ガンパレ妄想劇場3.8
「雪だぁ…」
夜遅く、ハンガーから出てきた速水と舞は、季節外れの雪の出迎えを受けた。
強い風に吹かれ、暗闇の中に真っ白な雪が流れて行く。
この吹雪に近い雪は、どちらかと言えば『歓迎委員』と言った方が適切であろうか。
…くしゅんっ
速水の傍らの舞が、突然くしゃみをした。
「舞、大丈夫?」
速水が、大病でもしたかの如き表情で、舞に心配そうに尋ねる。
「何を大袈裟な、私は平気だ」
舞は、事も無げに言う。
しかし、その華奢な肩は、寒さで小刻みに震えていた。
「ほら☆」
舞に肩に、速水の上着が被さる。
「寒いんでしょ?僕は大丈夫だから。ほら、着ていいよ」
舞が何か言おうとするのを遮り、速水は、ぽややん顔で自分の上着を勧めた。
「…すまぬな」
舞がひとことだけ言うと、2人は歩き出した。
雪も風も、弱まるどころか、次第に強くなる。
冷たい雪が横殴りに、剃刀のように頬に突き刺さる。
味のれんはとっくに閉まっているので、この吹雪を逃れるには、速水の家に帰るしか術は無い。
速水と舞は、黙って家路へと向かった。
黙って、では語弊がある。この原の一刺しの如き鋭い吹雪で、両者ともに口が利けない程に凍えてしまっていた。
舞は、ふと速水の方を向く。
そこには、シャツだけの姿で、寒さで哀れなまでに震えている『カダヤ』の姿があった。
「…寒いのか?」
流石に、『カダヤ』の身を案じた舞は、不安な表情で速水に尋ねる。
「い、いや…へ、平気だよ☆」
舞の言葉に我に返り、急ぎ笑顔を繕って答える速水。
しかし、その真っ青な顔と血の気が引いた唇は、速水の繕いきれない苦痛を雄弁に語っていた。
厚志はいつもそうだ。
やせ我慢をしてまで、私について行こうとする。
何がお前を駆り立てるのか?
私の…私の為なら、本当に世界を敵に回せると言うのか?!
これが『愛する』という事なのか?
到底、芝村には理解できぬ…
だが、私はこれだけは断言できる。
厚志なしでは野望は達成できぬ。
厚志がいなければ、もう生きては行けぬ!
舞は、速水のその捨て身の優しさに、胸が熱くなる。
「馬鹿めが…」
ひとことだけ言うと舞は、速水の唇を奪った。
冷たい…
舞の唇から、速水の冷気が伝わる。
暖かい…
速水の唇から、舞の温もりが伝わる。
しばし、唇を重ね合わせる2人。
ようやく唇を離すと、速水の唇は血の気を取り戻していた。
事態を掌握しきれていないで呆然とする速水を見て、微笑む舞。
次の瞬間には、上着の片方を速水に羽織ってやった。
「これで、少しはマシになるであろう」
舞は、速水に体を密着させながら、笑顔で言った。
舞の体から伝わる温もりに、思わず顔をほころばす速水。
しかし、反射的に鋭い視線で周りを見廻す。
「奥様戦隊か?私は構わぬぞ。お前が風邪をひくよりはマシだ」
速水の配慮に気付いた舞は、今日一番の笑顔で速水に言った。
「あ、ありがとう…」
速水には、舞の優しさがこの上なく嬉しかった。胸の奥底が、目頭が、感激で熱くなる。
「腹が減った。早く帰るぞ」
速水に抱きつき、舞は再び歩き出す。
その手は、最愛の存在たる『カダヤ』の身をしっかりと掴んでいた。
「絶対に離さぬぞ…」
温もりを取り戻した速水の体を抱きしめながら、舞は、心の中で何度も繰り返した。