ガンパレ妄想劇場11.5



優しく降り注ぐ旭日、晩秋の清涼とした空気。
この清々しい朝の前には、築30年のボロアパートの一角の、
物が散乱し絶望的な状況と化しているこの部屋でさえも、優しく浄化してしまうようだ。

しかし、この部屋の一角。万年床の主は、激しく悩んでいた。

「ぬ、ぬぅ…これはどう云う事か?!」
布団から起き出そうとした舞は、言う事を聞かない体に驚愕し、唸った。

布団から…出られない。

「否、冗談ではない!芝村とも有ろう者が、まさか、布団の心地よさに屈するなど有ろうものか?
そのような事は、あってなるものか!」
舞は、布団の心地よさに、つい起き出すのを躊躇してしまっていた。
日を重ねるごとに朝気が冷たくなるこの時期、
常人なら、至極当然あり得る事である。
が、当事者が『芝村』であるが故に、ちょっとややこしい状態に陥っていた。

「第一だな…世界の支配者になろうと云う者が、寒きを口実に、寝床から出ぬとはどういうことか?!そんな事が許されるとでも思っているのか!!」
本能と理性の狭間を必至に葛藤する舞。
尤も、我々のような凡人には、布団に潜ってワケの変わらない事を呟く変な人にしか見えないが。

「ま、まぁ…誰も見てない事だし、遅刻さえしなければ良いのだ、うん。そうすれば誰にも発覚はせぬ。結果オーライであれば良いのだ。そうだ、そうすれば良いのだ」
舞なりに散々悩んだ結果、とりあえずはギリギリまで布団の快楽を享受する事にした。
今の時間は0655時。
身支度や速水の弁当を作る時間などを考慮すると、舞に残された時間は、30分強となる。
ふにゃ…ん。
布団の温もりに、しばし身を委ねる舞。
その満たされた笑みは、ネコを抱っこした時の如く。或いは、速水に愛された後の如く。


しかし、その快楽も長くは続かない。
0730時。
多目的結晶体から脳へ、非情な現実が機械的に伝達された。
もう起きないと、間に合わない。
舞は、したり顔で非情な現実を突き付ける時計を恨んではみたが、仕方が無い。
そうしてる内にも、瞬く間に時間は過ぎて行く。
「もう起きなければ、厚志めへの弁当を作らねば…」
舞の理性を司る大脳は、自身の体を起こそうとするが、行動全般を司る小脳が言う事を聞かない。
理性と本能が一進一退の激しい攻防戦を繰り広げていた。

「…厚志は私のカダヤである。カダヤならば、多少の苦労は甘受するのも已む無し…否、当然であろう。よって、一日ぐらい弁当を忘れても奴は許してくれるだろう。きっとそうに違いない。何故なら、私がカダヤに選んだ男であるからな。そうだな、そうであろう?」
以上の如く、訳の分からない理屈を紡ぎ出した舞は、2回目の二度寝に突入した。




全ての悲しみに終わりが来るように、喜びにもまた、基本原則的に終わりが来る。
0800時。
もう起きなければ、遅刻してしまう。
しかし、布団の魔力に魅せられてしまった舞は、最早、動く事すら出来ない。

「ぬぅ…こんな事ならば、無理をしてでも早く起きるべきであったか…」
寒い時の布団は中毒性が高い。早い段階で見切りをつけないと、起きそびれてしまう。
機を逃してしまった舞。後悔してみたが、既に遅い。

「い、いかん!このままでは本当に遅刻してしまう。私は芝村である!芝村がこのような醜態を衆目の目に曝け出してみろ?天下の笑い者ではないか!」
布団のなかで独り言を呟く舞。客観的に見ると、明かに危ない人である。
「特に、あ奴めにこの失態を知られたら、一体どうなる?!一生弱みを握られてしまうではないか!!」

「呼んだ?」

布団から顔を出した瞬間、
舞が一番『弱みを握られたくない』その張本人たる、ぽややん顔が目の前に現れた。

「▼п怱v`жc□@▲!!!!!」
まったく想像しない事態に、機種依存文字を総動員し、驚きまくる舞。
「き、きききききききき貴様ぁ!!なななな何故にここにいるのだ?!!!!」
すっかり動転しきった舞が、至極当然の如く枕元に立つ、その人物に怒鳴りつける。
「だって、舞がなかなか来ないから心配になって来たんだよ?」
ぽややん顔こと速水が、舞の枕元でニッコリと答えた。

「来ただと?!鍵は掛けたハズだ!!」
「ん?…あ、ああ、鍵ね」
至極自然体で部屋に入ったつもりの速水。
始め、舞が何故にここまで言うか理解できないでいたが、直ぐにその意味を理解した。

「舞…いいかい?」
速水は、舞の顔に、キスしてしまうギリギリまで接近し、舞に語りかける。
「鍵ってのはね、不特定多数の人物の侵入を防ぐのには有効だけど、明かな意図を持った人間の侵入に対しては、案外、非力なんだよ」
そう言うと、速水はニッコリと微笑み、舞の目の前に針金を出してみせた。

「それより、今日はどうしたの?体の具合でも悪いの?」
怪訝そうな表情で、速水は舞に尋ねた。
「な、何でもない!貴様には関係の無い事だっ!」
まさか、布団が心地よくて出られない、などと言える筈も無い舞。
いつもの口調で、速水の質問を拒絶した。

「…なるほどねぇ…確かに、今の季節から布団が恋しくなるもんねぇ」
「!!!!!」
な、何故だ?!
自身の本心を的確に当ててのけた速水に、舞は絶句し、困惑する。
ふと、左腕辺りが涼しくなってる事に気付く。
「き、貴様?!」
流石は賢明な舞。この謎の答えを、瞬時に解いてみせた。
速水は、いつの間に舞の左腕を布団から引っ張り出し、結晶から意志を『盗聴』していたのだった。

「ば、ばばばばばばばばばばば馬鹿者!!!!!!」
思いも寄らぬ行為に、怒り絶頂で速水に怒鳴り散らす舞。
「いいじゃない。僕は舞の事はぜ〜んぶ知ってたいからね」
舞とは対照的に、平然と答える速水。
「それに、結晶出すぐらい何て事ないよ?もっと『恥ずかしいこと』やってるし」
「!!!!!!!!!」
舞は、クラスター弾を放りこまれたように、顔が火を吹くが如く真っ赤になった。

「ば、ばばばばばばばばばばばば馬鹿者!!!!!!」
「台詞がさっきと同じだよ」
「たわけが。『ば』が一つ多いではないか…って、そういう問題ではない!」
とんでもない事をあっさりと言ってのける速水に、舞は顔を真っ赤にして抗議する。

「でもさぁ…布団が恋しくなったっていいじゃない?そんな所にまで『芝村』にこだわる必用も無いと思うけどね」
「お前はそう言うがな、私とし…!!!!」
速水の問いに答えようとした瞬間、舞は、今日何度目かの驚愕を喫する事となる。
いつの間にか、速水も布団の中に入っていた。

「ば、ばばばばばばばばばばばばば馬鹿者!!!!!!」」
「だから、さっきと台詞同じだって」
「愚か者!『ば』が一つ増えているではないか…って、そんな事を言ってるのではない!!」
速水の意表を突く行動に、またも狼狽しつつ驚愕する舞。
「いいじゃない☆」
布団の中で、速水は舞の体を抱き寄せた。
「わっ!な、なななななななななな?!?!」
速水は、動転する舞を無視し、抱き寄せた舞の耳元で呟くように囁く。
「また、始まった。下らない事で強がって…『芝村』ってそんなに窮屈なものなの?」
「お、お前には言われたくはない!」
速水に痛い所を衝かれ、舞はプイっとそっぽを向いた。
「舞は強くならなければいけないって思ってるようだね。確かに君は人の何倍も努力してる」

「でも…」
速水は一言置くと、目をそらしてる舞の顔を、自分の方にぐいっと向けた。
「でも、僕が思うに、本当に強いって事は、弱い所を素直に認める勇気を持つことじゃないかな?その上で、弱点を克服する努力するもいいし、弱点を補う工夫をしてもいい」

「今の舞は、素直じゃないね。強くなくてはいけないていう脅迫概念ばかりが先行してて、無理して肩肘張ってる」
速水は、舞の目をじっとみつめつつ語る。穏やかだか、真摯な視線が舞に向けられている。
速水にこのような顔をされると、いつも舞は固まってしまう。
「いいんだよ…強がらなくても。僕の前だけでは、ね」
そこまで言うと、速水は再び、舞の肩を抱き寄せる。

「フッ…確かに、貴様の言う通りかも知れぬ。だが、幾ら尤もらしいゴタクを並べたところで、遅刻と言う大罪を弁護できる訳ではない!そうであろう?」
布団が恋しくなるという反応を、凡人の習癖として拒絶しようとする舞の思想を、単なる強がりだと否定する速水。
が、そこに遅刻の危機に有るという本質的な問題を持ち込んだ舞。
ようやく一矢を報いた喜びか、舞は、お決まりの芝村的不敵表情で速水を見る。

「あっ、そうか…でも、もう遅いよ」
「?」
「だって、始業時間はとっくに過ぎてるし」
「な、何ィィィィィィ!!!!!!」
結晶で確認すると、時刻は既に0905時を指していた。パーフェクトに遅刻である。

「ば、ばばばばばばばばばばばば馬鹿者!!!貴様のせいで遅刻ではないか!!」
激怒しつつ布団から飛び起きる舞。何だ、やれば出来るじゃん。
「もう遅いよ☆」
速水はニコニコしながら、飛び起きた舞を、再び布団へ引きずり込んだ。
「別にサボったっていいじゃない。戦況は優勢だよ」
速水達の熊本鎮台は、既に自然休戦明けの九州中部掃討作戦で大戦果を上げているので、
九州大反攻が始まるまでは、現状維持のままで済む。

「確かに当分はまともな戦闘は無い。しかし授業があるではないか!」
抱きつく速水の腕の中で、じたばたしながら舞は反論する。
「授業?舞ほどの天才に、今更、習う事ってないじゃない?」
「授業は退屈だが、理由無く秩序に逆らうのは賢明な策ではない。それに私は良くても、お前には学問をする余地が有るではないか!」
あくまでも離さない速水。舞は、抱きつかれた子猫のように、じたばたし続ける。

「僕はね、舞と一緒に居る方がよっぽど勉強になるよ」
一言呟くと、速水は、舞をぎゅっと抱きしめた。
一瞬戸惑った後、舞は腕の動きを止め、速水の行為を無言で受け入れた。

「色んな知識と技術…そして『楽しい事』も教えてくれたし」
「う…む………な、何?!!」
速水の発言の『不適切個所』を瞬時に理解した舞は、顔から火が出るほど赤面した。
「馬鹿者!馬鹿者!あ、アレは…そ、その、貴様が強引に…だ、だからであろう!!ば、馬鹿者〜〜〜〜!!」
バーサークした舞は、布団の中で暴れだした。

「?!!!」
速水は、暴れる舞を、押さえ込むように抱き寄せた。
急な事態に、舞の動きが止まった。

「舞…可愛いよ」
速水は舞の耳元で一言だけ呟くと、無言で舞を抱きしめた。
それっきり、何も言わない。

速水と舞が居る、四畳半の時間が止まる。
静寂。
物音は無し。時折通る電車の遠い音だけが耳に届く。

トクン…トクン…
舞の体に、速水の鼓動が伝わる。
心のオルゴールを心で聴く。

舞の鼓動が、速水の鼓動と徐々に重なっていく。
やがて、一つとなった。

速水と舞は、穏やかな寝息をたて、
二人の世界を享受していた。




「いつも済まぬな」
「いいんだよ、気にしないでよ」
速水は、準トレードマークのふりふりエプロンを羽織り、夕食の支度に勤しんでいた。
結局、そのまま眠ってしまった速水と舞。
気付いた時には既に夕刻。慣例により、速水が夕食の準備をする事となった。

「…ん?何をしておる?」
舞が怪訝そうに尋ねる。速水はじっと窓の向こうを見ていた。
「あ、うん。熊本(ここ)もすっかり変わったなぁ、って」
速水の視線の向こうには、夕日に照らされた熊本の街。
「ふむ、そうだな…一時はどうなるかと思ったものであるな」


今防衛戦の最前線、熊本。
実の所、休戦期直前までは、危機的状況に追い詰められていた。
幻獣は我物顔で市街を破壊し、日を追うごとに、街から人の姿が消えた。
後から善行から聞いた話では、四月末の段階で、熊本の放棄が決定していたという。

しかし、速水と舞らの5121小隊の伝説的な奮戦により、
休戦期までに熊本からの幻獣の駆逐に成功した。
この軍事史に残る奇跡的快挙により、軍部は九州放棄を撤回。
反撃の拠点とすべく、熊本の強化に乗り出した。

自然休戦期の間に、熊本に予算と物資が注ぎ込まれた。
その影響で、熊本に一部の民間人が戻り、
少しづつではあるが、熊本は活気を取り戻していった。

「こうやって熊本の街を見てると、僕達の頑張りは無駄じゃなかったんだ…って思う」
「同感だ」
速水と舞。彼等の努力の結晶、甦りつつある熊本の街を眺めていた。
「じゃ、ご飯にしようか」
「うむ」


食事を終え、お茶を楽しみつつ歓談する速水と舞。
突如、速水が立ちあがった。
「おっと、今日はゴミの日だった。ちょっと捨てに行ってくるね」
そう言うと、速水は台所に転がっていた巨大なゴミ袋を背負った。
「ゴミだと?これが…か?」
家の生ゴミにしては、余りに巨大なゴミ袋。舞でなくても、疑問に思う。

「…ああ。そうか、そういう事であるか」
「そういう事☆」
少し考えて、ようやく舞も合点した。
そういえば、この『妄想劇場』シリーズの準レギュラーがまだ出ていなかった。

「お前、そう言うところは抜け目無いな。私でさえ、奥様戦隊の存在自体を忘れておったぞ」
舞は、速水が担いでいる巨大ゴミ袋を眺めて苦笑いした。
袋からは毛ズネがはみ出ている。
「ま、まさか、先程の夕飯…」
「いや、それはないよ。さっきのお味噌汁、スネ毛は入ってなかったでしょ?」
「ハハハ…そうであるな」
秋の夜長、歓談は遅くまで続いた。


次の日、善行は授業を休んだと言う。


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