ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・・ 心の中で、指折り数えてみる。 あれが逝ってから何年経ったのだろう? 絹見が妻を亡くして暫く時は経っていた。 この時代の男女に漏れず、 他の何事に対してもかなり我を通して生きてきた絹見ではあったが 妻を娶る際には、流石の彼もそれなりの手順を踏んだ。 下士官の頃から、その性格が災いして上官達には睨まれ続けていたが、 そんな絹見の何処が気に入ったのか、或いは上官自身も天邪鬼だったのか、 一人の老士官に知り合いの娘を紹介してやろうと言われ、 別段結婚を急いてはいないと断り掛けた絹見を 半ば無理やりに見合いの席へ引っ張っていった。 何時までも無駄に抵抗し続けた絹見のせいで、 約束の時間からはかなり過ぎていて、 漸く辿り着いたものの、見合いの仲人達はとっくに帰ったと聞かされた。 「ワシの面目丸潰れじゃ!!」と上官は怒り捲った。 「この、阿呆ぅメが!!説教してやる、座れ!!」 そのまま約束の場所に上官と上がり込んで、 てぃッとばかりに押し込まれた座敷には・・・・・ 先客がいた。 眼の前に降って来た大男にも動じる風でなく。 かといって、でんと構えているという風でもなく。 春の野の様に、何処までも何処までも柔らかい微笑で絹見を見詰めてきた。 一目で気に入った。 惚けた様に相手を見詰め返す絹見に、したり顔で上官は言った。 「ま、後は若いもん同士で・・・な?」 否応がある訳はなかった。 二人きりになっても別段話が弾む訳でもなく、 むしろ沈黙が場を占める事の方が多かった。 それでも居心地が悪くなるどころか相手は兎も角、 絹見は相手と離れ難くなる一方で、 その後も何度も繰り返し二人は会って、互いを理解し合った。 見合いで知り合ったとは言え、 正式に求婚したのは出会ってからそれなりの時間が経ってからの事だった。 結婚の記念にと、二人で出掛けたのは銀座。 結婚指輪の代わりにと二人で決め、訪ねた先は時計店。 舶来物の時計は手に入り辛くなってはいたものの、 当時としてはかなり精巧な品物を手に入れることが出来た。 まだまだ腕時計は一般に高価なものであった時代、 自分の分と妻の分を揃いで購入する余裕は、流石の絹見にもなく、 妻の言う通りにして、泣く泣く絹見の分として1つだけ手に入れた。 せめてもと、絹見が主張して施して貰った細工。 時計の裏側。 結婚した日付と共に、二人の名前が彫り込まれた。 以来、絹見の腕にはその時計が在る。 二人の名前が並ぶ面を素肌に。 慎ましくも幸せな二人の時も。 成す術べ無く妻を見送った時も。 常に時計は絹見と共に在った。 ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・・ 絹見はもう一度、心の中で指折り数えてみる。 改めて、妻を亡くしてからの時を実感した。 それから、今のこの状態を考えてみた。 軍隊と云う、特殊な環境のせいかとも思う。 危険から、庇うつもりで抱き込んだ部下の小ささに、改めて驚愕した。 小柄な部下の身体に廻した腕は、一回りしても余る程で。 同性の、しかも30を当に過ぎた部下に、 保護欲というのか、愛おしさというのか、 尋常ではない想いを感じてしまった自分に、絹見は動揺した。 その動揺振りが相手にも伝わったのか、 腕の中に囲った小柄な身体が 密着状態だった絹見と自分との身体を、 少しでも離そうとして僅かに身じろいだ。 自分の心の内の驚愕も、動揺も、その瞬間吹き飛びかけた絹見は、 慌てて部下をもう一度抱き締めようとした。 その時、目に入ってしまった。 部下の身体に廻していた自分の腕に光る、思い出の時計が。 〜第12週〜 |
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