2002(平成14)年投稿
1,森昭雄『ゲーム脳の恐怖』日本放送出版協会,生活人新書,2002
評価 ★☆☆☆☆ この本は決して科学的なものではないということをこそ,子供達に広めたい 投稿日2002/9/6
本書では何も「科学」的に立証されてなどいない。本書で「科学」的に裏付けられたとされる,「ゲームは脳によくない」という命題は,結局非科学的な「思いつき」のままに留まっているという他ない。以下,本書の「立証」が「科学」的ではないと考える理由。
1,「よくない脳波特性」がテレビゲームをすること以外にはどういう場合に観察されるものなのか,殆ど調べていない。また,一口に「テレビゲームをする」といっても,ソフトも多様であれば,その遊び方も人によって千差万別であるはずだが,そうした多様性を考慮した実験データがない。さらに,「よくない」のはテレビゲームという「道具」ではなく,「遊び方」の方かもしれないという問題意識がない。その為,示されたデータも,「それは遊び方が悪いのではないか」という疑問を払拭できないものでしかない。これでは,「テレビゲームをする」などと一言で大雑把に括られてしまう活動と「よくない脳波特性」とが本当に関連のあるものなのかどうか,全く解明されていないというべき。
2,仮にそうした関連があるとしても,「テレビゲームをする」ことが「よくない脳波特性」の原因になっているのか,その因果関係についての問題意識がなく,それを立証するデータもない。「よくない脳波特性」をもともと持っている人だから,テレビゲームで遊ぶとそうした脳波特性が観察される,という逆の因果関係が可能なまま等閑視されている。
3,仮に因果関係もあるとしても,そもそも著者が「よくない」とする脳波特性が一体どう「よくない」のか,その一番根本的な事柄については,説明も「裏付け」もなく憶測だけ。
主張が非科学的だからといって直ちに批判すべきものだとも思わない。しかし,「素人」に対してそれを恰も「科学」的であるかのように説くことは消極的に評価せざるを得ない。
2,島田ゆか『かばんうりのガラゴ』文溪堂,1997
評価 ★★★★★ 自分もいい仕事をしなくっちゃと思ってしまう 投稿日2002/9/12パッと見,くすんでいるようないつもの色合い。
ちょっと見ると怪しげなガラゴの顔。
ところが,本の扉を開けて,おや?と思うとたんに,
もうガラゴの隣でホッとしている自分がいる。
見つめていたくない寂しさ,
心の中から締め出してしまいたいのに居座りつづけている醜い感情。
一人でかばんを売りながら旅を続けるガラゴは,
そういうものを,知らないわけではないけれど,
いちいちそれにこだわったりしないでそっとしておいてくれる。
そんなつまらないこと,考えているひまはないんだろうな。
なにしろ,お客の注文と来たらメチャクチャなんだから。
でももっとメチャクチャなのは,
その注文にみんな応えてしまう,ガラゴの品揃えの方かも。
いくつ売ってもお金は全く儲かっていないようだけど,
みんなが置いていってくれたお礼に囲まれて星空の下で眠る時には,
きっと「やっぱりこの商売やめられない」と思っているんだろうな
3,イェーリング著,村上淳一訳『権利のための闘争』岩波書店,岩波文庫,1982
評価 ★★★☆☆ 闘うくらいなら譲っちゃう…,という場合もあるんだけど 投稿日2002/9/24ハイテンションな論調は,読んでいて少々くたびれる。
主張が思うように伝わらないもどかしさが顕わなのは,なんだかニーチェみたいだ。
「財産に対する権利は,労働に基づくものだから,そこには人格性が認められるのだ」,と説く。
でも,労働そのものは,なぜ価値があるのだろう。
市場価値を離れて「労働」を尊いものと捉えることが,自分にはまだ骨身に沁みてこない。
4,M.K.ガーンディー『真の独立への道』岩波書店,岩波文庫,2001
評価★★★★☆ 「文明」と「人間」とは共存できるのだろうか 投稿日2002/9/24植民地として蹂躙されるよりも前からインドが本来持っていた精神を取り戻すには,どうしたらいいかを真面目に考えた本。
そのどこまでも正直にものを考えようとする,
真面目な真面目な姿勢は,涙が出そうなくらい感激的。
その結論は,確かに真面目に受け止められるものだが,
既に彼等インド民衆が,そして今の我々がどっぷりと依存しきっている「文明」を拒むかのような毅然とした態度は,
見上げたものだとは思うが,それを広めるのは果たして「善い」ことなのだろうか。
「文明」という,己の欲に対してだらしない習慣は,人間と平和に共存し続けられないものなのだろうか。
5,<音楽CD>ベンチャーズ他『テクノ歌謡DX(5)カメレオン』ブルース・インターアクションズ,2000
評価★★★★★ ニッポン人なら忘れちゃならねぇベンチャーズ 投稿日2002/09/24ベンチャーズって,日本のバンドだったんだ!
知らなかった!!
…という人がきっと現れてしまうであろう程,これは「日本」的な音です。
曲を作ったのが,坂本龍一やら細野春臣やら,テクノ系の日本人であることが,
なおさらそう思わせてしまいます。
彼等「日本人」が書いた曲は,すっかり「ベンチャーズ」の音になっていて,
しかも,いかにもベンチャーズらしいんです。
そうかあ,ベンチャーズって,もともと日本的な懐かしいサウンドだったんだなあ。
日比谷でヒカシューと競演した「パイク」も,ヒカシューのオリジナルと聴き比べてみてくださいね。
ベンチャーズのサウンドづくりのスゴさが実感できますよ。
6,<PS2ソフト>『プラレール〜夢がいっぱい!プラレールで行こう!〜』トミー,2002
評価★★★★★ おかげでついPS2を… 投稿日2002/9/24こんなのが欲しかった,というやつです。
待ってたんです。
これをやりたいばっかりに、PS2を買ってしまったんです。
自分で組み上げたプラレールのレイアウト、いちいち片付けなくてもいいんですよ。
ちょっとくらいレールが離れていても、きちんとつないでくれるんですよ。
なにより、乗り込んで運転できるんですよ。
海がキラキラ光っているし、牧場で牛は鳴いているし、遊園地は楽しそうににぎわっているし。
「ここが自分の家」と決めて、広い敷地に花壇や並木をしつらえて、私設公園までつけて…
このゲームのおかげで、4歳の娘が、
「おいしい、おいしい、ラーメンだよ」と、ラーメン屋台トラックの呼び声を覚えました。
☆欲張りな私の夢は次回作に膨らむ
自動車に乗り込んでいる時、交差点で好きな方向に曲がれる機能がついたら星六つだ。
電車を動かしている時、そのつどポイントを好きなタイミングで切りかえられる機能がついたら星七つだ。
マップそのものを自由にデザインできるマップエディタがついたら星八つだ。
フフフ、次回作が今から楽しみだ。
7,信多純一校注『近松門左衛門集』新潮社,新潮日本古典集成,1986
評価★★★★☆ 聞きなれた人ならイメージが膨らむんだろうな 投稿日2002/9/24浄瑠璃は「本を素読みにしても結構なもの」だと(落語で)聞いたので、
有名どころを読んでみました。
ムムム、やっぱりこれは「見て聞いて」楽しいように工夫されたものなんだろうなあ。
浄瑠璃に日ごろ馴染みのない私は、あまり音のイメージを膨らませることができずに、
「上手な人の舞台を見たら、きっといいものだろうな」とよだれをたらしただけでした。
「うたう」言葉として、その掛け調を味わうのが本来だとは思いますが、
ストーリーを追うだけでも、なかなかのものです。
特に「国姓爺合戦」の一種けばけばしくさえある活劇と、
「心中天の網島」のなんともやりきれない狂おしさは、
派手なストーリー展開にならされた今日の読者でも、間違いなく楽しめると思います。
ただ、世話物は、いくらかでも「廓」の下知識がないと、世界に入りにくいかも。
8,<音楽CD>宮内庁式部職楽部『雅楽「越天楽」三調』日本コロンビア,1991
評価★★★★★ タイトル作品ではありませんが 投稿日2002/9/25CDのタイトルは「越天楽」であり,もちろんそれぞれの調の越天楽が満喫できるわけですが,
ここは敢えて,「納曽利」をお勧めします。
雅楽は,「中国直輸入」として格式の高い「左方舞」と,それよりは格下にランクされる「右方舞」とに分けられていたそうです。
「越天楽」は「左方舞」,「納曽利」は「右方舞」です。
勝手な思いつきですが,格式が高くて形式的表現が重んじられてきた「左方舞」より,
格下ゆえにいくらかくだけた「右方舞」にこそ,
より自由に「日本の心」がこめられていきやすい環境があったのではないか…,などと想像しています。
そんな風に想像してみると,「納曽利」のほうが一段とグッとくる理由も納得できる様に思えてくるんです。
「越天楽」に比べると「納曽利」は楽器編成が小規模でいささか朴訥な感じがします。
しかし,毅然とした中にも切なく,少々あられもない感情の表出が感じられるその風情は,
もしかすると「雅楽」としては「品がない」のかもしれないけれど,
まさに今の我々の腹の底にもまっすぐに届いてくる,「近い」音楽のものだと思います。
火炎太鼓の響きを堪能できるように,低音を強調してどうぞ。
9,夏目漱石『夢十夜』岩波書店,岩波文庫,1986
評価★★★★★ 普段着の漱石 投稿日2002/9/26「漱石って,ねちっこいくせに妙に取り澄ました感じに抵抗があって…」
なんていう人はいませんか。
この本に収録されている小品では,そのねちっこさが,隠微になることなく曝け出されていて,
むしろ爽やかに感じられるんです。
肩の力を抜いた作品にこそホンネが出てくる,
ということでもあるのかもしれないな,などと思いました。
「永日小品」の一編,「懸物」の蝋梅の美しさは,
私がイメージとして蓄えた宝物のひとつです。
やっぱり,漱石って内田百閧フ師匠なんだなあ。
10,香山リカ『「こころの時代」解体新書』創出版,2000
評価★★★★☆ 「おしゃれな本」ではありません 投稿日2002/9/26装丁やタイトル,目次を開いて目に入るテーマの取り方から,
いまどきの話題をお手軽に扱った,使い捨ての読み物かな,なんて思うかもしれません。
昔,ゲーム雑誌に連載していた著者だから,
きっとそっち方面の話題が多いだろう,なんて思う人もいるかもしれません。
そうした期待でこの本を読むと,きっとがっかりします。
著者は,かなり覚悟を決めて,骨太にものを考えています。
そして,とても誠実です。
ベストセラー本の皮をかぶった,思索の書です。
読み応えのある本を探している,考えることの好きな人に,お勧めします。
もっとも,プロレスが好きという著者の趣味はなんだか違和感あるけど。
11,藤枝晃『文字の文化史』講談社,講談社学術文庫,1999
評価★★★★★ 梅棹忠夫絶賛 投稿日2002/9/26博識というか碩学というか,広い知識が,ただの「物知り」に終わることなく,
深い思索に支えられて初めて出来上がったであろう,壮大な構築物になっている。
篆書が廃れて隷書が広まったわけ,
楷書が隷書にとって代わったわけ,
そうした「なぜ」が,説得力のある想像によって非常に興味深く描かれていく。
この著者のような「学者」がたくさんいてくれると,世の中楽しいな。
12,稲盛和夫『実学』日本経済新聞社,1998
評価 ★★★☆☆ 会計を経営に役立てることができた例 投稿日2002/9/27会計を,「唯一の真実」を表わすものと考えている点には,違和感がありました。人間にとって「真実」はひとつではないと思うからです。でも,それはどうやら,筆者にとって必要とする「事実」を必要とする形式で表わしていることを以て,「真実」を表わすなどと表現しているらしいと解釈しました。
「人間として正しいこと」を経営上の行為規範とすべきとの考えが示されていました。しかし,筆者が置かれた状況で,筆者の立場の人間がとるべき行為の規範を熟慮することを,「人間として正しいこと」として一般化するのは,やはり大きな飛躍であるとの感を禁じ得ませんでした。
ただ,筆者が経営者として(少なくとも今のところ)成功している以上,経営者として考えるべきことは筆者が考えてきたようなことであっていいはずだ,という実証的推論には傾聴すべきだと思います。その点,会計技術に翻弄されることなく,会計の本来の在りように戻って,それを目的に則って活用してこそ意味があるのだという姿勢は,我が意を得たように思いました。
それにしても,伸びた経営者というのは頑固なところがありますね。どうしてそんなところにと思ってしまうようなこだわりには ,逆に美学を感じます。おそらく,理屈でなく感覚的なものなのだろうと思いますが,その感覚に対して一貫して誠実であることは,経営という正解のないとても人間くさい営為に於いて,少なくとも人間を惹きつけるものではあり得るのではないかと思います。
13,澤田多喜男,小野四平訳『荀子』中央公論新社,中公クラシックス,2001
評価 ★★★☆☆ 深みを感じられなかった 投稿日2002/9/27大部で高価な全集以外で「荀子」を読める本が少ない中,抄訳とはいえ重宝しました。
でも,中味は読前に考えていたようなものではありませんでした。
それまでの「思想家」について長短論じているのは,「そこそこ」もっともだとは思ったのですが。どうも,一つ一つの事柄についてあまり深く考えたあとが感じられなかったんです。
社会政策ではあるのかもしれないけど,「哲学」を期待して読むとがっかりするかも。いや,もちろん,楽しく読むことはできるんですけどね。14,新井白石著,村岡典嗣校注『西洋紀聞』岩波書店,岩波文庫,1992
評価★★★★★ 時代劇よりずっと面白い 投稿日2002/9/27「国から国に対する使節だというのなら,なぜ君主の親書を持っていないのだ」。
新井白石の理路整然としたツッコミに,シドッチはたじたじ。
キリスト教の教義の胡散臭いところをたちどころに見ぬく白石の眼力も,カッコイイ。でも,イエズス会の神学だけでキリストの胸のうちを語るわけにはいかないと思うんだけどな。
島原の乱から数十年を経て,「邪宗門」の影を意識しなくなっていた為政者達には,かなりショックな事件だったようです。江戸時代って,長いんですよね。
白石の,「どうだ」といわんばかりの自負の強さは,却って人間くさくて好感。
当時の情景が目に浮かぶような本です。短いし是非どうぞ。
15,井上靖『おろしや国酔夢譚』文芸春秋,文春文庫,1974
評価★★★★★ これが作家の真骨頂 投稿日2002/10/1光太夫自身が書き綴った『北槎聞略』と読み比べてみてください。
この小説が,光太夫の記録そのものから,人物について,風景について,
イメージを膨らませていったものであることがよく分かります。
そして,それこそが作家の仕事なんだなあ,としみじみ感心しました。
『北槎聞略』は,光太夫が過酷な状況に臨んで発揮した特異な判断力と記憶力とで成り立った記録ですが,
それが刺激となって,作家は豊かにイメージを膨らませ,一つの物語にまでまとめてくれました。
そっけないぶんリアリティのある『北槎聞略』と,
物語として洗練された『おろしや国酔夢譚』と,
両方を読み比べることのできるこの贅沢。
光太夫も井上靖もありがとう。
16,ジャン・マルテーユ著,木崎喜代治訳『ガレー船徒刑囚の回想』岩波書店,岩波文庫,1996
評価★★★★★ 映画を観ているような描写力 投稿日2002/10/1太陽王の時代の,汗にまみれた潮を感じる。
フランスを脱出しようとして果たせずに捕われる導入から,
鎖でつながれ,鞭打たれ海水に洗われながら敵船と戦闘を繰返す中盤,
そして解放されてようようのことで国外に落ちつく終盤。
迫真の描写力,全体の構成力は,一流の文筆家のものといえるのではないか。
こうした本が残されていて,今我々が手に取ることができるのは,
とんでもない僥倖だと思う。
17,永井均『<子供>のための哲学』講談社,講談社現代新書,1996
評価★★★★★ 「答え」が欲しい人には無用の本 投稿日2002/10/1これまでに蓄えた知識や,みんなの意見,常識で判断して,ともかく結論を出すのが「大人」。
それに対して,そういう手がかり無しで素手で物事を考えるのが,この本で言う「子供」のようです。
「子供」を名乗るには既に年を取りすぎている人でも,
自分の理性を頼りに頭を使おうとする人に対して,この本は手を差し伸べてくれます。
でも,ちょっとだけです。
どのみち,自分の理性しか頼りにはできないんですから。
まあ,著者がそういう徒手空拳でどうもがいているのかを見せてくれている,というところなのでしょうか。
似たようなもがき方をしている人には,かなり嬉しい気休めになるはずです。
自分の頭でゴリゴリと物事を考えていくと,この本のような展開になっていかざるを得ないのは,
呪わしい宿命なのか,祝福された悦びなのか。
どっちでもいいか。頭を使わずにはいられないことに変わりないし。
18,村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 上』新潮社,新潮文庫,1988
評価★★★★★ 自分はここにしかいないし、どこにでもいる 投稿日2002/10/3欲しかったはずのものに囲まれていながら、生きている手応えのない世界と、
目標に向かって奮闘しているつもりでいつつも、砂を噛んでいるような世界。
どちらも、自分の世界を受け容れない限りは、よく生きることもよく死ぬこともできないみたいだ。
人が、生きること、死ぬことを諦めて受け容れるには、
こんなに手間がかかるものなんだなあと、半ば呆れつつもいとおしく思った。
19,村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 下』新潮社,新潮文庫,1988
評価★★★★★ 笑って死ぬか、血を流して生きるか 投稿日2002/10/3死ぬことを予定している場合に、さてやらなくちゃならないことって、結局どうでもいいことばっかりだ。
と言って、ずっと生きるつもりで考え付くのも、ばかばかしいことだけか。
でも、他にやることってないんだろうな。
随所に大サービスされている凝った比喩のリズムが快適。
はじめのうちは、それにしみじみ感じ入っていたのだけれど、
展開が急を告げてくるにつれて、比喩が自嘲的な響きを奏で始め、泣き笑いが出てきた。
自分の不恰好な生き様を、これくらい手の込んだ比喩で笑い飛ばせたら、
人生に一泡ふかせることもできそうだ。
20,穂積陳重『復讐と法律』岩波書店,岩波文庫,1982
評価★★★★★ 刑法の歴史民俗館 投稿日2002/10/10未完の論稿を、実子重遠が編集して刊行したもの。
復讐は、集団を維持するために不可欠な自力制裁の習慣であったところ、
漸次公権力がこれを代替するようになり、それが刑法の発達であったと説く。
刑法における被害者の立場が注目される昨今、
被害者やその親愛者を中心とする全ての人々の道義感を納得させられることが、
法律が、そして公権力が維持されるための条件であるとする本書は示唆に富む。
広汎な地域、時代にわたる様々な法典を引き合いに出しての論述は、
説得的であるのみならず、ワクワクするような魅力にあふれている
21,セクストス・エンペイリコス著,金山弥平・金山万里子訳『ピュロン主義哲学の概要』京都大学学術出版会,西洋古典叢書,1998
評価★★★★★ 結論に飛びつく前に読んでおきたい 投稿日2002/11/5中立的地点から懐疑を始めるというよりも,ストア派に対する批判という色合いが濃いようだ。
懐疑の中味も,勢い,
ストア派に対する批判としては十分かもしれないけれど,
懐疑論そのものとして見た場合には,
却って少々ドグマティックに映るものも多く混ざっているように感じた。
しかし,いくつかに分類して整理された判断留保のパターンは,
イズムとしての懐疑論を身にまとうつもりでなくとも,
筋道だててものごとを考える上でとても参考になる自己批判の姿勢だと思った。
また,賢しらの結論を掲げて生きることをせず,風のままに常識で舵取りをする方が
気楽で快適で,しかも人間として分相応な生き方だ,とする見方には,自分にとても近いものを感じた。
物を考えようとするときには,必ずここでつまずかざるを得ないという,
ひょっとすると理性の限界がここに示されているのではないだろうか。
哲学にとって忘れるべからざる初心だと思う。
22,木村昭二『税金を払わない終身旅行者』総合法令出版,1999
評価★★★★☆ 実行を前提としている人向きの参考書 投稿日2002/11/16なるべく税金を払わずに済ませたい。
この本で説かれている方法は,その思いを充たす手段のひとつの頂点ということになるのでしょう。
なぜ税金を払うのか,徴税権者の支配に服しているからだ。
だったら,「国家」から距離を置いてしまえば,税金を払う義務も激減するはず。
そうした発想をさて実際にやってみようとする場合には,
この本はなかなか便利なマニュアルになると思います。
どういう状態を以って,「国家」がある個人を「距離のある相手」と認めるのか,
主に日本の税法の点から整理してあります。
もちろん,巻末に注意書きがあるとおり,
実行の前には,本書刊行後の法改正などを十分に確認しないと,大損する危険もあります。
実際,相続に関しては既に重要な改正があって,本書の方法はそのままでは通用しなくなっているようです。
どちらにしても,かなりの税金を払っている人でないと,
根無し草の生活をしたところで節税効果もないし,直接の関心はあまり沸かないかもしれません。
23,舟橋聖一『花の生涯 上』祥伝社,ノン・ポシェット,1992
評価★★★★☆ NHK大河ドラマ第1作 投稿日2002/11/16幕末の大老井伊直弼が,味噌っかすのような境遇から一躍大藩の藩主を継ぎ,
大老の重責を負ったまま桜田門に倒れるまでを小説化したもの
私はこれまで,主人公井伊直弼については,ただ傍若無人のワンマンであるかのような印象を持っていたのですが,
なるほどこういう状況ではあのようなやり方も仕方なかったのかな,
むしろそれが必要なことだとよく見ぬいていたのかもしれない,
などと,ややイメージを改めました。
前半のストーリーは,男女関係が前面に出されたやわやわしたもので,
森鴎外の歴史小説のようなドライなのどごしを期待していると肩透かしを食います。
しかし,それが作者自身のねらい通りなのか,読みやすく,そして気軽に楽しめる小説だと思います。
24,舟橋聖一『花の生涯 下』祥伝社,ノン・ポシェット,1992
評価★★★★☆ 幕末のドタバタをもう一度勉強したくなる 投稿日2002/11/16大老井伊直弼を取り巻く世の中の動きは,
学校で教わった程度の知識では想像もつかないほど錯綜したものだったようです。
確かにこれでは「ええじゃないか」と踊り歩きたくもなりそうだ。
歴史小説って,キビシーですね。
実在人物をモデルにしていると,この登場人物には,こんな役回りを演じさせよう,
なんていう思い通りには,進められないわけですから。
読んでいるほうも,「小説ズレ」してくると,
「きっとこの人はこんな風になっていくだろう」なんて勝手に想像してしまいますが,
その当てをはずされることが多くて,目が離せなくなってしまいました。
それもまた,歴史小説の楽しみでもあるのだろうと思います。
かなり広範な歴史資料に基づいて書かれたもののようです。
今度は是非その基になった資料のほうも覗いてみたいな。
25,<ゲーム機器>『テレビdeアドバンス』ゲームテック
評価★★★★☆ 確かに便利だだ問題も 投稿日2002/11/16暗い,小さい,ああ見づらい,ということがなくて済むようになる点,
携帯ゲーム機が苦手な人には朗報です。
私は,ポケモンを「スーパーゲームボーイ」を使ってテレビ画面でやっていたので,
アドバンスにも同じようなアダプターがないのを残念に思っていました。
この製品なら,「一応」解決です。
「一応」がついてしまう,残念な点。
その1
最初の分解,取り付けが大変です。
キットのラジオを組み立てるぐらいのことは経験していましたが,
この製品にはてこずりました。
平型ケーブルの取り外し,接続は,かなり神経をすり減らし,また指のツメも割ってしまいました。
作業中も,「もう,このアドバンス本体はおしゃかか」と,諦めそうになったこともありました。
それなりの自信と覚悟がある方でないと,お勧めできません。
その2
アクションゲームなどには向きません。
本体の裏にコネクターがあるのですが,アクションゲームで夢中になると,
このコネクターを強く押さえて傾かせてしまい,テレビ画面との接続が悪くなってしまうのです。
本体内部の接続異常ではないので,本体画面はちゃんとしているのですが,
テレビ画面は止まってしまったりします。
うまく取りつけることができさえすれば,おとなしくプレイするゲームに利用する分には,かなり便利な製品です。
26,<GBAソフト>『ポケットモンスタールビー』任天堂,2002
評価★★★★★ 期待に応えてくれた期待作 投稿日2002/12/6☆☆これまでのポケモンを経験している方へ
実際にプレイしてみて,前作までと比べて気がついた点をご紹介します。
1,ストーリーを進めるためのゲームバランスは,だいぶきつくなったようです。
あまりレベルを上げずに進んでいくと,ジム戦などで結構苦労します。
2,野生のポケモンを捕まえやすくなったようです。
投げたボールから逃げられてしまうということが減ったようです。序盤から,たくさんの仲間を集めることができます。
3,最初に進めるときには「ムダ」な動きが多くなると思います。
遊びの要素が増えた分,ストーリーそのものを進める上で関係のないイベントなどに出くわす機会が増えているようです。
4,お金はたまりやすくなったようです。
トレーナーなどとのバトルに勝ったときの賞金が多くなったようです。道具を買ったりするお金には不自由を感じません。
5,「ワルモノ」の違和感は軽減されました。
これまでいささか無理のあった「ワルモノ」の存在が,今回いくらかもっともらしいものに変わったと感じました。
総じて,一段とよく行き届いた出来上がりになっていると感じました。
でも,前作との通信ができないのは,新鮮ではあってもやっぱりちょっと寂しかった。
☆☆初めてポケモンをやってみようかと思っている方へ
今までのポケモンをやっていなくても,戸惑うようなことはまずないはずです。
ゲームシステムなどの説明は,ストーリーの中にしっかり盛り込まれているので,初めてでも安心して付き合っていけると思います。逆に,これまでのシリーズでの経験を土台にした便利なシステムのおかげで,かなりとっつきやすいと思います。
テレビゲームのRPGそのものが未経験という方にも,初めてのRPGとしてお勧めできます。
27,<音楽CD>『ホワイト・クリスマス』ビング・クロスビー
評価★★★★★ クリスマス気分に浸るには欠かせないCD 投稿日2002/12/12子供の頃,シーズンになると家の中に流れていた,あのクリスマスソングです。
このCDでは,お決まりのクリスマスナンバーが,あの手この手で楽しく味付けされています。
聖夜に音もなく降りしきる雪みたいな,しっとりとしたクロスビーの声。
伝統的な歌唱ではマイナスにしかならなそうな,その声量のなさが,むしろやさしい魅力になっています。
なにやらアメリカンな金儲け主義でゴテゴテに彩られてしまったクリスマスには,
どうも手放しで歓迎できない気分になることもあります。
でも,その雰囲気には独特のなつかしさ,やるせなさもあるみたいです。
まるで,アメリカの無邪気なところだけを搾り採ったようなクロスビーの歌声を聴いていると,
しかめっ面を忘れて,クリスマスシーズンの町の雑踏に浸ってみたくなるんです。
師走の忙しさに悲鳴をあげている人ほど,これを聴いて,自分の汗を笑ってやって欲しいと思います。
28,五味太郎『まどからおくりもの』偕成社,1983
評価★★★★★ やっぱりクリスマスは大はしゃぎ 投稿日2002/12/12サンタさん,いいリズムで仕事してます。
そして,いいセンスで早とちりしてます。
ピントの外れたプレゼントをもらったみんな,いい笑顔で喜んでいます。
もらえなかったクマさんまでとても喜んでいるのは,
プレゼントそのものよりもっと嬉しいものがあったからです。
やっぱりみんなでサンタさんをワイワイ歓迎するのが,
クリスマスの楽しみ方のおすすめです。
29,アーノルド・ローベル著,三木卓訳『ふくろうくん』文化出版局,1976
評価★★★★★ 一人暮しをエンジョイするマニュアルの決定版・・・というわけではないけれど 投稿日2002/12/12ふくろう君,一人暮しですね。
寂しくはないかと思いきや,そういうこともなさそうです。
エンピツが短くなっちゃったなどと言ってぽろぽろ泣いたかと思うと,
じきケロッとしてのんきにお茶を味わっているくらいですから,
まあ,きっと一人には慣れっこなんでしょう。
もしかするとふくろう君は,一人ぼっちだなんて,
これっぽっちも思っていないんじゃないかな。
毛布をかぶせたりはがしたりするのも忙しいし,
階段をかけ上がったりかけ降りたりするのも骨が折れるし,
訪れてくるものもいろいろとあるようだし。
そういう自分を眺めていれば,それだけでいつも「二人」なのかも。
30,<DVD>『すぐ弾けるウクレレ』関口和之
評価★★★★★ 来るべき脱力時代への福袋 投稿日2002/12/12ウクレレ買っちゃったんです。
触ったこともなかったんです。
まともに調弦できるだろうか,コードはちゃんと押さえられるだろうか,
手に汗握ったのですが,できました。
それというのも,このDVDで関口さんが教えてくれたんです。
「ウクレレは,野心ゼロの楽器です」
そうか,楽しく遊べればオッケーなんだ!
おそらくは趣味で楽器を手にするときの,当たり前といえば当たり前のその基本姿勢を,
あらためて納得することができました。
そして,その言葉通り,
気負わず,てらわず,でも実は確かな技術で裏付けられた演奏と,
「脱力」感あふれる解説で,
すっかりウクレレ気分にさせられてしまいます。
情報は盛りだくさんです。
ウクレレへと行く道をここに見つけることができた自分は,
とてもラッキーだったと思います。
31,<音楽CD>『ラカトシュ名演集』ロビー・ラカトシュ&ラカトシュアンサンブル
評価★★★★★ ハイフェッツよりもきらびやかで,民族楽団よりも泥臭い 投稿日2002/12/17奏者ラカトシュは,ジプシーバイオリンで育ち,クラシックを学んだとか。その誇り高くも絢爛たる超絶技巧を聴いていると,まるで大仕掛けの奇術ショーに魅了されているような心地よい眩暈を覚えます。
選曲は,クラシックもポピュラーも取り混ぜて,ジプシーの雰囲気の強いものが中心です。リストもブラームスも,もしかすると当時のこんな演奏を目の当たりにしてじっとしていられなくなってしまい,狂詩曲や舞曲を書いたのかもしれないなどと思いました。そんな中情熱的で狂おしい「だんご三兄弟」は異色でした。
後半のライブ録音は,会場の空気が演奏にマッチしています。いや,もっとくずれた雰囲気でも似合うだろうとさえ思います。少なくとも,盛装してじっとおとなしく座って聴いているのは,こういう演奏を楽しむ姿勢としては不自然でしょう。
アーサー・フィードラー亡き今,クラシックのナンバーを楽しく聞かせてくれる確かな演奏として,お勧めできます。オーケストラを駆使したフィードラーと比べると,楽器の音色を味わうという点ではむしろ小編成のラカトシュのほうが有利かもしれません。まだまだ若いラカトシュが,これから,もっともっとレパートリーを増やしていってくれるであろうことを楽しみにしています。
32,高野義郎『古代ギリシアの旅』岩波書店,岩波新書,2002
評価★★★★☆ 古代ギリシャに宛てたプライベートな恋文 投稿日2002/12/17物理学を専門としている著者は,自然科学を含め多くの知的活動がいっぺんに花開いた古代ギリシャに熱い視線を向けている。本書では,その憧れに満ちたまなざしで見つめた古代の東地中海が,奔放な想像で綴られている。
なかでも時計回り文化=太陽の運行=農耕文化と,反時計回り文化=星の運行=遊牧文化とを対比させる仮説は興味深かった。せっかくだから,ついでに南半球ではそれがどうなっているのかの研究も見てみたいところだ。
他方,聖数10についての想像は少々強引に感じた。
よきにつけ悪しきにつけ,著者の私的なインスピレーションを書き留めた,古代ギリシャへの恋文のようだ。「君はきっと,こんなだったんだろうなあ」というため息が聞こえてきそうだ。
その思い入れの深さが,ひいきの引き倒しのように感じられる部分もあった。既に日本語として定着している固有名詞を,いくら原発音に近いから,あるいは発音によって時代背景についての連想も異なるからといって,いちいちヘーラークレートスだのミーレートスだのと長音をはさんで表記するのは,普通の読者にはいささかわずらわしい。
実証科学の典型のような自然科学者にとっても,飛躍した想像と,直感的に思いつく仮説こそが,思考を進め,深めるために欠かせない発想の泉なのだろうと改めて感心した。
33,<DVD>『白雪姫』ディズニー
評価★★★★★ これを作ったディズニーは掛け値なしにエライと思う 投稿日2002/12/17ディズニーの白雪姫は,手塚治虫が50回以上観たとやら。それならきっといいアニメに違いないと,買ってみました。
なるほど驚く出来映えでした。
まず絵がキレイです。永い年月で劣化してしまった元のフィルムそのものを大修整して本来の色を再現したそうです。動きも滑らかで,適度なデフォルメが表情を豊かにしています。
もちろん,ストーリーもしっかりしています。「白雪姫」のような,広く親しまれたお話には,おそらく手掛けた者の数だけ展開のバリエーションがあるのでしょうけれど,このディズニー版はうまく運んでいます。「そんなはずないだろう」という部分が,とても少ないと思いました。スタッフ達がああでもないこうでもないとかなり多くの議論をして,脚本が出来上がったのではないでしょうか。
そして音楽を上手に使っています。登場人物の心境を先取りしたり余韻を残したり,次の展開を予告したり,急な場面展開にもピタリピタリと合わせた音楽で臨場感を盛り上げています。
いずれも,映画の基本といえば基本ですが,その基本をしっかりと押さえることがいかに大事か,逆によく分かりました。
白雪姫が森に入り込むところ,リンゴ売りに化けた女王を,駆け戻ってきたドゥワーフ達が追い詰めるところ,一転して,永遠の眠りについた白雪姫を囲んでドゥワーフ達が無言でうなだれるところ。どの場面をとっても,説明に多くの言葉を費やしたりはせず観ているだけで人をそらさない,映画の王道を行く語り口です。
本編に感心したら,付録で製作過程や当時の宣伝などを見ると,興味もひとしおです。