ガンパレ妄想劇場2.19


土曜日の夜も遅い時間、小隊長執務室の明かりは未だ点いていた。
執務室の中では、善行が熱心に書類に目を通し、決済を行っていた。
善行の傍らでは、手伝わされたのか、原が散乱している書類をファイルに纏めている。

「いやはや、貴女のお陰で助かりましたよ」
「少しは感謝しなさいよね!」
善行の素っ気無い言葉に、原は、かなり不機嫌そうな表情で応えた。

「ええ、感謝してますよ。これで性格が良ければ、最高の女性なのですがね」
「誰の所為だと思ってるのよ!」
善行が言えば原が噛付き、原が言えば善行が一言多く返す。
いつもの夫婦漫才調の会話を繰り返す、善行と原。これはこれで、案外仲が良いのかも。

「そうだ、お茶にしませんか?先ほど、芝村さんにクッキーを頂いたんですよ」
「芝村さんから?」
意外な相手に、不思議そうに原が尋ねた。

「ええ、『仕事で忙しいだろう。仕事の合間にでも食らうが良い』ってね」
「芝村さんがねぇ…」
仕事の疲労でか、アンニュイの表情で机の上のクッキーを眺めていた原。
が、ふと立ちあがりクッキーを掴むや、疑惑の表情でその手のクッキーを凝視した。

「なるほどねぇ…」
原は、おもむろにデスクの受話器を取り、放送をかけた。
「若宮くん、若宮くん。至急、執務室までき…」
「若宮戦士。原副指令の命により、只今出頭致しました!!」
原の言葉が終わるよりも早く、若宮がドカドカと執務室に駆込んで来た。

「ねぇ、若宮くん?」
原は、魅惑するように若宮にすり寄った。
若宮はその顔を赤面させ、直立不動で固まってしまった。
そして、原は吐息を感じるまでに至近接近し、甘い表情で、若宮を魅惑する。
「このクッキー、『若宮くんの為に』作ったの。食べてくれる?」
日頃から原にぞっこんであった若宮にとって、『若宮くんの為に』の一言は、NEPの一撃よりも強烈な打撃で脳神経を破壊した。

「ハッ、副指令殿のお心遣いに、不肖若宮。感激の涙で前が見えないであります!!」
そして、すっかり轟沈してしまった若宮は、催眠術にかかったかの如く、クッキーを受け取るや、スキップで執務室を後にした。
途中歩数を誤り、頭をぶつけて執務室ドアを破壊してしまったが、憧れの原のプレゼントに喜び一杯の若宮に痛みを感じるワケがなかった。

「やれやれ、これで仕事評価が150ぐらいは低下したでしょうかねぇ…」
若宮の頭の形に穴が開いたドアの上を眺めながら、善行は、嘆くように呟いた。
「それにしても、これはどう言う事ですか?原さん」
折角のクッキーを取り上げられて、善行は不満げな顔で、原に抗議した。
「直ぐにわかるわよ。フフフ…」
不適に笑いながら、原は応えた。

間もなく、若宮が倒れて整備員詰め所に担ぎ込まれた、との報が飛び込んできた。



「これ……テトロドキシン……神経性…即効性…が…」
小隊医務官の石津が、ピクピクとケイレンしてる巨体を横目に、ボソボソと症状の解説を始めた。
石津が言うには、クッキーの中に、フグ毒のテトロドキシンが入っていたらしい。
これは、瞬間的に神経を麻痺させ、心臓を止めてしまう、即効性の高い猛毒だそうだ。
服用量によっては意図的に仮死状態に陥らせる事が出来、その効果を利用したヴードゥーの秘薬、ゾンビパウダーの主原料にもなっているらしい、と、魔術に造詣の深い石津は言った。

「若宮くん…だから…他の……間違い無く…」
ミノのストレートを食らってもピンピンし、ガハハと笑いながら殴り返す程の、超人的に強靭な肉体を持つ若宮だからこそ、死なずに済んだものの、もし善行達が食べたなら、間違い無く命を落としただろう。と、説明を終わらせた。

「危なかったですねぇ…しかし、何で芝村さんが…」
腕組をし、思索にふける善行。しかし、すぐに合点がついたらしく、眼鏡の奥底を光らせた。
「これは…我々、奥様戦隊に対する挑戦と見て良いと思いますよ?」
「何か思い当たる事でも?」
「ええ、明日の彼等のデートなんですがねぇ…どうやら、速水くんが準竜師に、映画のチケットを陳情した様なんですよ」
原の疑問に、眼鏡を直す善行ポーズで応える善行。

「映画館って事は…」
「ええ、つまり『そう言う事』なのですよ」
速水と舞の映画館でのデート(3)といえば、『そういう』行為に至る。
舞としては、何としても奥様戦隊を排除せねばならないと考えるのは、当然の事である。

「成るほどね…善行、早速、速水くんがどこのチケットを貰ったか、調べて頂戴」
「わかりました。で、原さんは?」
「フフフ…私に考えがあるわ」
原も、例のお決まりのポーズで、不敵に笑ってみせた。

「味なマネをするわね、お嬢ちゃん☆例え芝村でも、奥様戦隊をナメたらどんな目にあうか、思い知らせてやるわ…」
獲物を前に舌なめずりする雌豹のように、不敵に微笑んだ。

無論、舞もこの程度の姑息な手段で、奥様戦隊を止める事が出来るとは毛頭考えてはいない。
だからこそ、クッキーには敢えて、若宮を無力化させるレベルの、即ち、並の人間の致死量を遥かに越えた量の毒を盛ったのである。
今回は、奥様戦隊への警告を兼ねた挑戦状であり、奥様戦隊を葬る為の『真の罠』は、当日に準備してあるのであった。



日曜の昼下がり、尚敬高校校門前。
速水がソワソワしながら、舞を今や遅しと待っていた。
「待ったか?」
「ううん、今来たところ」
舞が息を切らしながら駆込んできて、速水が何事も無かったかのように出迎える。
この2人、幾度もデートを重ねて来たが、毎回毎回、上記と同じパターンでデートが始まる。

「…化粧してきたの?」
「へ、変か?」
「ううん、よく似合ってる。色っぽいよ…惚れ直しちゃった」
「た、たわけ!」
この一連のやり取りも、毎回毎回続いてる。恋は盲目と言うが、よくもまぁ飽きないものだ。

今回のデートは、速水が貰ってきたチケットで映画館へ行き、帰りに食事をした後で、ホテルなり速水宅なりで締めくくる、という完璧なスケジュールが組まれている。
しかも、今回のデートは映画館。となると必然的に『例の』行為に至るワケである。
恋するカップルならば珍しくも何とも無い事だが、芝村の義務に拘る舞としては、その光景を奥様戦隊に目撃されるワケにはいかなかった。
奥様戦隊を葬る!そう決心し、芝村の意地に賭け、奥様戦隊狩りに挑む舞であった。



夕日に映える映画館。
妖艶な美しさの美女と、大ゲサに正装した巨大な野獣とが映画館へと向かった。
その背後には、見るからに怪しげな変装男が尾行していた。

「じ、自分は、そ、その…憧れの原さんと、で、で、でえとできて光栄であります!」
「私もよ、若宮くん☆」
コチンコチンに固まってしまった若宮に、腕組をした原が言った。
映画館入り口前で、原は、おもむろに若宮の背中に抱きついた。

「は、原さん…い、いいい、如何なされたので、あ、あ、ありますか?!」
当然の事ながら困惑する若宮。
「若宮くんの背中…男っぽくてステキよ……このまま歩いて良いかしら?」
若宮の筋肉質の背中に顔を埋めながら、原は得意の甘い囁きで、若宮を誘惑する。
甘く囁く原の声と、甘い香水の香りで迫られては、若宮には最早、抵抗する術は無い。

「も、もちろんであります!自分は原さんの為ならば、どのような事でも…」
すっかり舞い上がってしまった若宮は、丁度、原の盾になるような形で、映画館の中に入って行った。

ドオオオオオオオオォォォォォォン!!!!!!!!!

突然轟く爆音に、既に映画館に入っていた速水は驚いた。
「ま、舞…今の爆音、何?」
「ああ、アレか。幻獣阻止用指向性地雷が爆発したのだ」
速水の当然の疑問に、舞は平然と答えた。
「す、スーパークレイモア?!何でそんなのが?」
「決まっておろう。あの忌々しい奥様戦隊を葬る為だ」
ここまでも恐ろしい事を、あたかもゴキブリを退治するかのように、平然と言ってのける舞。

「…トラップってワケだね」
「そうだ」
「でも、あの2人だけを狙わないと無意味じゃん。どうすればいいの?」
速水の疑問に舞が答える。
「左手の多結晶体があろう。アレには、神経への伝達端子の他にも、個人情報を記入したIDカードの役目も含まれておるのだ」
「そ、そうなんだ」
「広範囲かつ多数の多結晶体のデータを瞬時に読み取り、脱走兵を識別し摘発するシステムを、風紀委員憲兵が配備しておるのだが、それを応用したのだ」
「つまり、善行司令と、原副指令の多結晶体を識別したら、地雷を起爆させるような罠を作ったんだ」
「そう言う事だ」

舞の、芝村的脅威的行動力に感心する速水。
その頃、廃墟と化した映画館入り口。

「……どうやら『賭け』は成功したようですね」
煤を払いながら、怪しい変装男改め、奥様戦隊善行は、眼鏡を直しながら言った。
「場所の性質上、攻撃は一方面に集中する。そう読んだの。だから、盾を準備したのよ」
巨大な消し炭を払いのけ、勝ち誇った笑みを浮かべる奥様戦隊原。
仮にも、自分に好意を抱いてる相手を、平然と『盾』と言ってのける原に、自分の選択は間違ってなかった。と、善行は内心思った。

「尤も、彼の犠牲には感謝しなきゃね☆」
元・若宮であった、巨大な消し炭に、せめてもの餞別に投げキッスをしてみせる原。
「今度、彼の昇進を陳情しておきましょう」
一言言うと、奥様戦隊ズは、映画館の中へと向かった。



映画館の中では、既に映画が上映されていた。
尤も、映画と言っても、クソくだらない戦意高揚プロパガンダ映画であったが。
当然、観客など十の指で数えるほどしか居ない。

「厚志…」
舞は、隣の席の速水に寄り添う。
ところが、普段の不機嫌そうな表情とは全然違い、満面の笑みを浮かべ、とても幸せそうに速水に迫る。

「ま、舞?!ど、どうしたの?!いつもと…違うね」
赤面しながら、普段と違う舞に驚く速水。
「たまには良いではないか☆」
そう言うと、舞は速水の腕にしがみつき、更に密着する。

奥様戦隊を倒した安堵感からか、舞は芝村の義務のしがらみから完全に解放され、恋する女の娘として、愛する人にあるがままの本心をさらけ出す事を決心した。少なくとも、今だけは…

「厚志……暖かい」
速水に密着した舞は、幸せを噛み締めるように言った。
「舞…」
そんな舞の姿に、愛しさを募らせる速水。思わず肩に手をかける。
「ん……」
舞は、華奢な肩を微かにぴくんと震わせたが、直ぐに速水の大きな手を受け入れる。
速水は、自分の胸の中に舞を抱き寄せた。そして、自分の胸の中の舞の顔を覗き込む。
「厚志…」
ピンク色に上気した顔。その瞳は、普段の不敵なそれとは全く違う。
その瞳は、速水に愛される。ただ、その悦びにひたすら酔っていた。
「舞……好きだよ」
速水は、舞の真っ赤になった耳元に、熱い吐息まじりに囁いた。
「私も……だ」
儚いまでに、幸せに溶けてしまった顔で、舞も囁く。

プロパガンダ映画の大家、呼鳥丹人監督の最高傑作『自由万歳!』は、最早彼等の眼中には無かった。

「お前に…逢えて…よかった……これからも…ずっと…私を……」
速水の胸の中に顔を埋め、舞はか細い声で囁く。
「うん、分かってるよ。僕はずっと舞を愛する。例え世界の全てが敵になっても、僕は舞の傍に居てあげる。約束するよ」
速水は、その抱いた腕に力を込め、優しい声で、舞に永遠の愛を誓った。
「約束であるぞ…」
「うん…」
胸から溢れんばかりの愛しさに、速水も舞も、その瞳は潤んでいた。
しばし無言で肌を寄せ合う速水と舞。

舞は、今にも泣き出しそうなその瞳をそっと閉じた。
そして、ピンクの口紅を薄く刷いただけであるが、とても艶やかな唇を突き出した。
速水は、そのポニーテールを優しく抱き寄せ、速水もそっと目を閉じた。
「ん……」
暗闇の中、暖かさと、舞の口紅の甘さとが、唇に伝わる。
自分でもどうする事も出来ない程、愛しさがこみ上げてくる。
思わず、抱き寄せた腕に力が入る。
舞も、速水の大きな肩に力の限り、抱きつく。
2人は無心に、互いの愛しい人の唇を貪り続けた。
「ぷはぁ…」
どれほどの時間が過ぎただろうか。
ようやく唇を離す『カダヤ』達。
唇から伸びる一筋の光の帯が、銀幕の光に照らされ、美しく輝く。

「ま、舞……ぼ、僕…もう…ガマンできない」
速水は、ガクガクと止まらない震えに耐え、ありったけの勇気を振り絞るかのように、泣きそうな小声で呟いた。
「僕、舞が…舞が好きだから…だから…舞が欲しい」
速水の告白に、優しい微笑で舞は応える。
「うむ、私も…だ」
「じ、じゃあ……」
悦びに上気する速水。もう心臓が止まりそうだ。
「…連れて行け」
ただ一言だけ舞は言った。
速水はコクンと頷くと、舞を抱き寄せ、席を立った。
寄り添うように『カダヤ』達は、互いの愛を確かめるべく、映画館を後にした。

しかし、その後を2名の男女がぴったりと尾行している事を、2人は知る由も無かった。



翌日、2人並んで学校に行く速水と舞。
「芝村には挨拶は無い。行くぞ」
と、いつものパターンだったが、奥様戦隊の干渉から解放され、心のままに愛し合った昨日の事を思い浮かべつつ、思わず出てくる笑みを抑えながら教室へと向かった。

「@●`〒×αc求」梶I!!!!」
機種依存文字をフルに使いながら、声にならない絶叫をする舞。
何事かと思いつつ、振り向く速水。
「こ、ここここここここここれは何だ!!!」
舞は、一枚の写真を手にし、力の限り動揺しまっくていた。
ふと速水の足元に一枚の写真。自分の机の中から落ちたらしいそれを、速水は見た。
「!!!!!!」
速水は、ほんの一瞬で、舞が動揺した理由を悟った。
その写真には、速水と舞の映画館での濃厚ラブシーンが写っていた。
まさか?奥様戦隊は倒されたハズでは?!その考えは、写真の裏に書かれたメッセージで完全に否定された。


親愛なる速水くんと芝村さんへ。
映画館での熱愛、しかと拝見させていただきました。
我等奥様戦隊の前では、貴方がたの抵抗は残念ながら無意味です。
よって、貴方がたを小隊公認カップルに任命します。
これからは、隠れずに、堂々と恋愛を楽しまれる事を望みます。
奥様戦隊 善行忠孝 原素子


写真の裏には、以上のメッセージが記されていた。
またしても、忌々しき奥様戦隊にしてやられてしまった事になった。

「あ〜〜〜つぅ〜〜〜〜〜〜しぃ〜〜〜〜〜〜〜」
速水は、背後の恐ろしいまでの殺気に気付き、振り向いた。
そこには、恐ろしい形相の舞が、バックに「ゴゴゴゴゴ…」の漫譜を飾りつつ立っていた。
そして何故か、頭には来須の帽子、拳には田代のライダーグローブ、首にはブータの首輪がそれぞれ装備されていた。

こうなると、速水は士翼号に睨まれたゴブリンである。
瞬間的に命の危険を感じた速水は、何とか舞を落ち着かせようとする。
「ま、舞…お、落ち着いて…僕は悪くな…」
「問答無用!!!!」
「うわああああああああああああ!!!!!!」
2度と復活できないように、念入りに徹底的にボコられる速水。

「…死亡確認」
動かなくなった速水を確認して、ようやく気が済んだ舞であった。

「あら、芝村さん。写真が落ちてますよ」
そんな事情を全く知らない壬生屋は、舞の足元に落ちた、善行撮影の『問題の写真』を拾い上げた。
「…………!!!!」
その写真を見るや、怒りの形相になり怒髪天を衝く壬生屋。
「そ、それは、そ、その…違うのだ。善行が、だな…」
激怒する壬生屋に困惑する舞。
「不潔ですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!許しません!!!!!!!!!!」
絶叫と共に、壬生屋は、妖刀鬼しばきを抜いた。


翌日、速水と舞は授業を休んだと言う(笑)


戻る