ディスコ秋葉原



  登場人物
 
  私…主人公
  ヘンリー…黒人
  ジャクリーン…女
  ジュゼッペ…料亭「ピザ・ハット」の店主
  マコ岩松…ジュゼッペのボディガード  
  パティー…ドブス、ジャクリーンの手下
  太郎…ジャクリーンの手下
  宮路社長…城南電機社長、ジャクリーンの手下  
  ジローちゃん…主人公の旧友
  浜ちゃん…西田敏行
  スーさん…三国連太郎
  ジミヘン…ギターがうまい


  

プロローグ

 雨が降っていた。
 激しい雨が。
 私は土砂降りの雨の中にたったひとりで、傘も持たずに立っていた。
 なぜ傘を持って家を出なかったのか、私は自分を呪いたい気持ちだった。
 だがそんなことよりも呪わしかったのは、
 私がパンツをはいてくるのも忘れたという事実だった。
 
 雨が冷たくて泣いたのではない。
 尻が冷たくて泣いたのだ。



第1話 そして…帰ってきた

 目が覚めると全裸であった。そして電車の中であった。
「見て見て!あの人、全裸よ!」みんなが私を指さすので、私もつられて隣の男を指さした。
世間的に言うと極道の人であった。極道の人は全裸の私をボコボコにして、新小岩で私を電車の外に叩き出した。
裸のケツをアスファルトにはげしくぶつけ、泣きそうになっていると目の前に人影がある。
顔を上げて私はゆうべ食った肉野菜いためを出しそうになった。
肉野菜というのは肉と野菜というわけで肉野菜というものがあるわけではないのだが。
とにかく言えることは私がゲロを吐きそうになったということであり、私の前に人が立っていたということだ。
と言ってしまえばずい分かんたんになってしまうが、何はともあれ私はゲロを呑み込んで立ち上がり、言った。

「あ、あなたは…」


第2話 過去を打ち砕く

 子音がAで終わるセリフはヤバかった。特に「は」はいちばんヤバい。
「あ、あなたは…う、お、おえ〜」結局私は肉野菜をぶちまけてしまい、発言の機会を相手に渡してしまった。
そして相手はその機会をムダにしなかった。
「くせえよ」なんたる愚。普通こういう機会にはもう少し内容のあるセリフを言うべきだ。
私はそう言ってやろうとしたが、肉もしくは野菜が鼻に入っていくのを止めるのにせいいっぱいだった。
「おまえよ、あっちいけよ。きたねえんだよ、オイ…あれ、おまえどっかでみたコトあんな。誰?おまえ誰?」
鼻の肉もしくは野菜が気になってしかたなかったが、そこまで言われては、私も脳を働かせざるを得ない。
そう、目の前の、ゲロがくつのはしっこにくっついていることにまだ気づいていないこの人物は、
私はよく知っているが、向こうは私をよく知らないという、非常にありがちな関係にハマっている人物の一人なのだ。


第3話 消滅への序曲

 「フッ」叫びたい気持ちを抑えて私は笑った。しかし奴は実は私をよく知っているふりをしているだけだ。
何が悪いって、となりに座っていた極道の人がいけないのだ。
駅で出会った奴(名前は東中西荻窪という)の事はほっておいて駅を飛び出した。
新小岩の駅前には吉野家があった。はいてしまったものをとりもどすため店に入ると
へんな外人とその連れの女が牛丼を食いまくっていた。負けじと牛丼を15杯食べると気持ちわるくなり、
しかも全裸だったことに気づき、当然金も持っていないことに気がついたのだった。


第4話 崩壊の始まり

 店の扉が開いた。なんと入ってきたのは新小岩のパチンコ屋の息子で
私の高校時代のクラスメートのジローちゃんじゃないか!私は「ジローちゃん」と声をかけた。
そうすると彼は一瞬驚きの表情をみせた。
「何やってんだよ?」
「わかんない」
「わかんない?」
「わかんない」
「なんだそのかっこうは?」
「見りゃわかるだろ」
地元の有力者の後継であるジローちゃんとしては、
全裸で無銭飲食をしそうな男と友達だというのは大きな減点だ。
今さら、知らないふりもできない。
ジローちゃんは金を払い、私を彼のパチンコ屋にむりやり連れていった。
吉野家の店長には
「忘れて下さい」
と言い残して。


第5話 インフェルノ

 ジローちゃんは結局、パチンコ屋につれていってくれたものの、
パチンコ屋だと言いはるわりには、
どうみても三軒茶屋の駄菓子屋だった。
ジローちゃん「さあ、ここで働いてもらおう」
私「にっにくにくにく」
ジローちゃんはつめたく、私に前ばりをくれるのだった。
ジローちゃん「奥にオレのバアチャンがおるやさかい、がんばりや」
いつのまにか関西弁になっているジローちゃんをよそに、
そのバアチャンが出て来て、私、というより下半身の私を見て言った。
「あんた、紅しょうが食いすぎやで…」


第6話 色欲の部屋

 その2秒後バアちゃんは死んだ。そして死ぬ前にこう言い残した。
「ときメモ…」
 まあそれはいいとしてババアとのそうぜつな戦いを終えたばかりの私は次の戦い、
そうあの親の仇であるウサギちゃんを倒さねばならない為、駄菓子屋を後にした。

 (2年後)

 さてウサギちゃんとの32回目の戦いに勝利した私はジローちゃんと新しい事業を始めた。
いわゆる個人輸入代行業なのだが、扱う品々は当然のごとく違法スレスレのブーブークッションだ。
これがまた大当りでもう日本中のイスというイスがブーブーブーブーうるさくってしょうがない。
ジローちゃんはその金をもとに選挙にでていまや官房長官だし、
私ももう50をこえてるのでいっぱしの格闘家きどりじゃいられないと思って落ち着こうと思っている。
その第一歩としてまず和食だ。今までのファーストフードじゃいけない。
そう思い料亭に働きに出ることにした。
 1日目 やはりそうじから始めさせられた。親方はきびしい。
     50から何か始めるのはキツい。
 2日目 玉子焼きの仕込みをやらせてもらった。
 3日目 パンをこねる。
 4日目 親方の娘に手を出して怒られる。
 5日目 どうやら店の主力商品はピザらしい。
 6日目 和食の店じゃなかったらしい。


第7話 雨のなかの女

  「親方…お世話になりました」
 「ああ…もう、こんな所に来るんじゃないぞ」
 そして私は8年間世話になった料亭「ピザ ハット」をあとにするのであった。
私のうしろで重い鉄の扉が閉まり、鈍い音を立てた。冷たい風が一瞬吹き抜けた。
煙草に火をつけると、右肩ごしにクラクションが聞こえた。
ふり向くとランボルギーニ・ディアブロ(オープントップ)が一台とまっている。
ドライバーズシートで手を振っているのは、ジャクリーン(料亭で修行中出会ったが
ライバルのヘンリーと私との自分をめぐるイザコザの末、自分から身を引き旅に出た女、
単行本第12巻参照のこと)であった。
 ジャクリーンは少し老けてこそいたが、そのプラチナブロンドは変わらず美しく私は思わず、
まあいいんだけれど、とにかく、

 「帰ってきたわ」ジャクリーンは言った。
「ああ」私は煙草を踏み消し、答えた。
「そして迎えに来たの」
こいつはずいぶん説明的に喋る奴だなあと思いつつ、私は親方がお土産に持たせてくれた
ピザの折詰をディアブロのバックシートに放り投げ、ジャクリーンの隣に乗りこんだ。
「待ったかい」私はもう一本の煙草に火をつけて聞いた。
「ええ」ジャクリーンは火がついたばかりの煙草を私から取り上げ、
それを一服すると開いた窓から投げ捨てた。
「とても長い期間待っていたのよ」相変わらず説明的なジャクリーンはそう言うと私に身をすり付けてきた。
「脱いで」首筋に彼女の生温かい息がかかった。「さあ、早く」
「そんなこと言ったって」私は困った。
だって私はまたしても全裸だったから。
私は長い修行期間にすっかり『全裸調理主義』を叩き込まれていたのであった。
私にそんなイデオロギーを植えつけた親方のジュゼッペを全裸でもじもじしつつ私は呪った。
そのときジャクリーンが言った「あら、もう脱いでいたのね」
こいつは何もわかっちゃいない。私はそう直感していた。


第8話 暴かれた過去

 ジャクリーンは言った。「もうすっかり春ね」
「ああそうだね」
「ちょうちょがね、とんでいるの」
「いやそんなものはいない」
「私には見えるの!」
ジャクリーンはそういって私をなぐった。はなぢが出た。
止まらない。鼻血が止まらない。大変だ。
首都高を320kmではしるディアブロから飛びだしてその後の記憶を失った。
 気がつくとお台場の新しいフジテレビ前にいた。全裸だった為かどうかわからないが、
全身傷だらけではあったが、それでもおなかはすくのだ。
フジテレビのとなりの吉野家にかけこんで牛丼を食べようとすると、
店の前でサングラスをかけている男に声をかけられた。「ディスコ神田」
 ディスコ神田?その言葉をきいた途端、私の脳裏に何かが走った。と思ったが気のせいだろう。
 とりあえず牛丼を食べることにした。
食べている途中で今ジャクリーンはどこにいるんだろうと考えた。ジャクリーンてだれだったかな。
いったいどういうかんけいだったかなと考えている内に眠気がおそってきた。
牛丼にすいみん薬が入っていたかもしれない、が入ってなかったかもしれない。
そう思いながら一時の休息に甘んじることにした。


第9話 The Dying Game

 私は宇津井健といかりや長介がアマチュアレスリングをする夢を見ながら、
吉野家のカウンターの下に倒れて眠っていた。何時間が過ぎたろう、
お台場の湿気た空気と牛丼の匂いとが混ざり合った、
何とも言えない雰囲気で気分が悪くなり目が覚めた。
カウンターの端を掴んで何とか立ち上がり椅子に座った。
指をひとつ鳴らし、店員を呼んだ。私のテーブルはきれいに片付けられていた。
「お茶だ」キッチンの奥で煙草をふかしていた肌の浅黒い男に私は声をかけた。
「お茶をくれないか」返事はない。「ヘイ ミスター!」私はたまりかねて机を拳骨で叩いた。
キッチンで私に背を向けていた男が、ゆっくりとこちらに振り返った。私はわが目を疑った。
浅黒いと思っていた肌ではあったが、それも当たり前だ、彼は黒人だったのだから。
「どうした」男は口を開いた。「びっくりしたかい…黒人を見るのは初めてみたいな顔をしてるぜ」
 そうではなかった。確かにそれほど多くの黒人を見てきたわけではないが、
この私の目の前に立つ黒人だけははっきりと憶えていた。
「ヘンリー…」私は椅子を降りて後ずさりを始めた。「黒人のヘンリー」
いまや全てを思い出していた私の様子を見てとり、ヘンリーは口の端をゆがめて笑った。
「どうやら忘れちゃいなかったらしいな。嬉しいぜ」
 忘れるはずがなかった。この黒人ヘンリーこそはかつて私の恋人ジャクリーンを奪い、
さらに私の右目を奪い、なおかつ私の肛門にカテーテルをさしこんだまま、
仕上げに私のトミカのコレクションを窓から捨てたあげく、
私をそれまで行ったこともなかった千葉の栄町に置き去りにした男なのだ。
 「忘れてたまるか」私は懐のコルトパイソン357マグナム6インチに手をのばした。
が、そういえば何も着ていなかったので無駄であった。しかし手をのばしたとき
自分の脇腹を突ついてしまい、ビクビクッとしてしまった。
「栄町からどんな思いで俺が出てきたか、お前には決してわかるまい」気を取り直して私は言った。
「勇ましいことだな、尊敬するぜ」ヘンリーは相変わらず黒い顔に薄笑いを浮かべている。「来な」
「望むところだ」わたしはヘンリーに向かって駆け出した。
「倒す!おまえを倒す!」そう叫んでヘンリーの太い首に手をかけた。
「それだけを…それだけを望んで俺はここまで生き伸びてきたんだ!」ヘンリーの首を握る私の手に力が入る。
「能書きはそれだけかい、ええ?口ばかり立って腕はからきしだ…まるで変わっちゃいねえな、お前はよ」
ヘンリーは平気な顔をしてそう言うと私の手を払いのけ、返す刀で私に強烈な右を喰らわせた。
私は吹っ飛び、牛丼の匂いのしみたカウンターに頭をぶつけた。
 またしても遠くなっていく意識の中で私はヘンリーに聞いた「ヘンリー…こんな所で…一体何を…?」
私に近付いてくる黒く巨大な影が答えた。「冥土の土産に教えてやるぜ、若造」
ヘンリーは私を引きずり起こして言った。
「バイトさ」
 そしてまた目の前が暗くなった。


第10話 魚のうろこと馬のひづめ

 「ヘンリー…ヘンリー…」どうやら気を失っている間中うわ言をいっていたらしい。
ここでまちがえてほしくないのは私はヘンリーを好きな訳ではないということだ。
さて、あまりの臭さに目を覚ました私はまず自分のおかれている状況を把握しようとしてみた。
しかしまわりはまっ暗で何も見えなかった。しかしその臭さからどこかの魚河岸にいるらしかった。
ぼんやりと見え始めた光景を理解しようとはしてみたが、どうやら意識のない間にクスリをうたれたらしく、
あたまはぼんやりしていた、何もわからない。しかしやる気だけはあった。一週間位、徹夜してもいい位に。
しかしフヌケの頭でも一番近くの建物の看板は読むことができた。「すし政」たしかにそう読めた。
そしてあの忌まわしい記憶がよみがえったのだ。そうあのヘンリー、薬漬けのジャクリーン、そしてジローちゃんのことを。
 例のごとくすし政に潜入して情報を仕入れようとしたが、何もかも魚のことについてばかり、
しかしどうやらこの店の売りはその朝とれた魚を出すことで、かなりうまそうだということだ。
明日にでも来てみようと思ったが相変わらず裸なので一度帰ろうと思って店を出た。
すっかり寒くなった夜風が身にしみる。コートのえりを立てようと首のよこに手をやってまた裸なことを思い出した。
だれかに「ルン」といわれたら恥ずかしいポーズをとってしまった。なぜか片足後ろに上げてるし。
自分の情けなさに首をふると、サングラスをしているらしかった。ヘンリーのやろういきなまねしやがって。
夜サングラスしてたら何も見えないじゃないか。
そんなことを考えながら愛犬ローリングブルーマウンテン6号の待つ我が家(北千住)へ向かうのだった。


第11話 北千住燃ゆ

 「ただいま」私は誰もいない我が家の扉を開けると、誰にともなく言った。
ローリングブルーマウンテン6号は鎖を切って逃げ出してしまっていた。
私は悲しくて悲しくて涙が出る思いだった。
いよいよ一人になってしまったと思えば思うほどに、
ここまでの私の人生が狂おしいほど憎くなってきた。
私はカビくさい畳を拳で叩き、ひとりで泣いた。
泣いて泣いて泣きまくっている途中で「プッ」とオナラが出たので
ついクスクス笑ってしまったときを除いては
ずっとひとりで泣いていた。ほつれた畳を握りしめて私はつぶやいた、「…ここまでだ」
落ちつづけるのもここまでだった。
まず服を着て立ち上がろう、そしてヘンリーの、そしてジュゼッペの息の根を止めてみせよう。
復讐の血をたぎらせ、私は洋服だんすを開けた。何も入っていなかった。
どの引き出しにも洋服は入っていない。唯一残っていたのはアーノルド・パーマーの、
くるぶしまでしかない靴下であった。
 「やってくれるじゃないか…靴下だけとはな」裸に靴下だけ!
「それほど恥ずかしい格好はない…奴ら、何もかも計算ずくってわけか」
しかしこうなれば受けて立つまでだ。私は全裸に靴下だけ履いて立ち上がり、走り出した。
そしてカモイに頭をぶつけ、気絶した。
 私が暗い、音すら聞こえない無意識の世界をさまよっているその間に、
私の家に火を放つ者があったことなど気づく術もなかった。

六畳間に全裸で白い靴下だけの姿で倒れている私の周りで、炎は容赦なく燃えあがっていた。


第12話 ロウソク

 私がほとんど全裸だったのは、この場合奇跡レベルに幸運だった。
おまけに長い年月が、私から頭髪を全て奪っていた。
おかげで私はファイアーヘッダーになる前に目を覚ますことができた。
下の毛はどうしたとかそういうツッコミをする奴は前へ出ろ。
出るまでクラス全員居残りだぞ、お前一人のせいでクラスみんなが迷惑するんだぞって失礼。
冷静さを失ってしまった。まあ、冷静でいられないのもムリはない。
全裸にくつ下の私のまわり、倒れている私のかたちぴったり、
つまり殺人事件とかの現場検証でチョークでかいてあるやつみたいに、ロウソクが立っているのだ。
 「う、動けない!」
 うかつに動けば、ロウソクの炎にふれてしまう。首をうごかすこともままならない。
変なかたちに体が固定されてしまったので、少ししたアト、肩がこってきた。
コキッコキッあち〜っ。つ、つらい。
 ロウソクがとけきるまで待つしかないのか!あせり、こった肩にイライラした私は、
くるぶしまでしかないアーノルド・パーマーのくつ下が、いつの間にか、
ひざの上まであるロング(純白)ソックスにはきかえられていることに、気付きもしなかった。


第13話 成長するロングソックス

 よく見ると、天丼いや天井にはジャクリーンがはり付いて窓の外の遠くの方を眺めているではないか。
そして私の右にはパティーと戦っているヘンリーがいる。パティーって誰だ!細かいことは後にして、
左には泥レスをしている太郎と宮路社長がいる。
 「かなわんなー、あんたには」社長は相変わらず元気で、私に100万円をくれた。
 そいつらはさておき、体が汗ばんでくるはずなのに、蒸発する感覚、しかも全裸のときに比べて速く、がある。
よくよく見ると、ソックスは私の胸のあたりまで伸びてきているのだった。
 「フ──ジ──コ──」
私はたまらずさけんだ。
すると、周りにいた五人は一斉に私の方を動きを止めて見つめているではないか。
 「フッ、ようやく言ったわね…」
 ジャクリーンは、まるで交尾をするトンボを離した時にしてみせたあの笑顔でそうつぶやいた。


第14話 歌え!ロレッタ 愛のために

 「フッ、ようやく言ったわね…」
 交尾をしているトンボを離した時にしてみせたあの笑顔で
そうつぶやいたジャクリーンではあったが、
すでにヘソ下5cmで成長を止めたロングソックスが、
今度は黄色に変わりはじめていることには気づいていないようだった。
 「宮路!お盆を持っておいで!パティーと太郎はドアを見張るのよ!」
 それまで楽しそうに人生ゲームをしていた宮路社長はジャクリーンの一声で顔色を変え、台所に走って行った。
パティーと太郎も速やかにドアに張りつく。ヘンリーはといえばひとり部屋の片隅を見つめて
「ワン ミシシッピ、ツー ミシシッピ…」とつぶやき続けている。
その間にジャクリーンはいそいそと“ナチス収容所女所長・イルザ”の格好に着替えていた。
私は迫りくる恐怖に胃を持ち上げられる思いで、ただなす術もなくロウソクにかこまれていた。
そのロウソクとてもはや小指ほどの長さしかなく、このままでは、と思っているその時、
宮路社長が2枚の丸いお盆を持って駆け戻ってきた。宮路はもうすっかり
女所長イルザルックに身を固めているジャクリーンにお盆を手渡すと、また人生ゲームに戻った。
 「これがどういうことか、わかってるわね」冷たい目つきで私を見下ろし、ジャクリーンは言った。
「当り前だ」ロウソクの恐怖に身を固くしつつ私は答えた。だが実は何が何だかわからなかった。
「わかってるなら話は早いわ」いやだからわかんないんですがという言葉を私は飲み込んだ。
ここはおとなしく事の成り行きを見守ったほうが利口に違いなかった。
 「さあ!やってまいりました…」真っ黄色になっている私のハイソックスには
まだ気付いていないジャクリーンが威勢よく言った。
「全裸…」全裸?「ジェスチャァ〜 タ〜イム!」…ジェスチャー?
「全国350万人の全裸ジェスチャーファンの皆さま、一週間のごぶさたでした。
今週もこの二枚のお盆を使った全裸ジェスチャーでお楽しみいただきます!」
ジャクリーンは興奮気味にまくしたて、我を忘れていた。
どうやら自分のすばらしい司会ぶりに完全に陶酔しているようだ。
「ルールの説明にまいりましょう。皆さまもうご存知のこの二枚のお盆、
これで局部を隠してジェスチャーをしていただきます。
お盆が局部を離れた場合は一回につき二点減点となり…」
人生ゲームのコマに子供を六人のせて「子だくさん」と喜んでいる宮路、
ドアに張りついて離れないパティーと太郎、
相変わらずミシシッピを数えているヘンリーを尻目にジャクリーンは司会を続けていた。
「そして十週勝ち抜きで年に二度の全国大会に出場の権利を獲得できます。さあ、説明はここまで、今週の出場者は…」
「ジャクリーン!」チャンスを逃さず私は叫んだ。今だ!「これを見ろ!」
そして私はひそかにもらしていたオシッコで完全に黄色くなったハイソックスをアゴで示した。「どうだっ!」
「ゲエッ!」ジャクリーンは腰を抜かした。「きっ…貴様ぁ〜」


第15話 人生ゲーム

 さすがにへそ下5cmまできては、もはやハイソックスとは呼べないが、
とりあえず私が身につけている唯一のものが、すっかり黄色くそまっているのをみて、
ジャクリーンはすっかり腰くだけになり、いまにも台風28号であることをやめて、
ただの熱帯性気圧になり下がりそうであった。
 「きっ…貴様ぁ〜」尻もちをついてこねてたべたような格好では、このセリフもまるで迫力がない。
私はファイト一髪(ちがう)、ヘッドスプリングではね起き、ジャクリーンを見下ろす体勢になった。
できるならさっさとやれ。
 「フ、俺をなめてもらっちゃ困るな、困っちゃうな。人生ゲームはな、よくできてるよ。
人生そのものだ。だがな、人生は人生ゲームじゃないんだ!」
「……」
 さすがに、ジャクリーンにも、意味がつかみかねたようだ。
だが、何となくかっこよくて、本当っぽいこととは感じたようで、
黄土色のクチビルをポカンとあけている。やっぱわかんねえんじゃねーかよ。
「きええ〜!」
 宮路社長が人生ゲームについて一言いいたそうなのに目ざとく気づいた私は、
先手を打って液体でビチャビチャのヒザをお見舞した。太郎に。
 私は、ロウソクの恐怖をジャクリーンにも教えてやろうと、手近なヤツを一本取り上げた。
「あち〜」


第16話 The Fighting Chance

 ジャクリーンは溶けたロウソクで視界をふさがれ、もんどり打って倒れた。
「もんどり」って何だと考えなかったわけではないが、
とにかく太郎、ジャクリーンの二人は倒した。やったゼ!
 “あと三人”私は思った。しかもヘンリーはいつまでたってもミシシッピを数えている。
残るは宮路と、そして今だに何者かわからないパティーだけだった。
宮路の人生ゲームはどうやら上がりにしくじったらしく、ゴール手前の農場で一からやり直している。
そのとき私はあれほどたくさん並んでいたロウソクが一本だけを残して皆消えていることに気付いた。
最後のロウソクの炎はヒザを喰らって飛んだ太郎が激突して割れた窓からの風でゆらいでいた。
あの炎が消えたときが勝負だと私は直感していた。
 私はパティーに目をやった。ヘンリーと宮路がそれぞれの世界に没入しているのとは逆に、
パティーは蛇のような目で私を見つめていた。
その目付きは二光通販の、頼めば職人が名前を入れてくれる包丁セットよりも鋭かった。
下手に動けば間違いなく殺られる──私は直感していた。直感してばかりだった。まあとにかく、
これじゃまるで緊迫感がないな、ええいどうでもいいわい、とにかく、とにかくだ、
あのロウソクの炎が消えたとき勝負が決まる。殺るか殺られるかであった。
それにしても私をにらみつけるパティーの目だが片方が二重まぶたでもう片方は一重だった。
しかも目と目がすごく離れている。まるで魚だ──私は思った。しかもすごいパーマだった。
もう何て言うかテキ屋みたいなパーマだった。「一平ちゃん」のCMの松村みたいだった。
しかも耳がとがっていた。おまけに水色の字で「三枝の愛ラブ!爆笑クリニック」と書かれた
ピンク色のTシャツを着ている。なおかつそれがすごいピチピチであった。
もう耐えられなかった。「プッ」私は吹き出した。そして爆笑した。
しかもパティーを指さして。失礼だとは思ったがそんなすごい女が私を見つめているのだ。
笑うか帰るかメシにするか古新聞を整理するかしかなかった。ってずいぶんあるじゃねえか!
 まあとにかく。私はもうゲラゲラと笑っていた。ゲラゲラと本当に声に出して笑うのは大変だった。
すると、あろうことか笑われている当人であるはずのパティーまでゲラゲラ笑いだしたではないか!
どうやらつられたらしい。わたしはもう駄目だった。すごいパーマで片方二重まぶたで目が離れていて
耳がとがっていて爆笑クリニックのTシャツをピチピチに着こなしている女が私の目の前で笑っているのだ。
ゲラゲラゲラゲラと。「もうあかん」私は引きつけをおこしそうになりつつ絶叫した。
「助けてえー!おかあちゃーん」
その時すでに倒れて動かなくなったジャクリーンがピクッと動いた。
まさか…?
 いやしかし、そんなことに気を取られていては間違いなく殺られてしまう。
私はまだゲラゲラ笑うパティーに向きなおり、またたまらなくなって爆笑した。
視界の片隅に人生ゲームのルーレットをぐるぐるぐるぐる回す宮路の姿が映ったその時、
割れた窓から一陣の風が吹きこんだ。「来たっ!」
全身の毛穴という毛穴が音をたてて引きしまった。「キュッ」
 ロウソクは風に吹かれて倒れた。勝負だ!と思ったら倒れてもまだ火がついていた。 
「くっ…」一歩踏み出して私は動きを止めた。
するとさっき私が作っておいたシッコの水たまりの中にロウソクは転がり、そして──炎が消えた。


第17話 ジミヘン現わる

 ゴー、ブルブルブル、キッ。でかいトラックがやってきたようだった。
窓からトラックの荷を下ろしはじめた。
ジャクリーン「いらっしゃ〜い」
細川ふみえ「うふっ、こんばんは〜」
 
 部屋にドでかいライトがついたと思ったら、
いきなり、ワイルドシングが始まった。
ヘンリーは「ワーイルドティーング」とチャイニーズ英語を叫び、出て行った。
宮路は「取り引き先に現なまもってかにゃ」といって出て行った。
太郎はローディーだった。
 よくよく見ると、そこには

 ジミヘンがいた。

 ジャジャジャジャーン、ジャッ
 「あ〜、最近フジコが逃げてよ〜」 
 ジャジャジャジャーン、ジャッ


第18話 死闘の果てに (第16話よりつづく)

 暗闇に二つの鈍い音が響き渡った。
首筋に鋭い痛みが走り、鼻の奥からべとついた血の匂いがした。
灯りの消えた部屋に聞こえるのは今やヘンリーの「ワン ミシシッピ、ツー ミシシッピ」だけであった。
しかもヘンリーは2以上数えられないらしい。
一瞬の間に何が起こったのか私には知る由もなかった。
ジミヘン?知るか。そんなことは。 


第19話 ミシシッピ

 ヘンリーがにくらしくなったので、「ツー ミシシッピ」と言ったところで
「スリーだっ!」と、私が言うと、ヘンリーは
「オー、スリー、スリー、スリー」と言ったあと、
「ワン、ツー、スリー、…ワン、ツー、スリー」とミシシッピを忘れたようだった。
ジャクリーンは人生ゲームをかたづけ出しているのだった。


第20話 敵か味方か?

 「スリー…スリー…スリ…」
頭の中でこだまするヘンリーの声が次第に遠ざかってゆく。
私の全神経はロウソクの火に向けられている。
パティーもまた今か今かと火が消えるのを待っているようだ。
この状況では絶対に私が不利なのはわかっている。
しかし私はまだ負ける訳にはいかないのだ。
私が勝つにしろ負けるにしろ最初の一撃で勝負が決まる。
いやその一撃で勝たねば私が負けるのだ。
 「ジジジジジ…」ロウソクの芯が極端に小さく見え、
まるで私の思慮の時を奪うかのように溶けたロウの中に沈んでゆく。
今だ!と私が右足を踏み出そうとするその瞬間、
「待てい!」
どこからか聞き覚えのない大きな怒声が響いた。
一瞬火が消え、真っ暗になった部屋の襖からかすかな光が差し込み、
裸電球を両手に持った白いひげの老人が現われた。
数秒の間何が起こったのか分からず唖然としていたがハッと我にかえり
パティーの姿を探した。大きなスキを与えてしまった。
しかしパティーもまた何事かわからず右手にくさりガマをかまえたままのしせいで立ちすくんでいた。
 緊張感の解けた私は辺りをフト見回した。そこは地獄であった。血の海であった。だれの血かはすぐにわかった。
手に札束を握ったまま首から上のない死体、窓の外に飛びだしたはずの太郎もまた首から上がなかった。
「しゃちょおー!たろおー!」私は叫んだ。ジャクリーンはその血の海の中でまだ生きているようだった。
パティーはまだ私と対峙したままの姿勢で硬直していた。いったい何が起こったのだ。再び老人へ目をやると、
その裸電球を持つ手が血で染まっている。
こいつがやったのか?
「いやさっきころんじゃって」まるで私の心を見透かしているかのように老人は答えた。
しかしその声の冷たさには冗談を冗談と思わせない冷たさがあった。まちがいない、こいつが殺ったのだ。
別に宮路とも太郎とも親しかったわけではないが、私の部屋で勝手に人を殺してもらっては困る。
自分で殺すならまだしも他人様が殺したものを片付けるのはいやだ。
 「スリー…スリー…スリ…」
「ヘンリー!」振り向くといつのまにか床の間に正座しているヘンリーがこっちを向いて笑っている。
「よお相棒、殺ったのはそいつだぜ。そのジジイだ」さっきまでおかしくなっていたこいつの言うことを
どこまで信用していいものかわからないが、たしかに今のヘンリーには
あの私が歯が立たなかった頃の目の輝きが戻っている。
ただ一つわからないのは私がいつ奴の相棒になったのかということだ。
しかし、今この部屋にいるものの中で二人を殺せたのは確かにその老人だけだということは理にかなっている。
 「貴様は誰だ!」こう叫んだのはパティーと同時だった。
お互い顔を見合わせてちょっと気まずくなったのだが、それどころではない。
「フフフ…」「フフフさんだな!?」ヘンリーが叫んだ。まだ少しおかしいらしい。
近くにあった招き猫でヘンリーをなぐってだまらせた後で老人は言った。
「おまえ達のこの勝負ワシが一時預からせてもらおう」
「なんの為に?」私がこういった途端ドアがけたたましく鳴りひびいた。ドンドンドン
「さっきからねえ何やってるのか知らないけどうるさいのよ。何やってるの本当。いったい何時だと思っているの!」
まだ21時にもなってないよと思っていると老人が言った。
「こういう訳だ。この勝負、場所を変えてしきり直しといこう」
 そう言い終わった途端またしても目の前が暗くなりはじめた。
またか、一体何回気を失っているんだろう。
パティーもまたよろめいて倒れているようだった。
遠くなっていく意識の中で最後に考えたのはこんなことだった。
くさりガマを使ってパティーはなんのジェスチャーをするつもりだったのだろう。
誰かに体を持ち上げられるような感覚の中で私の意識は消えていった。


第21話 真昼の決闘/okokダイジョーブでよ牧場

 私はホンワカホンワカという、どこかで聴いたことのあるメロディで目を覚ました。
キダ・タローか?と思ったら「釣りバカ日誌」のテーマであった。ここどこ?バスの中であった。
釣りバカ日誌パート6であった。私は観光バスの補助席に、白ひげの老人とそのボディガード、
マコ岩松に両どなりを固められて座っていた。なぜボディガードの名を知っているのかと問われれば
奴のハゲ頭にそう刺青がしてあったからに他ならない。
 とにかく。釣りバカ6に笑い転げている老人とマコ岩松の目を盗んで辺りを見渡すと
後部座席にヘンリーが座っていた。ヘンリーは意識のないジャクリーンを自分のひざに座らせ、腹話術に興じている。
「ボクおしっこ!」
「ええ〜おしっこ〜?」
「ダメ〜?」
「いいよ〜ん」
「サンキュー!」
「ハーイ、シートットットットッ」
ヘンリーの狂った腹話術に頭が痛くなりつつさらに見渡すと、煙草のすいがらとペプシの空缶で一杯になった通路には
パティーがうつぶせに倒れていた。しかも彼女の両腕はきっちりと胴体に沿って伸び切っている。
そのとき私は思った「おなかがすいたなあ…」そしてパティーのとなりに太郎と宮路の死体が、
それぞれの元々首のあった場所にミカンを置かれて座らされていることに気付き、吐きそうになった。
ここで吐いたら終わりだと思いつつ、私はこみあげてくるゲロをおさえることができなかった。
 「うげえええ〜」はげしくゲロを吐く私にボディガードのマコ岩松が気付き、
ふところのハンマーで私を思い切りなぐった。頭をなぐられてまたゲロを吐いてしまった「オエエエエエエ!」
またしても遠のいていく意識のむこうでは三国連太郎がうれしそうにマダイを釣り上げていた。

 そして。目を覚ますとマザー牧場であった。地面がはげしく振動していた。鼻の奥からゲロの匂いがした。
私は暴れ回る雄牛の背に体をくくりつけられていた。なぜか口には裸電球をくわえさせられていた。
ぐらぐらとゆれる視界のむこうに私と同じように牛の背に縛られ電球をくわえたパティーの姿が見えた。
パティーは未だ意識を失っているようだった。ヘンリーは死んだ太郎と宮路の首がわりに乗せられたミカンを
それぞれ置きかえてはクスクスと笑っている。ジャクリーンは干草の山の上で大の字に伸びていた。
暴れる牛の背中で腰をはげしく打たれつつ私はこれから起こることの恐怖に失禁してしまった。
でもさっき死ぬほどゲロを吐いたのでこの際何でもこいだった。しかしせっかく着替えた(らしい)
カウボーイ・ルックがまた黄色くなってしまうのは少しさびしくもあり奥ゆかしくもありかぐわしくもあった。
ってどういうことだ?思考の迷宮をまたさまよっていると一発の銃声が聞こえた。
 「皆の者よく聞けい!」声のほうを見ると、老人がふんどし一丁でいきり立っていた。
マコ岩松はパンツ一丁に首輪をつけられ四つんばいになっている。
「わしはおどれらの男気に、非っ常〜に感動した!というわけで君達には決闘をばしてもらおうやないかい!」
老人は血走った目をして一気にまくしたてた。
「ルールの説明をするたい!おどれらの口にくわえた電球、
それを最後までくわえちょったもんがチャンピオンです!返事は?」
殺されたくない私は「ほんが〜、ほんが〜」とやっとの思いで返事をした。
牛の暴れっぷりはますますその激しさを増してきている。
だがここで電球を離したら私の負け、敗者を待つものは死であった。
「そんじゃ行くけんね、よ〜いよ〜いよ〜いよ〜いよ〜い、」なかなかスタートと言わない老人を尻目に
まだ意識不明のパティーの口がだらしなく開き、電球が転げ落ちて───
割れた。
 「ああ〜っ…」老人はガックリと肩を落とした。
そして叫んだ「これにて、終了〜っ!」


第22話 敗者

 きっとこれから面白いことになるだろうと思っていたであろう老人の落ち込み方たるや尋常ではなかった。
白いヒゲが突然抜け落ち始めたのである。はらりはらりと落ちてゆく
ヒゲをすっかり落ち着いてしまった牛の背から見ている内に涙が出てきた。
しかしその涙でゆがむ視界になぜか見覚えある人物がふいに現れてきた。
 「ジュゼッペ!」そう白いヒゲで顔を隠していた老人は奴だったのだ。
パティーが危ない!そう直感した私はパティーの方へ牛と共に振り向いた。
しかしパティーは牛の背にくくりつけられたままどこか遠くへ走っていってしまったらしく、
パティーのいた場所には牛の足跡のみが残されていた。
 「フフフどうやらバレてしまったようだな」ジュゼッペが言った。
「パティーの奴ではどうやらお前を倒せないらしい。私が直々に手を下したいところだが
ワシは午後の分のピザ生地をつくる使命がある」そう言ってジュゼッペはマコ岩松と共にバスに乗り込んで
去っていってしまった。
 乾燥した熱い風の吹くマザー牧場。そこで今日一つの決闘があった。からくも私が勝ちを得た。
しかし勝負には負けた。奴の方が一枚上手だったのだ。
 そして牧場には牛の背にくくりつけられた私と、まだ正気に戻らないヘンリーが残されたのだった。
 パティーはどこへいったのだろう。


第23話 脱出、そして

 「うああ〜…」今だに牛の背の上にいる私の耳に、聞きおぼえのあるうめき声がとびこんできた。「おあああ〜…」
 あおむけに縛られたまま声の方向に耳を向けると、それはジャクリーンであった。
まだいたのかこいつ。
「ジャクリーン!」私は声を限りに彼女を呼んだ。
確かにこの女には何度も煮え湯を飲まされたが、私も男のはしくれ、
一度は愛した女を放ってはおけなかった。「ジャクリーン!」
「あうあ〜」ジャクリーンは干し草の上でのたうちまわっていた。
 どうしたわけか彼女は涙、鼻水、よだれ、耳ダレ、ほかいろいろなものをたれ流しっぱなしであった。
かつてあれほど愛した女が顔中をベッチョベチョにしているのを目のあたりにして、
私はこう思わずにはいられなかった「みっともねえなあ…」。
 「ちっくしょお〜ジュゼッペの野郎ォォォォ…」
あうあう言っていたジャクリーンがはじめてまともな文章をうめいた。
「何っ?どうしたんだジャクリーン!」
「あうああ〜」
「あうあじゃねえ!どうしたんだジャクリーン!」
「ジュゼッペめぇ〜うぐっ!」
「うぐってお前、ゲロか?」
「おげえええ〜」
「ゲロなんだな?」
「くわぁ〜カッ、ペッペッペッ、ああ〜」
「お前酔っ払ってんのか?」
「ぜんぶジュゼッペのせいなんだよぉ〜ああ〜んあ〜ん」ジャクリーンは泣き出した。
牛の背中で私は死ぬほどイライラしていた。
「泣いてちゃわかんないだろうお前っ!ジュゼッペがどうしたんだ!」
「ジュゼッペの野郎に仕組まれたんだよ〜」
「それで?」
「ここはもうすぐ爆発するアルヨ」急にはっきりとジャクリーンは言った。
「何っ?」
「ジュゼッペは何もかも知っていたアルヨ。すべて吹きとばすつもりアルヨ。アナタはやく逃げるよろし」
「そうか…待ってろジャクリーン、いま助けてやるからな」助けてほしいのはこちらなのだが、
私はそう言うと逆手で牛の尻を叩き、ジャクリーンのほうまで向かおうとした。
「オイのことはいいから早く逃げろっ!」私を制してジャクリーンは言った。「早く!」
「ジャクリーン…」
「わしは憎いお前に復讐するつもりでジュゼッペと取り引きをしたんじゃ。
だがあのじじいはわしまで裏切りよった。もう誰も信じらんない。さあ早く逃げろ」
「何言ってるんだ、お前も一緒に」
「まだわからんのかっ!」ジャクリーンがブチ切れた。
「わしの体には爆弾が仕込まれているのじゃあ!あそ山のハッパ工事に使うやつじゃあ!
こっぱみじんなんじゃ!わしのことなぞほっとけ!最後にひとつだけ、あなたにあえて…よかった…ガク」
そうひとこと言い残し、ジャクリーンは力つきた。
私は愛する女に目の前で死なれて思った「死んじゃった…」。
 怒鳴っていたジャクリーンの息づかいが聞こえなくなると急に、静けさが襲ってきた。
真っ白な頭で私はジャクリーンの亡きがらの、ちょうど腹部から時計の針の音を聞いた。
「チッチッチッチッチッ…」爆弾の話は本当らしかった。死んだ女と一緒に死ぬのは嫌だったので、
私はまた牛の尻を逆手でひっぱたいた。びっくりした牛は急に走り出した。
ガクガクとゆれる牛の背からヘンリーが見えた。ヘンリーはミカンをたべていた。
「ヘンリー!」声を限りに呼ぶと奴はミカンを放り出し、暴走する牛を追って走ってきた。
「そのままついてこい!ここは爆発するぞ!」ヘンリーは何も言わずに、ただにこにこ笑ってついてくる。
恨みはあったが見殺しにはできない。こいつとの決着はあのジュゼッペをこの手で地獄に送ってからだ。
 暴れ牛はその速度を増し、牧場は遠ざかっていった。
「さようなら…ジャクリーン」涙にぬれてそうつぶやいた瞬間、背後で爆発がおこった。
ふり返るとジャクリーンがバラバラにとびちるのがよく見えた。



第24話 突撃!サンダーバードに愛をこめて…

 「ジャクリーン、ボンボヤージ!」と私は叫んだ。私の首の筋に力が抜けていくことを感じた。
殺されそうになったとはいえ私がかつて愛したヒトの最後を見るのは正直とてもつらい。
 と、その時はるかかなたで飛びちった肉片には異変が起きていた。目玉、手、足、指などが
チュミーン、チュミーンと音を立て、ある一点に向かって集まろうとしている。
それはそれぞれの部位が別の生き物に見えていた。またたく間に結合されていく…
 そして一つの肉塊が生まれた。それは先程のジャクリーンとうり二つに見え、
しかし今の爆発によりどこかの細胞が損壊した為、両手両足が違う所につき焼けた毛髪の下には尻部が見え、
しかもその丸みの頂きには触角を備えた奇妙な生物だった。
「わしはジャクリーンだがや」なぜか、名古屋弁だった。


第25話 ペパー将軍の独身傷心軍団楽団

 「いやよ、いや!」
「いいじゃないか」
「だって恥かしいじゃない」
「じゃあ、どうだ。あそこのニグロを吸収しては…」
その異様な生命体はいくつかの精神を持っていたらしく独り言をつぶやいていた。

 その時走る猛牛の上ではとてつもない死闘が繰り広げられていた。
それはやがて来る悲劇の前兆であったことは全裸でギターを弾くハウリン・ウルフのスピリットを引き継いだ
小沢一郎は知っていた…


第26話 悪魔達の宴

 「少し予定が早まってしまったがしかたがない。このまま様子を見ることにしよう」
そういったのは一見普通の人間のように見えたモノだったが、よく見るとそのモノはヒトではなかった。
人の皮の下になにか小さな生物が詰まってうごめいているのが目や口といった腔の部分から見えている。

 ニューヨーク。そこは世界の中でも有数の都市である。経済、文化、様々なものの中心地といって良いだろう。
しかしそんな華やかな部分を離れ郊外に向くと、そこはまた有数の犯罪地区でもある。
 そのモノがいる所もまたそんな地区のひとつ、サウスブロンクスであった。
半ば廃虚と化しているビルの一室にそのモノがいた。それだけではない。
およそ人の姿をしていない異形のモノが人の言葉で話している。
なにかあの復活したジャクリーンの様子を思い出させる風景も見えた。一体このモノたちは何者なのか。

 牧場から2H程離れた所に私はたたずんでいた。
ヘンリーもどうやらジャクリーンに吸収されずに逃げのびたらしくこちらに向かって走ってくる。
みかんはもう持っていない。
「フウあぶねえところだったぜハニー。一体あいつは何なんだ。見たかジャクリーンを」
また正気に戻っているヘンリーに度肝を抜かれつつも
「ああ見たぜヘンリー。どうやらコトは大きくなっていくばかりだな」そう答えた。
「そいつは大変だ。早く病院に行ったほうがいい」まともなんだか狂ってるのかわからない
ヘンリーの返事をうけながして私は思った。ヘンリーが今私に対して敵意を表していないのはありがたいことだ。
なぜなら私はいまだに牛の背にくくりつけられているのだ。
「ヘンリー、なわをほどいてくれ、背中がかゆくてしょうがない」
ヘンリーは自分の背中をかいて言った。「くやしいだろう。くやしいだろう。
そのくやしさを明日につなげるのだ!」そう叫んでどこからとりだしたのかくまのぬいぐるみを破壊しはじめた。
そして破壊したくまの頭をかぶって言った「くるしい〜」そう言って倒れてしまった。
 もう夕方もとっぷりとくれはじめた。しょうがない、私も牛の背ながら眠ることにした。
私は近くの丘の上から、やはり牛の背にのったままのパティーがにらんでいることに気がつかなかった。


第27話 魔界都市ニューヨーク

 パティーのはなれすぎの目が私をにらんでいるのに気付いたのは、
強烈な便意を感じて、感じちゃって…って何言ってんだ、しりの筋肉に力を込めながら、目を開けたからだ。
 やばい。パティーがこっちをみてる。しかも、はなれすぎた2つの目の間に、「炎」と書いてある。
しかも首には、まだらのくつひもが3つあみにして巻いてある。いがいとつまんねえな。
ま、とにかく、私は、しりを牛に必死で押しつけた。笑ったら最後、堤防がくずれてドバーと大洪水、
固形物含む、って気分。死ね。
 パティーは何か言えばいいのに、だまって私をにらむ。こうなったら負けてはいられない。
私もにらみ返してやる。なめんなよ、コラ。
「ぶふふー」
パティーはたえ切れずにふき出した。つづけて「ゲラゲラゲラゲラ」と笑った。私の勝ちだ。
しかし、パティーににらめっこで勝つというのは、まさに「試合に勝って勝負に負ける」というやつではないか。ムフー
 
 とりあえずパティーを笑死させておいて、私はヘンリーが正気に戻るタイミングを計った。
エラそうに聞こえるが、ただじっと待っていただけだ。待つこと3日、しかも空腹と便意に耐えながらの3日だ、
我ながらすごい。ほめてくれ。
「どうやら敵さんは行っちまったようだな。相棒よ、ずらかるとしようぜ」
ヘンリーが言った。こいつが私を相棒扱いしているうちに、なわをほどかせた。
そして全裸の男の唯一のポケット…すなわちケツの穴から、
宮路社長の遺産ともいえる100万円の束を取り出した。
茶色のしみが浸透していて、使用にたえるのは半分くらいだった。
まあ、いい。無人くんで借りられるくらいのカネはあるというワケだ。
 思うぞんぶん大洪水を流した私は、即座に牛を屠殺し、当面の食料を確保した。
続いてピクリともしなくなったパティーから衣類を失敬して、赤面したりして、
ヘンリーと共にマザー牧場を後にした。
 「相棒、ヤツらにケリをつけに行こうぜ。ニューヨークをヤツらの墓場にしてやるんだ。Let it Be ! 」
 Let's go ! だろ、とつっこみを敢えて入れなかった私とヘンリーは、ザイール航空のエアバスで
ニューヨークに飛び立ち、酔い、ゲロし、スチュワーデスにからみ、到着した。
 税関で、パティーからうばった「爆笑クリニック」Tシャツが引っかかりかけたが、
何とかニューヨークの街にくり出すことができた。
「来な、兄弟」
いつの間にか相棒から昇格した私を、ヘンリーは自信に満ちて案内したが、
数分後、私はヘンリーはエスキモーな人で、ニューヨークに来たことなんか一回もないのを思い出した。
「おい、ヘンリー」
「ここだぜ、兄さん」
いつの間にか兄さんだ。ヘンリーが小指でさしているのは、一軒のドラッグストアーだ。
ヘンリーはポケットから何やらとり出し、私に言った。
「武器に手をかけておくんだね、兄さん。危険だからね」
わたしとヘンリーは、ドラッグストアーのドアをけっとばし、店内におどり込んだ。
「いらっしゃい」


第28話 ジャグラー/ニューヨーク25時

 
 「何にしましょう!」
勢いよくドラッグストアにおどりこんだ私達2人に、妙に下ぶくれな顔をした店主は明るく声をかけた。
「そうねえ…」ヘンリーはアゴをさすりながら言った「コルゲンコーワと、かっこん湯をちょうだい」
「おや、お客さん、カゼかい?」
「うるせえっ!」ヘンリーは店主の頭を掴み、ガラス張りのカウンターに叩きつけた。
店主はカウンターに突っぷしたままピクピクしてそのうちに動かなくなってしまったが、
そのあとすぐ起き上がって今度は私に声をかけた「そっちのお客さんは何にしましょう!」
店主の頭はガラスで切れて鮮血が噴き出している。私はヘンリーと目を合わせた。
ヘンリーは黙ってうなずくと、私に注文をうながした。
「コ…」私は口を開いた。
「コ…コ…コン…」店主とヘンリーはニヤニヤしながら、もじもじする私を見ていた。
「コン…コンタックください!」店主とヘンリーはがっくりと肩を落とした。
気まずい沈黙が漂った。
「…悪いかよ!コンタック頼んだら!ああ?」私はブチ切れた。
逆怒りの迫力に気圧されつつ、店主はコンタックせき止めをさし出した。
「それじゃあ全部でいくらかな」ヘンリーはしりのポケットに手をつっこんで言った。
「さんびゃくまんえん!」店主は下卑た笑いを顔にうかべて、答えた。
ヘンリーは何も言わずに店主を殴り倒した。「さあ、行こうぜ」
「ヘ…ヘンリー…でも…」
「なあに気にすんな、これがニューヨークのあいさつよ」ガハハハとヘンリーは笑った。
真っ黒な顔に真っ白な歯が浮かび上がって見えた。しかも歯の間にホウレン草がはさまっていた。
 ニューヨーク…恐ろしい街だ…


第29話 摩天楼の下の危険な一夜

 コンタックを両手いっぱいにかかえた私と、いかにもニューヨーク育ちといった感のあるが
実はアラスカ出身のツムラの1番の箱を肩にのせたヘンリーがドラッグストアを出ると外はすっかり夜だった。
店に何時間位いたのかわからないが、見知らぬ土地では時が経つのが早く感じられる。
大荷物をかかえたまま我々は夕食をとるためにとんかつ三金に入った。が、出た。
 先に泊まる所を探すことにしたが、どこもいっぱいなのでいきなり野宿することにした。
野宿といえばやはりセントラルパークだろう。世界野宿ミシュラン(民明書房刊)にもあるように
3つ星のつく公園だ。パークは広かった。その中央まで歩いていく途中でほとんどのコンタックを
のんでしまったわたしはかなり朦朧としていた。
 やっとのことで中央部までたどりつくと、そこにそびえ立つ地上300Eはあろうと思われる
巨大な毛沢東像に多くのチャイニーズがつばをはきかけていた。
「おいヘンリー、あいつらは何でつばをはいてるんだ?」ときくと、
「知るかそんなこと」と言って私をなぐってもんどりうって倒れてしまった。
また少しおかしくなっているらしいが、実はその理由をヘンリーは知っていて、
その夜ベンチで横になっている時に道の反対側のベンチから大声で話してくれた。
が、その話はあまりにすごく、話しているヘンリーの髪の色がどんどん白くなっていくのだった。
 チュンチュン…「ロン!」ヘンリーの声で目を覚ますと、すでに彼は朝の太極拳を始めていた。
さあ新しい日が始まる。そして地獄の日々が再び幕を開けるのだ。


第30話 復活!ローリングブルーマウンテン6号!

 私はいまだにコンタックのせいで朦朧としている頭で、
朝日の中で太極拳をするヘンリーを見ながら今までに起こったことを考えていた。
電車の中で出会った極道のこと、ジローちゃんのこと、ピザハットのこと、
ジュゼッペのこと、ジャクリーンのこと、パティーのこと。
「色々なことがあったなあ」過去に思いをはせていると、
自分が生き残っていることについてしみじみとした思いはあったが、今は未来のことを考えなければならない。
「これからどうしよう。ジュゼッペやヘンリーを倒すとゆう目的も今となっては…困っちゃったなあ」
 私がそんなことを考えていると、太極拳をするヘンリーを見つめている私の目の前を、
犬の散歩をするきれいな女の人が通りかかった。
「きれいな人だなあ」
私はずっと女の人の方ばかり見ていたが、犬が私の方を見てしっぽをふったのでまた過去に思いを馳せたのだった。
「愛しのローリングブルーマウンテン6号」
「一体どこへ行ってしまったのかしら」
気がつくとさっきまで私の方を見てしっぽをふりふりしていた犬が、ヘンリーに噛みついている。
きれいな女の人はとてもあわてた様子だが、彼女の細腕では興奮している犬をとめることはできない。
 私は立ちあがり、思はず叫んだ
「止めるんだあ ローリングブルーマウンテン6号!」


第31話 仔犬物語

 
 と叫んではみたものの、私は何だか恥ずかしくなってヘナヘナと座りこんでしまった。
しかし目の前でヘンリーののど笛にかみついているのは、
まちがいなく私のかわいいローリングブルーマウンテン6号であった。
ヘンリーは首からおびただしい量の血を噴出させつつ、
フラフラとよろめいては電柱に頭をぶつけたり車にはねられたりしている。
おまけに彼ののど笛はピーピーポポー ピーポポーとなんだか悲しいメロディをかなでていた。
「や…め…ろ…ゴボッ」血の泡をふきながらヘンリーはうなった。
ローリングブルーマウンテン6号はそんなことは耳に入らぬ様子で、
ヘンリーののど元をおいしそうにかじっている。
「やめろっつってんのがわかんねえのかこのクソバカがぁ!」ヘンリーはついにブチ切れて、
首からローリング6号をひきはがすと、その勢いで私のかわいいプードルを二つにひきさいた。ビリビリビリ。
「ああーっ!」私は立ち上がり、叫んだ。「何てことしやがる!」
そしてヘンリーのところへかけよって両手でヘンリーのごっつい肩をポコポコ叩いた。
またブン殴られるかもしれなかったが、愛犬を真っ二つにされてはもうガマンができなかった。
「バカバカ!ヘンリーのバカー!」
「よしな」そう呟いてヘンリーは私の手首を掴んだ。殴られるのはいやだなあーと思っていると
ヘンリーが犬の死骸を指さして言った。
「どうやらあれはただの犬ころじゃねえらしいぜ」
 その通りであった。真っ二つにされたローリングブルーマウンテン6号はドロドロと溶け出し、
あたりのゴミや煙草の吸いガラを取り込みながらドブ板のすきまにズルズルと逃げ込んでいってしまった。
「…これは?」ふり返って私はヘンリーに聞いた。
「…さあな」鮮血の噴き出す首筋をおさえてヘンリーは答えた。
「ひとつ買えばもうひとつもらえるってのとは、ちょいと違うことは確かだ」


第32話 黄泉からの手紙

 「ヘンリー、やはりコトは私の理解をすっかり超えてしまったようだ。一体何がどうなっているのだ」「知らん!」
 そして何事もなかったかのように我々は歩き出した。
が、二人とも別々な方向に向かって歩いているのに気が付いたのは二日後のことであった。
 右も左もわからないニューヨークを二日間もどこをどう歩いていたのかさっぱりわからない。
覚えているのはエンパイアステートビルの最上階にて日本文化展で和太鼓の腕を披露したことだけだ。
その二日のあいだヘンリーがよこにいると思ってずっと話しかけていたのだが、
またおかしくなって返事していないだけだと思っていたのだ。でもおかしいのは私かもしれない。
なぜなら私の格好はカタカナで「アメリカ!」とかいてあるすっごいでかいT-shirtsなのだ。
もういや、なんだっけ、そう、ヘンリーはどこ?さあ。とにかく二日経ってヘンリーが一緒にいないことに気付いて
眠れなくなってウォッカを2本開けてよっぱらってホテルであばれてけいさつにつかまって牢屋にぶち込まれて
暗いところに目がなれて牢の暗闇からヘンリーの姿が浮かび…
「ヘンリー!」
「よおベイビー、また会ったな」再会したヘンリーの顔は二日間何も食べていないかのようにやつれていた。
「どうしたんだヘンリー、まるで…」
「そう二日間何も食べてないんだ…」ヘンリーは言った。そして
「それだけじゃねえ、どうやらオレたちの敵の姿が見えてきたようだぜボーイ」


第33話 ノスタルジィ テキサス

 「敵の姿…!?」私は鉄格子にしがみついたまま聞いた。
「そいつは一体…」
「まあ、落ち着けや」ヘンリーは葉巻に火をつけた。「順序ってもんがあらぁ」
立っていても仕方がない。私はむき出しの便座に腰かけてヘンリーの話に耳を傾けた。
「はじめから考えてみたんだがな…どうやらオレらの敵ってのはよう」
ヘンリーは葉巻を一服して続けた。
「たぶん男だ」
「…それで?」
「いや、そんだけだ」

 夜が明けた。
いびきをかくヘンリーの枕元に無造作に捨て置かれた葉巻の吸い殻が、いやなにおいを放っていた。
がまんができず、それを鉄格子のむこうに投げ捨てようとして私は硬直した。
葉巻と思っていたものは実は葉巻ではなかった。
 それはカチカチに乾燥したうんこであった。


第34話 疑惑

 しばらくの間、私はうんこと同じくらいの硬さに硬直していた。
その硬直中にスーパーコンボをたたき込まれなかったのは、ヘンリーがいびきをぐーぐかいて、
ぐーぐーぐーぐー「うるせえぞコラ」ねてたからだ。
 よく見ると、乾燥うんこの片方は火がついていた痕跡を残し、もう一方は、唾液でぬれていた。いやーんえっち。
「ヘンリーったら、こんなものくわえちゃって…うふふ、かわいいわ」とか言っているうちに、気持ち悪くなってきた。
しょうがないので、うんこをふたつに折って、ヘンリーの鼻の中につっ込んだ。これでいびきも止まるしうんこも手放して、
一石二町、いや二鳥だ。「フンガー」
いびきがとまると思いきや、奴は鼻息でうんこを飛ばしてきた。私のみぞおちにくい込んでくだけ散った。
「ぎょふっ」
 くそ、ヘンリーはばけ物か。そう思ってヘンリーを見ると、なるほど、こいつはただ者じゃない。
うかつにも心を許していたが、よく考えれば、私の宿敵じゃないか。

 「…出ろ。釈放だ」
 真っ黒な顔に金髪の鼻毛がチャーミングな黒人婦警が私たちをブタ箱から解放した。
「よかったわね。身元引受け人がいて。さ、ここにサインして」
婦警はいきなり服をまくってハラを出した。ヘソピアスかと思ったら、パツキンの腹毛だ。
毛深いね、あんた。
 婦警のハラにサインをいれずみした私たちは、ひさしぶりにおてんと様のもとに出た。


第35話 とまどいとともに

 「ところで、BOOWY、いや、ボーイ」とヘンリーは言うなり、私をなぐり倒し、消えてしまった。
ついに私一人になってしまった。奴は何か思い出したのだろうか。
ヘンリーはどこか悲しそうだったように思えてくる。
一体何があったというのだろうか。
 私はムショを出、街へ向かった。
「オッ、城南電機が!!」
宮路亡き今、黒いスーツを着た販売員が等身大の宮路人形を無料で配っている。限定3千個だそうだ。
よく見るとヘンリーが並んでいる。
ジュゼッペが販売員としているではないか。ヘンリーをよく見ると、右手にバズーカを隠し持っている。
て、見えてるやんか、どないすんねん。


第36話 凄絶…果てしなき死闘

 雨が降り出した。
激しい雨が。
宮路人形を貰おうと列をなす人々の群れは突然の雨に慌てて右往左往しはじめた。
ジュゼッペは人ごみの中の私にもヘンリーにも気付かずに、宮路人形の片付けを始めている。
ヘンリーも私には気付かない。
彼の目は真っ赤に血走っていた。
雨足は強まるばかりであった。
ヘンリーは隠し持ったバズーカ砲を構えた。
そして撃った。
爆音と白煙と。
人々の悲鳴が聞こえた。
そのなかに混じってヘンリーの怒鳴り声が響いていた。
「おすしー」

 激しく叩きつける雨が白煙を洗い流すと、あれほど沢山いた人々はほとんど姿を消していた。
そして私は見た。
バラバラになった数千の宮路人形と。
腹に空洞を開けられて動かなくなったジュゼッペと。
カレーパンをたべるヘンリーとを。
「ヘンリー…」
と声をかけるとヘンリーはこちらに歩いてきた。
「ついて来な」そう言って私のえり首を掴んで雨の中を歩きはじめた。


第37話 最後の闘いへ

 えり首をつかまれた私は子猫のようにおとなしくなってダウンタウンにあるパレットビルの一室につれていかれた。
部屋にあったソファの上に放りなげられた私は一体ここで何が始まろうとしているのか考えていた。
ヘンリーの方を向くと私を流し目で見ながら服を脱ぎはじめた。「シャワーあびてきな」
ヘンリーが妙に色っぽく言うその声にはどこか逆らえない雰囲気があった…
 シャワーをあびている間に何かヘンリーの叫び声が聞こえたがあまり気にしなかったのが良くなかったらしい。
浴室から出るとヘンリーがおなかを抱えて倒れていた。
「ちっ油断したぜ、ダーリン」
「しゃべるな。じっとしていろヘンリー」
近くのちゃぶ台の上にはさっきまでなかった紙を見つけた。

「明日の昼3時セントラルパークの毛沢東像の前に来い。
                  ヘンリーは預かった。
                         ジャクリーンより」

 ヘンリーはここにいるが、ジャクリーンからの呼び出しとあっては退くことはできない。
ジャクリーンを倒せば、今回のコトは何か解決しそうな気がするのだ。

 その頃となりのビルの一室で、あの人ではないモノ達が話し合っていた。
「ついにこの時が来た。ジャクリーンと相討ちさせてでも奴を倒せば、この世界は我々の物だ」


第38話 セントラルパークの一番長い日

 「おそいなあー」
私は毛沢東像の前でイライラと時計を見ていた。
誰だか知らないが人を呼び出しておいて8時間も待たせるとはいい度胸だ。
誰だか知らないがってジャクリーンだっけ。テヘッ。私は頭をかいた。
「かゆいようだな」
どこからか声が響いた。
「誰だっ!」
「フフフフフフフフ…」
「笑ってちゃわかんないだろう!誰なんだっ!」
「わしだがや」
ジャクリーンだった。
「ジャクリーン…」「なあに?」
「お前、死んだはずだろ」
私が指摘するとジャクリーンは突然笑い出した。
「ハハハハ…ハーハハハハハハ」
「何がおかしいんだっ!」
「別にいー」
「あっ、そう」

ふたりともそれきり黙っていた。

 「はうあっ!」ジャクリーンが急に倒れた。
「どうしたんだジャクリーン!」
ジャクリーンは荒い息で
「ジュゼッペは…!?」と聞いた。
私は首を振った。
「ヘンリーが殺したよ。一撃だ」
「そうか…フッ、フフフフフ」
ジャクリーンは悲し気に笑った。「皮肉なもんじゃのう…奴を倒したのがわしでもオドレでもなく、
あのニガーだったとはのう…」
そう言ってジャクリーンは血を吐いた。
「あの黒んぼももう死んでしもうた…」
「死んだ!?ヘンリーとは今さっきまで一緒にいたんだぞ!?」
「霊魂じゃ。オドレと一緒におったのはヘンリーの霊魂だったのじゃよ…あのニガー、
死んでもなおジュゼッペに深い恨みを抱いておったんじゃのう…
あの黒はジュゼッペを討ってやっと成仏したというわけなのよ」
「そうか…ヘンリーの奴… むかつくぜ…
「許してやっておくんなまし」
「うん、そうする」
「幸せに暮らすナリよ」
「うん」
「これが…本当の最後や…わしも…」
「ジャクリーン、もうしゃべるな」
私がそう言うと、ジャクリーンはほほえんだ。

 その頃、例の人間ならざる生物たちが毛沢東像の上空2000キロメートルで私たち二人を見ていた。
「隊長…あの二人、我々が思ったほど悪い奴じゃなかったのかもしれませんね」
「…ああ。あれなら心配あるまい。どうだ。地球侵略は…やめておくか…」
「私もそう言おうと思っていたところです」

 そして。
「最後に…お前に言うことが…」
「どうしたジャクリーン、言ってみろ」
ジャクリーンは最後の力をふりしぼり
「ディスコ…秋葉原…」とつぶやき、そして───死んだ。


第39話 ディスコ秋葉原

 「なつかしいなあ…」
「もう40年ぶりだなあ…」
私は一人つぶやいていた。ディスコ秋葉原。
40年前と変わらないこの喧騒ぶり。変わったのは客だけだ。
あの頃は私が店に入るとみんな声をかけてきたものだった。
「ヘイ調子はどうだい」「オイ今日お前を見たぜアルタ前で」
「ハーイ今日は一人なの?どうあたいと付き合わない」
まだ昨日の事のように覚えている。とその時、
「おやめずらしいですね。あなたがいらっしゃるなんて、もう40年にもなりますか」
徳さん!ああ何てことだ。あの徳さんがまだいるなんて。まだガキだった私に、
酒の飲み方から大人達の間でどういう風に振る舞えばいいかまで一から教えてくれた人だ。
全く役に立たなかったものの、私に大人の世界を初めて見せてくれた人だ。
「徳さん!あんたまだこんな所にいたのかい」
「いやー久し振りだなあ…死ね!」
「ムグウ…」突然徳さんが青龍刀で切りかかってきた。
それを紙一重でかわした私はカウンターの上を転がって徳さんのみぞおちに正拳をくらわした。
 倒れた徳さんの横でつぶやいてみた。
「終わった…全て終わったあー!!」
ちょうど曲の合間だったため私の叫びがディスコにひびき渡った。
皆の視線を集めながらミラーボールにしがみついた私は、
帰りの飛行機で見たスチュワーデスの事を考えていた。
 次の曲がかかり始めた瞬間、ミラーボールが爆発した…


最終話 青春はいま…燃えつきた

 ミラーボールは爆発し、踊っていた男たちは逃げまどい、
女たちは失神し、私は失禁し、DJたちは即死した。
 ダンスフロアは地獄と化していた。誰もがドアに向かって突進していた。
私は怒鳴った「皆の衆!落ち着けい!」
誰も落ち着かなかった。
だって誰もいなかったから。
 静まり返ったフロアに私は一人立ち尽くしていた。
夢のあとであった。
すべてが目にも見えない速さで過ぎ去っていった。
私にも終わりの時が近づいてきている。
煙草の吸い殻やビールの空き缶、ゲロ、Hな本、古タイヤなどが散乱する床から、
私はまだ少し中味の残っているバーボンのびんを拾い、一息にあおった。
 みんな死んでしまった。
今や私は一人きりであった。
私はKRSワンのレコードがぐるぐる回りつづけるDJブースにふらふらと歩いていった。
そして秘蔵のピーター・セテラのレコードをかけた。そしてボビー・ブラウン、ケニーG、
さらにミリ・バニリとつないだ。私のテクニックもまだ衰えてはいないようだった。
その証拠にフロアには人が戻りはじめていた。私はひとり踊った。
誰も踊らなかった。だがそれでもよかった。
ポインター・シスターズの曲が終わりかけ、
いよいよ私がエイス・ワンダーのボリュームをあげた時、
誰かがつぶやくのが聞こえた。
「だせえ…」
そいつを撃ち殺し、私は踊りつづけた。
いつまでも。
いつまでも。

                       

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