ガンパレ妄想劇場2.25



「よし、バッチリだ」
5121小隊ハンガー内、0000時。速水は、満足げな表情でコクピットから出てきた。
愛機のメンテナンス作業がようやく終了したのである。

士魂号のコクピットには、操縦桿の類は存在しない。パイロットは、左手の多結晶体を通じ、神経伝達を信号に変える事により、その複雑な動きを可能とし、その比類無き機動力と攻撃力とを実現している。
つまり、自分が思い描いた行動を全てを、多結晶体によって可能としている。勿論、適性もあるし、神経伝達信号を有効に送り出すには相当の訓練が必要だが。

この神経伝達装置は、予想以上にデリケートな代物であり、被弾は言うまでも無く、移動の衝撃と言った、ちょっとした事でも動作不良の原因となるほどである。なので、頻繁に伝達装置のメンテナンスが必要となってくる。
かくしてパイロット達は、自然にメンテナンス作業が日課となるのであった。

「はい、ごくろうさまでした」
メンテナンスに付き合っていた遠坂が、速水にタオルを差し出した。
「ありがとう☆」
作業が大変だったのか、汗ばんだ顔をゴシゴシと拭く速水。
メンテナンスには、整備士の協力が必要であり、整備士の仕事の巧拙で作業効率が相当違ってくる。言わば、整備士との人脈の形成の成否も、パイロットの技量の一つでもある。

「毎日、良く頑張りますねぇ。まぁ、彼女を守る為に頑張るのは、当然の事でしょうけど」
「……」
遠坂の不意打ちに、顔を赤くして、タオルをかぶって黙りこくる速水。
「ハハハ…それじゃ、僕は帰りますね。パイロットは体が資本、速水くんも早めに休んでくださいね。じゃ、さよなら」
速水に別れを告げ、きびすを返してハンガーを去って行く遠坂。

「士魂号をいじった後は、今度は田辺さん?頑張ってね〜!」
ハンガーを去る遠坂に、大声で叫ぶ速水。その声を聞くや、あからさまに動揺する遠坂。
ご〜〜ん☆
ハンガー入り口でコードに足を引っ掛け、傍に停めてあった指揮車の複合装甲に豪快に頭をぶつけた遠坂。
「た、たた田辺さんを、い、いいいいいじるだなんて…そ、そんな、田辺さんの綺麗な体は、家に置いてあるどの高級美術品よりも美しいのであって…ってそんな問題じゃなくて…そ、そのぉ…」
指揮車の装甲に頭を埋め、しばらく動かなかった遠坂だったが、やがてムクっと起きて、散々狼狽しまくり、幾度もコケながらハンガーを去っていった。

速水は、遠坂の頭の形にへこんだ指揮車を一瞥して苦笑いすると、家へは帰らずに、次の作業にとりかかった。




「さて、やるかな」
速水は、ロッカーから森愛用の工具箱を拝借すると、愛機の元へ戻った。
速水は、整備士が帰った後に、更に整備を行うのを日課としている。
速水の愛機は、3番機の複座型士魂号。そして、速水と共に乗るパートナーは舞である。

何かに祟り付かれたかのように、戦いの場へと赴く舞。
その彼女の背中を見ながら、速水は舞の後をひたすらついて行った。
いつの頃からだろうか、彼女は僕が守らなくては!という義務感が、速水を駆りたてるようになった。
その舞への義務感が、やがて愛情へと変化していくにつれて、速水のぽややん顔の奥深くの『何か』が変った。

もし、舞が戦いの道を行くなら、僕は君の力になろう!
君を全力で守ろう!
君を守る為なら、どのような事でもする。
何があっても、僕は君の傍に居る!

誰よりも巧みに士魂号を操り、誰よりも多くの幻獣を狩る。
速水は、その為の努力を惜しまなくなった。
そして戦果を上げ、その成果は実を結ぶ。やがて、『ヒーロー』への道を踏み出す事となる。

もしかしたら、速水は『ヒーロー』とか『青』とかには、全く興味が無いのかも知れない。
大好きな舞と共に居たいが為に、懸命になってたら、自然に『ヒーロー』になった、只それだけの事かも知れない。

ともあれ、速水は、舞の為になりたい!と言う熱い衝動に駆られ、愛機の士魂号を強化すべく、スパナを握っていた。
速水の体力は、既に限界に近づいていた。だが弱気になる度に、懐から取り出した舞の写真を見て、気力だけで一人スパナを振るい続けていた。




0300時。
ようやく速水は、ぐったりとして、士魂号から出てきた。
足元をふらつかせ、歩く気力も失せつつあった。
「これで…大丈夫だね」
速水は、安堵の表情で、懐の写真を取り出して眺めていた。いつかのデートの時に撮った舞の写真だ。
私は嫌である!という表情を繕ってながらも、内心は満更ではない。そのような複雑な表情が舞らしくて好きだと、速水が気に入って大事に持っている代物である。

今夜は特に張り切ってしまい、家へ帰る気力も失せた速水。
整備員詰め所には布団が置いてあるのだが、そこまで行くのも面倒になった速水は、その場で寝転がった。
そういえば、腹が減っている。
ふと速水は、舞が作ってくれたお弁当がある事に気付いた。さっそく、ウキウキ顔で鞄を開け、弁当を取り出した。

速水に告白して以来、舞は毎日、手作りの弁当を速水に届けてくれるようになった。
その割には、何故か自分の分の弁当を作らず、昼食は味のれんで摂る。速水も、不思議がりながらも、舞に誘われるままに味のれんへ行く。
一見無駄なようなこの弁当だが、速水にとって、このような時の夜食として大変重宝していた。

速水は、宝箱を開けるかのように期待に胸躍らせながら、弁当を開けた。
以外にも、冷食に依存しないで全てのおかずが手作りだ。
このご時世、品数も質も決して良いとは言えないが、一品一品に工夫を凝らしたお弁当となっている。
歓喜の表情で、いざ食べようと箸を握った瞬間、お弁当の包みに紙切れが挟まれているのに気付いた。
二つ折りされている紙切れを開くと、それは手紙だった。速水は、字を見て舞のだと直ぐに気が付いた。


厚志  お前の事だから、今日も夜遅くまで仕事した後に、この弁当を開いてるのだろう。
お前は良く頑張るな。その努力は敬服に値する。
正直な所、お前が居なければ、ここまで上手くは行かなかっただろう。
それに、こんな私に文句一つ言わずについて来てくれる。
それでいて、時には甘えさせてもくれる…
お前に大きな借りを作ってしまった。一生かかっても返し切れないかもしれない。
世界は、まだまだ私とお前を必要としている。
お前は私を助けてくれる。なのに、私はお前に何一つしてやれない。
私の愚かさを嘆くばかりだ。許せ。
頼む、待ってくれ。
いつの事になるかは判らない。
10年、20年、いや、それ以上かかるかもしれない。
いつの日か、私とお前が義務から開放された時、私は芝村を捨て、厚志だけの女となろう。
その時には、まとめてカダヤ孝行させてもらう。
それまでは死ぬな。体を大事にせよ。  舞



手紙には以上のように、舞の直筆で書かれていた。
素っ気無い文面だが、この僅かな短文の中に、舞の、芝村の仮面の奥底に隠した本音が凝縮されていた。
「舞ったら…」
その手紙を読み終わる頃には、速水は、その青い瞳に涙をこぼしていた。

特に見返りは望んでない。
舞が望むから、僕には只それだけでよかった。
だけど舞は、僕が思ってる以上に僕の事を想ってくれてる。
その事実が、速水には胸が張り裂けそうなほど嬉しかった。

舞の手紙を、何度も読み返す速水。
一番下に、消しゴムで消した跡があるのを気付いた。筆圧が高かったのか、シャープペンの痕跡が残っている。
跡を良く見ると『愛してる』と書かれていた。

速水は、手紙と、それを書いた主が写っている写真とを、しばし見比べる。
「僕もだよ、舞…」
一言呟くと速水は、愛する人の写真にそっとキスをした。

誰も居ない深夜のハンガーで一人、速水は、舞のお弁当と愛情とをじっくりと味わい続けた。




0815時。
「ふむ、やはりな」
朝一番でハンガーに入った舞は、案の定、そこで寝息を立てていた『カダヤ』を眺めていた。

舞は、速水の寝顔を一瞥すると、ハンガーの奥から、高電圧ケーブルを引っ張り出した。
大型ペンチでケーブルの裸線を引っ張り出し、それを鉄柱に巻き付け、奥の電源スイッチを入れた。
高電圧が流れる低く鈍い音がハンガーに響く。
ズウゥゥゥゥン……
大音響と共に、天井から、既に炭化した半ズボンの躯が落下した。
舞は、半ズボンの消し炭が最期まで手を離さなかったデジタルカメラを踏み壊すと、速水の方を見た。
速水はと言うと、これだけの騒音にも関わらず、女の子のような可愛らしい寝顔で穏やかな寝息を立てていた。

「やれやれ…これで起きぬとは、かなりの重症であるな」
舞は、腰に手を当て、ため息混じりに言った。
舞としても、出来る事なら、このまま寝かせてあげたいと思った。
だが、昨日もハンガーで寝過ごして遅刻している。極楽トンボを取らせるワケにはいかない。かと言って、無理に起こすのも気の毒だ。
そこで舞は、速水を穏便に起こす最後の手段に踏み切ることにした。

舞は、ハンガーから超硬度カトラスを引っ張り出し、消し炭を数回突き刺して、こときれているのを確認すると、寝顔が可愛い速水の唇にキスした。
「………ん?舞?」
キスの効果は絶大で、ハンガーの眠り姫は直ぐに目を覚ました。
「やっと目を覚ましたか」
「う〜ん…おはよ……」
目を覚ました速水の目の前には、腕を組んだお決まりのポーズの舞が立っていた。
速水は、髪をくしゃくしゃと掻き分けながら立ち上がる。

「頑張るのは良いが、ずっと家へ帰ってないであろう。まだ時間も有る事だ、シャワーぐらい浴びたらどうだ?」
「一緒に入る?」
「た、たわけが!!」
速水の言葉に顔を真っ赤にさせて怒る舞。
「…後で一緒に風呂へ入ってやるから、今日こそは家へ帰れ」
一刹那の無言の後、舞は、目をそらしながら恥ずかしそうに速水へ提案した。
「もちろん、お風呂だけじゃないよね☆」
恐ろしい事を無邪気に尋ねる速水。
「……末まで言うな、馬鹿者が」
速水の方を向かずに、微かな小声で、舞は言った。

「時に、朝食はまだであろう。サンドイッチを買って来た。一緒にどうだ?」
「うん、行く行く☆」
気を取りなおし、提案する舞。速水は勿論、快諾した。
「ならば、食堂へ行くぞ」
きびすを返し、ハンガーを後にする舞。速水も、その後を追う。

一人早々と歩いて行く舞。
速水は早歩きで追いつくや、舞の耳元至近距離で、
「待ってるよ」と呟いた。
瞬間、キョトンとしていた舞だったが、直ぐにその意味に気付くや、速水の方を向かずに無言で頷いた。


その日、善行は授業を休んだと言う。


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