やっと追いついて見付けた後ろ姿は、エレベーターの前。
マネージャーと2人で話をしながら、下りのエレベーターを待っていた。


走るのを、早足から普通の速度まで落として、その後ろ姿に近付いた。
「じゃあ、こっちは後の打ち合わせとかあるんで、ココで」
「うん。お疲れサマ」


マネージャーと織田の会話が柳葉の耳にも入る。
マネージャーはそのまま織田を残して、忙しそうに駆け足で行ってしまった。


織田は後ろから近付いてくる柳葉の存在にまだ気付いてはいなかった。
エレベーターの到着を知らせるライトが、チカチカと瞬いたその時。
同時に織田とは反対の、昇りのエレベーターにも
到着のライトが瞬くのを目にした柳葉は、上下のエレベーターの扉が開くと、
すかさず織田の二の腕を掴んで、昇りのエレベーターに押し込んだ。
いきなり後から腕を掴まれた織田が、驚いて振り向いたが無視した。
無人のエレベーターの扉を閉めると、最上階を指示する。
エレベーターは直ぐに反応して、静かに上昇を始め、
柳葉は降り口を塞ぐ様に、織田に背を向けたまま、
黙って階数が増えてゆくのを見詰めていた。
織田も抗議の言葉一つ言わず、微かなエレベーターの上昇音を聞いていた。
動き出した時と同様に、殆ど揺れも感じる事無く、
エレベーターは目的の階へと到着し、静かに停止した。
扉が左右に開くのを待って、やっと柳葉が織田の方を見る。
エレベーターの壁に背を預けて立っていた織田が、柳葉に尋ねる。
「これって一体、何なんですか?」
再び織田の腕を掴むと、柳葉は黙ったまま織田を箱の外に連れ出した。
溜息を吐いて、織田は柳葉にされるがまま、
僅かに引き摺られるようにして後に付いて歩く。
どちらも一言も口にしなかった。


織田が柳葉に連れてこられたのは、このホテルの屋上に在るプールだった。


雲に覆われた闇夜の春三月。
とは言え、まだまだ夜は冷え込み、こんな所に他に人の居る気配は無かった。
プールサイドの中央辺りにきた時、とうとう織田が立ち止まり、
少し乱暴に柳葉の手を振り払った。
「何なんですか?」
エレベーターを降り際に言った言葉を、織田は繰り返す。
柳葉は黙って織田を見ている。
「悪いんですけど、俺、今日疲れてるんです」
相変わらず、柳葉は黙ったままだ。
「帰らせてもらいますから・・・・・」
そう言って、織田は柳葉に背を向けて歩き出した。
「あの時の・・・!!」
10メートル程先を歩く織田を、柳葉の声が押し留める。
ゆっくりと織田が振り返った。