ガンパレ青い鳥劇場



5121駆逐戦車小隊。
人型戦車『士魂号』を部隊単位で集中運用させる事により、強力な戦闘力を見込んだ独立機甲部隊である。
熊本軍上層部の期待通り、この小隊は九州最強の常勝部隊として戦場を駆け回った。
が、この部隊最強のエースは士魂号を駆る戦車兵ではなく、一人の戦車随伴兵であった。


「田辺万翼長、聞こえますか?善行です」
「聞こえます、どうぞ」
通信に答えるスカウトが一人。
この田辺と呼ばれた、一見冴えない顔の少女こそが5121小隊最強のエースである。

熊本鎮台の学兵達は、彼女を『幸せの青い鳥』と呼ぶ。

「貴方から見て2時方向、1200メートル先で味方部隊が、強力な敵部隊の攻撃を受け危機的状況下にあります。
士魂号では間に合いません。すみませんが、急ぎ救出に向かってください」
「わかりました。敵の規模は?」
場所を確認する田辺。確かに、その方向からは爆音が聞こえる。

「スキュラ2、ミノタウロス3、ゴルゴーン4。他、きたかぜゾンビ、キメラ等多数。大丈夫かい?」
オペレーター瀬戸口が、いつもの軽い調子で絶望的な状況を伝えた。
「…了解、問題ありません。直ぐに行きます」
頭の中で、スペアの弾倉の数を瞬時に確認した田辺は、あっさりと大丈夫と言い切った。

通常部隊では絶望的、士魂号でも単独では困難なこの状況で、たった一人でどのように戦うのか?
『幸せの青い鳥』の異名を持つ、この青い髪の少女のエースたる所以が、直に証明される事になる。



田辺は、腰に装備したリテゴルロケットに点火、瞬時に戦場上空へ舞い立つ。
眼下には、レーザーを乱射、味方を蹂躙し悠々と飛ぶスキュラの姿が。
「まずは、スキュラから…ね」

田辺は、肩に担いでいた40ミリ高射機関砲を放り投げると、
その体を翻し、スキュラ目掛けて急降下を始めた。
スキュラとの距離が急速に縮まる!
強烈なGが、田辺の全身を軋ませ、その顔を苦痛に歪めさせる。

ズン!!
落下エネルギーの塊となった田辺の体が、スキュラを貫いた。
自身を槍とし、スキュラへ体当たり攻撃を行ったのだ。
強力な幻獣スキュラを倒す手段として、田辺が編み出した必殺の秘技。
これは、田辺の超人的戦闘力と、愛用ウォードレス『武尊』の高性能とにより、始めて可能となる。

どてっ腹に風穴を開けてゆっくりと墜ちてゆくスキュラを横に見つつ、着地する田辺。
次の瞬間には、タイミング良く落ちてきた、先程の高射機関砲をキャッチした。
「次!」
田辺に狙いをつけたきたかぜゾンビが、一斉に旋回する。
が、次の瞬間には、田辺の高射機関砲が火を吹いた。
田辺は、ゾンビの装甲の薄いローター部分を確実に狙撃し、
ゾンビにロケット砲を撃たす暇を与えず、全てのゾンビを撃墜した。

瞬く間に味方をやられ、怒りの表情で、文字通り血眼になり敵を探す幻獣の群れ。
その頃、田辺はビルに隠れて弾倉を装填していた。
「さて、次は…」
田辺は、ビルの影に隠れ、慎重に敵を観察する。
やがて狙いが定まった田辺は、ビルの影から高射機関砲を構えた。

ドン!!
重い砲声とともに、一体のゴルゴーンの頭が吹き飛んだ。
残ったゴルゴーン達が、銃声の聞こえたビルに生体ミサイルを叩き込む。
ミサイルの斉射を受け、轟音とともに崩れ落ちるビル。
だが、田辺はすでに別の場所へ移動していた。
味方の敵を取り歓喜のゴルゴーンに、田辺は再び銃口を向けた。
頭を吹き飛ばされ、崩れ落ちるゴルゴーン。
残った一体も、同じく機関砲の狙撃で倒された。

またもビルの影に隠れ、残りの弾丸を確認する田辺。
残りはミノタウロス3体とスキュラ1体。
他の雑魚の相手も考えると、今の弾数では心元無い。
そう判断した田辺は、機関砲を捨ててビルの屋上へ駆け上がった。

屋上から下界を見下ろす田辺。
眼下では、ミノタウロス3体が固まって立っていた。
仲間を倒され、激怒の表情のようだ。
「…よし!」
突然全力ダッシュした田辺は、そのまま屋上からジャンプした。

グシャッ!
ビルの屋上から飛翔した田辺は、一体のミノタウロスにカカト落しを決め、
その頭を粉々に粉砕した。
残ったミノタウロスは、一瞬、何事が起きたか理解できないで立ちすくむ。
次の瞬間、一体のミノタウロスが血を吹き出し崩れ落ちる。
その眉間には、カトラスが深々と突き刺さっていた。

ようやく事態を悟った、最後のミノタウロス。
田辺の姿を見止めると、その巨大な棍棒の如き拳を振り下ろした。
田辺は、その拳を僅かな動きで回避したかと思うと、
今度はミノタウロスの腕にしがみつき、パンチを外しバランスを崩したミノタウロスに背負い投げを決めた。
投げ飛ばされ、大音声で大地に叩きつけられるミノタウロス。
田辺は倒れたミノタウロスめがけてジャンプ、軽快なステップでその頭を砕き絶命させた。

が、その背後ではスキュラが必殺のレーザーを撃たんとしていた。
スキュラの禍禍しい眼から放たれるレーザー!
しかし田辺は、それを予想していたのか、発射の瞬間に飛びのいてレーザーを回避する。
戦車をも一撃で破壊するスキュラの大出力レーザーは、その目的を果たす事無く、戦友を火葬した。
敵を見失い、動揺するスキュラ。
その頭上には、田辺の姿が。
スキュラが田辺を見失った隙に、背後に回り込み大跳躍したのだった。

スキュラの背中に飛び乗った田辺。
深呼吸をし、一瞬気を鎮める。
「ええええええええええええええええええい!!!!!!!!!」
次の瞬間、田辺の拳が光り輝き、その拳を渾身の力を込め、スキュラに叩き込んだ。
一瞬動きを止めるスキュラ。
が、次の瞬間、スキュラは体の至る所から血を噴出し、全身が大破裂した。
田代直伝の『神の拳』が、衝撃波となってスキュラを内部から破壊したのであった。

スキュラの血やら肉片やらを全身に浴びて着地する田辺。
すかさず機関砲を拾い、残った幻獣の群れに向ける。
銃口を向けるまでも無く、残ったキメラやナーガ、その他小型幻獣が算を乱して逃げ出した。
田辺は残った機関砲の砲弾を全て、逃げる幻獣の群れに叩き込んだ。


部隊装備の輸送車及び補給車は戦場後方で、整備班と共に待機している。
やがて地平線の向こうから、士魂号、スカウト、指揮車の実戦組のシルエットが見えてくる。
「はいみんな、パイロット達のお帰りよ!お迎えしてあげて」
原整備班長が整備士達に言う。
班長殿に言われるまでも無く、整備士達は無事に戻ってきた戦士達に詰め寄る。
が、彼等は士魂号を無視し、指揮車に跨乗した田辺に群がった。

「何だよぉ、俺達は無視かよぉ〜畜生!」
「仕方ないよ…田辺さん強いんだもの」
士魂号2番機の滝川が毒づくのを、3番機パイロットの速水がなだめる。
「厚志よ、そなた戦車が歩兵に負けて情けないとは思わぬのか?!」
ここ最近スコアを田辺に独り占めされ不機嫌な、3番機ガンナーの舞が速水に噛み付く。
「まあまあ、皆さん無事に帰れたのですから、善しにしませんか?ねっ」
1番機パイロットの壬生屋が皆をなだめにかかる。
「うむ…今回はそうする事にしよう」
ようやく機嫌を戻した舞。
「それにしても田辺の奴め、恐ろしく強い…一体、あやつの何がそうさせるのであろうか?」
整備士に囲まれた田辺の姿を見ながら、舞は歎息の言葉を漏らした。

田辺に群がり、賛美の言葉をかける整備士達。
が、田辺がヘルメットを脱ぐと整備士達が一斉に引いた。
ヘルメットを取った田辺の顔は、生気を失い、髪の色並に真っ青になっていた。
田辺は、己の身一つで士魂号以上の働きをする為に、常に自分の肉体に限界を超越する事を要求する。
それは、精神的にも肉体的にも想像を絶する負担となり、全身を酷使していた。
それはさながら、己自身を戦女神への捧げ者としているかの如し。

精魂尽き果て、整備士達をぼんやりと眺めていた田辺だったが、
整備士の群れの中から、いかにも育ちの良さそうなロン毛の男、即ち遠坂の姿を確認すると、田辺の顔に血の気が戻った。
田辺は遠坂の方へヨロヨロと歩き出たかと思うと、突然抱きついた。

「ただいまっ☆」
先程の幻獣を狩る時の修羅の表情はどこへやら、全身いっぱいに喜びの表情を見せながら遠坂にぎゅ〜っと抱きつく。
「はい。お疲れ様でした」
抱きつかれた遠坂も、全く違和感無しに田辺に言葉をかける。
後は言葉も無く、ひたすら子猫のように遠坂にいちゃつく田辺。
遠坂も抱き付かれるまま、いちゃつかれるまま、落ち着いた笑みで田辺を受け入れる。
上流階級出身らしく、実に(嫌らしいほどに)落ち着いたものだ。

その光景を見せつけられるや、整備士連中は「はいはい、ごちそうさま」と、呆れ顔で引いてゆく。
田辺は、女子高時代に遠坂に助けられて以来、白馬の王子様か何かのようにベタ惚れしていた。
遠坂の方も、マイロードだか何だか知らないが、田辺への入れ込み様は尋常ではない。
それにしても、このいちゃつきは異様だ。
先述の通り、戦闘では神経が限界ギリギリの極限状態に置かれる為、その反動が一気に来てしまったのだ。
戦闘の後で遠坂に精一杯甘える田辺の姿は、
小隊では既に恒例の事と皆は見なれているので、大した問題にはならない。
むしろ、死線を越えて荒んだ精神を癒すのは当然、と回りからは許容されている。



既に士魂号を収納し終わり、静まり返ったハンガー。
夜も更け、誰も居ないそこに遠坂が一人座っている。
その傍らには、田辺が穏やかな寝息を立てていた。
戦闘が終わり、後片付けも終わった後、
田辺は、いつも遠坂の肩に寄りかかって居眠りをする。
田辺に言わせれば、『私の心と体が、生きて帰れた事を喜べる時間』だそうだ。
遠坂は遠坂で、田辺が目が覚ますまで何時間でも彼女の寝顔を見続ける。

飽きもせずに、田辺の寝顔を愛しそうに眺める遠坂。
傍らの青い髪の天使は、幸せそうな寝顔で眠り続ける。
遠坂は、青い髪をそっとと撫でる。
前髪がサラサラと凪いで、ふわりと寝顔になびいた。

「……圭吾…さ…ん……私…しあわ…せ」
寝言で愛する者の名を呼ぶ田辺。
彼女はどのような夢を見ているのだろう?
遠坂は、想いを広がせつつ、また前髪を撫でる。
その前髪から覗く寝顔は、幾千万の財宝よりも美しく、価値のあるものだと遠坂は信じて止まない。

寝顔を眺め続けていた遠坂は、最近気になっていた事がふと脳裏を過ぎり、顔を曇らせる。
最近、両親が結婚の事を言い出して、煩く思っている。
まだ15、6そこそこの年では、まだ早いと拒絶するのだが、
そんな息子の意見を無視し、自分の家柄に相応しい(と思い込んでいる)上流階級の相手選びに、今のうちから没頭する両親。
無論、息子の幸せなど度外視した、成り上り者の遠坂家の家柄を上げる為の政略結婚以外の何物でもない。
この前など、お見合いを薦められて、嫌々ながらも出たりもした。
遠坂は、このような両親の行為に深い嫌悪感を抱いている。
もし一緒になるとしたら、傍らで寝息を立てでいる彼女しかいない、と心の中で決めていた。

突然鈍い振動音。遠坂の携帯のだ。
電話をかけてくる相手が大概予想がついている遠坂は、「やれやれ…」と、ため息混じりに電話に出る。

「もしもし、私です」
案の定、父からであった。
内容も予想通り「お見合いがあるから週末は帰って来い」であった。

「…ですから、前にも言ったでしょう?大事な仕事があるって」
当然ながら、拒絶する遠坂。
しかし、父は「そんな連中の相手にする必要は無い」と言う。
ここで手を抜けば戦友の命に関わる、と頑として拒絶するも、
「そんな奴らの代わりなど、いくらでも居る」と言い出す始末。
不快感を通り越して、呆れてしまう遠坂。

「…とにかく、帰れませんからね。切りますよ!」
田辺を起こさないように、小声で話していた遠坂だったが、
父の信じられないような言動に、思わず声を荒げてしまった。
「……やれやれ」
遠坂は、選民思想の権化たる父と、田辺の寝顔とを見比べた。
あの男と、この天使とが同じ人間だろうか?思わず深〜〜いため息をついた。

「…そうなんですよね」
田辺がむっくりと起きだした。
「あ、起きましたね☆」
遠坂は、先程の不快感を胸底にしまい込み、突貫作業の作り笑顔で田辺に微笑んでみせた。
「そうなんですよね…」
田辺は遠坂の笑顔に答えず、暗い表情で語り始めた。
「えっ、一体何がですか?」
さっきの電話を聞かれたのか?!遠坂は懸命にとぼけてみせる。

「圭吾さんと私は、住む世界が違い過ぎるんです…」
田辺は、ボソボソと語り始めた。
図星を食らった遠坂が蒼ざめる。
「今はこうやってつきあってますけど、除隊すれば、戦争が終われば…貴方は私の手の届かない場所へ行ってしまう…」
悲しみの表情に涙さえ浮かべつつ、田辺は言った。

「そんな事はありません!」
遠坂は、キッと真剣な顔で、田辺の悲観的目測を否定する。
「僕は貴方が一番好きですし、もし一緒になるなら、絶対に貴方しか居ない…」
言い出して思わず赤面してしまう遠坂だったが、ここで怯んでは彼女に失礼だと、再び表情を締めて語る。
「…何としても両親を納得させて見せます。もし駄目なら、僕は遠坂家を捨てます!僕の手で貴方を養う事ぐらいできますから。大丈夫、僕は貴方から離れませんよ」
顔を真っ赤にしながら、遠坂は自分の意志を、熱心に田辺に説いた。
本人の熱心さと、客観的に見た滑稽さとのギャップからか、田辺の表情が和らいだ。

「この前貰った黄金剣突撃勲章は、終身恩給が付きます。私と、もう一人ぐらいなら食べて行けますから…」
田辺が遠坂に言った。クスクス、と笑みを浮かべている。
「酷いなぁ…僕だって、ちゃんと働けますよぉ」
苦笑いしながら遠坂は答えた。
「ハハハハ…」
「フフフッ…」
そして、同時に笑い出す。

「それに…あと1回か2回大きな戦いがあれば、黄金剣翼突撃勲章が貰えます」
笑いが止むと、田辺は再び語り始めた。
「アルガナ勲章となると、国家的英雄って事になるそうです。そうなれば…圭吾さんのご両親も認めて下さりますね☆」
幻獣150撃墜で授章される、文字通りの英雄の証。それを貰うと、笑顔で宣言する田辺。
確かに彼女ほどの者ならば、授章は最早時間の問題であろう。
しかし遠坂は、彼女の言葉にちょっと釈然としないでいた。

「貧乏な私が圭吾さんと釣り合うには、今の時代なら戦時英雄になるしか無いんです。幸い、私には戦う事が出来ます。だから…」
遠坂は、田辺が何故あのように鬼神の如く戦うのかを理解した。
が、それは、反幻獣派を踏み台に野心を満たす、
自分は安全な場所で特権を享受しながら主戦論を叫び、貧しい人達を死地へ追いこむ、
遠坂が最も嫌っている父を喜ばせる事になる。
遠坂は、田辺の好意を喜んで良いのか否か、戸惑いを感じていた。
そんな遠坂の心裏を読んでか、田辺はニッコリと微笑んで語り出した。

「確かに、『反幻獣派の急先鋒の遠坂氏の子息と英雄との結婚』ってのは、政略結婚になるわよね…
でも私は、一緒になれるのなら、過程はどうでもいいと思います。ま、結果オーライでいいじゃないですか?…ね☆」
田辺は、とびきりのスマイルを遠坂に向けた。
ようやく遠坂の疑念が晴れ、その表情が和らいだ。

「でも、僕には…戦場で戦う貴方に何もしてあげられない…」
ようやく笑顔に戻った遠坂だったが、またも表情を曇らせた。
「帰ってきた時に、圭吾さんが傍にいてくれる…それだけで、私は幸せです」
田辺は顔をほんのり赤らめ、遠坂に肩を寄せた。

「わかりました。僕でよければ、貴方の支えとなりましょう」
ようやく、全ての蟠り(わだかまり)が解けた遠坂。
「ただ、僕に一つだけ約束して下さい」
遠坂は、真顔で田辺に詰め寄る。

「絶対に…僕を置いて死なないでください」
遠坂は、田辺の手をぎゅっと握った。
遠坂の大きな手から、温もりが伝わる。
その温もりは、手から全身へと浸透する。
「は…い」
顔を真っ赤にしながら、田辺が答えた。


肩を寄せ合う。
トクン…トクン…
互いの鼓動が伝わる。
遠坂の大きな手が、田辺の華奢な肩に触れる。
田辺は、無言でその手を受け入れた。

「幸せ…ですか?」
微かな吐息が耳を紅に染める。
「ええ…幸せ…です」
熱い吐息を洩らし、答える。

そっと目を閉じる。
唇に柔らかい感触が伝わる。
唇伝いの幸せに、全身が熱くなる。

愛に飢えた者と、幸せに飢えた者が回り逢い、手に入れた幸せの種。
二人の種は、ようやく芽吹いたばかりであった。


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