This World〜誰も知らない奇跡〜


この世界で起こった、奇跡の様なお話。





惜しみない、拍手と歓声。
次々と焚かれるフラッシュ。
舞台の中央で只一人、それらの全てをスポットライトと共に浴びて立っているのは・・・・・。
スポットライトの外で今、心持ち俯き加減で受賞者への拍手を送っている彼だと、
その場に居た殆どの人々は思っていたはずだった。


柳葉敏郎も、そんな中の一人だった。


受賞者の名前がプレゼンターから発表された途端、
自分の事の様に緊張しながらその瞬間を待っていた柳葉は、
テーブルの下の膝の上に置いてあった手を握り締めて、
思わず立ち上がりそうになる自分を抑えた。
発表直後の、興奮冷めやらぬ舞台上に織田の姿を探す。
スポットライトが明る過ぎて、その明るさに慣れてしまった目には、
一瞬その光の外の全てが暗く、居るはずの場所に、織田の姿を見付けられずにいた。


そして、やっと目にした織田は、俯いて小さく笑っていた。


柳葉は、受賞者に賞賛の視線を送っている他の人々とはまるで違う方向を見ながら、
受賞セレモニーのざわめきを聞いていた。




セレモニーが終わり、織田が席に戻ってくる。
共演者の深津を挟んだ席の織田を、同じテーブルの皆は小さな拍手と、
労わりの言葉で迎えている。
柳葉は、そのどちらをも贈る事は出来なかった。


色々と考え事をしているうちに、いつの間にか、最後の[作品賞]の発表へと舞台は移っていた。
柳葉はテーブルに用意された、ミネラルウォーターを飲む振りをして、
グラスに口を付けながら織田の方を盗み見た。
織田は、もういつもの彼に戻って、隣の深津と話しをしていた。


笑っている。


(そうじゃないだろうが?)


グラスを元の場所に戻しながら、柳葉は心の中で呟いた。
耳聡く、織田と話していた筈の深津が柳葉の方を振り返る。
「え?柳葉さん、何か言いました?」
会場に響く音楽と、人々の話し声で良くは聞き取れていなかったらしい。
「あ?イヤ、イヤ何も!!言ってないよ、俺」
心の中で言った筈が、言葉となって口から零れたらしい。
柳葉は慌てて否定する。


邪気無く尋ねる深津から逸らした視線の先に、無表情な瞳の織田の笑顔が在った。
柳葉と視線が合っても、織田の瞳は何の感情の変化も映さなかった。
それが、尚更、柳葉を居た堪れなくさせていた。