「しょうがないな」
柳葉の言葉に今度こそ織田は身体ごと、柳葉の方を振り向いた。
「でも、今度は俺の方が頼む番だ」
「・・・?」
不思議と、柳葉の心は穏かだった。



「お前の事、好きになった。
 多分、これからもっと好きになると思う。
 だから・・・お前こそ俺の事、怒んないでくれな?
 な?」



織田は、フラフラと近くに置きっぱなしになっていた
プールサイド用のテーブルと椅子の方へ歩いて行くと、
埃にスーツが汚れるのも構わず、その椅子の一つに腰掛けた。
慌てて柳葉が駆け寄る。
織田はテーブルに付いた片手で、顔を覆ったまま
もう片方の手を柳葉の方に向かって「待って」とでも言うように上げた。
柳葉の足が止まる。
「あんた・・・柳葉さん。
 変だよ」
呻く様に織田が口を開いた。
「織田・・・」
再び近付こうとする柳葉に、織田はやっと顔を上げた。
睨み付ける様な眼差しで、柳葉を見詰める。
「信じられる訳がないじゃない。
 あんた、今までの自分、思い出してみてよ。
 第一、あんたの一番は[奥さん]じゃないか」
その言葉が出た途端、心の一部分が引き攣った。
「俺、知ってる。
 柳葉さん・・・あんたは、そんな器用な人じゃないんだから」
いつの間にか、織田の眼差しからはキツイ非難の色は消えている。
むしろ穏かで、何処か哀しげだった。
「今夜の俺に同情して、滅多な事、口にしない方がいい」
言い聞かせる様な、織田の話し方だった。



「きっと、後悔する。
 一時的なもんだよ、こんな気持ちは」
織田が、自分の気持ちだけでなく、
柳葉の気持ちまで勝手に[気の迷い]と片付けてしまいそうになるのに、
柳葉は耐え切れず大声で織田の名を口にした。
「織田!!」
その声の大きさに、織田が驚いて話を途切らせた。
今度は、柳葉の方が織田を睨み付けている。
「黙って、そこに座ってろ。
 いいな!!」
そういって柳葉は、驚いたままの織田の前で
スーツの内ポケットから自分の携帯を取り出した。
何をする気かと訝しがる織田の目の前で、
押し慣れたメモリーの番号を押す。
携帯を耳に当て、視線を織田に戻す。



柳葉の耳にだけ呼び出しのコールが響く。



途方もなく長い時間が直ぐたように感じた時、
カチリという音がして相手が出た。
「もしもし?」
聞き慣れた声が、相手はもう誰だか解かっていると、
小さく笑いを含んで柳葉の耳に届く。