ガンパレ妄想劇場3.16



速水は、いつものように尚敬高校の門をくぐった。
たまたま売店に用があった速水は、そのまま校舎内を通過、プレハブ校舎へ向かうルートを取る事にした。
教室へ急ぐ速水の耳に、職員室から声が飛び込んできた。

「本田先生、芝村さんがお休みだそうですよ」
戦友にして、生涯のパートナーである所の舞の名を聞くや、速水は靴底が焼けるほどの急ブレーキをかけ、聞き耳を立てる。
「芝村が?」
「ええ、風邪をひいたそうですよ」
「芝村が風邪ねェ…ハハハッ、鬼の霍乱(かくらん)とは良く言ったもんだ」
「貴方でも難しい言葉をご存知なんですね」
「何だよぉ、それ」
本田先生と芳野先生のやり取りを聞いていた速水だが、舞が風邪を引いたと判るや、思わず職員室に飛び込んだ。

「舞が風邪だって?!」
突然、恐ろしい形相で飛び込んできた速水に、思わずキョトンとなるメタルと低血圧。
「ああ、そうらしいべ。芳野先生が連絡受けたって…」
「芳野先生!舞がどうしたって?!風邪ってどういう事?!舞は無事なの?!ねぇ!ねぇってば!!」
芳野先生の襟首を掴みガタガタと揺らして、激しく詰問する速水。
『青』と化した速水の責めに、芳野先生は完全にグロッキー状態。

「速水君。止めなさい!」
坂上先生が止めに入る。
我に返った速水が、芳野先生を放す。
目がグルグル渦巻きとなった芳野先生が、職員室の床に崩れ落ちた。
「やれやれ…芳野先生は、本田先生ほど頑丈じゃあないんですよ」
「ごめんなさい…」
『青』モードを解除し『ぽややん』に戻った速水が、しょぼんと謝る。
「まぁ、気持ちは判らないわけではないんですがね。今日は芝村さんの為にも、彼女の分まで機体の整備に励み、戦術を学び…」
坂上先生の言葉が終わるよりも早く、速水は新井木の三倍の早さでダッシュして行った。

「やれやれ、若いって良いモノですねぇ…」
坂上先生は、地平線の彼方へ去った速水を見送りながら苦笑いした。



場所は変って、舞の下宿先。
難しい本やら、よく分からない機械の類やら、得体の知れない物体が散乱した部屋の隅のベッドで、舞は寝込んでいた。
ときおり咳込み、その顔が苦痛に歪む。
熱で顔は真っ赤になり、虚ろな瞳は、その輝きを喪っていた。

何たる事だ…芝村ともあろう者が、病魔に犯されようとは。
このまま死んでしまうのではないのだろうか?
いや、理論的にはあり得ない!あり得ない筈だ!
だが、この恐怖は何だ?
怖い…私が行ってきた事、全てがダメになるような気がする。
このまま、無に帰するのだろうか?
そのような事は…嫌だ…怖い…助けて……

体力は尽き果て、いつもの不敵な表情はそこには無い。
何かに怯えるような表情で、布団の中に顔を埋めていた。


突然、乱暴にドアが開く音!
「舞!!!」
「……?!」
次の瞬間に飛び込んできた声に、布団の中に顔を埋めながらも、舞は驚いた。

まさか?!
森羅万象に疲れ果てた舞が、心の底から逢いたかった『カダヤ』が、
世界の全てがが敵になっても、自分の傍に居ると誓ってくれた男が、
自分が究極に立った時、最後に信じられる唯一の存在たる速水厚志がそこに居る!

「あ、厚志…か?」
「そうだよ!僕だよ!!」
速水は、舞の声を聞き、部屋へ上がり込む。

「そ、そなた…学校はどうした?」
舞は、こみ上げてきた喜びの表情を瞬殺し、常識的な問いを速水に投げかける。
「舞が苦しんでるのに、学校なんて行ってられないよ!」
速水は、それが当たり前の事のように答えた。

「先生に風邪だって聞いて、心配しちゃって。一時はどうなるかと思ったよ。でも、無事で…よかった……」
その青い瞳に涙を浮かべながら、速水は言う。話してる内に、その涙が零れ落ちる。
「たわけが…たかが風邪ぐらいで、何を大袈裟な」
舞の、その口調こそ素っ気無かったが、その表情は安堵に和らいでいた。

「熱はあるの?」
速水は、自身のおデコを、舞のおデコに当てた。
「◆πc◎梶●¥♯♪△!!!!!」
速水の急な行為に、熱で赤くなった顔を更に真っ赤にし、声にならない悲鳴を上げジタバタする舞。
「…よかった☆熱は、それほど高くはないね」
「た、たわけが!!!」
舞の病状が以外と軽く、ホッと安堵の表情の速水。

「何も食べてないんでしょ?おかゆ作ってあげる」
「か、構うな。これ以上、そなたの手を煩わせる事など…」
速水の提案に、舞は遠慮がちに拒否する。
「遠慮しなくていいんだよ☆」
「………任せ…る」
芝村の面子上、これ以上『カダヤ』の手を煩わせる訳にはいかぬ!
あくまで断固拒否しようとする舞だったが、速水にぽややんスマイルで返されると、もう何も言えない。
速水は、愛用のふりふりエプロンを装着すると、台所へと向かう。
舞は、その『カダヤ』の後姿を、愛しそうにずっと眺めていた。

「どう?落ち着いた?」
「うむ」
速水お手製のおかゆを食べ、人心地ついた舞。
ここで、改めて部屋を見まわす速水。
「そうだ、部屋を片付けてあげるね」
速水が、再び提案する。
「よ、余計な世話である!」
「まあまあ、遠慮しないで☆」
速水は、舞の静止を無視し、舞の部屋を片付け始める。



てきぱきと部屋を片付け、ついでに時計の電池までも交換してゆく速水。
その姿を、舞は嬉しそうに眺めていた。

厚志がいると心が安らぐ。
病に蝕まれた気力が、次第に癒される。
やはり、私にはこの男がいないと生きて行けないのだろうか?
フフフ…先程の弱気な私はどこへ行ったのやら。
厚志と共にあるのは、カダヤの契りを交した以上、私としては不服は無い。
だが、先程の私を見たらどうだろう?
厚志は、度々、私を守ってくれる。
だが、風邪ごときに冒される私には、厚志を守ってやれないではないか?
借りを返せない…これは芝村としては、絶対に許しがたい事…

ベッドの中の舞の表情が、急に暗くなった。

「…厚志?」
「ん?」
舞は、部屋を片付け終えて、リンゴを剥いている速水に問いかける。

…恐らく、厚志の回答は私の予想通りだろう。
でも、聞かずにはいられない!
この…芝村の風上にもおけない、この弱い私を安心させて欲しい!!

「私に幻滅したであろう?」
「は?」
舞の突拍子も無い発言に、思わず坂上先生の前でのNGワードが出る速水。

「不覚にも、風邪をひいてしまった事だ。熱にうなされてる間、すっかり弱気になってな。そなたの事ばかりを考えておった。
『厚志に逢いたい!厚志の顔を見たい!』と、学校に居る筈のそなたに向かって、無理難題をぬかしていた。
…結果的には、そなたが来てくれたがな。
見ての通り、私は弱い女だ。少なくとも…フフッ、芝村としては失格だ。
私には、厚志の愛を受ける資格など無いのではないのだろうか?今しがた、そなたの甲斐甲斐しい姿を見て、ずっと考えておった。
厚志、正直に答えよ!そなたは、このような私を本当に愛せるのか?!」

今の心境を、懸命に訴える舞。最後には涙目になっていた。

舞の言葉を聞き、ちょっと悲しい顔になる速水。
理由は何であれ、舞に悲しい思いをさせてしまった自分の不覚を悔やんでいた。
だが、すぐにいつもの、ぽややん顔に戻る。
「うん、大丈夫だよ☆」
速水は、舞のその涙が零れる頬に手を遣った。
「幻滅だなんて全然してない。君の心を僕に許してくれて、僕はすごく嬉しいな」
速水は、ぽややんスマイルで舞に語る。

「僕も、始めから強かったわけじゃない。君の為に生きると誓った時から、必死になって強くなろうとした。
ほら、舞が言ってたじゃない?『自分に自信が持てなければ強くなれ』ってね。
これからも、もっと強くなりたいと思う。例え舞が世界を敵に回しても、君の最期の、その瞬間まで、君と一緒に居てあげたいからね」
速水は、舞の頬から流れた涙を拭ってやった。

「舞、僕は君に出会えた事を感謝してるよ。こんな絶望的な時代だけど…君のおかげで、楽しい人生になりそうだ。
それに、君が居なければ、とっくに戦死してただろうしね☆」
ここで、舞の顔を見てみた。舞は、速水の話をじっと聞いている。

「僕は、いつだって舞を愛し続けるし、傍に居るよ。君は何も心配しないでいいよ…ねっ」
こうして、今日一番の笑顔で、舞への回答を締めくくった。

「…厚志」
舞は、速水の手をぎゅっと握った。
大きくて、暖かい手だ。
「そなたの優しさに感謝する…なのに…私は、そなたに何もしてやれぬ…この愚かな私を…許せ…許せ……」
速水の手を握りながら、舞は静かに嗚咽する。
速水はそんな舞の姿を、穏やかな笑顔で見つつ、うんうん、と頷いていた。

「…良くなったら、どこかへ行こうぞ」
ようやく涙が止まった舞は、精一杯の笑顔で、速水に言った。
「それまでの間、機体の整備を頼むぞ」
「ああ、任せてよ☆」
速水も、笑顔で答える。

「…授業、終わっちゃったね。それじゃ、僕は仕事してくるよ。あ、夕飯の時には戻ってくるから」
気付いた時には、夕日が2人を照らしていた。
「うむ、それでは私も休むとしよう」
舞は、突然速水を抱き寄せ、その頬にキスした。
「………」
顔が夕日色に染まる速水。
「そなたに伝染っては困るからな。今はこれで許せ」

そう言った舞の顔は、とても幸せそうだった。


戻る