「艦長ーッ!!」


手も千切れんばかりに大きく帽子を振り、
絹見を呼ぶピンと背筋の伸びた小柄な姿。
均整の取れた華奢な、それでいてしっかりと筋肉の付いた肢体。
その身体には不釣合いな程大きいけれど、耳障りの良い、
広い海上でも、狭い艦内であっても良く通る聞き慣れた声。


帝国海軍先任将校。
戦利潜水艦伊507航海長、木崎茂房大尉だった。


「絹見艦長ーッ!!」


露天艦橋に辿り着いた絹見を、上官と部下という立場も忘れ
飛び付かんばかりの勢いで、木崎が出迎えた。
流石に、飛び付く直前に思い止まり、
敬礼と熱烈な握手とで絹見の乗艦を歓迎した。
そんな木崎の様子に、つられて絹見も笑顔で敬礼を返し、
降ろした手で木崎の自分より遙かに小振りな手を握り返した。
「元気だったか?」
「ハイッ!!」
軍人特有の、キビキビとした返事が間髪置かずに返ってくる。
「あ〜何だ。
 今はそう、形式張らずに普通に話そう。
 で?陸での生活はどうだった?」
「久しぶりに、存分に娘と過ごせました。
 不謹慎極まりない話ですが・・・・・。
 娘が生まれた時でさえ、俺は海の底を這いまわってましたから。
 正直、やっと本当の親子だって実感が湧いた位で」
木崎は言うと、心底嬉しそうにキシシシと笑ってみせた。
「そうか、それは良かったな」
部下の家庭の話でさえ、妻亡き後、子も居らず、
他に家族と呼ぶ者の一人さえ居ない絹見には
我が事のように喜ばしく思える。


絹見は無意識に、時計の表面を何度か優しく人差し指の腹で擦った。
愛しさの滲む仕草に、木崎の視線が留まる。
余程見詰めてしまったのだろう、絹見が聞いてきた。
「気になるか?」
「あ?!
 ス、スイマセン!!
 不躾な事をしてしまいました!!」
居た堪れず、木崎は視線を己の足元へと移動させた。
「いや、構わん。
 これは・・・・・」



そこまで云った時、二人の私的な会話を唐突に終わらせる車のクラクションが
広大なドック内に響き渡った。
二人して露天艦橋から下を見下ろすと、
朝倉が車の後部座席から半身を乗り出した所だった。
護身用に、中は切れ味鋭い仕込みになっていると、
強ち出任せとは思えない噂のトレードマークの杖だけでは足りないのか、
もう一人、真っ白な士官の制服を着た将校がドアを抑えつつ、
朝倉を手助けしている。
もともと陸・海・空の3軍の中でも、
飛び抜けて洗練された形態の海軍士官の制服を、
後ろ姿ながら、遠目にも長身と分かる体躯でスマートに着こなす青年士官。
車から降りきった朝倉が歩き出すのを待って、
ゆっくりと車のドアが閉められた。



青年が振り向く。



浅黒く日焼けした、意志の強そうな貌。



絹見に気付かれぬ程小さな音がした。



木崎が息を詰める程に見知った貌。



青年の視線は、ただ木崎のみに注がれていた。


                                        〜第3週〜