ダイクロフトが段々と遠くなっていく。
役目を終えたスタン達は、飛行竜で地上へと向かっていた。
いつも叱咤してくれていた声はもう何一つ聞こえることはない。
それぞれが何とも言えない喪失感に襲われて、特にルーティのそれは酷いようだ。
無理もないと言えば無理もない。
つい最近ソーディアンの使い手となったスタンやフィリアとは違い、アトワイトは
ルーティが産まれたときからずっと傍にいてくれた姉のような存在だったのだから。
こういう時、どんな言葉をかけてやれば良いのか、スタンには皆目見当もつかない。
窓の方を眺めながら、ボーっとしているルーティの周りをうろうろと困ったように歩きまわる。
「あ、あのさルーティ・・・。」
「ねぇスタン。あたしずっと気になってる事があるんだけど。」
「えっ?」
ピタリ、と足を止めるスタン。
「・・・あのカイルって子、もしかしてアンタの隠し子?」
「かっ・・・かかかか、かっ、かくしごぉ!?何言ってるんだよルーティ!!」
てっきりアトワイトのことで落ち込んでいるのかと思っていたのに、まさかそんな事を
考えていたとは。
「そういえば・・・。」
「ふ、不潔ですわ!」
「ウッドロウさんにフィリアまで!そんなワケないだろ!?オレがいくつの時の子だよ!?」
「ま、冗談は置いといて。」
肩を震わせながら、ルーティはコホンとわざとらしく咳ばらいをして仕切り直し。
「あの子たち、本当に置いてきて良かったのかしら。うまく脱出してくれてればいいんだけど。」
「大丈夫だろう。飛行竜はこれ一隻、それらしく船もなかったんだ、きっと無事だろう。
・・・・・・。・・・それにしても、・・・。」
ウッドロウが顎に手をあてて考え込む。
スタンにどこか似た金髪の子供も気になる事ながら、彼が一番気になったのは黒衣の少年と
顔半分を布でかくしていた女性だ。
二人とも自分たちがよく知る人物に酷似していたため、とても気になっていた。
「確かに姿だけでなく雰囲気もよく似ていましたけれど・・・。」
一人は濁流に飲み込まれていくのを目の当たりにしているし、もう一人は誰一人として
その姿を見た者はいない。
どう考えても彼らの末は一つしか考えられなくて。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
痛い沈黙の中、無表情で足早に部屋を出ていったのはルーティだ。
彼女の後姿を見送ったフィリアが小さく「失言でしたわ・・・。」と呟いて項垂れた。
空が広がっている。
地上の人たちにとっては久しぶりの空と太陽だ。
けれど、ルーティはそんな風景を楽しむ余裕などなかった。
戦いは終わったというのに、この気持ちは一体何だろう。
「・・・ルーティ。」
「・・・・・・。」
「やっぱり甲板は寒いなー。中に入ろう、冷えるよ。」
「・・・・・・。」
返事が返ってこない様子にスタンは苦笑しながら、彼女のとなりに立つ。
「弟なんて知らないわ。」
「・・・・・・。」
「だって急に弟ですなんて言われて、どんな感情持てって言うのよ。」
「・・・・・・。」
どう声をかけてやればいいのかわからない。
慰めや気休めなどルーティは望んでいないだろうし。
今自分に出来ることは何だろう、とスタンは普段使わない頭を使って必死で考える。
「オレだったら、・・・うん、やっぱり、心配かけさせるなって言ってぶん殴るかなぁ。」
「はあ!?」
「あ、でもは女の子だから殴れないか・・・。」
「だから!さっきから何言ってんのよ!あの二人は・・・もう・・・!」
「会えるよ。」
至極あっさりとスタンは言ってのけた。
冗談で言っているわけではないことは、彼の顔を見れば一目瞭然だ。
ルーティはあまりの衝撃に、文字通り開いた口が塞がらない。
「何でだろうな、自分でも変なこと言ってるってわかってるんだけど。
・・・あの二人にもう会えないなんて、これっぽっちも思えないんだ。」
慰めも気休めもいらないのなら、今の自分が思っていることを素直に話すしかない。
スタンが考えて出した結論はそれだった。
彼は困ったように頬をかきつつ破顔する。
ルーティはしばらく声も出なかったが、何の根拠もなくそう言って笑う彼を見て
呆れさえも通りこしてもう笑うしかなかった。
「いでっ!?」
ぐに、とスタンの頬を思いっきり引っ張ってやる。
「あたしとした事がスタンごときに。・・・不覚だわ。」
「いひゃひゃひゃひゃ!?」
「そうね。次に会ったときにはこの溜まりに溜まったモノを一つ残らずブチまけてやるわ。」
覚悟しならいよ、と言葉は物騒ではあったが、ルーティの表情は先ほどとは打って変わって
柔らかいものになっていた。
「っくしゅ!」
はぶるっと肩を震わせる。
急に寒くなったせいだろうか、と思ったが今はハイデルベルグ城内の部屋だ。
しかしこの悪寒は何だろう。
首を傾げていたら、ジューダスが不思議そうにこちらを見てきたので
とりあえず考えないことにする。
バルバトスとの死闘は終わった。
最後の最期まで自分勝手で本当にハタ迷惑な男だった。
あの男の問題が終わってもホッとするわけでもなく、ただどっと疲れが押し寄せてくるだけだ。
目的の一つを果たせたというのに、の心は晴れることはない。
確かにバルバトスを倒して瀝青の改変を防ぐことは成功したが、その代償はあまりにも大きかった。
はちらりとジューダスの方見る、が姿が見えない。
この短時間で一体どこへ?と部屋の中を見まわしてみると、窓のカーテンが少し揺れている。
「ジューダス・・・?」
カーテンをそっと開けてみると、彼はボーっと窓の外を眺めていた。
その後姿があまりにも哀しげであったので、なかなか声をかける事が出来ない。
彼の腰にはもうあのおしゃべりな剣は見当たらなかった。
いつもならジューダス、いやリオンに何かあった時でもなかった時でも聞こえてきた
あの声がもう聞こえることはない。
リオンはシャルティエを失ったのだ。
本来4本のソーディアンで神の眼の暴走を抑えられたはずであったのだが
バルバトスか、それともエルレインの力が働いていたせいなのか、とにかく
制御するにはエネルギーが足りなかった。
そのためにシャルティエは―――。
「・・・リオン・・・。」
「その名で呼ばれるのは随分と久しぶりだな。」
「あ、・・・すまない、つい。」
「ハロルド達はどうした?」
「ハロルドは図書館、カイルとリアラは二人で出掛けたみたいだ。ロニとナナリーも
さっき外に出てくのを見たけれど。」
「・・・そうか。」
彼は静かにそう言うと、また窓の外へと視線を戻す。
昨日からずっとこの調子だ。
遠くを見つめては、ただ黙って独りでいる。
は自分の無力さを思い知らされるばかりだ。
こんな時、どう声をかければ良いのか、どんな言葉をかければ良いのか、
・・・どうすれば良いのか。
「ところで、お前はいつまでそうしているつもりだ。」
「え、えーと・・・。」
気まずい雰囲気のせいか、の口調もしどろもどろで、うまく言葉が出てこない。
とにかく何か言わなければ、いやしかし何を言えばいい?
下手な慰めは却って傷つけるだけだろうし、かと言って何も言わずに去ってしまえば
きっと後悔するだろうし。
ぐるぐると悩んでいると、ジューダスが耐えきれないといった様子でふっと吹き出した。
「お前がそこまで狼狽えることはないだろう。心配してもらわなくとも僕は大丈夫だ。」
「・・・・・・。」
大丈夫なわけがないのに。
彼は何でもないように笑って、また窓の方に向き直った。
ここにいるのが自分ではなくマリアンなら、もっと素直になってくれただろうか。
そう思うと少し複雑だけれど、彼が色んなことを吐き出せるのなら
――――・・・彼女がいてくれればよかったのに。
(・・・あ、これは、嫉妬というやつだろうか・・・、いかん、頭冷やしてこよう・・・。)
シャルティエのことよりも、自分の感情を優先させてしまったことが情けない。
なんて浅ましい人間なんだろう、と酷い自己嫌悪に陥ってしまったは
そっとカーテンを閉める。
「?どうし・・・。」
ふと、様子がおかしいことに気付いたジューダスは少々慌ててカーテンを開けてみるが
既に彼女の姿はそこにはない。
何か失言でもあっただろうか、と今さっきの会話を思い出してみるが
が気分を悪くするような事はなかったはずだ。
いつもならここで人の気持ちに聡いシャルティエの上手いフォローが入るのだが
もう彼はいない。
「・・・シャル。」
困り果てたような声で、ジューダスはもういない人の名を呟く。
普段の彼ならを追いかけて様子を窺うのだが、今はとにかくタイミングが悪かった。
シャルティエを失った直後のこの精神状態では、うまく話せる自信がない。
カイル達ならともかく、シャルティエの思い出を共有しているとは。
城の外に出ると、突き刺すような冷たい雪の混じった風が肌を刺激する。
今まで暖かい部屋にいたせいか、余計に冷たく感じられて段々と晒している肌が麻痺していく。
「学習能力とかないんだろうか私って。」
1000年前のあの時も雪が降っていたなと思い出して、は踵を返した。
冷えた身体を少しでも温めようと当てもなく城の中を歩く。
「あっら、どうしたのよってば一人で。」
「ハロルド。」
後ろから声をかけてきたのは、図書館帰りのハロルドだった。
「もっかい聞くけど、一人?」
「・・・そうだけど。散歩でもしようかなって。」
そんな泣きそうな顔で?
口にこそ出さなかったものの、顔に出たのだろう、はバツが悪そうに顔を逸らす。
もうそれだけの仕草で、勘の良いハロルドには彼と何かあったのだと分かる。
(・・・ふむ。)
からかってやろうと思っていたのだが、の表情からすると大分切羽詰っているようだ。
これはからかうと余計に拗れる。
そう判断したハロルドは彼女の手を取って人気のない方へと引っ張っていく。
「ちょっと、ハロルド?」
「聞かなくても大体わかるけど。何を言われたの、・・・あ、違うわ、
何も言ってくれなかった。そんなトコ?」
「・・・・・・。」
図星だったのだろう、ハッと息を呑む音が後ろから聞こえた。
「そんなに落ち込むんならちゃんと本人に言いなさいな。アンタが不安に思ってること
バーンと。」
「そっそんなこと!言えるわけがない!」
「・・・・・・。」
「・・・っ、あっ、ぅ・・・。」
声を荒げてしまった自分に驚いたらしく、呆然としながら口を手で押さえる。
とにかく自分が情けなくて仕方がない、あまりの情けなさに目の前が歪む。
そんな様子を表情一つ変えずに見ていたハロルドは、周りに人がいないのを確認して
を適当なところに座らせた。
幸い今二人がいる廊下はあまり使われていないらしく、人が通る気配は全くと言って
良いほどない。
「随分と溜めこんでたのねぇ。」
「ごめ・・・ひどい八つ当たりだ・・・こんなの・・・!」
ポンとハロルドがの頭を軽く撫でると堰を切ったようにボロボロと涙を流して
泣き出してしまった。
シャルティエがいない事も他の色んな悲しいことがたくさん含まれた涙だった。
こんなに泣いたのは本当に久しぶりだ。
いつ以来だろう、と記憶の糸を辿ってみれば、それはまだ何も知らない少女の頃だった。
全ての師である人の元で修行中であった時のことだ。
幼少のころに他界してしまった両親が恋しくて泣いて泣いて過ごしていた日々。
いつもは厳しい師が怒りもせずにただ困り果てた様子で抱きしめてくれたこと
色んな事を思い出した。
「気が済んだー?」
ようやく流れていた涙が治まったころ、はこくりと小さく頷き大きく息をはく。
ハロルドは彼女の肩を軽くたたいてから隣に腰を下ろした。
「・・・ありがと、何かスッキリした。」
「それは何より。アンタってば溜めこむタイプなのねぇ。」
「今初めて自分で気がついたとこ・・・。」
そう言っては肩をすくめながら苦笑する。
「認めたくなかったのかも、しれない。」
「・・・・・・。」
マリアンに嫉妬しているだなんて。
ずっと気付かない振りをしていた、醜い感情がぐるぐると渦巻く今の自分の姿に。
「やっぱり私じゃダメだな。支えにはなれない。」
「・・・・・・。」
便利屋をやっていたころ、浮気調査だの不倫がどうだのそういう依頼を受けては
男女が絡むとロクな事にならないのだな、と呆れていたはずなのに。
嫉妬に狂う人間を見て、ああはなりたくないと常々思っていたのだ。
「アンタまともな恋愛してないわね。」
「うう・・・。」
「道理でガス抜きの仕方も知らないわけだわ。真面目ちゃんがのめりこむとこうだから。」
「うるさいなぁもう・・・。」
容赦ないハロルドの攻撃には羞恥で真っ赤になった顔を両手で覆う。
まさか自分がこういうツッコみをされる日がくるとは夢にも思っていなかったものだから
いとも簡単に表情が崩れてしまう。
一方、一人悶々としているをよそに、ハロルドは何かの装置をじっと眺めている。
スッと彼女は立ちあがって、に背を向けた。
「先に戻っとくわ、しばらくしてから戻ってきなさいな。」
「ああ、うん。わかった。」
返事の後、ハロルドは足早に廊下を歩いていく。
は何かある、とは思ったが今はまだ早い。
何食わぬ顔であの部屋に戻って彼と顔を合わせるのはさすがに気まずかった。
とにかくハロルドがくれたこの短い時間で思考を元に戻さなければ。
みっともなく涙を流したおかげか、胸のつかえは以前よりはいくらかマシだ。
(大丈夫、大丈夫だ。)
は自分にそう言い聞かせながら静かに腰を上げた。
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本当はバルバトス戦も書いていたんですが
バッサリ削りました。
ぐだぐだになるしシャルとの別れをうまく書ける自信が
なかったもので・・・。
あのシーンは書いてしまったら台無しになるかなと。
カトレット姉妹は慰めにくいです。
でもスタンなら素直に踏み込むかなと思ってああなりました。
えー実のところ、主人公はここまで感情を露わにするようには
設定してませんでした。
もっとクールというか・・・アッサリ風味なまま特に何事もなく進む予定が
勝手に動いてしまいました。
いやでもキャラが動くには良いことだよ!と前に誰かに
言われたような気がするのでこれはこれで良いのかもしれません。
で、ハロルドが出張っているわけですが。
彼女が一番適任だったのです。
ハロルドだったら冷静かつ客観的に物事見てくれそうだなーなんて。
おお、今回のあとがきは長くなってしまった・・・。