Go Home,Go Home,Go Sweet Home. |
AM10:00。 ずいぶんと久しぶりの朝寝坊を満喫した2人は ずいぶんと久しぶりの好天を喜び ずいぶんと久しぶりの休日を2人一緒に過ごす事にした。 「うう〜ん、いい天気だなぁ♪」 自宅の門の外で青島は、大きく伸びをしながら玄関の戸締りの確認をしてくれている同居人を待っていた。 珍しいほど青く晴れ渡った冬の空に向かって、思い切り両手を伸ばす。 そのままその手を頭の後ろで組んで、やっと出てきた室井に目を遣る。 何事に対しても慎重な室井は、門の戸の留め金にさえ掛け忘れがない様にと気を付ける。 「やっと久しぶりに非番が重なったって日に、こんなに良い天気になって良かったですね」 漸く門を閉め終わって振り向いた室井は、いつもの通勤用の硬いイメージではなく、 トレードマークのオールバックも今日は前髪を下ろし、昨夜洗った髪のままで、 振り向いた拍子にその前髪が軽く揺れた。 「待たせたな。 ああ・・・ほんとに、良い天気だ」 青島の言葉に、つられる様に室井も真冬の柔らかな青空を見上げる。 玄関の上がり口に用意してあった自分の愛用のコートと 室井にしては珍しいショート丈のコートを手に待っていた青島が 眩しそうに空に手を翳している室井の分のコートを、室井が腕を通しやすい様に広げながら着せ掛ける。 「今日の休日、楽しく過ごせたらいいですね」 室井の肩越しに、青島ももう一度空を見上げて室井に言った。 「そうだな」 2人は顔を見合わせると、笑いながら駅への道を辿り始めた。 都心に向かう電車の中、2人で今日の予定を話し合った。 待ちに待った2人の休日だ。 けれど、そもそも忙しい身の2人だったので、色気の無い事甚だしいが、 苦笑交じりに普段やりそびれていた互いの用を済ませてしまう事にする。 まずは書店に直行。 青島が忙しさに紛れ買い損ねた雑誌のバックナンバーを取り寄せて貰っていた分を受け取っている間、 室井も彼方此方の棚を大急ぎで見て回る。 途中、料理の本のコーナーでも立ち止まったが、 流石に周りが女性ばかりなのでそそくさと次のコーナーへと移動した。 新書のコーナーでも立ち止まったけれど、自分の部屋の未読の本の山を思い返し、 溜息を一つ付いて諦めた。 「いいんですか?」 書店の包みを抱えた青島が、 名残惜しげに新書のコーナーを見て立ち尽くしている室井の隣に並んで聞いてきた。 「いいんだ」 「気になる本があるんじゃ?」 「気になって買ったはいいが、 本棚の未読の本を入れて置くスペースに何時から入ってるんだか?って本ばかりが溜まってる。 それに、そろそろ其処が満杯になりそうなんだ。 だからいい」 「お互い、ゆっくり本を読む時間なんて殆ど無いですもんね」 「最近じゃ、そんな時間があったら・・・・・お互い、寝てるな」 「そうそう。 じゃなきゃ家事に追われてますよね」 僅かな間があって、室井がボソリと言った。 「どうしようもない会話だな」 室井が青島を見上げる視線と、青島が室井を見下ろす視線が重なる。 途端に室井が可笑しそうにくつくつと笑い出す。 室井の笑顔が嬉しくて、青島も声を出して笑った。 心から。 結局、言葉どおり室井が新しい本を購入する事なく書店を後にする。 使いん込んだ柔らかい革の手袋を嵌め直した室井が、今度は自分の目当ての店へと足を向けた。 「付き合ってもらって、悪いな」 「何言ってんですか、お互い様だって。 さっきの電車の中でも言ったでしょう」 室井御用達の紳士服の店までは、少し距離があったが、 普段の聞き込みや裏付け捜査等で歩きなれている青島と、 時間の許す限り身体が鈍らない様に体力に気をつけている室井にとっては 然程苦にならない程度の距離だった。 調度いいと、2人は通りのウインドウを、時に立ち止まりながら覗いていく。 2人の周りには一般に休日ではないので、それ程目には付かないけれども、 それでもやはり恋人同士の姿も其処此処で目に付いた。 時に聞こえてくる明るい笑い声が、聞くとも無しに耳に届く。 彼等に比べると、室井と青島の2人には会話が少ない様に思われるが、 決してそれは気不味いからでも、自分達の関係を後ろめたく思っているからでもない。 2人は一緒に暮らす様になって、より一層互いに互いのの事が分かるようになっていたのだから。 2人で居るだけで、充分に満ち足りている。 だからこその時間の流れが、2人の間には在るのだから。 「いらっしゃいませ。 お待ちしておりました」 室井の目当ての店に着くと、直ぐに店員達がにこやかに2人を迎えた。 「遅くなってすみません」 客と店員の立場であっても、室井の気質なのだろう、 いつもよりは格段に柔らかではあるが、やはりスッと背筋を伸ばし直して 軽く頭を下げて、丁寧に挨拶を返す。 「いいえ。 前もって、今日お越しとのお電話を頂戴しておりましたので、 此方も慌てて用意をして、不備が有りましたり、 室井様をお待たせしたりせずに済みました。 いつも、お心遣いありがとうございます」 この店のオーナーなのか、壮年の男性が室井に話しかけながら店の奥の方から出てきた。 今度は其方に向かって、室井がまた会釈する。 手袋を脱ぎながら、心底済まなそうに室井は言った。 「この所、仕事が立て込んでまして・・・・・。 お店の営業時間には間に合いそうなんですが、 余りに遅くなると、此方にご迷惑が掛かるかと思いまして。 せっかく早くに連絡を頂いていたのに、伺うのが遅くなってしまって、 申し訳ありませんでした」 もう一度、頭を下げる。 「室井様、そんな・・・・・結構でございますよ」 オーナーはじめ店員達が慌てて室井に頭を上げさせる。 「さぁさ、早速フィッティングルームの方へ参りましょう。 用意は出来ておりますから。 其方のお連れ様も、お待ちの間、コーヒーでも如何でいらっしゃいますか?」 「俺?」 言いたげに、それまでの遣り取りを聞いていた青島が眉をあげる。 「はい」 オーナーはニッコリと笑う。 青島は「どうしましょう?」と表情で、今度は室井の方を向いた。 室井は室井で「来るか?」と口にする代わりに小さく首を傾げてみせた。 迷う事無く、青島は「ハイ♪」と答えて上機嫌で室井と共に店員達に案内され 階上に設えられたフィッティングルームへ向かった。 普段、滅多に見ることのない光景。 青島の性格上、或いはお財布の中身上、 こんな高級店でオーダーのスーツを作る事など皆無に等しい。 気の荒い連中の相手もしばしばで、破かれる事などしょっちゅうの青島には、 吊るしのスーツでさえも枚数が重なれば大変な出費だった。 対照的に入庁して暫く、制服に袖を通す事が珍しくなってからの室井は、 その殆ど全てがオーダーのスーツとシャツで毎日を過ごしている。 今日の来店も、過日注文したスーツの仮縫いの為で、 部屋に通された室井は、慣れた様子で着ていたコートを店員の差し出す手に預けると 仮縫いのスーツが用意されたカーテンの中へと、着替えの為に姿を消した。 「本当に、待たせてすまない」 カーテンに消える前に、もう一度青島への詫びの言葉を忘れずに。 「いいって言ってんのに」 苦笑交じりで、室井の消えたカーテンを眺めていた青島に声が掛かる。 「どうぞ、コーヒーが入りました。 此方で暖かいうちにお召し上がりになりませんか?」 先程のオーナーだった。 傍らでは、女性店員がコーヒーの乗ったトレーを手に微笑んでいる。 「あ、スイマセン。 俺、オマケなのに」 首の後ろに手を遣りながら、青島は遠慮なくコーヒーを呼ばれる事にした。 暖かい店内に、青島もコートを脱いでソファーの片隅に畳んで置いた。 途中、店員がコートを預かってくれようとしたが、 「いや、俺のコートはいいですから」と断った。 別に、自分のコートが恥ずかしかった訳じゃない。 わざわざ預かって貰う様なタイプのコートじゃなかっただけで・・・・・。 自分の好きなコートを、そのコートに見合う場所に置いただけで・・・・・。 青島が、何処かしらいじけた考え事をしながらコーヒーに口をつけようとした時、 カーテンが開いて室井が出てきた。 スリーピースの定番のスーツ姿。 けれども上着はまだカーテンの外の姿見の前に、室井に袖を通して貰うのを待っている。 今はスラックスにベストだけの姿だ。 シャツの方も室井の体型に合わせたものが用意されていたらしい、 下りた前髪以外は、いつもの見慣れた姿の室井が出来上がっている。 「ネクタイも此方で適当な物を見繕っておきました」 用意良く、黒いビロード敷きのトレーの上に数本のネクタイが並んだ物が差し出される。 一瞬、室井は考え込む様にジッとそれらを眺めていたが、 「どれがいい?」と青島の方を振り返った。 普段の室井なら、まずそんな事はしなかった。 ビックリした青島は、もう少しで飲みかけのコーヒーを溢す所だった。 それも、盛大に。 「む、室井さん?」 「たまには、他人の意見も聞いてみようかと思ったんだが」 余りの青島の驚きっぷりに室井の方も驚いて、思わず小さな声で言い訳じみた言葉を口にする。 「えっ?!」 シュンとして見える室井の様子に、慌ててコーヒーをテーブルに戻した青島が立ち上がる。 「お、俺なんかの見立てでいいんですか? その、スーツに合わせるんですよね? えっと・・・それじゃ、これなんてどうですか?」 中の一本を手に取って、室井のワイシャツの襟元に持ってゆき、 室井を促して2人で並んで鏡を覗き込んだ。 「ほら、似合いますよ。 ねぇ?そう思いませんか?」 鏡越しに、2人の様子を見守っていたオーナーに聞いてみる。 「はい、良くお似合いで」 「じゃあ、これをお借りします」 青島から手渡されたネクタイを、室井は慣れた仕草で結んでゆく。 「どうだ?」 締め終った室井の目が、鏡の中の青島の目を見つめてそう尋ねていた。 「うん、似合ってますよ」 青島は笑顔で一つ頷いてみせた。 室井の微笑と青島の笑顔が、一つの姿見の中に並んでいる。 「いかがでございますか?着心地の方は?」 飲み掛けのコーヒーを飲んでしまおうと、 ソファーに座り直した青島の目の前で室井の仮縫いが始まった。 既に上着も室井の担当の仕立て職人自らに着せ掛けて貰い、 不都合な所が有れば、其処を手直しするばかりになっている。 室井はきっちりと上着のボタンを留め、カフスを直し、襟とネクタイの具合を直す為、 人差し指を襟口に差し込んで2〜3度緩く首を左右に振ってみる。 そうしてやっと鏡の中の自分の立ち姿を真正面から眺め、 横向きに立って見て、最後に振り向き加減で背中の張りなどをチェックし終えると 満足げな顔で傍らの職人に礼を言った。 「ありがとうございます。 何時も通りの出来栄えですね。 これでお願いします」 「此方こそ、ありがとうございます」 室井に向かってお辞儀をした時にホンの少しずれた眼鏡をずり上げながら 嬉しそうに職人が言った。 「では早速本縫いに取り掛からせていただきます。 出来上がりましたら直ぐにもご連絡を差し上げますが、 この新しいスーツをお召しになってのお急ぎの御用などございませんので?」 今着せ掛けて貰ったばかりの上着を、 今度は慎重に脱がせてもらいながら室井は「いいえ」とだけ答えた。 「ひどくお待たせしません様に、丁寧に、それでいて可能な限りの速さで 仕上げさせていただきますので」 打った針で室井に傷を負わせたりしない様にと充分な注意を払いながら、 職人はテキパキと室井の身体から上着やベストを脱がせ、速やかなスーツの感性を約束した。 「お着替えがお済みになりましたら、こちらでご一緒にコーヒーをどうぞ。 直ぐに用意させますので」 「ありがとうございます」 目礼して、室井は再びカーテンの中へと姿を消した。 |