ジューダスは何を考えるでもなく、ただ窓の外を眺めていた。
そのせいだろうか、部屋の扉が開いた途端、彼にしては珍しく慌てた様子でカーテンを開ける。
「あらっ、どーしちゃったのよ。そんなに慌てて。」
「・・・ハロルドか。」
「・・・・・・。」
からかうとややこしくなる。
ハロルドはそう確信していたので、余計なツッコみはしない。
(全くこの二人は・・・。)
が、内心呆れていた。
この二人はいつもそうだ、互いに距離を置いて一歩も踏み込もうともしない。
はどちらかと言うとある一線を越えようともしていないように見える。
だがジューダスは違う。
彼女がいつも一歩引いているから余計に踏み込めない、踏み込むことが怖い。
そんな気がした。
はあ、とハロルドはわざとらしく嘆息する。
「これは親切心で言うんだけど。」
「珍しいな。」
ジューダスの嫌味にも表情ひとつ変えずに、彼女は言葉を続ける。
「何も言わないで通じるものなんて何もないのよ。」
「・・・・・・。」
「あんた達はもっと腹割って話すべきだと、私は思うわ。」
「・・・・・・。」
「ハイ、私が言いたいのはこれでおしまい。後はあんた達の問題だしぃ、好きにしてしょーダイ。」
「・・・・・・。」
ハロルドに言われた通り、と本音で話したことなど一度もなかった。
昔は、極端に人との接触を避けて、拒絶して、それは彼女に対しても例外ではない。
それを察してか、あちらも必要以上に踏み込んでくることはなかった。
だが今となってはどうだ、彼女の方が昔の"周りを拒絶していた自分"と重なる部分がある。
まあそれはバルバトスを倒してからはいくらか消えたようだけれど。
(話、か・・・。)
二人だけで話したいとは思っているものの、中々実行には移せない。
そんな自分がもどかしい。
「っかー寒ィ!」
「だらしないねぇ。」
雪に降られたのか、頭や肩に幸をのせたロニとナナリーが部屋に帰ってきた。
「ロニ、ちょっとカイルとリアラ探して来てくんない?あっ、ナナリーはをお願い。」
「どんだけ人使い荒いんだよ・・・。」
予想外のハロルドの要求に、思わず雪が乗ったままの肩をがっくりと落としてしまうロニ。
だがそんな彼の様子を全く歯牙にもかけず、ハロルドは真剣な表情で何かを考えている。
「緊急事態なのよ。エントロピーの増加値がハンパじゃないわ。このままだと・・・。」
「エン・・・ペラ、ペ、ピー?」
ハロルドはロニの間違いも正そうともしない。
それどころか早くしろと言わんばかりにしっしっと犬を追い払うかのように手を振る。
勿論ナナリーにはお願いね〜と普通に手を振っていた。
あまりの扱いの違いに文句の一つでもつけてやろうかと思ったが、ハロルドの表情が
いよいよ真剣な色を帯びてきたので、ロニは素直に部屋を出る。
ナナリーもそれに続いた。
どこから探そうかと考えながらナナリーが城内を歩いていると、ちょうど探している人物らしき影が
遠くに見える。
「ー、ハロルドが呼んでるよー。」
手を振って名前を呼んでみると、彼女はぎょっとした表情でこちらを見た後、キョロキョロと
辺りを見回しながらナナリーの方へと走ってきて。
「ここで名前はまずいって!ウッドロウに知られたらどうするの!」
「あ、あっそっか。ごめん、ついうっかり・・・。・・・、・・・あ・・・。」
「うん?」
「・・・目が赤い。」
「え!」
ぎくり。
今の反応を文字で表すとしたらこれほど適格なものはほかにはない。
このままではまずいとは頭をフル回転させたが、いまいち良い言い訳が浮かんでこない。
「いや、あの、これはその・・・!」
ツッコまれる。
泣いた理由をナナリーに知られたら、間違いなく彼に詰め寄る。
その様子がいとも簡単に脳裏に浮かんでしまい、は目を泳がせた。
「・・・そっか・・・そうだね・・・もシャルティエの事で・・・。」
だが、ナナリーの反応は思っていたものとは大分違っていたものだった。
「え、あ、ああ、うん・・・。」
とりあえず間違ってはいないので、そのまま何も言わなかった。
ただ心の中で、ダシに使ってごめん、とこっそりとシャルティエに詫びた。
「話ってなに?ハロルド。」
全員そろったところで、ハロルドは事態を説明し始める。
「わかりやすく言うと、時間の流れはとってもヤバイ状態になってんの。ぶっちゃけた話
未来がなくなりかけてるってこと。」
「未来がなくなるって・・・どういうことだい、それ!」
何とも物騒な話だ。
一同がワケがわからない、という表情のまま動かなかったので、ハロルドはとりあえず
話を進めることにする。
「今までみたいに生易しい干渉じゃないわ。っていうか時間に干渉すること自体が危険なのよ。
世界の破滅だって十分ありえる話なの。」
それまで黙って聞いていたリアラが、ハッと息を呑む。
「カイル、さっきの・・・!」
「あ、ああ・・・!」
「あんたたち心当たりがあんの!?」
「さっき!ハイデルベルグか・・・消えかけるのを見たんだ・・・!」
二人の話によると、リアラと公園で話をしていたら、突然目の前が歪み城も街もすべてが
消えかけたそうだ。
「エルレインはどうしてそんなこと・・・。」
「さあ、理由まではね。こればっかりは本人に聞くしかないんじゃないの?」
ピピッと手元にある端末を操作しながら、ハロルドは少し大げさに肩をすくめる。
くだらない、彼女はそう言いたげな顔だ。
「約八万七千時間後、つまり十年後ね。干渉が起きてんのはその辺りよ。つまりエルレインの
いる場所ね。」
「となると、次の問題は時間移動のためのレンズか・・・。」
「イクシフォスラーのレンズを使えばいいわ。ソーディアンに使ったのと同じ私の
特別製だから、エネルギーもバッチリよ。」
「だがあれはどこに墜落したかわからないんだ。地上ならいいが時空間の歪みに巻き込まれたり
していたら・・・。」
飛行竜から脱出した後、現代に戻ってくることもなかったため、イクシフォスラーがどうなったのかは
誰も知らない。
あのまま海に落ちたのか、それともいまだに異空間をさ迷っているのか。
一同の表情が暗くなっていく中、ハロルドはニヤリと不適な笑みを浮かべて。
「フッフ〜ん!こんなこともあろうかと、自動帰還機能をつけておいたのよ〜ん!
もう元にあった場所に帰ってるはずよ!」
得意げな顔で高らかに笑う。
「インチキくせえなオイ。」
「天才って何でもアリなんだね。」
ロニとの呟きに思わずカイル達は頷いてしまった。
イクシフォスラーに搭載されてあるレンズを求めて地上軍拠点跡地へ。
先ほどまで降っていた雪は既に止んではいるが、新たに積った雪で少し歩きづらい。
「さむ・・・。」
分厚いコートを着ていても寒いものは寒いのだ。
「は寒いのが苦手なの?」
「・・・ああ、どっちかと言うと暑い方がまだマシかな。」
同じ歩調で隣を歩いていたリアラが顔を覗き込んでくる。
男女の歩調の違いのためか、自然と移動時はそれぞれバラバラだ。
先頭にはハロルドに追いかけられるカイルとロニ、その次にそれを呆れながら見つめている
ジューダスとナナリー、そして一番後ろにリアラとが歩いている。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
何故か気まずい。
「何かあったの?」
沈黙を破ったのはリアラだった。
「さっきずっと黙ってたでしょう?それに何だか元気がなさそう。」
どうしてこう女という生き物は勘が良いのだろう。
このまま黙っていれば突っ込んではこないだろうけれど、それではリアラも納得など
してくれない。
は観念してハロルドとのことをそのままリアラに話した。
「・・・やっぱり伝えるべきだと思う。」
話し終わった後、リアラは開口一番にそう呟く。
ぎゅっとコートの袖を握りしめて、今にも泣きそうな顔で見上げた。
「分かってるんでしょう、このまま進めば何が起こるのか。」
「・・・・・・。」
「どうして・・・!」
「・・・・・・。」
リアラが言うこともわからなくもない。
とて女だ、好きな人に想いを伝えたい、触れたい、呼んでほしい、そばにいたい
挙げていくとキリがないくらいだ。
そう、欲は際限なく湧いてくるもの。
想いを伝えてどうするというのだろう。
彼の中にはたった一人しかいないのに。
「たとえば。もしロニがリアラの事が好きだって言ってきたらどうする?」
「えっ?」
「・・・困るだろう?」
「それは・・・そうだけど、それとこれと何の関係が・・・。」
「仲間から言われても戸惑うだけだってこと。」
「・・・・・・。」
リアラには愛している人がいる。
そんな彼女が他の男にいくら想いを寄せられてもどうすることも出来ない。
何も言えないリアラに、は更に続けた。
「今も昔も、そしてこれからも・・・リオンの中にはたった一人しかいないんだよ。
夢の中で聞いた彼女以外は、ね。」
自分が入れる余地など、どこにもない。
だけどそれでいいのだ。
はは、とは苦笑しながらポンとリアラの頭を撫でる。
「ありがとう、リアラ。」
「・・・・・・。」
「っと、話してる間にだいぶ離されたな。行こう。」
「・・・ひとつ、聞かせて。」
「ん?」
顔を上げたリアラは真剣な瞳でをじっと見据えて静かに問う。
「の幸せって、どんなこと?」
思いもよらない問いかけに、つい言葉を失う。
幸せ、しあわせ。
今まで何気なく幸せになりたいとは思ったことがあるけれど、具体的に考えたことはおそらく無い。
食べること、寝ること、誰かがそばにいてくれること、とりあえず誰もが望むことを一通り
頭の中で浮かべてみる。
が、どれもしっくりこない。
確かに食欲も睡眠も物欲も大事なだとは思うけれど。
(私が望むこと、は・・・。)
スッと目を閉じると、瞼の裏に焼き付いた光景が見えた。
望むものは、彼の一番になることでもずっと隣にいることでもない。
「・・・好きな人が笑顔でいられること・・・、かな。」
それはリオンだけではなくて、マリアン、ジョニーやフェイトも、笑顔でいてくれるのならそれでいい。
付け加えるなら、その場に自分が一緒にいられるのなら、もう何も言うことはない。
どうかな、とがリアラの方を見てみると、彼女は笑っていた。
「うん、わたしも・・・カイルが笑ってくれると嬉しい。」
少しはにかみながら笑うリアラの表情はとても穏やかだ。
見ているこちらが照れてしまうような笑顔は、カイルあってのものだろう。
「・・・たとえ、どんな真実を知らされたとしても・・・カイルには・・・。」
リアラはこれから起こるであろうことを思い、表情を曇らせる。
「カイルならきっと・・・。」
「・・・・・・。」
それはどうだろう、とはディムロスとの一件を思い出す。
彼は自分の恋人であるアトワイトがバルバトスにさらわれた時、何よりも中将としての
判断を下した。
たった一人の女の命よりも、大勢の人間の命を優先させたのだ。
だがそれに納得のいかなかったのがカイルだった。
「・・・行きましょう、。」
「ああ。」
そんな彼はどちらを選ぶのだろうか。
愛する少女か、それとも英雄としての役目か。
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原作+力量不足=グダグダ。
そんな式が頭に浮かびました。
うまく昇華出来る人を心から尊敬致します。
精進が足りんの・・・。