「絹見君、どうだね? これが君の、新しい艦(ふね)だ」 朝倉の右手に握られた杖の先で指し示されたその先に、 漆黒の深海から浮かび上がった鋼の芸術品が、 悠然とその雄姿を陽の光に晒して鈍く輝いていた。 思わず、絹見は息を詰めた。 目が、離せなかった。 ごくりと、咽喉が鳴った。 それ程に、それは美しく・・・猛々しくも美しく、絹見の前に佇んでいた。 1945年3月、ベルリン陥落。 同盟国ドイツ降伏後、極秘裏に日本へと譲渡された 日本帝国海軍7隻目の戦利潜水艦、 伊号第五○七潜水艦(独潜UF−4)。 全長110メートル級。 37mm対空機銃2基と巡洋艦並の208mm連装砲を主砲に備えたその姿。 魚雷発射口は前部・後部、合わせて計12門。 連合軍から[大西洋の魔女=ローレライ]と恐れられる、 ドイツの英知の粋を極めた最新鋭潜水艦だ。 「この船を、君に任せる。 日本の明日の為。 未来への希望の為・・・・・やってくれるな?」 朝倉の問い掛けに、絹見は伊507を見上げたまま、 躊躇する事無く頷いた。 時間は無い。 朝倉の話によると、第二の原子爆弾は既に用意済みで、 今、この瞬間にも南方の島の何処かから発進するかもしれないのだ。 乗員の選択も、朝倉は絹見自身に一任すると言っていた。 先ずは乗員確保の為、迷う事無く、絹見は一人の男を召集する事にした。 現在(いま)のこの国の人々同様、かつて絹見の下で働いていて、 絹見共々艦から降ろされ、それぞれ陸での任務に従事していた潜水艦乗り達も、 暗い戦況と、自分達の置かれている立場に、一筋の光さえも見出せずに居た。 祖国が焼き払われ、同胞が、一般の市民達が、 次々と命を落としてゆくのを目の前にしても、彼等にはどうする事も出来なかった。 彼等には、乗り込んで闘うべき艦も無く、 命を課しても付き従う上官など、今の任地には居なかった。 彼等が付き従いたい上官は、ただ一人だったのだ。 それが出来ない今、無力感と焦燥感に苛まれる毎日に潰され掛けた時、 その連絡が届いたのだ。 取るものも取り敢えず、彼らは集った。 尊敬して止まない、絹見艦長その人の下へ。 〜第2週〜 |