「・・・・・そうか・・・・・」


ポツリと呟いて、木崎は背後の海を振り返る。
広がる水平線の向こうに絹見との日々を思い、
その思い出に浸る様に、木崎は静かに瞼を閉じた。


「あの人とまた、一緒に・・・・・」


木崎の微かな呟きを、
目深に被った帽子の下、
男だけが聞た。



初めて絹見に会ったのは、この泥沼の消耗戦の始まる少し前。
東方の小さな小さな島国が、世界を相手に戦いを挑もうとした頃。
男子たるもの名を成したくば、文人としてよりも軍人として名を成す事が、
何よりの早道で、確実な道だと、その時代に生まれた誰もが知っていた。



お世辞にも、裕福とは言いがたい家庭に生まれた木崎。
しかも幼い頃に病弱だった父親は亡くなった。
以来数年、身体が丈夫なのが取り柄なのだと笑っていた母も、
女手一つで子供を育てる毎日に、それほどの間も無く身体を壊し、
結局は父の後を追うように逝ってしまった。
両親を亡くした木崎を引き取ってくれた父方の親戚は、
その境遇を哀れに思ってくれたのか、孤児(みなしご)に酷く当たることも無く、
我が子達と木崎とを訳隔てなく育ててくれた。
それなりに不幸ではありながら、むしろ同じ境遇の子供と比べれば
遙かに幸せといえるであろう生活を送ってはいたが、
何処かにいつも遠慮して、心が縮こまったままの自分が居た。



選択肢は他にも有ったのかもしれない。
けれど誰もが将来を夢も交えて漠然と考え始める少年の頃、
既に木崎は軍属になるべく、固く心を決めていた。
親戚の家を出て一人立ちをするには、それが何よりの選択だと
少年の頃の木崎は、信じて疑わなかった。
誠意を尽くして育ててくれた伯父・小母には言えないけれど、
やはり・・・・・・・



・・・・・・此処は、自分の居る場所ではないから。



海軍を志したのは、単純な理由。
海の傍で生まれ育ったから。
小さな頃から、波の音が子守唄代わりだった。
生活の為、子供の為に、朝から晩まで身を粉にして働く母の不在中、
波の音だけを聞いていたから。
波の音に、今は居ない、掛け替えの無い家族の暖かさを思い出せるから。
ただ、それだけが理由。
だのにまさか、選りにも選って波の音さえ聞こえない深海を這いずり回る
ドンガメ(潜水艦)乗りになろうとは思ってもいなかったが・・・・・。



「お前さんか、俺の新しい[カミサン]ってのは?」
伊16潜水艦の歴戦の艦長、絹見の最初の言葉はそれだった。
確かに、航海長は艦長の女房役ではある。
ではあるが・・・・・流石の木崎も一瞬絶句した。
余程間抜けな表情をしていたのだろう。
ぶっと吹き出し、次にはゲラゲラ笑いながら、
絹見は木崎の両の肩をバンバンと叩いてきた。
その衝撃に我に返った木崎は、慌てて敬礼の体を整え着任の挨拶をした。
「き、木崎であります!!
 艦長の足手纏いにならぬ様、心して務めさせていただきます!!」
「おお、よろしくな!!」
絹見の大らかな笑顔に、幼い頃に別れた父親の面影を見た気がした。
思い出すほどに懐かしく、切なさが込み上げてくる。
無条件に、何処までもこの人に付いて行こうと決めたのは、
彼の中に父性を求めてしまったからかもしれない。
充分に与えられないうちに失くしてしまった父親からの愛情を。



その頃は、そう信じていた。
自分が絹見に見ていたのは、[父性]であると。
絹見に対する感情の本当の名前。
その名を、当時の木崎は思い付きもしなかった。

                                         〜第7週〜