、ソーディアンチームは次々と晶術を繰り出していく。

    その圧倒的な力を目の前にしてしまったら、ただ呆然とその活躍を

    見守る事しか出来ない。

    数分も経たないうちに、あれほど大量にいたモンスターは一匹残らず消えうせていた。


    「よし、道は開けた。先へ進むぞ皆!」


    ディムロスの号令とともに、カーレル達がエレベーターに乗り込んでいく。


    カイル達は敵の霍乱に当たらなければならないので、ここからは別行動だ。

    だが彼はいまだに悩んでいた。

    カーレルの事をハロルドに伝えるべきか否か。

    わかっている、自分が一体何をしようとしているのか頭ではわかっているのだ。

    けれど、本当にこれで良いんだろうか。

    本当に―――・・・。


    「・・・行くんだ。カイルくん。」

    「えっ?」


    俯いていたカイルが顔を上げると、笑みを浮かべるディムロスの姿があった。


    「後は我々の仕事だ。・・・歴史は、その時代の人間の手によって作られるべき・・・

     ・・・そうだろう?」

    「ディムロスさん・・・!?」


    どうして、と続けようとするカイルを何も言わずに制する。

    一体どこで気付いたのか見当もつかないが、ディムロスはカイル達が

    未来人である事を既に知っているようだった。


    千年前の人間というのは、観察力というか洞察力というものに

    恐ろしく長けているらしい。

    この様子だと、ディムロスだけでなく他のメンバー達もこちらの事に

    気付いているのかもしれない。




    「もしかして隠しても無駄だったんじゃ・・・?」

    「そういう問題でもないだろう。」




    思わず口に出してしまったに、横からすかさず

    ジューダスのツッコみが入った。







    「君達は君達の道を進め。歴史の流れを元に戻すのは君達にしかできない。」


    そう言って、ディムロスは仲間の待つエレベーターに向かう。

    カイルはその背中を、何も言わずに見送った。


    「ホラ!何ボサっとしてんのよ、私たちも行くわよー。」


    ふと耳に入った声に、カイルはハッと目を見開いた。

    彼はディムロス達が向かったエレベーターへと視線を向けた後

    ハロルドの方へと向き直り、堰を切ったかのように言う。


    「ハロルドはディムロスさん達を追いかけて!今ならまだ間に合うから!」

    「カイルっ!」


    この状況をいち早く理解したジューダスが、カイルの肩を強く掴み制止する。

    だがそれでもカイルは止まらなかった。


    「わかってる!わかってるけど・・・っ!やっぱりダメだよ!

     このまま黙ってるなんてオレ・・・!」

    「馬鹿!お前はさっきのディムロスの言葉、忘れたのか!?」


    ジューダスに続き、も強い口調でカイルを制止した。

    いくら何でもさすがにこれにはも驚き、呆れる。

    カーレルの事はちゃんと皆で話し合って、そして答えを出したはずなのに。




    「あんた、アホね。」




    カイル達の様子を黙って見守っていたハロルドが、心底呆れたような声でそう言った。


    「あんた達の目的は歴史の修正でしょ?それなのに、あんた一人の感情だけで

     それをひっくり返すような事しちゃダメじゃない。」

    「でも!ハロルドきっと悲し・・・

    「黙りなさい。」


    ハロルドは今まで聞いたこともないような冷たい声で言い放つ。

    さすがのカイルも彼女の迫力に気圧されてしまい、その口を閉ざした。


    「私もディムロスたちも、他の皆もそう、覚悟決めて戦ってんのよ。」


    いつ終わるのか何もわからないこの戦争で、一体何人の命が奪われてきたのか。

    家族、恋人、友人、たくさんの大切な人達が散っていった。

    けれど、その誰もが決死の覚悟を心に、手探りで未来を切り開いてきた。

    ハロルドはそんな人を、ずっと間近で見てきたのだ。

    だからこそ彼女は言える。


    「私は未来を知りたいと思わないし、たとえ知ったとしても

     行動を変えたりしない。今やるべき事をやるだけ。」

    「・・・・・・。」

    「私だけインチキする気はさらさらないわ。わかった?」




    "私は逃げないけれどね"




    は昨日のカーレルの言葉を思い出した。

    ああ、こういうところはさすがに兄妹だなと実感する。

    ハロルドが自分で言ったように、もし未来を知ったとしても

    その道を変えるような事はしないだろう。

    それは兄のカーレルも同じだ。

    たとえ仲間の、家族の、そして自分の命が散るとしても。

    彼らは自分の進む道を変えたりはしない。


    そんなハロルドに、もうカイルは何も言えなくなって

    彼は小さく、わかった、と絞り出すような声で言った。


    「よろしい。それじゃ改めてレッツ・・・。」


    エレベーターとは逆の道を行こうと、ハロルドが振り返ったと同時に

    さっきと同じ轟音とともにダイクロフトが揺れる。


    「な、なに?」

    「ベルクラントの発射音ね。予想通りの展開・・・全く芸がないわねぇ。」


    「まさか、ベルクラントによる無差別攻撃か!?」

    「こりゃぐずぐずしてらんないわ。早くしないと地上がまるハゲになっちゃう。」


    ハロルドは揺れが治まるのも待たずに歩き出す。

    元から覚悟を決めている彼女の歩みには、迷いなど微塵も感じられなかった。




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    カイルの暴走をどうやって諌めれば良いのか悩みます。
    まだ子供だからある程度はしょーがないとは思いますが。
    ん?君は人の話をちゃんと聞いているのかね?と
    ツッコみたくなる事が多々ありました。(笑)