「あ、俺」
思わず、今を忘れて笑顔で話してしまう。
「そう。
 まだコッチに居るんだ」
織田にも相手が誰だか分かったらしい。
瞳の中に、戸惑いが浮かぶ。
柳葉の方も笑顔を消した。
「うん。
 けど、まだ次も有るから。
 それより・・・・・」
「なあに?」
そう可愛らしく聞いてくる妻の声にも迷わされる事なく、
柳葉の言葉は続く。
「そんな具合でさ、実は主役が落ち込んじゃってんだわ。
 一緒に飲んでんだけど、もうヒドイもんで、大変なんだ。
 皆して、俺に押し付けて帰りやがんの」
ギョッとしたように、織田が腰を浮かしかけた。
それを声には出さずに、口の動きだけで「座ってろ!!」と、
強く椅子を指し示すジェスチャー交じりで止めさせる。
「・・・・・そんなんでさ、今晩・・・・・」
最後に一呼吸置いて、柳葉はとうとう言い切った。
「今晩、帰れない。
 コイツの事、放っとけないから」
織田は耐え兼ね、自分の口元を両手で覆った。
そんな織田から、柳葉はもう一瞬も目を逸らす事はなかった。
「ゴメン。
 分かった・・・言っとく。
 じゃあ戸締りと火の用心、気を付けて。
 おやすみ・・・・・」
ゆっくりと携帯を耳元から外し、元の内ポケットに戻す。



お互いに、一言もなく見詰め合った。



先に音を上げたのは織田のほうだった。
口元を覆っていた両手で、今度は顔を覆うと、
身体を折り曲げて突っ伏した。
柳葉が、織田に近付く。
その気配を感じたのか、織田がくぐもった叫び声を上げる。
「来んな!!」
「・・・・・」
そのまま、無視して織田に近付く。
椅子に座り込んでいる織田の膝と自分の膝とが
触れ合う程近くまで近付いた。
「・・・・・頼むよ・・・・来ないで・・・・・」
消え入りそうな小さな声で、織田は呟いた。



最初から、身体も態度もデカい奴だなと思っていた。
ドラマの何話目かのロケの時だった。
思いっきり出してしまったNGに、照れ隠しか、
思わず抱き付いてきた織田を、避けきれず
(その状態で避けたのでは、余りにも露骨に「嫌っている」と
 取られ兼ねなかったので)
抱き付かせるままにした事があった。
その時、スッポリと自分を身の内に抱き込んでしまう織田の大きさに、
ビックリすると同時に、コンプレックスを基にした
妬ましさを感じた事があった。
その織田が今は目の前で、とても頼りなく、小さく見える。