躊躇する事無く、でもそのわりにソッと覆い被さるように、
背中ごと抱き締めた。
ブルッと織田の身体が震えた。
「聞いたろう?
 おいら今晩、帰るトコ無くなっちゃったぞ。
 だから今夜は・・・・・一緒に、居よう?」
織田の、やはり触れてみると自分より大きな背中に、
片頬を寄せたまま話し掛ける。
織田が身体を起こす気配がして、
柳葉は織田の身体に廻していた手を解いた。



少しずつ身体を起こし、
織田は目の前に立っている柳葉を見上げた。
月を背中にした柳葉の表情は、
影になって織田には分からない。
それでも柳葉の瞳は、
何時にも増して黒々と濡れた様に輝きながら、
自分を見詰めてくれているのに違いないと、
織田には感じられた。



柳葉は、本当に[優しい人]だと思う。
だからこそ・・・
柳葉にはこのままの[優しい人]でいて欲しいと
願わずにはいられない。
織田は、自分のせいで苦しむ柳葉の姿は見たくなかった。
それなのに、半年前のあの日、
どうしようもなくて言ってしまった。
柳葉が自分の事を避けていると、
知っていたからこそ出来た事だった。
嫌われている自分の言葉なら、
聞き流してくれると思ったのだ。
織田自身が柳葉を想い、
その想いを時間を掛けて昇華する事が出来れば、
それだけで充分だったのだ。
自分勝手で独り善がりな片恋こそが、
自分には相応しいと思っていたから。
どうして今更という気持ちと戸惑いとが、
織田を落ち着かなくさせている。
このまま、自分の正直な気持ちに従えば、
二人はどうなるのだろうと考える。
そうして、やはり二人の問題だけに留まらない事を
再認識してしまう。



柳葉には[帰るべき場所]が在るのだから。



哀しげな月の光を受けて、見慣れた明るめの瞳が、
今は朧気に金色掛かって見える。
織田の物言う瞳に何を見たのか、柳葉はまた、
ソッとその身を屈めると、
織田の頭(こうべ)を懐の辺りに抱え込んだ。
織田は柳葉にされるがまま、
両手だけは自分の膝の上に置いたまま言った。
「一度でも・・・一度でも、この手で貴方の事抱き締めたら、
 もう・・・・・駄目だ・・・・・」
そう言いながら織田は、膝の上の自分の両の掌を見ている。
「逃げるなら、今のうちですよ。
 一度でも抱き締めたら、もう二度と・・・・・絶対に離せないから」
「・・・・・」
柳葉は応えない。
「貴方の大切な人も、苦しめちゃう様な・・・・・
 そんな愛し方かもしれない。
 俺の愛し方は」
相変わらず、柳葉は黙ったままだ。