「ジョン・ルーリー展」を見てきました。
1.名 称 ジョン・ルーリー展
2.会 場 ワタリウム美術館
3.見学日 3月18日(木) 15:00〜16:00
4、会 期 2010年1月30日(土)〜5月16日(日)
5.館長解説
『お前、俺のこと元気だと思ってるだろう? 2、3年前は本当に死にそうで、今でもたまに意識が空中をフワフワ浮いてしまうんだ。』 2009年1月6日、マンハッタン、ソーホーの外れのスタジオでの会話だ。 2年ほど前に出版された作品集を見てからジョン・ルーリーの絵に魅了され、半年間彼とメールのやりとりをした。結局、もっと本物の作品を見たくてNYに飛んだ。
ジョン・ルーリーといえば、1984年のジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で俳優として圧倒的な存在感を示し、私の周りでは『誰だ、こいつは?』という噂が一気に広まった。その直後に、本人が呼ぶところのフェイク・ジャズ・バンド「ラウンジ・リザーズ」も来日し、一部の熱狂的なファンを得るにはさほど時間がかからなかった。そういえば当時青山で行われたライブのあと、取り巻きたちを引き連れたルーリーが深夜の暗闇に消えていったのを思い出した。
私にとって彼の絵は、その音楽や俳優といった表現を遥かに凌ぐ衝撃だった。難病を患ったあとの彼は、音楽も俳優活動も中止し、一人で好きな時に出来る絵を描くことが唯一残された表現方法になった。発表はしなかったが、80年代から、ジャン・ミッシェル・バスキアなどと一緒に描いていたというだけあって、その構図や技法は信頼できるものだ。 ルーリーの絵からは、伝統的な風景画のようなものであろうと、夢の中のワンシーンであろうと、いつも視点に、ジョン・ルーリー自身を強く感じることができる。日常の出来事が私たち人間に対してではなく、空に存在している何者かに向けて、絵日記のように描かれている。そこに戦略的な意図は、全く感じられない。ルーリーのネジ曲がったり、絡まった意識や思考でさえも、そのままストレートに私の心の中に入ってくる。
そんな彼の絵を見ていると、何故かつらいことや不条理なことが多い世の中だけど、きっといつの日にか、お金や名声、政治や経済、環境問題といった視点ではない不思議な風景や事柄に出会えると信じてみたくなる。
和多利浩一 (ワタリウム美術館)
6、感想
私は現代アートの造詣が全くないので、この絵画展を見たときには「これは何だ」「これが有名画家が書いたものなのか」と思いました。
「見ようによっては子供の絵、何を表現したいのかが理解できない」という感想でした。しかし、この展覧会を見にこられる若者たちはなにやら感心している。多分、美術大学の学生さん達なのだろうと思いつつ、とりあえず1時間ほどゆっくり鑑賞しました。すると、なにやら分かるような分からないような不思議な気持ちになりました。「これが現代アートの最先端なのだろう」と思って館を後にしました。
ワタリウム美術館は東京大学赤門近くにある小さな美術館ですが一人客が休みなく入館されるのには驚きました。
【註】ワタリウム美術館って変な名前と思ったらオーナーの和多利浩一氏の苗字と気づきました。居酒屋「和民」命名と類似しています。(渡邉美樹社長の姓名の頭文字読みから命名)
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