ガンパレ妄想劇場3.3


バレンタインデー。

本来は、殉教者バレンタインを記念するこの日、
現代の世では、チョコレートを兵器とした、男女の戦いの場となっていた。
愛する事を禁じられた戦士たちに、愛を果させようとした聖者の日が、
皮肉にも、愛を得るために戦う戦士たちの日となった事に対して、
天上のバレンタインは、何を思ってるのだろうか――

ともあれ、ここ5121小隊内でも、ご多分に漏れず、
学園モノならでわの、ひきこもごもの人間ドラマが展開されていた。

「本日は只の2月14日也!」と悟りの領域を決め込みつつも、自らの不倖に嘆く者。
おびただしい戦利品を、幼き正妻にねだられる者。
厳格な父親の監視の目をかいくぐる為におはぎで代用という、故事に倣う者。
チョコよりも靴下を求め、副官に撃たれる者。
チョコの代わりに鉄拳が飛ぶ者。
同上、刃物が飛ぶ者――

熊本の女子高の端のプレハブ校舎にて、
このような、多彩な悲喜劇が織り成されていたのだった。
これから語られる物語も、クラスの男女カップルが織り成した、
多種多彩なバレンタインの悲喜劇の1つである。


「……」
小隊長室兼奥様戦隊隊員詰所では、善行と原が、無言で、1つの大きな包みを凝視していた。
一辺が40センチはあろうかという、大型の箱に、無骨な包装を施されている物件である。

暫しの沈黙。

やがて、それに耐えられなくなった原が、始めに口を開いた。
「ねぇ…あまりにも、見え見え過ぎない?」
「ええ、とても『芝村』の技とは思えませんねぇ」

事の始まりは、昼休みに遡る。舞が善行の元にやって来て、件の包みを手渡した。
中身はチョコレートだという。
「心配は無用だ。奴の分は作ってある。これは、その余りだ」
舞の談では、本命――言うまでもなく速水だが――の為に予め試作品を作り、
それが大量に余ってしまい、捨てるよりは、と善行に委譲するのだという。

「――到底、信じられる話じゃないわね」
「全くですね。要は、何故、過去に行使した手段を繰り返すという、
兵法の原則に反する行為に出たか?というのが問題ですね」
前例は有る。
以前、舞は、奥様戦隊の跳梁を阻止すべく、クッキーに一服盛った前科が有った。
尤も、若宮を犠牲にする事によって、難を逃れたのだが。

「やれやれ…また尊い犠牲に頼るのですか?」
「当然ね。奥様戦隊の征く道は、彼の血によって舗装されるのよ」
善行はこれ以上、口を開く気にはなれなかった。


「若宮戦士、原副司令殿の命により、只今出頭しましたァァァァ!!!」
若宮が、猛しき雄牛の如く、ドカドカと隊長室に乗り込んできた。
「待ってたわよ、若宮くん」
「はっ、はいっっ!!!」
呼んだ張本人の甘い声に、若宮は直立不動で固まった。

声の主の方を向くと、隊長机の上に足を組んで腰掛けていた原がいた。
上着は無く、上のボタンを幾つか外したシャツ姿。
キュロットから零れる脚を包む、濃い色のストッキングが艶かしい光を帯びていた。
その奥には、小さな布地がチラチラと見え隠れしており、若宮は、必死に視線を逸らしていた。

「バレンタインのチョコなんだけど、受け取ってくれるわよね?」
「はっ!バレンタインでありますか?!当然、よろこ…」
筋肉バカとはいえ、流石に学習能力ぐらいは備わっている。
若宮は、快諾する寸での所で、以前に毒を盛られたクッキーの件を思い出し、
反射的に、口ごもった。
「あ、あの…ちょっと…失礼でありますが…」
「あ〜ら、受・け・取・れ・な・い、な〜んて、ないわよねぇ…」
原は、若宮の顔に急接近。流し目で甘く呟く。

狡猾な蛇が獲物に絡みつくが如く、原は若宮にまとわり付く。
そして、獲物を締め上げるように、その豊かな胸を、若宮の逞しい体に押しつける。
その上ノーブラであり、その柔らかな乳房の感触が、感覚神経からダイレクトに脳天を直撃した。
反射的に、原の顔の方を向く若宮。
身長差の都合上、若宮が原を見下ろす事になるのだが、
若宮の視界には、挑発するような笑みを浮かべた原がいた。
その瞳は、妖しい光を帯びている。男を識り尽くした女にしか出来ない、魔力を秘めた光だ。
女性に対する免疫が皆無の若宮には、その瞳の魔力に抵抗する術は無く、
完全にその瞳に吸い込まれてしまった。

その瞳が命じるがままに、視界を下に移動させる若宮。
そこには、ボタンを無造作に外したシャツから、原の純白の豊かな胸元が零れ(こぼれ)ていた。
「折角作ったんだからァ〜、貰ってェ〜」
若宮の耳元で、猫なで声で哀願する。熱い吐息が、若宮の心臓をフルスロットル。

ここに来て、若宮の魂は天国にまで吹っ飛んだ。
勝負は決まり。若宮は、原の言うがまま、件の包みを手に取った。
催眠術の虜となり、包みを両手に持ち、夢心地の若宮。
原は、その姿を確認するや、勘付かれないよう、ソロ〜リと、小隊長室から離脱した。

その若宮篭絡の術の、一部始終を見ていた善行が、原の腕を掴むが早いか、突然走り出す。
「ち、ちょっと?!なっ何よっ?!」
「一刻も早く、この場を去るんです!私の勘が当たってるのなら、おそらく…」
原の抗議を無視し、善行は全力ダッシュ。

ボムッ!
小隊長室から、紙風船を叩いたような鈍い音が鳴る。
それから一呼吸置いた、次の瞬間――

ボォォォォォォォォォ!!!
小隊長室が突然、真紅の火球に包まれた。
その火球は風船の如く弾け、炎の突風が荒れ狂う。
炎の突風は、たちまち校舎はずれ一体を覆い尽くした。

――熱風が過ぎ去った後には、
元は小隊長室だった、飴細工の如く溶け曲がった鉄骨何本かと、
元はプレハブ校舎だった、大小様々な溶け曲がった鉄骨及び、
元は若宮だった巨大な消し炭一本が残るのみ、となっていた。

「これ…は」
間一髪逃げ延びた奥様戦隊ズの片割れ、原が、変わり果てた惨状を、唖然として見ていた。
「……核?」
「いや、あの荷物の重量ではそれは無いでしょう。恐らく、エアゾールによる気化爆弾でしょう」
善行は、難解な理論を講義する講師の如く、冷静かつ他人事口調で語った。

この、気化爆弾という物件。
一次爆発で気化した爆薬を広域に散布し、二次爆発で起爆させる兵器で、
第7世界でも、広範囲での地雷原処理等に利用される。
超高温で爆発する上に、周囲の酸素を急速に奪うので、対人兵器として使用した際、
例え爆風を免れても、酸欠で多くの目標を即死せしめる事が出来る。
特に、洞窟や地下陣地等の閉鎖空間では、立て篭もった兵士ことごとく酸欠死で全滅という、
おぞましい惨状を極める事になり、仮想戦記もの小説では、頻繁に描かれる光景である。

「私達が、『今度も、毒を盛る』と読んで、こんな仕掛けを作ったのね」
「そうですね。若宮くんに毒見をさせて油断してる所に爆発が襲う。
例え爆発で生き残っても、酸欠死を狙う。という、二段構えの罠でしょう」
「流石は『芝村』、悪趣味ね…」
原の言葉に、『人の事を言えたものではない』との反論を、
心中に留めたまま、善行はメガネを直す仕草をした。

尤も、同じ効果を狙うなら、ティルミット手榴弾でも事は済んだ筈である。
安全ピンを抜いた手榴弾を、箱に入れれば、それで立派な箱型爆弾だ。
そこを敢えて、気化爆薬と言う面倒な小細工を行ったのは、
過去に煮え湯を飲まされ続けた奥様戦隊の、完璧な完全抹殺を狙ったのか?
それとも、ナチスドイツの新兵器開発技術者の如く、自身の技術力に酔ったのか?
それは『芝村』故に、全てが謎のままである。

「どうせ、速水くんと芝村さんの事です。私達を消した上で、密会するのでしょう。
今日は、バレンタインデーですからねぇ…」
「どうするの?」
「決まってますよ。自身がここまで危険に晒されておきながら、
暢気に『いまぢんおーざぴーぽー』と愛の歌を歌っていられるほど、私は人間は出来ていませんよ」

善行が、お決まりのポーズでメガネを直す。
そのメガネは、妖しい光を帯びていた。



放課後のハンガー。
普段は、工作機械やタービンの騒音に混じり、
愛機の整備に忙殺されるパイロットや整備士の喧騒が響く空間なのであるが、
流石にバレンタインデーたる今日は、男女関わらず仕事に熱が入らないようで、
人も疎らである。

「厚志、私の家に来い」
舞は、黙々と愛機を整備してる速水に対し、
相変わらずの、一切の無駄な言葉を端折り――端折りすぎという声もあるが――要点のみを言った。
「えっ?仕事まだだし」
「構う事は無い。ここ数回の戦闘で、損傷らしき損傷は皆無だったではないか。
それにだ、『今日』は、誰も仕事どころでは無かろう?」

「どうかしちゃったの?それって、僕が言うセリフじゃない」
普段の舞なら、顔面真っ赤にし「ば、ばばば馬鹿者!」などと言って返すのが定例だが、
今日の舞は、明らかに『どうかして』いた。
「フフフ…たまには良かろう。ほら、行くぞ」

築30ン年のボロアパートの一室。舞の下宿先。
今日の日に備え、舞が、速水の為に作った手製のチョコレートの数々が、無数に陳列されていた。
小奇麗に象ったチョコレート、凝った造型のショコラ、大輪の花の如きチョコケーキ等など、
万年床と古ぼけた畳の砂漠に、一斉に無数のチョコレートの花々が、百花繚乱で咲き乱れる。
「うわ…ぁ」
その光景に、速水も、思わず感嘆の声を洩らした。

「凄い、凄いよ!これ、舞が作ったの?」
「うむ。お前の為に苦心したぞ」
予想もしなかった見事なチョコレートに、歓喜混じりの驚愕の顔の速水。
奇襲の成功に、改心の笑みの舞。
が、その舞台裏では、いかにも芝村らしい、波乱のドラマが隠されていた。

去年、速水により、初めてバレンタインの事を聞かされた舞。
が、当然の事ながら、菓子の作り方など、知らされている筈など無い舞。
乏しい知識と豊富な知能だけを頼りに、未知のチョコレート作りに挑んだ。
チョコを湯煎にすべき所を直火で溶かし、型に入れて手で均し、冷凍庫で急ぎ冷やし――
で、とりあえずは完成にこぎつけた。

――が、全てが完全に間違ったこの手順にて、まともに完成する筈など無い。

舞の描いた青写真では、ハート型のチョコであったそれは、見るも無残な茶色の骸と化していた。
動揺し狼狽し、ついでに落胆する舞に、逆に速水が、実演製作のチョコをプレゼントする事になる。
かくして舞は、チョコレートに完膚なきまで叩きのめされた形となった。
それは敗北であり、どんな事であれ、芝村に籍を置く舞にとっては、
敗北は、屈辱意外の何物でもない。その夜、舞は一人、悔し涙にくれた。

その記憶が鮮明に残る舞だけに、今度は十分な準備を施した。
チョコに関する情報を、その種類からカカオ豆の遺伝子情報に至るまで、全てを入手し、
中村には、製作の技術を――準竜師から盗んだ靴下を報酬とし――乞い、
およそ予想しうる万全の準備を整え、二度目のバレンタインに挑んだ。
その結果が、このチョコレートの山である。
流石は芝村。二度と同じ失敗はしない。

「美味しいよ。うん、美味しい」
「うむ、うむ…」
速水は、ぽややん顔を、更に緩ませて、チョコに舌鼓を打つ。
その光景を、凱旋将軍然とした、意気揚々な笑みで見る舞。
が、流石に飽きが来たらしく、突然、台所に足を運んだ。
そして、ありあわせの鍋と材料を駆使し、チョコレートフォンデュを作ってのけた。
その見事さには、舞も感嘆の顔を隠さなかった。

「はい。舞も食べなよ」
串に刺した、チョコ覆いバナナを手に、速水の十八番ぽややんスマイル。
舞には、その眩しい笑顔は直視できず、逸らした顔を赤らめて、チョコバナナを受け取った。
チョコバナナを口にする舞を、眺める速水。
ふと、舞の手が、赤く腫れ上がってるのに気付いた。

「舞?手…」
「ああ、湯煎で不覚を取ってしまった。まぁ、名誉の負傷と云う所だな」
何事も無く語った舞。確か指の幾つかに、軽い火傷の痕跡が見える。
が、速水ビジョンでは、非常に痛々しく見えたのは、言うまでも無い。

「ありがとう」
速水は恭しく舞の手を取り、腫れた指に口づけた。
「お…おい…」
急な行動に慌てる舞を無視し、速水は舞の指をしゃぶり始める。
ミルクを飲む子犬のように、速水は無心に、舞の指を吸う。
こうなれば止めようが無い。仕方無く、諦めの表情で、指チュパを受け入れる舞。

くちゅ…くちゅ…
静まり返った部屋に、速水の口が鳴らす水音だけが響く。
指伝いに、じんわりと伝わる速水の温もり。舞は、それを無言で感じていた。

「も…もう、よさぬか」
流石に恥ずかしくなった舞は、ゆっくりと口から指を離した。
口を離された速水。今度は、舞の手を愛しそうに撫でる。
中性的な雰囲気を帯びている速水の、その、柔らかくほっそりとした指。
その指が、舞の指の稜線を、優しくなぞる。
舞の胸の中を、ゾクゾクっと、電撃に似た感覚が走った。

「ふぅ…そなたは何時もそうだな。その優しさは、私の如き者には、
逆に重荷になるとは、考えぬのか?」
舞は、その手に速水の愛撫を受けたまま、落胆を混入させた溜息を洩らした。
「あははっ、いいのいいの。僕が勝手にやってる事だし。
勝手に舞を好きになって、勝手に舞の為に戦ってる。只それだけの事だよ」
落ち込む舞に、速水は微笑で応える。

例え、知識として、大脳レベルで識っていたとしても、
心から、胸の中レベルで心得てるかは、全く別の問題である事は多々ある。
この場合も然り。速水の愛情や優しさは、見返りを度外視したもの、とは頭で理解していても、
心の底では、それを受け入れる事が出来ず、
時にこのようなケースで、後ろめたさや蟠(わだかま)りを発生させ、自身を悩ます原因となる。
舞は、速水の笑顔に、却って顔を曇らせた。

流石は速水。舞の心境を察したのか、舞の華奢な体を、自身に抱き寄せる。
「…うっ、うわっ!」
「もぉ、まったく…こういう時は、甘えてもいいの!」
驚く舞を無視し、抱き寄せる腕に力を入れた。
舞の頭に、顔を沈める。
石鹸とシャンプーの混じった、ほのかな甘い匂い――普通は女の子が発するものだが――
が、舞をどきまぎさせる。

が、速水は、その腕の力を緩めない。
しばしの無言。
息を止め、ひたすらに抱く。
互いの吐息が鼓動が、肌を伝たわり、胸を震わす。
速水の温もりが、舞の体をじんわりと包む。

その温もりは、春の日溜りのように、何とも言えず心地よかった。

速水は、息をゆっくりと吐く。
うなじが顕わな、首筋から耳。真っ白でデリケートなその部分。
そこに、チョコレートの香りの熱い吐息が、吹きかかる。

「ねっ、分かってよ――」
速水が、聞こえるか聞こえないかの、微かな声で、舞の耳元に囁く。
舞の言動と不一致な、その少女の如き柔らかな頬に、速水は、ちゅっ…と、口づけした。

速水のキスに、我に返った舞。
今まで一体、何を、意固地になってたのやら?
今となっては、悩みなんぞ、どうでもよくなった舞の体から、緊張が緩んだ。
全身の力が抜けた舞は、はぁ……、と、溜息と安堵をカクテルした吐息を吐いた。

「済まなかったな。私が悪かった」
舞は笑みを作り、速水の顔を手元に寄せ、唇からキスする。
そして、暫く言葉も交わさず、互いにクスクスと笑い合った。
それ以上の野暮な会話は、芝村には無用、といったところだろうか。

「時に、今夜は帰らぬのだろう?」
舞の問いに、極めてナチュラルに、速水はうなずいた。
「夕食を作れ。甘い物ばかりで口が飽きた、若干辛い物が良い」
「はーい」
速水は、言うが早いか、エプロン姿になって、ぱたぱたと台所に消えた。
その後姿を眺める舞の表情は、芝村色が払拭された、恋する少女のそれになっていた。



月曜。二人並んで校門をくぐり、校舎へと足を運ぶ。
互いに無言。
速水は、相変わらずの、何考えてるのか判定困難な、ぽややんスマイル。
一方の舞は、時にしかめっ面で、時にニヤニヤしながら、
先日に、速水の胸の中で味わった、春の日溜りのような温もり
――それでいて、電撃が走るような衝撃が伴う――その感触を、反芻し続けていた。

歩くたびに、ギシギシと悲鳴を上げる、ボロ校舎。
徐々に集まりつつあるクラスメイト達。彼等と交わす挨拶――
こうして、5121小隊の一日が、始まろうとしていた。
そう、何もかもが、通常通りに進行中だった。

ただ唯一、善行と原の姿が見当たらない事を除いて。
当然、先日に炭柱と化した若宮が来てないのは、言うまでも無い。

始業時間。
例の如く、短機銃を抱えた本田が、教室にズカズカと入り込んできた。
「うぃ〜す」
本田のざっくばらんな挨拶を合図に、日直が起立の声を上げる。

「善行は休みか?珍しいな……お、若宮も休みか。拾い食いでもしたか?」
この5121小隊、平時より自分の部署の都合やらで、平気でサボる面々ではあるが、
その中において例外的に、善行・若宮の両名は、ほぼ皆勤を貫いている。
この珍しい欠席に、生徒どもの無断欠席に慣れきった本田でさえも、
面食らった表情で、えんま帳を開いていた。
引き続きHRは続く、が、本田としても今日は特に言う事も無いので、
数分の雑談でHRを切り上げた。

「それじゃ――」
本田がえんま帳をパタン、と閉じ、教室を出ようと、音楽人らしい軽快なステップで
踵を返したその瞬間、本田の体が光に包まれた。

厳密に言えば、本田の背後の黒板が光を発している。
1秒の数百分の1の沈黙の中、本田の姿は、後光に包まれる神の使徒の如し。
が、その沈黙は長くは続かず――

ドォオオオオ…ン!

爆音と共に、黒板が吹き飛んだ。爆煙が教室を包み込む。
が、流石は、世界最強を誇る精鋭部隊。爆発ぐらいでは、どうという事も無い。
彼等にとって、精々、教室に犬が迷い込んできたぐらいの騒動でしか無く、
ざわざわ…とざわめく程度で、パニックになど、なる由も無い。

爆煙が晴れてくるにつれ、ざわめきも沈静化の一途を辿って行く。

「一体…何ですの?」
煙の中から、白い胴着に積もる埃を払う、壬生屋のシルエットが浮かび出てきた。
埃を払う手に、埃とは違う感触。一辺の紙切れのようだ。
手にとる壬生屋。写真らしいが、煙で、映し出されてる像までは見えない。
煙が晴れるにつれ、写真の全体像が浮かび上がる。

「なっ……!!!」
壬生屋は、文字通り髪を逆立てて驚いた。

無理も無い。壬生屋の手にある写真には、速水と舞のあられもない姿が、写し出されていたのだ。
周囲にも、写真がヒラヒラと舞っており、それらも全て先述通り、
何処で撮ったのか、全部が全部、速水と舞のチキチキ乱交猛レース状態であった。
他の生徒も、バラ撒かれた写真に気付き、それらを手にする。
が、皆「信じられないものを見た」の感で、直ぐには声が出ない。

「ふっ…不潔ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
壬生屋、怒髪天を衝き、咆哮す。
壬生屋の絶叫が号砲となり、教室は、痴態写真を巡って、喧騒と混乱が支配する戦場と化す。
教室の至る所が、無修正写真の驚愕と混乱の坩堝、否、原子炉となった。

「すげぇっ!肝心なところが黒塗りじゃねぇぜ!!これ」
ある場所では、単純に感動する童貞少年有り。
しかし、嗚呼、悲しきかな!
この少年は、無修正お宝写真を堪能する余裕も無く、鬼しばきの錆と散ったのだった。

「ふぇぇ…あっちゃんとまいちゃん、
おふろからあがったら、すぐふくきないと、かぜひくのよ」
「あ、あのさぁ、ののみ?」
全然わかってない幼子の反応に、リアクションに非常に困る者有り。

「……………」
写真に写し出される女の胸の欠如を視て、
己が優位を確信し、密かに悦に入る者有り。

「これ、ネット配信したら儲かるやろか?」
写真を拾い集め、ちゃっかり銭のタネを目論む奴も有り。

「ぬぉぉぉぉぉぉ!オレより先に、不純異性交友なんぞやりやがってぇぇぇぇぇぇ!!!」
教師としての立場より、むしろモテない自分への怒りで、銃を乱射する者も有り。

では、写真の主、即ち当事者は、というと――

「あははは、よく撮れてるね」
「馬鹿者が!何を言うかぁぁぁぁ!!」
事の深刻さをあまり考えてないのか、お気楽に笑みを浮かべる速水に、
事の状況を過剰に評価し、ポニーを逆立てて激怒する舞が、速水に食ってかかる。

「あははっ、やっぱ、奥様戦隊には勝てなかったね」
「『勝てなかったね』ではないわぁぁぁぁぁ!!!」
速水の胸ぐらを掴み、怒りと恥辱に任せるままに、速水をガクガクガクいわせる舞。
舞の腕に翻弄されている速水は、こうなっては仕方ないと諦めの表情で、
昨夜とは別の意味で、舞を受け入れていた。

ちなみに、2組でも、同等の爆発と写真バラ撒きが行われており、
似たような騒動になっていたのは言うまでも無い。


校舎を望むハンガーに、動く影2体あり。
「――成功ですね」
影の片割れたる善行が、例の無表情で、眼鏡を直す仕草で呟く。

つまりは、こうだ。
舞が、芝村一族の威信にかけて仕組んだ罠を回避した奥様戦隊は、
舞の自宅に潜伏、一部始終を観察。愛の営みの写真を撮りまくった。
そして、黒板に写真と爆弾を仕掛け、爆発と同時に写真がバラ撒かれる仕掛を作ったのだった。

本来ならば、写真を机に仕込んでおくだけでも構わなかったが、
一連の、奥様戦隊へのテロ行為に対する報復の意図により、このような派手な手段を採った。
爆薬を最小限に押さえてるとはいえ、真正面にいる教師は危険に晒されるわけだが、
あの教師連中は、到底殺しても死ぬとは思えないので、問題は無い。

「当然ね。戦隊に逆らう事自体が間違ってるのよ」
隣りの原が、凱旋将軍の如く勝ち誇った表情で、校舎の惨状を眺める。
この報復行為の作戦立案は、原が全て執り行ったものである。

「大人しく覗かせてればよかったのよ。どうせ、クラス公認の仲なのにねぇ…
下手に隠そうとするから、こんな目にあったのよ。自業自得ね」
男殺しの流し目と不敵な笑みとをミックスさせた、お得意の表情で、
善行に同意を求めるような口調で言った。

それに対し、善行は、
一瞬、何か言いたそうな表情をしたが、直に表情を元に戻し、
無言で眼鏡を直す仕草を繰り返すだけだった。


余談だが、元・若宮だった黒い炭の巨大な柱は、
未だ放置したままである。


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