屋上に佇む2人を、
春嵐が吹き飛ばした雲の隙間から覗き始めた月が照らしだした。
互いの瞳の輝きさえも見える程、今の今までの暗闇が嘘の様な明るさで。
不思議そうな織田の瞳が、柳葉の次の言葉を待っていた。
咽喉がカラカラに渇いて、言葉が旨く出てこない様な錯覚に、
柳葉は次の言葉を発するのに少し戸惑う。
これから口にする事が、
どんな風に自分や、織田や、周りの人々を巻き込んでいくのか・・・・・。
考え直せと、今なら間に合うと、躰の最奥の部分から誰かが忠告する。
だが、逸らせない眼差しが、其処に在った。
自分でも気付かないうちに出していた答えを、認める勇気が無い。
この答えが、正解なのか、不正解なのか・・・・・。
そもそも、正解など有るのか?
答えは必要なのか?
ホンの僅かの時間の間に、様々な考えが頭を過ぎって行く。


また何も言わなくなった柳葉に、織田の方が目を逸らす。
曇った織田の横顔に、柳葉はとうとう口を開いた。
「・・・あの時。
 お前、言ったよな」
織田の視線が、ノロノロと柳葉に戻される。
「『怒らないでくれ』って。
 『もう、止められないんだ』って」
掠れるかと思っていた自分の声は、罅割れる事もなく、
真っ直ぐに織田に向かって流れていく。
「『好きになっても、怒らないでくれ』って」
織田は目を見開いた。
柳葉が何を言い出したのかと思って。


それは映画のクランクアップ直前。
出番を全て終えた柳葉を捉まえて織田が言った言葉だった。
半年以上前の言葉を、
柳葉は何だって、こんな時に持ち出してきたのか?
織田には、直ぐには理解出来なかった。
しかし、必死に考える。
自分に都合の良い方にばかり、勝手に思いは飛びそうになる。
不意に思いが途切れる。
柳葉の瞳の奥底に、
自分への哀れみとも同情ともとれそうな何かを見た気がして。
合点がいって、「ハッ」と織田は自虐気味に笑った。
両手をスーツのスラックスのポケットに突っ込むと、
笑いながら柳葉に尋ねる。
「今更、何ですか?」
投遣りな物言いだった。
思わず、柳葉の眉間に皺が寄る。
「最優秀は自分だって思い上がって、周りからも煽てられて、
 いざ蓋を開けたら見事にダメだったっていう、
 どうにも救いようのない馬鹿な俺へのお説教ですか?
 それとも、他に何か?」
そこまで言って織田は、片方の手でクシャクシャと頭を掻いた。
続いて、大きな大きな溜息を漏らす。
「何でこんな事・・・・・。
 話すつもりなんか、なかったんだ」