ジャレド=ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

 

 倉骨彰訳で、草思社より昨年(2000年)発行された。上下二巻構成である。

 この本の要約は、上巻のP35に出ていて、それは、歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない、というものである。
 そんな当然のことを上下二巻も使ってわざわざ述べたのか、とも思うが、「人種」や「民族」単位での遺伝的優劣が大真面目に論じられたのはそうも昔のことではないし、現在でもそう考える人は少なからずいるようなので、著者の意図も大いに意味のあることなのだろう。また、経験的・直感的に正しいとは思っていても、具体的な事例を挙げて論証しなければ説得力に欠けるのであり、その点、具体的な事例を多数挙げて自説の論証に努めているこの本には、教えられるところ大だと思う。
 題名の「銃・病原菌・鉄」とは、各地の歴史的展開を異なるものにした直接的要因・象徴であり、特にユーラシア大陸と南北アメリカ大陸との歴史的展開の差が念頭に置かれているのだが、その直接的要因がどのように形成されてきたのか(或いは何故形成されなかったのか)が、豊富な事例が挙げられつつ論証されている。

 では、環境の差異とは具体的には何なのかというと、地理的位置・気候・家畜化可能な野生動物や栽培化可能な動植物の在り様(動植物相)などである。こうした要因の違いにより、農耕開始の時期・「文明」の誕生時期・社会機構・科学技術といったことに差が生じた、つまり歴史的展開が地域ごとに異なったものになった、というのである。
 こうした具体的な説明の中でも、ユーラシア大陸と南北アメリカ大陸の地形の違いに伴う歴史的展開の差異についての記述は、なかなか興味深かった。東西に長いユーラシア大陸は気候的条件が類似した地域が多く、農作物や家畜や技術が伝播しやすかったため(南西アジアから中国、またはその逆など)、文明・社会機構の発展に有利だった。一方、南北に長い南北アメリカ大陸は気候条件が大いに異なる地域が多く、農作物や家畜や技術の伝播が緩慢だった。この差が、ユーラシア大陸の勢力(具体的には西欧だが)が南北アメリカ大陸を征服を可能にし、その逆を不可能とした、というのである。

 日本についての説明に一部大きな誤りが見られるが、日本研究家ではないことを考慮すれば止むを得ないものであるし、また本書の趣旨を揺るがす程のものでもなく、全般に説得力のある記述になっていると思う。世界文明史に関心のある方には、お勧めの本である。

 

 

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