ガンパレ妄想劇場2.22
薫風香る初夏、尚敬高校ではあるイベントが始まろうとしていた。
5121小隊プレハブ教室、そこでは今回の主役の1人が、着なれない純白のドレスと格闘していた。
「よく似合ってるわ」
「そ、そうか?」
ドレスの着付役の原が、舞のドレス姿を誉める。
「本当ですよ。でも私、結婚式だなんて聞いて、正直、反対でしたけど、そんな綺麗な姿を見たら…クスッ、前言撤回ですわ」
同じく着付を担当する壬生屋が、話に割って入る。
そう、今日は、速水と舞の結婚式が行われるのである。
結婚式と言っても、両者とも法的婚姻年齢には達してないのだが、2人の強い要望により、部隊の中だけで式を行う事となった。
(注:学兵動員により、婚姻可能年齢が男女とも二十歳に引き上げられた)
部隊で出会い、部隊で苦楽を共にした速水と舞にとって、この5121小隊で式を挙げるのは夢であった。
当初、この突拍子も無い提案に、部隊の内外で反対意見も少なくなかった。
特に反対の主力となったのが、本田先生率いる一人身軍団と風紀委員憲兵であったが、絢爛舞踏の英雄という『役得』と、芝村的権力の行使により、風紀委員の黙認を勝ち獲る事に成功した。
さらに、2人の仲を知る小隊メンバーの中にも、2人の結婚を祝福する勢力は少なくなく、結局は、善行司令の採決により、式は実施される運びとなった。
「本当に綺麗ですよねぇ…こんなに綺麗になれるんなら、うちもお嫁さんになりたいですよ」
ドレス担当の森も舞を誉める。
今日の舞の出で立ちは、清楚な花柄のレースをあしらった純白のドレス。
速水の母親が着ていたのを、整備班有志の手によって手直した代物である。
「はぁぁ……私には高嶺の花ですね…」
ため息を漏らすのは田辺。
服を買うなど冥加を知らない事である極貧田辺にとって、針仕事はプロ並の腕前。
今回のドレスの手直しは、小柄で華奢な舞の体に合わせるべく、全て分解し仕立てなおす事を強要された。
この大改造も、田辺の貧乏サバイバル術によるものが大きい。つまり、このドレスの最高殊勲は田辺と言って過言ではなかった。
「どうしても厚志の母上のドレスを着たかったのだ。これもお主のお陰だ、礼を言うぞ」
田辺の肩をぽんっと叩き、その労をねぎらう舞。
「い、いいえっ私は只、服を買えないから、どうしても針仕事をしないと…」
照れと自嘲を交えながら、田辺は舞に言った。
「ふむ、そうか。お主の時は、せいぜい遠坂に高いドレスを買ってもらうが良かろう」
「わ、わわわ私は、遠坂さんと、そ、そそそそんな………」
舞の冗談に、真っ赤になってうろたえる田辺。その光景に、花嫁控え室となった整備班詰め所では、笑いが上がる。
調理場兼食堂では、今日の式に出される料理が作られていた。
決して物資が豊富とは言えない状況であったが、遠坂がスポンサーを買って出て、この場にふさわしい豪華な食材を入手する事に成功した。
「速水、そろそろ行かんね。はよう着替えな。はよう主役が行かんとばつまらんばい!」
「うん、そうだね」
調理主任の中村が言った主は、ふりふりエプロンを脱ぎながら答えた。
今回のもう1人の主役の速水である。
2組教室に行った速水は、滅多に袖を通さない第一種礼装に着替えた。
あまり背が高くない速水はこの姿、ハタから見ると七五三であるが、胸に輝く絢爛舞踏が、只の七五三とは一線を画している。
「畜生!お前だけ先に彼女を作るばかりか結婚までしやがって!」
速水の、いつものも増して幸せそうなぽややん顔を見ていた滝川が、不機嫌そうに言った。
「いやいや、嘆くのは軽率。結婚は人生の墓場と言うぞ」
瀬戸口が悟を極めた聖者の表情で、イラ立つ滝川を慰める。
「すぐぅおォォォォォォォォく!めでたァいィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
岩田が意味も無く吐血しながら意味も無く踊る。いや、奴なりに祝福してるのかも知れないが。
滝川と瀬戸口が、一斉に岩田に躍りかかり、とりあえずボコる。
念入りにボコった所で、狩谷が車椅子で数往復轢き、ようやくその躯は動かなくなった。
速水としても加わりたかったが、衣装が汚れてしまうので、遠巻きにその光景を眺めていた。
この花婿控え室には、このように暇を持て余した、あるいは式場準備作業をサボった野郎どもがたむろしていた。
「ところで、加藤とは上手くいってるのかな?」
岩田に止めを刺し、愛車に付いた返り血を拭いていた狩谷を、瀬戸口がひやかす。
「な、何を言う?!奴が勝手に付きまとうだけで、僕は奴なんか…」
真っ赤になりながら、瀬戸口の言葉を否定する狩谷。
「その割には、2人きりの時は嬉しそうな顔をしてますがねぇ」
一斉に声の主を振り向く控え室の面々。
そこには今回の司会役の、第一種礼装を着た善行が居た。流石に、今回は半ズボンではない。
「はいはい、皆さん?遊んでる暇があったら手伝ってください。会場の飾り付けが遅れてますよ」
善行の命令に、ぶーたれた顔しながら、ゾロゾロと控え室を退場する野郎連中。
「おめでとうございます。くれぐれも、私のような失敗をしないように」
立ち去る前に、善行は速水に一言だけ祝福の言葉を言った。
野郎ズが退出して、1人取り残された速水。
「厚志、入るぞ」
待つのに退屈した舞が、控え室に入ってきた。
「うわぁ……」
ウエディングドレス姿の舞に、感嘆の声を上げる速水。
「どうだ、似合うか?」
照れ顔で尋ねる舞。
「うん、とても綺麗だよ。惚れ直しちゃった☆」
「う、うむ…そ、そうか……」
正直に感想を述べる速水。その言葉に、思わず真っ赤になる舞。
式が始まるまでの間、速水と舞は、椅子に腰掛け、様々な思い出話に耽っていた。
徴兵され、戦車学校で始めて出会った時の事。
舞の態度に、速水が何度も注意した事。
そんな速水に、舞が少しだけ心を開き、好意を抱いた事。
熊本城で、最後まで舞から離れなかった事
夕日の屋上で、真っ赤な顔の舞が告白してくれた事。
舞からカダヤになれと言われた〜実質上のプロポーズ〜事。
初めて一つとなった時、愛する人の肌の温もりがとても心地よかった事。
数多くの愛の軌跡が、今思うと、ほんの一瞬の出来事のように思い出される。
「覚えているか?厚志、あの時、お前に屋上に呼び出されてな」
「うんうん、よく覚えてるよ」
遠い目をしながら、2人はプロポーズの時の光景を回想していた。
その経過をダイジェストで述べるとこうなる。
仕事が終わった夜、速水が舞を屋上に呼び出した。
夜風が涼しい屋上で、速水は、
「僕は、ここで舞に告白された。そして、カダヤになれと言われたのもここ。つまり、舞に2度愛を告白されたんだよね。だから、最後の『これ』だけは僕の口から言いたかった」
と、舞に言った。
当の舞はキョトンとしていたが続けて、
「そう、プロポーズの言葉だけは、僕の口から言いたかったんだ」
と言うと、舞は真っ赤になった。余りの事態に、お決まりの『たわけ!』も出てこない。
「舞、よく聞いてね。僕は決めたよ。僕、『芝村』になる!芝村になって、舞にどこまでもついて行く。君が何を望んでるのかは分からないけど、僕はその助けになりたい。舞が望む道を、一緒に歩みたいんだ!……僕を、ずっと君の傍に置いてくれるかな?」
速水が言い終わると、
「うむ、良いだろう。厚志、お前を芝村の一員として歓迎する。しかしだ!私の進む道は、険しいぞ。覚悟して…ついて…ゆくが……よ………」
最後には涙で言葉にはならなかったが、舞は速水のプロポーズを快諾した。
「あの時が初めてじゃないかな?舞の涙を見たのは」
速水は、あの時の嬉し泣きした顔を思い出しながら、舞をひやかした。
「た、たわけが!あれはだ、お前が急にあのような事を申すから悪いのだぞ!!」
真っ赤になって、そっぽを向く舞。
「あらあら、ここにいたのね。もう時間よ」
原が、今回の主役達を呼びに来た。こちらもドレスに着替えていた。
舞には清楚な美しさがあるが、オシャレを極めた原のファッションは、妖艶な美しさがあった。
「厚志」
「ん?」
「これからも、よろしく頼む」
舞は、少し照れながら右手を差し出した。
「うん、こちらこそ☆」
速水は、ぽややん顔に笑みを浮かべながら、舞の手をしっかりと握った。
「行くぞ」
「うん」
2人は、手を取りあいながら、会場へと向かった。
いよいよ結婚式である。
尚、この物語では、これ以降、速水の呼び方をファーストネームの厚志と変更する事にする。
尚敬高校プレハブ校舎の1組教室。厚志と舞の全ては、この小さな教室から始まった。
「皆さん。この度はお忙しい中お集まり頂き、真にありがとうございます。…と、言いましても、来てるのはわが小隊関係者だけですがね。説明は無用でしょうが、私が式を取り仕切らせて頂きます、5121小隊司令、善行忠孝です。よろしく」
善行の司会で、式が始まった。
この結婚式は、小隊関係者の手による、本当の手作りの式である。列席者も、殆どが小隊メンバーであった。
「さて、この結婚式には法的拘束力は無いのですが、隊の総意に基づき、速水厚志くん、芝村舞さんの両名の婚姻を、隊の中だけでも許可するものとします。それでは、新郎新婦の入場です。皆さん、大きな拍手をお願いします」
教室の戸から、今回の主役達が、腕をを組みながら入場した。
教室から大きな拍手が轟く。
列席した小隊メンバーは皆、思い思いのオシャレをして、戦友の門出を心から祝福した。
この時しか着る機会の無い第一種礼装を着る者。
美しいドレスを着こなす者。
和服でキメて来た者。
完全に七五三状態な者。
ブランドで完全装備した者。
友人のお下がりを借りて着てる者。
●ーモン閣下の衣装よりも奇抜な格好の者。
前衛的ファッションでクネクネする者。
どの者も、まるで自分の身内の事のように喜んでいた。
「神に誓えとは言いません。もし神様がおられるなら、今のように少年少女が戦争へ駆り出される、酷い世の中にはなさらないでしょうからね」
善行は、眼鏡を直し、また口を開く。
「この式の参加者、すなわち小隊の皆が証人として、婚姻を宣誓して頂きます」
善行は、目の前のカップルを見回した後、また口を開く。
「速水厚志、芝村舞。あなた方は、互いを生涯の伴侶とし、共に苦しみを分ち合い、楽しみを分け合い、共に人生を歩む事を、5121小隊の名において誓いますか?」
「誓います」
「うむ」
善行の言葉に、永遠の愛を誓い合う厚志と舞。
「…よろしい。それでは、速水くん。小隊名簿のあなたの名を、芝村厚志と書き換え、小隊内で芝村厚志を名乗る事を許可します。おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
善行の言葉に、厚志はぽややん顔で答えた。
「しかし、夫婦だからと言って、待遇を変える気はありませんよ。あなた方は小隊の、いや、熊本のエースです。これからも頑張って頂きますよ」
「うむ、私とて特別扱いは好まぬ。任せるが良い」
今度は舞が、笑みを浮かべながら答えた。
「…指輪は交換しましたね?では、誓いの接吻を」
「……!!」
善行の言葉に、赤面する2人。
「何を恥ずかしがってるんです?どうせ、もっと『凄い事』もなさってるでしょうに…」
「な、何を言うか!!」
奥様戦隊モードで突っ込む善行に、困惑する舞。
「キ〜スッ!キ〜スッ!キ〜スッ!キ〜スッ!」
会場はキスコールの嵐!更に赤面する舞。
「舞…大丈夫だよ」
厚志は、諭すような表情で舞に囁いた。
「…分かった」
舞は小声で呟くと、厚志に寄り添い、目を閉じた。
厚志は、舞の肩を抱き寄せ、そっと目を閉じる…
やがて唇を合わせる『カダヤ』達。
会場から歓声と拍手が鳴り響いた。
「祝砲用意!」
善行が言うと、儀杖礼装に身を包んだ若宮と来須は、外へと飛んで行った。
「祝砲、撃て!」
善行の号令により、若宮と来須によって、教室外れに準備されていた空砲が放たれた。
「おめでとう!」「おめでとうございます!」
祝砲を合図に、校舎外れで待っていた地元の民間人、軍及び学校関係者、野次馬、報道陣、そして尚敬高校の本校舎から覗いていた女学生らが、一斉に拍手喝采で2人を祝福した。
その中、ヴァージンロードならぬ教室の階段、教会ならぬ教室を、腕をしっかりと組みながら『カダヤ』達は歩いていく。
「厚志、私は…幸せだ……ぞ」
歓喜に目が潤む舞。
「僕もだよ」
速水は、舞の腕をしっかりと組んで言った。
激動の時代、しばしの幸せを噛み締める『カダヤ』達。
「皆の者、聞け!!私は最高に幸せであるぞ!!」
舞は、嬉し泣きに濡れる顔で大声で叫ぶや、手に持ったブーケを青空に放り投げた。