木崎の娘の頭を数回、優しげな仕草で撫でた後、
娘をその場に残し、男は真っ直ぐに木崎達の元へと近付いてきた。



特攻服の青年は、再び姿勢を正すと、直立不動の姿勢で男を迎える。
男はというと、青年に視線すら向けず、
自分はただ木崎にだけ視線を据えている。
そうしてそのまま、男は言った。
「折笠、娘御を・・・・・」
青年は、折笠という名前らしい。
木崎は青年を見る。
青年には男が言ったそれだけで理解できたらしい。
了承の変わりに敬礼を残し、娘の方へ駆けて行った。
例え5歳の子供といえども部外者が居ては話せない内容なのか、
男は自分が伴ってきた部下の折笠一曹に
少し距離を置いた場所へ木崎の娘を連れて行くよう命じたのだ。



目の前で膝を折った折笠に、何事か話し掛けられた娘は、
父親である木崎の方を見て、大きく手を振る。
思わず木崎も手を振り返していた。
それに安心したのか、手にしていた麦藁帽子を折笠に被せて貰いながら、
娘は何度か振り返りながらも折笠に導かれるまま、
歳の離れた仲の良い兄妹の様に手を繋ぎ、草原の中を遠ざかっていった。
その後ろ姿を何処までも見送っていた木崎に、
自分も身体を反転させ二人を見送っていた男が言った。
「あれに任せていれば、安心です。
 ああ見えて、子供受けする。
 何より、精神年齢が近いというか・・・・・
 同じ目線で接する事が出来るらしくて、
 いつも子供達の方から大喜びで寄って来る。
 ・・・・・間違っても、娘御に擦り傷一つ付けません」
そこまで言って、ゆっくりと、男はまた木崎へと眼差しを戻した。
今し方、木崎の娘に向けた慈愛の眼差しは綺麗さっぱり消し去った眼差しを。



真夏の昼下がり。
夏服とは云え詰襟の制服に汗一つかかず、男は立っていた。
徐に被っていた制帽を脱ぐと、軍刀の下がった左の脇の辺りに挟み込む。
ぱさりと落ちてきた前髪を軽く掻き上げると、
今度は両の手の白手袋を交互に外しに掛かる。
木崎はというと、その様を目で追うだけで・・・・・。
「名は?」
「え?」
唐突な問い掛けに、木崎の思考が付いてゆかない。
間の抜けた声で問い返す。
「何?」
ふっと男が笑う。
「娘御の・・・・・」
「あ・・・!!
 ああ、まなみ・・・まなみというんだ」
「まなみ・・・・・」
「子供が生まれるって知って、艦で考えた。
 調度、航海中だったんで。
 海上警戒の時、潜行中。
 艦に当たって砕ける、幾千、幾萬の波の音を聞いてたら浮かんだ。
 だから、萬の波と書いて萬波だ」
「・・・・・貴方らしい」
「そうか?」
「ええ・・・とても。
 とても良い名前だと思います」
男の言葉に、木崎は何と返せばよいのかと思案したが、
結局、思ったままを返した。



「ありがとう」と。

                                         〜第5週〜