あの世の旅

第2部 六道輪廻編

バックナンバー4

メインの刑罰・・・夜叉はそう言った。そういえば、罪人を槍でつついていた鬼も「刑罰はこれだけじゃない」というようなことを言っていた。ということは、この衆合地獄には他の刑罰もあるのだ。そう考えていた俺の思考を読んだのか、夜叉が
「さて、次の刑罰を見学に行こうか」
と、ため息まじりに言った。夜叉自身、ここの刑罰にはうんざりしているらしい。
「次の刑罰もいや〜な感じだぞ」
そうボソリと言った夜叉の声には、如何にも嫌そうな・・・という感じがした。
足取りも重そうに夜叉は歩いていく。しばらくすると、ものすごい叫び声が聞こえてきた。
「あぁ、やってるなぁ・・・」
眉間にしわを寄せて、夜叉がつぶやく。叫び声は、絶え間なく続いている。
「まあ、百聞は一見にしかず、だ。見てみりゃわかるが、ぞっとするぜ。こっちだ」
夜叉はそういうと、小高い丘の上に登っていった。きっと刑罰がよく見える場所なのだろう。丘を登っている間も、叫び声は聞こえていた。それも一人ではない、複数の人間の叫び声だ。丘の上の平たい場所に出ると、夜叉は無言で手を差し出し、「さぁ、どうぞ」というポーズをとった。俺は、耳を覆いたくなるような叫び声の中、そのまま真っ直ぐ丘の縁まで行く。そして見た。
「驚いただろ。お前、目が飛び出しそうだぞ」
本当に目が飛び出すかと思うくらい、俺は目を見開いていた。次の瞬間、肉体はないのにものすごい吐き気が襲ってきた。俺は目をそむけた。
「あ、あ、あれって・・・」
「主に強姦をしたヤツラへの刑罰だ。ここは人を殺してなくても、複数の強姦をした者ならば落ちてくる地獄だ。ヤツラは、強姦専門の連中さ。現世のころは、強姦罪で刑務所に入っていたヤツラだ。現世での生を終え、ここであの刑罰を受けるんだよ。あぁ、ちなみにな、男を性的にたぶらかし、金を巻き上げ、男を不幸に至らしめた、あるいは死に至らしめた女性も、同じ刑罰を受ける」
夜叉は冷たくそう言ったが、その眼は刑罰の方は見ていない。よそを見て喋っている。夜叉もあれは見たくないのだろう。
「あぁ、俺も見たくはないさ。あの刑罰はな。でも、お前、取材なんだろ。報告しなきゃいけないんだろ。だったら見なきゃダメだろう」
夜叉は、口の端を曲げてそう言った。
夜叉の言う通りである。俺は、あれを見て報告しなければいけない。俺は意を決して、刑罰を見た。

刑罰を受けている罪人たちは、この丘の反対側に横一列に並んでいる。それぞれに鬼が二人ずつついている。罪人たちは、誰もが斜めになった板の上に裸ではりつけになっていた。大の字になって板に張り付けられているのだ。頭は上である。両手両足は、大きな釘が突き刺さっていた。罪人は縛られているのではなく、板に釘で打ちつけられているのだ。
そんな状態の罪人に一人の鬼が叫んだ。もう一人の鬼は、それを見ている。叫んだ鬼の手には、槍が握られていた。
「お前、いったい何人の女を強姦したんだ?。何でそんなことをしたんだ?」
鬼の問いかけに、罪人は「やめてくれー、助けてくれー」と叫ぶばかりだ。そのうちに鬼は、
「強姦をするのは、何が悪いんだろうか?」
と問いかえてきた。しかし、その問いかけは答えを期待しての問いかけではないのだろう。すぐに鬼は、
「この手が悪いのか?」
と言いつつ手を槍で突き刺したのだ。しかも、その槍は、先端が火で真っ赤に熱された槍である。突き刺された瞬間、罪人はものすごい叫び声をあげた。
「なんだ、手が悪いんじゃないのか。そうか、眼がいけないんだな。眼で女を見るからいけないんだ」
そういうと、鬼は罪人の眼を真っ赤に焼けた槍で突き刺したのだ。罪人は、それでも死なない。眼から血を吹き出していたが、それでも死ねないのだ。
「そうか、眼でもないらしい。じゃあ、その口か?」
鬼は、いろいろな身体の場所を言いながら、焼けた槍をさしていく。そのたびに罪人は叫び声をあげていた。そして、
「やっぱりここが一番悪いんだろ。なあ、そうだろ?。お前もそう思うよな。これがなければ、女を襲うこともないよな」
鬼はそういうと、笑いながら罪人の股間を槍で何度も「これか!、これか!」と叫びながら突き刺した。
ようやく罪人は死んだ。
「ちっ、死んじまったなぁ。強姦された女性の恨みは、こんな程度じゃないんだが・・・」
そういうと、もう一人の鬼に槍を渡した。どうやら彼らは、交代で罪人に刑罰を与えているらしい。
しばらくすると、「うぅぅ、痛い、痛い、苦しい・・・」と言いながら、罪人が生き返った。さっきまで黙って見ていた鬼が、
「おぉ、生き返ったか。あははは。楽しもうじゃないか」
と大笑いしながら、罪人に声をかけた。
「なあおい、お前強姦したんだって?。何人もの女性を、嫌がる女性を無理やり犯したんだって?。その罪は大きいんだぞ。わかっているのか?」
罪人は、嫌々をしながら「助けてくれ、許してくれ」と叫んでいる。
「おい、そりゃないぞ。お前、『助けて、やめて、許して』と泣き叫んだ女性を無理やり犯したんだろ。それも何人も。だから、許さない。同じ目にあわせてやる」
鬼はそういうと、先端が真っ赤に焼けた槍を構えた。
「なんでお前は、強姦なんかしたんだ?。この手が悪いのか?」
同じことの繰り返しだ。手から始まって、次々と体の部位を言いながら槍で突き刺す。最後は、陰部だ。陰部を何度も突き刺すのだ。そして死ぬ。しかし、しばらくして、また生き返り、同じ刑罰を受けるのだ。
この刑罰が、横一列に並んで行われているのである。その中には、夜叉が言っていた通り、女性も含まれていた。俺が見た限りでは一人だけだったが・・・。もちろん、女性も同じ刑を受けている。手から始まって、目や口、そして乳房、最後は陰部である。女性の場合は、槍の先が挿入されるので、もっと悲惨かも知れない。
「あっ、あの人は・・・」
その刑罰を受けている罪人を順に見渡していった俺は、見知った顔を見つけた。
「あぁ、やっぱり地獄に落ちていたんだ・・・・」
「なんだ、知り合いか?」
夜叉が俺に問いかけてきた。その声はちょっと心配そうな感じだった。
「あぁ、知り合いというか・・・。死後の裁判中に会った人ですよ。学校の先生でね、学校に盗撮用のカメラを仕込んでいたんですよ。で、それが発覚して、そのあと亡くなったらしく、俺と同じ時期に裁判を受けていたんです。俺は、彼のことを『覗き見教師』って呼んでました」
「盗撮しただけでここに落ちてきたのか?」
「あぁ、ちょっと事情がありまして・・・。彼、裁判中に暴れたんですよね。しかも閻魔大王の前で、ですよ。嫌だ、怖いって。全く反省もなかったし、牛頭・馬頭に無理やり連れていかれました」
「暴れた?・・・そりゃ仕方がないな。素直に裁判を受けて、反省すれば、地獄じゃなかっただろうに。なんでわざわざ地獄に落ちるようなことをするかねぇ・・・」
「まあ、あの男の奥さんやお子さんは、大変な目にあったようですし、学校も後処理が大変だったようですから、随分と周囲の人たちを不幸な目にあわせてしまったようですよ。それで、奥さんからの供養もないから、お前は地獄だって言われたら、大暴れですよ。よほど気が小さいのか、気が動転してしまったんでしょうねぇ・・・」
それにしても・・・である。暴れることなく、素直に話を聞き、反省し、地獄も仕方がないです・・・と言えば、ここにはいなかったのではないかと思う。こんな悲惨な刑罰は受けてはいなかっただろう。
「奥さんからの供養がなければ、ここから出るのは相当難しいだろうな・・・」
夜叉は、ちょっと悲しそうな顔をしてそう言った。そう、ここから救われるための大きな手助けは、縁者による現世からの供養なのだ。それが無い、ということは、自力で地獄から脱出しなければならない。それには、叫び声一つ上げずに、刑罰の苦しみや辛さに耐えねばならないのだ。もし、供養があれば、その耐えるエネルギーとなってくれる。供養が多くあれば、そのエネルギーも多くなる。刑罰に耐えられるようになるのだ。それと同時に、反省も深くなる。しかし、現世からの供養がないとなると、自分の力だけであの苦しみに耐えねばならない。それは、絶望的に思えた。
「なんで覗き見なんかしたんだろうなぁ・・・。バカだなぁ・・・」
思わず俺はつぶやいていたのだった。

しばらく黙っていた夜叉だったが、いきなり
「以上が衆合地獄の刑罰だ。もうこれ以上はない」
と言った。俺はその言葉にゆっくりとうなずいた。そして、何も言葉を交わすことなく、二人で丘を下りはじめたのだった。
俺と夜叉は、無言のまま並んで歩いて行った。向かっている方向は、衆合地獄の出口である。しばらく歩いていくと、
「おや、お二人さん、もう帰るのかい?」
と鬼が声をかけてきた。
「どうだった?、楽しかっただろう?」
鬼の脳天気な言葉に、一瞬夜叉がムッとした表情をしたが、口を真一文字結んでこらえていた。俺は夜叉に代わって
「いや、ちょっと見るに堪えられなかったですね・・・。それに、あまりにも愚かしいと思いましたよ」
と答えておいた。俺の答えに鬼はちょっと首をかしげたが
「まあそうだな・・・そうそう、愚かしいよな。あの罪人たち、バカみたいだろ、あははは」
乾いた鬼の笑いが、空々しかった。
「そんなことはいいんだ。俺たちは、次へ行くからな。じゃあな」
夜叉がぶっきらぼうに鬼たちに告げた。鬼たちは、「何が気に入らなかったんだろうか」と言う顔をしながら、あわてて
「あ、ああ、こっちだ、こっち。ここを左に進んでくれ。そうしたら、次の地獄、叫喚地獄へ行ける。じゃあ、気を付けてな」
と俺たちを見送ったのだった。俺たちは、ムスッとしたまま、鬼が示した道を歩いていった。

歩きながら夜叉は
「これから見る地獄、次の叫喚地獄だけじゃなく、その次以降の地獄の刑罰は、そんなに変わった刑罰はない。ここからは、いわゆる普通の地獄の刑罰と言われている刑罰だ。珍しいものが見られる・・・なんて期待はしないようにな」
と言った。
「物見遊山じゃないですから、そんなことには期待していないですよ。それに特殊な刑罰はちょっと・・・・」
「もううんざりか?」
夜叉は苦笑いしている。そう、俺はうんざりしていたのだ。ああいう特殊な刑罰は、もうこりごりだった。昔から言い伝えられている刑罰ならば、受け入れらるけれど、衆合地獄のような刑罰は、どうも気分が悪い。
「ま、あそこの地獄が特殊なんだけどな。あぁ、黒縄地獄も特殊だったけど」
夜叉は、溜息まじりにそう言った。
「ま、次からは、一般的な地獄だから、安心・・・ってのも変だが、受け入れやすいと思うぞ」
そうこうしているうちに、次の地獄・・・叫喚地獄・・・の門が見えてきた。
「叫喚地獄・・・ですか。ここはどんな者が堕ちてくるんですか?」
俺が夜叉に聞くのと、門番の鬼が門から出てくるのがほぼ同時だった。
「いや〜、話は聞いてるぞ。夜叉殿は久しぶりだな。あっ、お前が聞新か?。物好きなヤツだ。あはははは」
どこの鬼も一緒である。みんなもの珍しそうに我々を見ては大笑いする。俺だって好き好んで地獄めぐりをしているわけではない。つまらない因果でこうなっているだけだ。そんな俺の気持ちも知らないで、鬼たちは笑って
「さぁ、中へ入ってくれ。ここは叫喚地獄だ。あぁ・・・有名な阿鼻叫喚地獄とは違うから。阿鼻叫喚地獄っていうのは、正式名じゃないからな」
と言ったが、俺には何のことやらさっぱりわからなかった。鬼は、そんなことには気づかないで、
「さぁ、中に入ってくれ。よく見学していってくれよ」
とはしゃいでいる。夜叉がいつも「鬼の脳天気さにはあきれ返る」と言っているが、俺もその意見に大いに賛成だった。
あれよあれよという間に、俺たちは叫喚地獄に入っていた。中に入って気が付くのは、叫び声だ。今までの地獄と異なって、この地獄は門の中に入ったと同時に、多くの叫び声がこだましているのだ。まさに「叫喚」である。
「聞新さんとかいったな。あんたも気が付いたろう。そう、ここの特徴は何といってもあのすばらしい叫び声だ。ここの罪人どもは、あれ程すさまじい叫び声をあげなきゃ耐えられないほどの刑罰を受けているんだよ。まぁ、その様子をじっくり見ていっておくれ」
後から出てきたちょっと年を取った鬼・・・たぶんそうだと思う、なぜ年を取った鬼かと思ったかと言われれば、よく説明はできないが、なんとなく物腰がやわらかなのだ・・・が、胸を張ってそう言った。鬼は、罪人が苦しんでいることが自慢なのであろう。まあ、それも仕方がないことだ。鬼にとって罪人たちは、恨みの対象者であるのだから。鬼は、罪人が犯した罪の相手・・・殺された者や苦しめられた者、そうした人の遺族や関係者・・・の恨みの念や復讐心などをもとに作られているのだから・・・。だから、鬼の気持ちもわからないではないのだが・・・。
そんなことをぼんやり考えている俺に
「さぁ、いくぞ」
と、夜叉はそっけなく言って、どんどん進んでいってしまった。
「あぁ、ちょっと待って・・・。さっきの質問なんですが、この叫喚地獄にはどんな者が堕ちてくるんですか?」
俺の質問に夜叉は振り返って
「今までの地獄に落ちた罪・・・殺人、窃盗、強盗、強盗殺人、強姦、強姦殺人などに加えて違法な薬や酒に酔ったうえでの罪を犯した者だ。つまり、薬をやったり、酒に酔った上で殺人や強盗、窃盗、強盗殺人、強姦、強姦殺人などを行った者がここに落ちるんだよ」
と言った。
「なるほど、今までの罪に薬、ドラッグ、酒での罪が加算された者がここに来るんですね」
「そういうことだ。だから、ここでは『飲む』や『注射』、『薬物』に関係する刑が特徴となる」
夜叉は、真面目な顔をしてそう言った。
「しかし、飲まされている割には、叫び声がすごいな。うるさいくらいだ」
夜叉は、ちょっとイライラしながらそう言ったのだった。


本当にものすごい叫び声だ。どの声も
「助けてくれ、許してくれ、嫌だ、死にたくない」
と叫んでいる。その他には言葉にならない叫び声が聞こえているのだ。その叫び声の中からは、反省の言葉などは全く聞こえてこなかった。
それにしても夜叉は妙なことを言った。「飲まされている割には・・・」いったいどういう意味だろうか?
「飲まされているって、どういうことですか?」
俺の質問に
「ここはさ、酒や薬を飲んだり、薬物を注射したりして殺人や暴行などの罪を犯した者が落ちるって言ったろ」
ぶっきらぼうに夜叉は答えた。
「そいつらは、その罰として、いろいろなものを飲まされるんだよ。ま、それがこの地獄の特徴だな」
「いろいろなものって・・・」
「まあ、見ればわかるさ」
夜叉は、そう言ってさっさと歩いていく。
しばらく歩くと、後ろ手に縛られた数人の者が4人の鬼に連れられて行くのに出会った。その数人の中には、女性も含まれていた。彼らは、全員裸であった。
「あぁ、ちょうど、その飲酒の刑が始まるところだな。あいつらの後をついていこう」
俺と夜叉は、その罪人たちの後をついていった。

「さぁ、中に入れ」
鬼は、針が無数についた重そうな門を開けて、数人の罪人たちにそう言った。その門の左右には、炎の壁ができている。きっと、ものすごく熱いのだろう。門を通っている罪人たちは、ものすごく汗をかいていた。
「さぁ、俺たちも中に入るぞ」
「えっ?、中に入るんですか?」
俺の問いに夜叉は何も答えず、そのままさっさと門の中に入って行った。
門の中は、比較的広い平坦な場所だった。正面には、大きな石板が十枚ほど並んでいた。門からは、10メートルくらい離れている。その石板には、鉄の輪や鎖がいくつかくっついていた。石板の後ろは、門からつながっていた炎の壁である。石板のすぐ後ろは、大きな炎が燃え上がっているのだ。きっと、あの石板も熱くなっているのだろう。
「さぁ、こいつらを石板に縛り付けろ」
鬼の一人が言った。残った三人の鬼たちは、順に数名の罪人たちの中から一人を連れ出し、石板に取り付けようとした。その時、それを命じた鬼が後ろを振り向いた。
「あぁ、そうだ、あんたたちは、あそこで見学してくれ」
鬼が指さした方には、椅子が置いてあった。さらにそこだけは、炎ではなく、輿ぐらいの高さの岩で囲ってあった。夜叉は俺の方を見て、顎を振って歩き出した。そして、俺たちは椅子に座った。この椅子も岩でできているのだが、意外にも座り心地のよい椅子だった。夜叉も「ほう、なかなかいい椅子だ」とか言っている。
鬼に引っ張られた男は、「嫌だ、やめてくれ、許してくれ」などと叫びながら、引きずられていく。しかし、左右を鬼に捕まれた罪人は、逃げることも暴れることもできない。その男は、無理やり石板に押し付けられた。その途端
「ジュ〜」
という音がした。同時に
「うぎゃ〜」
という、男のとてつもない叫び声が聞こえてきた。そして、しばらくして嫌なにおいが漂ってきたのだった。
「あの男が焼けたんだよ。あの石板でな」
夜叉がぼそっと言った。なるほど、あの石板は、後ろの炎で熱せられていたのだ。いわば、人間石焼ステーキなのだ。そう思った瞬間、俺は吐き気がしてきた。
その罪人の男は、激痛による叫び声をあげながらも、死ぬことは許されない。両手両足を石板に鉄の輪で縛り付けられている。身体は、鎖で固定された。固定されていないのは、首から上だけだった。石板は、首までしかない。首から上は自由がきくのだ。それ以外は、ほんの少しも身動きできない状態にされていた。その状態のまま、その罪人は叫び続けていた。
「うん、いい声で叫んでいるな。ほい、次のヤツ」
鬼がそういうと、次の罪人が連れて行かれ、同じように石板にはりつけにされたのだった。その罪人は、若い女性だった。「女の絶叫はいいものだ」と鬼はほくそ笑んでいる。そうして、全員が石板にはりつけにされたのだった。全員で6人いた。うち一人が女性だ。
「いいか、お前ら。お前らがなぜここに来たのか、わかっているのか?」
指図をしていた鬼が話し始めた。が、罪人の者たちは聞いていないだろう。彼らは、背中が焼ける苦痛でそれどころじゃないだろう。誰もが、苦痛による大きな叫び声をあげている。鬼は怒り出した。
「あぁ、うるさい!。お前ら聞いているのか。おい、そこのお前、お前は何でここに落ちたんだ?、答えろ!」
鬼が一人を指さして激高しながら言った。それでも、その罪人は叫び声しかあげなかった。鬼は、そばにいた別の鬼に手を振って合図を送った。すると、鬼たちは、指さされた罪人のところに行き、口をつかんで顔を揺すり、
「答えろ!」
と大声で言ったのだった。罪人は、「ぎゃー」と叫んだあと、
「さ・・・酒を飲んで・・・車を運転して・・・人をはねて・・・ぎゃー・・・殺したからです。ぎゃー」
と叫びながら答えたのだった。
「そうだ、その通りだ。お前たちは悪いことと知りつつ、酒を飲んで運転し、あるいは、危険ドラッグを吸って運転し、なんの関係もない人をひき殺してしまったのだ。単なる交通事故じゃない。やってはいけないと知っていて、酒を飲んで運転した。薬を吸って運転した。これは、殺人と同じだ。いや、それ以上だ。そこには、殺人を犯した理由がないのだ。恨みのためとか、金のためとか、愛欲のためとかいった理由がないのだ。お前らは、どうしようもない愚か者だ。だから、この刑を受けねばならぬ。お前らは、酒や薬が欲しくてたまらんのだろ?。だから一杯飲ませてやる、吸わせてやる!」
鬼がそう演説している最中も、罪人たちは大声で叫んでいた。だから、鬼の演説は耳には入っていないだろう。
しかし、俺たちは聞いていた。なるほど、ここに落ちてきた者の中には、飲酒運転による事故で被害者を死なせてしまった者もいるのだ。また、最近増えてきた危険ドラッグを吸って運転し、人をひき殺してしまった者もいるのだ。
確かに、たとえ事故とはいえ、飲酒運転による事故は悪質だ。轢かれて死んでしまった人には、そうなる理由がわからない。なぜ、殺されなければいけなかったのか、という理由がわからないのだ。恨まれていたから、大金を持っていたから、性欲の対象として・・・といった理由がないのである。ある意味、被害者にとっては納得いかない被害だ、ともいえる。それは、苦しいことであろう。遺族もそう思うだろう。しかも同じ命を奪う行為なのに、事故による殺人は、一般の殺人よりも刑期が短い。遺族は、納得しがたいと思うのだ。つまり、心の落としどころがないのだ。理由なき殺人の被害者は、そういう意味でも苦しいのだろう。

「さて、始めるか。うるさくてかなわん」
鬼は、そうぼやいて「始めよ」と叫んだ。
すると、他の鬼は、罪人の頭をつかみ、上を向かせた。そして、口を大きく開いて顔の左右を石板で挟んで固定した。石板で挟んだ時にも「じゅ〜」という肉が焼ける音がした。罪人は何か叫んだようだが、口を大きく開けられているため「ごあごあぐあ」としか音が出なかった。こうして罪人は、大きく口を開いて上を見上げる格好にされたのだ。
「さぁ、それほどまでにしてお前たちが飲みたかった酒だ!」
そう鬼が叫ぶと、罪人の上から棒状の真っ赤なドロドロのものが流れてきた。それは、ゆっくりと罪人の大きく変えられた口に入って行った。その途端、罪人は「んんんんん」
と妙な声をあげて、身悶えたのだ。手は強く握られ、顔はひきつり、足はピーンと伸び切っていた。全身に力が入っている様子がよくわかった。
「あれはな、熱せられて溶けた鉄を口に流し込まれているんだ」
夜叉が説明をした。
「もうすぐ、身体を突き破って、下からドロドロの鉄が出てくるよ」
そういうと、夜叉は大きくため息をついたのだった。そして、
「なぁ、なんで人間は、危険だとわかっていて酒を飲んで運転したり、妙な薬をやったり、危険なドラッグを吸ったりするんだ?」
と俺に問いかけてきた。
「そのあと、どうなるかってことを考えないのか?」
夜叉は半分怒っていたのだった。

なぜ人は、危険だとわかっていて、危険な行為をするのか・・・。
俺にはよくわからない。俺は決してしない。危険だとわかっていたら手を出さない。だから、今まで飲酒運転などしたことがない。ただでさえ、運転は危険なのだ。その上、酒を飲んで運転をするなど、俺には信じられない行為だ。薬にしても同じだ。なぜ、身を滅ぼすとわかっていて、覚せい剤だの大麻だの、危険ドラッグだのに手を出すのか、俺には理解できない。「気持ちいから、快楽だから、嫌なことを忘れられるから・・・」などという理由は確かにあるのだろう。しかし、命と引き換えにしてまでも手に入れたい快楽ってどんな快楽なのだ?。楽しいことなら、他にもいっぱいあるだろう。気持ちいことだって、他にもいっぱいあるだろう。忘れたいことだって、他の方法で対処できるだろう。人生を捨ててまで、行うことではないと俺は思うのだ。ま、そう考えられる自分は、健全で幸せなのかもしれない。薬に手を出す者たちは、やはり不幸なのだ。そして、その不幸を自分で何とか克服しようとしない者たちなのだろう。つまり、心が弱いのだろう。だから
「人間は、心が弱い生き物なんですよ。その中でも、特に弱い人がいて、ついつい安楽な道を選んでしまったり、自分は大丈夫と思い込んだり、安易に考えてしまう者がいるんです。そういう人たちは、自分に対して厳しくできない人たちなんです。すごく、心が弱いんですよ。で、それを認めようとしないんです。だから、危険なことや妙な誘惑に負けてしまうんですよ」
と俺は答えた。夜叉は、お尻の穴から溶けた鉄の棒を垂れ流して死んでいる罪人を見て、
「弱いから罪を犯すんだよなぁ・・・」
としみじみと言ったのだった。

罪人たちは、石板に張り付けられたまま、お尻の穴から棒状の真っ赤な鉄を垂らして死んでいた。その鉄は急速に冷えていった。そのため、口からお尻まで鉄の棒が刺さったという状態に罪人たちはなっていた。
「次!」
指図をしている鬼が叫んだ。すると、鬼は、罪人の石板の後ろに回った。そして、何か台座にでも乗ったのだろうか、石板の後ろから罪人を覗き込んだ。罪人の顔が鬼の腹くらいのところに来ている。いや、鬼は台座に乗ったのではない。身体が大きくなったのだ。横も石板からはみ出している。
「鬼は、自在に体の大きさを変えることができるんだよ。もともと概念から作られているからな。生きものじゃないから」
夜叉が教えてくれた。
その大きくなった鬼は、冷えた鉄の棒・・・罪人に突き刺さった状態になっている・・・を掴むと、上に引き抜いた。その途端
「ぎゃー」
と罪人は叫び声をあげて生き返ったのだった。棒が引き抜かれた罪人は、お尻の穴から大量の血を流しているが、それでも生きていた。彼らは、叫び続けていた。きっと、痛みが残っているのだろう。「痛い、苦しい、熱い」と叫んでいる。鬼は、順に罪人たちの口に刺さっている鉄の棒を次々と抜いていったのだった。叫び声があたりに大きく響いた。
「うるさくてすまないな。なんせ、叫喚地獄だからな。あはははは」
鬼はそう言って、大声で笑ったのだった。
「鉄の棒を引き抜かれた罪人は、あのまま死ぬのではなく、生き返るんだよ」
鬼を無視して夜叉は冷静に言った。
「えっ、どういうことですか?」
「どろどろに溶けた鉄を流された罪人は、苦しんで死んでいくよな。で、鉄が冷えるとともに生き返る。生き返ったところで鉄の棒が抜かれる。内臓はどうなってる?」
「あっ・・・。ぐちゃぐちゃ・・・ですよね」
「そうだ。普通は死ぬよな。まあ、鉄の棒が刺さったままで生き返ること自体、おかしなことだが、それを引き抜かれて大量に出血しているのに彼らは死なないんだ。むしろ、出血は止まり、内臓は修復されてしまう。激痛を味わいながら、身体は修復されるのだ。まあ、車にはねられて内臓がぐちゃぐちゃになって亡くなった人たちの無念が反映されているから仕方がないけどな。で、元の元気な姿に戻るってわけだ。あぁ、そう言えば言い忘れていたことがある。地獄の罪人は、たとえば、死刑になった者は、その時の姿に生まれ変わってくる場合が多いが、大きな罪を犯した年齢に戻って生まれ変わってくる場合もある。彼らは、飲酒運転や薬物使用運転をして人を撥ね殺してしまった。その場合は、死刑にはならないよな。だけど、地獄にやって来る。この場合、彼らは、現世で亡くなった時の姿で生まれ変わってくるのではなく、事故を起こした時の年齢で生まれ変わってくるのだよ。だから、彼らは比較的若いだろ?」
夜叉は、そう教えてくれた。
「いずれにせよ、彼らは生き返った。そして、また繰り返し、ドロドロに溶けた鉄を飲まされるんだよ。これが何度も繰り返されるんだ」
夜叉は、そこまで言うと大きくため息をついた。

俺はしばらく何も言えなくて黙っていたが、ふと思いついたことを問いかけた。
「あの溶けた鉄を飲まされる刑を受けるのは、飲酒運転をした連中だけなんですか?」
「いや、違うよ。酒を飲んで殺人事件や強盗、強姦を犯したヤツもあの刑を受ける。ドラッグをやって事件を起こした者も同じだ。この叫喚地獄に落ちてきた連中は、一度はみんなあの刑を受けるんだよ。俺たちがであった鬼たちが連れていた罪人が、たまたま飲酒運転組だったてわけだな。他の場所では、酒を飲んだり、薬をやったりして事件を起こした連中が、同じ刑を受けているさ。で、そいつらは鉄の代わりにムカデやサソリを飲まされている場合もある。そいつらは、罪人の内臓を食い破るんだよ。その激痛で罪人は叫び続けているんだ・・・」
「サソリやムカデ・・・ですか?」
「あぁ、そういう生き物は秘薬にされただろ?」
夜叉は、そう言って俺を見つめた。夜叉が初めに「いろいろ飲まされる」と言ったのはこのことだったのだ。

この溶けた鉄を飲まされる刑は、叫喚地獄では全員受けなければいけない刑であるようだ。しかし、その他に飲んだものが薬など場合は、溶けた鉄ではなく、ムカデやサソリの場合もあるのだ。いずれにせよ、こうした刑を受けているうちは、反省なんてできないだろうな、と俺は思った。反省などする時間がないのだ。石板に張り付けられたら、あとは苦痛の連続なのだ。いったいいつ反省すればいいのか・・・。今までの地獄の場合は、少しではあるが時間に余裕があった。なぜ地獄に落ちたのか、なぜこんな目にあっているのかということを考える時間があった。鬼もそう思うように仕向けていた。だが、ここではない。あの刑を受けた連中は、生き返ったらすぐに苦痛が始まっているのだ。いったいいつ反省すればいいのか・・・。いつ己の罪に気が付くのだろうか・・・。
「そのことなら、大丈夫だ。罪人にも考える時間は与えられる」
夜叉が俺の思考を読んで答えてくれた。
「そうなんですか?。じゃあ、彼らにも休みの時間というか、少しの余裕が与えられるですね」
「ま、ほんの少しな。そうだな、じゃあ、それを見に行くか」
夜叉はそういうと、立ち上がって鬼に手を振って、「出るから」と言った。
「なんだ、もう帰るのか?。あぁ、他を見るのか。じゃあ、仕方がないな。もう少し、ここの刑を見ていってほしかったけど・・・。じゃあ、門を開けるよ」
鬼は、相変わらず脳天気そういうとトゲトゲの重そうな門を開けてくれた。
「さて、じゃあ・・・あっちに行こうか」
夜叉はそういうと、歩きはじめたのだった。


「この叫喚地獄は、酒や麻薬、危険なドラッグを飲んだり吸引したうえで殺人事件を犯した者が堕ちてくる地獄だ。その中には、飲酒運転や薬物を使用し運転して、人をはねて死なせてしまった者も含まれる。また、薬物を使用して性行為に及び、相手を死なせてしまった者もいる。酒や薬物の勢いをかって殺人を犯した、酒や薬物を使用してはずみではあるが殺人を犯してしまった、危険と知りつつ酒や薬物を使用したうえで運転をし人を死なせた、危険と知りつつ酒や薬物を飲んだり飲ませたりして死に至らしめた・・・・。パターンはいろいろあるが、いずれも酒や薬物を飲んだり飲ませたりして人の命を奪った者が堕ちてくる地獄だ」
次へ行こう、と言って歩きながら夜叉は解説をしてくれた。
「ということは、ここに落ちてきた連中は、酒や薬物が殺人を犯したきっかけとなっている。つまり、酒や薬物が止められないから、人の命を奪ってしまったんだな」
そうだろ?、というような顔をして夜叉は俺の方を振り返った。俺は、うんうんとうなずいた。
「ここに落ちた連中は、とにかく酒や薬物が大好きだ。中毒になってやめられない。そんなに好きならば・・・」
そういって夜叉は、前の方を指さし「次の刑罰だ」と言った。

それはちょっと不思議な風景だった。なんと、罪人が一人ずつテーブルについている。その向かいには鬼が座っていた。テーブルは全部で十脚。テーブルの上には、一升瓶やウイスキーの瓶、焼酎らしき瓶、ワインなどがのっている。いや、そうではないテーブルもあった。そのテーブルには、いろいろな薬らしきものがある。なんと、注射器もあった。きっと覚醒剤だろう。パッと見たところ、楽しげな酒の席に見える。しかし・・・。
罪人は、鬼と向かい合って座っているのだが、とても楽しそうな顔ではない。そりゃそうだろう。鬼と差向えで酒なんぞ飲める気分ではないだろう。よく罪人を見ると、足が鎖で縛られている。その鎖は地面から出ていた。
「どういうことですか、これは?」
俺は夜叉に尋ねた。
「う〜ん、途中からだからわかりにくいな。こいつらが一度死んで、生まれ変わるまで待つか」
夜叉は、こともなげにそう言い放った。こういうところが、やはり元地獄の番人だ。感覚がどうも違うのだ。こういうところが俺にはちょっとついていけないところである。
俺たちは、しばらく待った。すると、大きな叫び声をあげて、罪人たちが死んでいった。鬼は、それぞれ担当している罪人を椅子からおろし、地面に放り投げた。投げ出された罪人は、「ぎゃー」と叫び声をあげながら、生き返ってきた。
「さて、これからがこの刑罰のスタートだ」
夜叉が教えてくれた。

鬼が生き返った罪人の首をつかみ、立たせた。
「さぁ、立ちあがれ。おい、お前は何でこの地獄に落ちたんだ?」
罪人は、つっかえつっかえではあるが答えた。
「は、はい・・・。その・・・さ、酒を飲んで・・・ひ、人を・・・殺したから・・・です」
「酒を飲んで人を殺した?。ほう、そんなにお前は酒が好きなのか?」
鬼は、罪人の頭をつかんで宙吊りにして、揺らしながら詰問している。
「さ、酒は・・・す、好き・・・です。で・・・でも・・・もう・・・飲みません」
「そうか、そんなに好きならお前にたっぷり飲ませてやる。嬉しいだろ?」
鬼は、罪人の言ったことを無視して罪人を放り投げた。
「まあ、座れよ。俺が折角用意したんだ。一緒に飲もうぜ」
鬼はさっさとテーブルについていた。罪人はいつの間にか足が鎖で地面につなげられている。罪人は、しぶしぶ椅子に座った。その途端
「ぎゃーーーーーーー」
と物凄い叫び声をあげ、立ち上がった。そして、失神している。
「あの椅子は熱せられているんだ。おまけに座った途端、針が突き出る仕組みになっているんだ」
夜叉の解説が入った。鬼はお構いなしに罪人に話かけた。
「なんだ、どうした?。もう酔っているのか?。それはないだろ。早く座れよ。おい、早く座れよ!。おいっ!、さっさと座れって言ってるんだ!」
鬼が叫ぶ。まるでヤクザだ。罪人は、「ひゃっ」と小さな叫び声をあげて椅子に座ろうとした。すかさず鬼が言って睨みつける。
「今度は立つんじゃねぇぞ」
罪人は、恐る恐る椅子に座った。途端に「ぎゃぁぁぁぁぁ」と叫ぶ。
「何度聞いてもいい声だ。ま、叫喚地獄だからな、ここは。あはははは」
鬼が大声で笑った。
お尻は大やけどしているうえに、無数に針が突き刺さっているにもかかわらず、気絶もできなければ死ぬこともできない。ものすごい苦痛に耐えながら、罪人は座っていた。
「痛いか?。そうか、痛いか。そうだ、酒を飲めばその痛みも和らぐぞ。さぁ、飲め」
鬼は、コップのようなものを差し出した。苦痛に顔をゆがめていた罪人は、あわててそのコップを取り、呑み込んだ。その途端
「ぎゅんべぇ、かーはっは、げほげほ、ぐわぁぁぁ」
と立ち上がって、飲んだものを吐き出し、咳き込んだ。
「あぁあ、もったいねぇ。吐き出してるんじゃねぇよ。ほら、飲めよ」
鬼は立ち上がって、無理やり罪人の口に、鬼が酒と言っているものを流し込んだ。罪人は、ゲホゲホいいながら、やがてそれを呑み込んだ。
「吐くんじゃねぇぞ」
鬼は、今にも吐き出しそうな罪人の口を押えている。否応なしに罪人は、呑み込んだ。
「よし、座れ」
座った途端にまた無数の針が罪人の尻を刺し、罪人は苦痛の叫び声をあげた。
「まあ、飲め。ほら、痛みを忘れられるだろ。さぁ、飲め。お前、酒が好きなんだろ、人を殺したくなるほど酒が好きなんだろ。ほら飲めよ」
罪人は、仕方がなく、酒を口にし、呑み込んだ。そのたびに、「ゲー、オエッ、ぐわー」と叫んでいる。

「あの酒はな、地獄の酒で、そりゃ飲めたもんじゃない。飲めば、口から喉、食道、胃にかけて焼けてしまう。大やけどだ。痛いってもんじゃない。しかも、まずい。こんなものが飲みものか、というくらいまずい。あんなまずいものを飲むくらいなら、死んだ方がましだ、と真剣に思うくらいまずい。いや、飲んだら、ショックで死んでしまうほどまずいものなんだよ」
夜叉が教えてくれた。死んでしまうくらいまずい酒って、いったいどんなものなんだろう、と思ったが、下手に考えると、「飲んでみるか?」と言われそうなので考えるのをやめた。下手に興味を持たないほうが身のためである。
鬼が語りかけ始めた。いや、説教である。
「おい、お前、お前はなんで人を殺したんだ?」
「は、はい・・・そいつ・・・そいつが・・・憎くて・・・」
「まあ、一杯飲め」
話の合間に鬼は酒を勧める。罪人は「飲みたくないです」と言うが、拒否できない。そして、酒を飲んでは「ぐわー」と叫んでいる。叫び声が鎮まると鬼は説教を再開した。
「おい、人を殺していいと思っているのか?」
「い、いけない・・・いけないと・・・思います」
「じゃあ、なんで殺したんだ」
「そいつ・・・そいつが・・・許せなくて・・・」
「ふ〜ん、まあ、一杯飲め」
「うぎゃー」
この繰り返しである。しかし、そのうちに鬼は、「本当に悪いと思っているのか?」と聞くようになっていた。「心から反省しているのか」と。
その問いかけに罪人は、縦に首を振り、「本当に反省をしている」と言うが、鬼は「うそつけ」と言って信じようとはしなかった。やがて
「本当に反省しているなら、その証拠を見せてみろ」
と鬼は罪人に迫った。
「本当に反省しているなら、これにも耐えられるよな。叫び声なんて上げずに、耐えられるよな」
鬼はそういうと、大きな樽を肩の上に抱えたのである。
「いいか、本当に反省しているなら、叫び声をあげず、これを飲み干せるよな。酒は好きなんだろ」
鬼は、罪人を上向かせ、その口にジョウゴを突っ込んだ。いつの間にか、罪人の両手は椅子に縛られていて、身動きが取れない状態だった。
「さぁ、飲め。お前の大好きな酒だ。お前が本当に心から反省しているなら、この苦しみに耐えて飲み干せ。いいか、お前に殺された者は、もっと苦しんだんだぞ。本当に自分が悪いともっているなら、吐き出さずに飲むんだ」
鬼はそういうと、罪人の口のジョウゴに酒を流し込んだのだった。

罪人の目が飛び出しそうなくらい見開かれた。そして、罪人は、「ぶはっ」と言って、鼻からも口からもその酒を吐き出しだのだ。吐き出すと同時に
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
と叫び、叫びながら縛られた椅子ごと転がりまわった。
「何やってるんだ。なんだ、本当に反省していないじゃないか。この嘘つきめ!」
鬼はそう叫ぶと、罪人の頭からたるに入った液体を降り注いだ。その途端、これが人間の声か、と思うような叫び声をあげて罪人は転がりまわったのだ。
「あ、罪人が・・・いったいあの液体は何ですか?」
俺は思わず声に出していた。なんと、罪人は、徐々にゆっくりと溶けていくのだ。見るに堪えない光景だった。顔がゆっくりと溶けて崩れていく。身体もだんだんと溶けていく。溶けた肉体が、転がりまわる罪人にまとわりついている。
溶けている間、鬼は罪人に話かけていた。
「お前が心から反省していれば、これは本当にうまい酒だったんだ。お前が溶けるってことは、心から反省していないってことだ。この嘘つきめ。嘘をついてもバレるんだ。いいか、今度は嘘をつくなよ、心から反省しろよ」
鬼の声は、溶けていく肉体に向かって虚しく響いていた。
やがてそこにはべとべとの液体の中を這いずる骸骨だけになった。そして、その骸骨も次第に溶けていったのだった。

悲惨な光景だった。気持ちが悪くて吐きそうだ。
「あの最後の液体は、鬼が言ったとおりだ。本当に罪人が心から反省していて、これぐらいの刑は受けても当然だ、と思っていれば、あの液体は罪人の怪我を治す神の水になっていたんだよ。口先だけの反省だと、ああなってしまうんだな」
俺はしばらく何も言えなかったが、一つだけ疑問があったので夜叉に聞いてみた。
「溶けていく罪人に、鬼は説教していましたが、あれって効果あるんですか?」
「あぁ、あるよ。罪人は鬼の言葉を完全に溶けてしまうまで聞いている。いや、聞こえているんだ。ちゃんと、罪人に伝わっているんだよ。これを何回も繰り返すうちに罪人も理解してくる。たとえば、反省が少し深くなれば、あんなふうには溶けない。焼けただれるとか、ただまずいだけだとか、飲み干すのが苦しいだけ、だとかになる。つまり、罪人の反省の度合いによって、あの樽の中身の液体も変わってくるんだ。最も反省がない場合は、ドロドロに熱せられ溶けた鉄の液体だ。で、それが、ゆっくりと身体に入って中から身体を焼き、同時に無数の針となり身体を中から突き刺す。そして、足から次第に溶けていくんだ。最後は、首から上だけ残るが、それでも死ねなくて、叫び続けるんだな。で、最後に、その口の中に溶けた鉄を流し込まれるんだよ。今お前さんが見た罪人は、下から二番目の反省度だ。つまり、あまり反省してない、ってことだな」

前に見た刑罰は、反省の余地を与えないくらい、苦痛の連続だった。罪人はその苦痛により、叫び続けていた。そして、その刑罰は、この叫喚地獄に落ちてくるとまず最初に受ける刑罰だという。確か、あの刑罰でも初めに刑罰を受ける理由だけは教えられていた。なぜ、この地獄に落ちてこの刑罰を受けなくてはいけないのか・・・。それは鬼に教えられていた。罪人は、自分の罪が何であるかはわかっているはずだ。
で、次に今見たこの刑罰だ。鬼に説教されながら、罪人は苦痛を伴う酒を飲まされる。おそらく、薬物やドラッグ中毒の連中は、酒を飲まされるのではなく、薬物を注射されたり、飲まされたりするのだろう。確か、夜叉がサソリやムカデを飲ませる、というようなことを言っていた。そう言う生きものが、身体を食いちぎったり、体内から破ったりするのだろう。罪人は、そうした罰を鬼に説教されながら受けるのだ。そうして、罪人の罪の意識を明瞭にさせていくのである。罪人は、それにより、反省が促されるわけだ。
「そういうことだな。本当に心から反省し、自分の罪の深さが理解できたとき、アイツらは神の水をもらえ、ここから出られるってわけだ。つまり、この刑罰は、ここを出られるかどうかのテストみたいなものだな」
夜叉は、俺が頭の中で状況を整理し終わるのを待って、付けくわえてくれた。
「もし、さっきの罪人のように反省が進まず、さらにこの刑罰を続けても反省が全く見られない罪人がいたらどうするんですか?」
「その時は、初めの刑罰に戻るだけだ。もしくは、下の地獄に落ちるだけだよ」
こともなげに夜叉はそう言った。そう言われればそうか、当然である。
「ここでも、やはり供養があれば反省は早いんですよね」
「当然だ。罪人に早く反省を促し、刑罰に耐える力を与えるのは、やはり現世からの供養しかないよ」
やはりそうなのだ。俺は心の中で、罪人の現世での肉親や関係者が、彼らのために供養をしてくれることを祈った。

「さて、この地獄はこんなものだ。次の地獄へ行くか?」
そういうと夜叉は歩き始めた。俺は、そのあとをトボトボとついていったのだった。


「次と言っても、こことあまり変わり映えはしないんだけどな・・・」
歩きながら夜叉はそう言った。
「変わり映えしないんですか?」
「あぁ、そうだ。ここは叫喚地獄、次は大叫喚地獄だ。大がついただけ、フン」
夜叉は立ち止ると、俺の方を振り向き、鼻を鳴らして自嘲気味に笑った。
「馬鹿げた話だよ。ここの刑罰の十倍の苦しみが科せられる、ってだけの話さ。だから、刑罰は一緒なんだよなぁ・・・」
夜叉は立ち止ったまま、顎の下を掻いている。大叫喚地獄に行こうかパスしようか迷っているようだ。
「とりあえず行きましょうよ。一応、全部見ておきたいし」
俺はそう提案した。
「うん、まあそうするか。お前、まだ満腹状態じゃないんだな?」
確かに満腹状態だ。いや、それ以上である。もういい加減イヤにもなっている。が、その反面、興味もあるのだ。満腹だが、次は何が出るのだろうか・・・という興味である。俺は、正直に話した。どうせ、心は読まれるのだから。
「もういい加減うんざりですよ。でも・・・興味が湧いてくるんですよね。それに役割もありますし」
俺がそう答えると、夜叉はうなずいて、歩きはじめたのだった。
しばらく歩くと、この地獄の門が見えてきた。鬼が我々を見つけて声をかけてきた。
「おう、なんだ、もうお帰りか?。忙しいことだな」
「あぁ、もう十分罪人の叫び声を聞いたよ。でも、次はもっとひどい叫び声なんだよな・・・」
「あははは。そうだ、ここの十倍の叫び声だぞ。耳栓がいるかもな。あははは。あぁ、そうだ夜叉殿は、慣れているから平気だったな。わははははは」
鬼が一人で陽気に笑っている。夜叉や俺の苦笑いには到底気付くまい。ちょっとうんざりしたが、これも仕方がない。鬼は鬼なのだ。
「じゃあ、そういうことで、我々は次へ行くよ」
「あぁ、そうかい。門を出て左だよ。右は上へ行っちまうからな」
「了解。世話になったな」
夜叉はそういうと、片手をあげて門の外に出ていった。俺も鬼に一礼して夜叉の後に続いた。
門を出て道を左に折れる。ちょっと歩くと暗くなる。妙な感覚があって、ふと気が付くと道を歩いている。そして、大きな門の前に出る。毎回同じパターンで次の地獄の門に到達するのだ。そして、同じように脳天気な鬼が歓迎してくれる。
「おぉ、待ってたぜ。夜叉殿に聞新殿だな。ようこそ、大叫喚地獄へ!」
もううんざりだ。ため息が出る。

「ここはさ、さっきの叫喚地獄と違って、大叫喚地獄だからな。すっごいんだぜ。ビビるなよ、聞新殿!」
「あぁ、はいはい、そりゃ、すごいですねぇ」
気持ちを込めないで返事をしても鬼には通じない。鬼は勝手に大笑いしている。
「じゃあ、中に入るぜ」
夜叉は鬼をかわしながら、どんどん進んでいった。
「どこの鬼もあんなもんだ。お前さんもかわし方が上手くなったな」
夜叉は俺の方を見てニヤッとした。
「それにしてもすごい叫び声だ。大叫喚地獄というだけのことはあるな」
「ホントですね。これはうるさい・・・。耳栓が必要ですね」
「まだ、ここはほんの入り口だから会話もできるが、中へ入るとこれじゃあ会話どころじゃないな」
「じゃあ、今のうちに大事なことを聞いておきますよ」
俺は急いで質問をした。
「ここは叫喚地獄とあまり変わらないと言いましたよね?。でもここに落ちてくる者は、どんな者なんですか?。叫喚地獄と同じ罪の者が堕ちてくるというのなら、大叫喚地獄は必要ないですよね?」
「あぁ、その通りだ。同じ罪を犯した者が来るところなら、ここは必要ない。まず、第一にここへは叫喚地獄で反省が全く見られない者、鬼にたてつく者、が落ちてくる」
「あぁ、なるほど、反省がないものを下に落とすのは、どこの地獄でも同じですね」
「あぁ、そうだ。そして第二に、大叫喚地獄に落ちてくる者は、叫喚地獄へ落ちる罪に『ウソ、騙し、二枚舌』の罪が加わった者が落ちてくるんだ。つまり、叫喚地獄に落ちるような罪を犯させた者が落ちてくるんだよ」
夜叉の説明が俺はいまいち理解できなかった。だから「どういうこと?」という顔をしたのだろう。夜叉はすぐに説明し直した。
「叫喚地獄へ落ちた奴の罪は、薬や酒などによって、殺人や窃盗、強姦などを犯したという罪だっただろ。ここ大叫喚地獄は、言葉巧みに酒や薬などを飲ませ、殺人や窃盗、強姦などの罪を誘導した者が落ちるんだ。つまり、酒や薬を勧めた結果、他人に罪を犯させた者、そう言う者が落ちてくるんだよ。簡単に言えば、そそのかしたヤツ、だな」
そういうと夜叉は「う〜ん」とうなりながら、「やっぱそうだよな」といって歩きはじめた。そして「百聞は一見にしかずだ」といった。
それにしてもすごい叫び声だ。アイドルのコンサート会場が静かに思えるくらいうるさい。工事現場の騒音が聞こえる上空で、戦闘機の訓練飛行を行っているような、そんな叫び声である。確かに耳栓が欲しいくらいだ。そう思っているときに夜叉が俺をつついてきた。俺が夜叉を見ると、彼は手に何か持っていて、それを俺に差し出した。それを俺に渡すと、耳につけろ、というジェスチャーをした。なんと、それはインカムだった。
「これで俺の声も聞こえやすいだろ。ここからはこのインカムをずっとつけていろ。じゃないと、声が聞こえないぞ」
「ホントすごい叫び声ですよね。しかし、インカムって・・・。地獄もハイテクじゃないですか」
「当たり前だ。こっちの世界には、現世にある便利なものはすべてそろっているんだよ。ま、俺たちは、テレパシーがあるからこんなインカムなんてものは必要ないんだけどな。人間はテレパシーなんぞ使えないからな」
そういって俺を見て小ばかにした笑いをしてくる。俺は、「ふん、所詮俺は人間ですよ」と心の中で毒づいた。

そんな俺の気持ちは軽く無視をして、夜叉は言った。
「あっちへいくぞ。ちょうどこれから刑罰が始まるようだ」
そこには3人の男が縛られて立たされていた。3人とも「熱い〜、助けてくれ〜」と叫び声をあげている。なんと、男たちを縛っている鎖は、真っ赤に熱せられているのだ。男たちは裸のまま、手を後ろで縛られ、さらに身体を三重に縛られているのだが、手と身体から肉が焼ける音と匂いがしてくる。縛られているところからは、煙も漂っていた。
「大叫喚地獄だからな。罪人を縛る鎖もロープも、すべて熱せられている。死なない程度にやけどをさせるんだよ」
「うるさいんだよ」
夜叉の解説の後に鬼の大声が響いてきた。
「あ〜、もううるさい、うるさい、うるさい」
鬼はそう言って3人をこれも熱せられた鉄パイプのようなもので順に殴った。
「まったくうるさくてしょうがねぇ。お前らわかってるのか!。お前らが人を騙して薬を売りつけたせいで、人が死んでいるんだよ。騙されて薬をやったヤツが、人を殺したんだよ。強姦をしたヤツもいた。強盗殺人をしたヤツもいたんだよ。お前らが、薬を売らなければ、そいつらは罪を犯さなかったんだ。わかってんだろうな!」
鬼が3人の罪人に凄む。すると、一人の罪人が
「そ、そんなの・・・俺のせいじゃねぇ・・・ぎゃー。俺は薬を売っただけだ、ギャー」
と口答えをした。俺は、「あぁ〜あ、言っちゃったよ」と思わず顔をしかめた。思ったとおり、鬼は激昂した。
「なんだと、こぅらぁ」
「こら」が巻き舌になっている。
「俺のせいじゃないだと。ふざけんじゃねぇ」
鬼が熱せられた鉄パイプを口答えした罪人の口の中に突っ込んだ。
「んぐあぁ〜、ふんぎゃ〜」
男は声にならない声を上げた。
鬼は鉄パイプを罪人の口の中でグリグリまわしながら
「もういっぺん言ってみろ、この野郎。いいか、お前が薬を売らなければ、罪を犯した人間は生まれなかったんだよ。お前が言葉巧みに、人を騙して薬を売ったせいで、そいつはヤクチュウになり、薬を買う金欲しさに窃盗を働き、挙句の果てには頭がおかしくなり殺人を犯したんだよ。そんなヤツが一人や二人じゃねぇ。何人もいるんだ。ヤクのせいで家庭が崩壊した家もあるし、強姦事件を犯したヤツもいる。お前が売った薬のせいで、いったいどれだけの人間が不幸になったと思っているんだ?。お前が言葉巧みに騙して薬を売らなければ、罪人は生まれなかったんだよ。あいつらが罪を犯したのは、お前のせいだ!。お前のせいで、何人も死んだんだよ。それは、お前が殺したのと同じなんだよ!。わかったか!」
そういうと、鬼は鉄パイプを罪人の口から抜いて「こいつをそこに磔にしろ」と別の鬼に命じた。口答えした罪人は、両脇を二人の鬼に捕まれ、石板に押し付けられた。その途端、「ぎゃー」という物凄い叫び声が聞こえた。罪人の背中から煙が上がっている。肉の焼ける音と匂いがした。石板は、真っ赤に熱せられていたのだ。人間ステーキである。

なるほど、この大叫喚地獄に落ちてくる者は、叫喚地獄に落ちるような罪を犯させた者が落ちてくるのだ。罪を誘導した者、と言えばいいだろうか。とすれば、飲酒運転を知っていて酒を飲ました店の者や、酒を飲んでいるにも関わらず車の運転を見逃した同乗者もここに来るわけだ。おっと、これは厳しいんじゃないだろうか・・・。
「知っていて見逃すっていうのは、罪は大きいんじゃないか」
俺の思考を読んで、夜叉が言った。
「もし、見逃さなかったら人は死んでいない・・・だぜ」
なるほど、そう言われればそうだ。たとえば、友人と酒を飲みに行く話になる。友人は車で来ていた。その時に「まあ、一杯くらいはいいだろ」というか「車なんだから酒は飲んじゃだめだよ」と止めるか、この差は大きい。さらに、酔っ払っているにも関わらず車の運転を許すというのは、もしその車が人身事故を起こしたなら、それは殺人を許した、ということと同じ意味になってしまう。止めなかった者の罪も大きいのだ。
ましてや、言葉巧みに薬を売りつけ、薬物中毒にさせてしまい、その者が殺人事件や強盗事件、強姦事件などを犯した場合、騙した者も同等の罪でなければいけないだろう。いや、それ以上の罪であろうし、それ以上の罰を受けなければ、人は納得できない。
「そういうことだ。そそのかした奴はのうのうとしている・・・それじゃあ、誰も納得しないだろ。そそのかしたヤツの方が罪が大きいし、罰も厳しい。そうじゃないと、筋が通らないだろ。こっちの世界は、ちゃんと筋が通っているんだよ」
「あっ、じゃあ、たとえば全く関係ない者が、酔っ払って運転しようとしている者に注意して聞きいられなかった場合はどうなるんですか?。やっぱりここに来るんですか?」
俺はふと疑問に思ったのだ。関係ない者は、周囲の酔っ払いなんぞに関心を持たない。そいつが、飲酒運転をしようがどうしようが、関係ないのだ。注意をする人はまれで、無視する方が多いだろう。たとえ、酔っぱらいが運転しようと車に乗り込むのを見たとしても、直接関係のない人々は知らない振りをして行ってしまうだろう。それでも罪なのだろうか?、と俺は思ったのだ。
「罪と言えば罪だろうが、地獄へ落ちるような罪じゃないよな。さすがにそこまでは厳しくないさ。ここに来るのは、直接の関係者だ。騙して薬や酒を飲まし、殺人や強盗、強姦などを誘発させた者、飲酒運転と知っていて止めなかった同乗者や直接の関係者、そういう連中だよ」
「それを聞いて安心しました。じゃあ、ここにきているのは・・・」
「ほとんどが薬の売人だよ。ちなみに売人を管理していた連中は、もっと下の地獄だな」
なるほど、この大叫喚地獄にやってくるのは、悪いと知っていて違法な薬を販売し、重大事件を誘発している者というわけなのだ。そういう人間は、現世では裁かれなくても死後は、厳しく罰を受けるということなのだ。

俺と夜叉が話している間に、3人のうちの残りの2人の罪人が鬼に抱えられ、口答えした罪人の向かい側の石板に磔にされた。とたんに大声で叫ぶ。当然のことながら、石板は真っ赤になるほど熱せられていたからだ。
「おい、お前」
鬼が口答えをした罪人に話かけた。
「よく見てろよ。お前たちの罪の深さはこんなものだ」
鬼はそういうと、口答えをした罪人の向かいに磔にされた二人の罪人の口を大きく開けさせた。そして、両手に持った真っ赤になるほど熱せられたペンチ・・・やっとこというのか・・・で、罪人の舌をそれぞれ挿んで引っ張ったのだ。
「がー、あーあーあーあーあー」
「この舌がいけないんだろ。この舌がペラペラ動いて、お前らはウソをつくんだよな。いったい何人騙したんだ?。いったい何人に大きな罪を犯させたんだ!」
鬼は自分の身体を大きくしながら、二人の罪人の舌を引っ張り上げていった。
「ほう、伸びるもんだなぁ」
それを見ている口答えをした罪人は「うわ、うわ、うわー」と頭を振って叫んでいる。
鬼は舌を引っ張り続けた。やがて「ぶちっ!」という音ともに二人の舌はちぎれた。
「ぐわあーうわーおぉぉぉ」
二人とも大声で叫んでいる。鬼は、
「おっと、まだ死なせないよ」
というと、ペンチを放り投げて、横に置いてあった真っ赤に熱せられた鉄の棒を左右それぞれの手に持つと、二人の口の中にそれを突っ込んだのだった。
「焼いておけば止血ができる。わはははは」
二人の罪人は喉の奥から大きな叫び声・・・音と言ったほうがいいか・・・を絞り出していた。それを見させられていたもうひとりの罪人は、狂ったように叫んでいたのだった。
「おいおい、気絶なんて、そんな情けないことにはならないよな」
鬼が罰を見させられている罪人の耳元でささやいた。
「本番はこれからだぜ。いいか、俺様に口答えした罪は重い。じっくり恐怖を味わうがいい」
鬼はそういうと、「やれ!」と他の鬼に口に鉄の棒を突っ込まれている二人の刑罰を命じたのだった。
「やれやれ・・・。反省のない者の罪は重いなぁ・・・」
夜叉がぼそりとつぶやいたのだった。


口答えをした罪人の目の前で、他の2人の罪人が熱せられた鉄の棒で散々痛めつけられている。二人の罪人たちは、もうそれ以上大きな声は出ないだろうというくらいの大声で叫びとおしだった。
「おいお前、顔をそむけるな。眼を閉じるな。よく見ろよ!」
鬼が口答えをした罪人に怒鳴る。しかし、その罪人は叫び声をあげながら頭を左右に振り、他の2人の刑罰を見ようとしなかった。
「ちっ、そんなに見たくないのか。じゃあ、仕方がねぇな」
鬼はそういうと、口答えをした罪人の頭をつかみ、思いきり熱せられた壁に押し付けた。ものすごい叫び声だ。彼の頭は、溶岩の中に埋もれていくかのように、壁に埋もれてしまった。
「これでもう頭は動かないな。あぁ、でもまだ目が閉じられるな」
鬼は、罪人が眼をとじないように、目の周りの肉を熱せられた鉄の棒で焼いたのだった。
「あぁ、すみません、見てられません・・・」
俺は思わず弱音を吐いた。いや、弱音どころか、仮の肉体でなかったならば、胃の中のものを全部吐いていただろう。胃そのものを吐いたくらいかもしれない。
「むごいだろ。これが地獄だよ。罪を犯せば、その報いは来るんだよ。それを信じないで悪事を働くからこうなるんだ・・・」
夜叉は、ため息まじりにそう言った。そして「人間って、本当に愚かだな」とつぶやいた。
しばらく、二人とも下を向いて無言になってしまった。とてもじゃないが、見ていられない。しかし、考えてみれば、まだこの下の地獄もあるのだ。ということは、もっとひどい刑罰が待っているということである。俺はちょっと憂鬱になってきた。
「どうする?、耐えられるか?」
夜叉が心配そうに俺に聞いてきた。俺は、すぐには答えられなかった。鬼たちは、相変わらず大声をあげて、むごい刑罰を続けていた。

「耐えなきゃ仕方がないですよね。だって、取材を引き受けてしまったんですから」
そういって、俺は顔をあげ夜叉の顔を見た。
「まあな。でも、もう限界だというのなら、それも仕方がないことだ・・・」
夜叉はゆっくり大叫喚地獄を見回しながらそう言った。
「いや、しっかり見ます。地獄の恐ろしさを、しっかりと見ます」
俺はそういうと、罪人たちの刑罰に再び目をむけたのだった。俺を哀れんでいるような顔をした夜叉が、俺の顔を覗き込んできた。そして
「ふん、まあ大丈夫そうだな。じゃあ、しっかり見ておけ」
と言って、ニヤリとしたのだった。

口答えをした罪人は、目を閉じることができなくなり、そのむき出しになった目で他の2人の罪人の刑罰をじっくりと見させられていた。彼は、気絶しそうになると、熱せられた鉄の棒で腹を刺された。そのたびに絶叫したのだった。やがて彼は、「眼が、眼が・・・焼ける、焼ける〜」と叫びだした。
「そうか、眼が焼けるか。じゃあ、もう見えなくなるな。仕方がない、お前に見せるショーはもう終わりだ。次は、お前の番だ」
口答えをした罪人をいたぶっていた鬼がそういうと、他の2人に刑罰を与えていた鬼は、その二人の口を大きくあけた。
「お前らは、言葉巧みに薬を売りつけて多くの不幸な人間を作り出した。その罪は大きい。従って、お前らの口の中に大量に素晴らしい薬を流し込んでやる。ゆっくり味わうがいい」
鬼はそういうと、二人の罪人の口の中にドロドロの液体を流し込んだ。
「いったいどれだけ流し込むんだ?」
俺は思わず口に出していた。なんと、罪人たちのお腹はもうパンパンに膨らんでいるのだ。それでもまだドロドロの薬は流し込まれていた。ついに罪人の身体は、相撲取りの肉襦袢を着込んだ芸人のようになっていた。それでも、まだ薬の流し込みは止まらなかった。身体はどんどん膨れがっていく。もはや、アドバルーンのようだ。
「よし、いいだろう」
鬼がそういうと、他の鬼がパンパンに膨れがあった罪人の身体に真っ赤に焼けた槍を突き刺したのだった。
「パンッ」
という音がしたと思ったとたん、罪人の身体は粉々になっていた。その肉片は、口答えをした罪人の顔の上にも落ちてきたのだった。彼は、ついに気絶した。
「おい、のびてるんじゃんぇ。起きろよ」
鬼に小突かれ、彼は目を覚ました。
「さて、次はお前の番だ。何か言いたいことはあるか?」
鬼が尋ねる。彼は、
「ゆゆゆゆゆ許して・・・・許して・・・・許して・・・ください。わわわわわ私が、私が悪いんです。かかかかか勘弁、勘弁してください。うわー」
泣き叫んで許しを請うたのだった。
「本当に悪いと思っているのか?」
「ほ、本当に・・・わわわ悪いと・・・思っています」
「本当に自分が悪い、そう思ってるんだな?」
「ははははいいいい、ほほほ本当に悪いと・・・はははは反省、反省してます」
「そうか。じゃあ、その証明をして見せろ」
鬼はそういうと、横に置いてあった樽を担いだ。そして
「この樽のな中身を飲み干せ。そしたら、お前の言葉を信じてやる」
「ええええええ、ここここの樽を・・・」
「お前らがよく使う手段だろ、こういうの。わははははは。そら、飲めよ」
鬼はそういうと、男の口に漏斗をさした。そして、その中に樽の中身を流し込んでいった。
「ぶっふあっ!。ぐわー、おぅえー、ぎゃー」
男は足をジタバタさせて叫んでいる。
「はは〜ん、心から反省していないんですね」
俺がそういうと、夜叉が「正解」と言った。叫喚地獄の時と同じである。あの男が本当に反省したのなら、樽の中身は、とてもうまい清水になっていたのだろう。身体の傷もきれいに治り、彼は一つ上の地獄か、それ以上の所へ生まれ変わることができたに違いない。しかし、実際はそうではなかったのだ。彼は、心から反省などしていなかった。口先だけの反省の言葉だったのだ。彼の身体は、樽の薬を飲みながら溶けはじめていた。ジタバタさせていた足も、もうなかった。やがて、巨大な叫び声を残して、すべてきれいに溶けてしまったのだった。まあ、しばらくすれば、元と同じように復活するのだけど・・・。
と思っていたら、もうすでに彼らは元に戻りだしていた。元に戻るスピードが速くなっている。
「そうだ、復元スピードはどんどん速くなっていくんだよ。同時に、瀕死の刑を受けても簡単には死なない。死ににくいようになっているんだ。さらに、痛みは上の地獄の何十倍、何百倍となっている。下の地獄へ行くほど、その傾向は強いんだよ」
夜叉がそう言った。蘇った罪人たちは、再び鬼にいたぶられるのだ。心から反省するまで・・・・。きっと、供養をしてくれるような身内も知り合いもいないのだろう。いい加減な生き方をしてきた報いが今やってきているのだ。たった数十年のいい加減な生き方が、数百年以上の地獄の苦しみを受けることになるのだ。現世にいる人々は、そのことを知ったほうがいいし、信じたほうがいい。俺は強くそう願ったのだった・・・。

「さて、ここもあとは似たようなものだ。次へ行くか?」
夜叉がそういうので、俺は素直にうなずいた。叫喚地獄も大叫喚地獄も、刑罰はそれほど変わりはない。違うのは、刑の苦しさだ。だから叫び声も叫喚地獄の比ではない。だが、それだけだ。そこには、虚しさ以外のなにものもない。
「ま、だんだんそうなるよ。反省を促す鬼、説教をする鬼、というのは、この先は少なくなってくる。刑罰を与える、恐怖を与える・・・そういう鬼たちばかりになる。ま、相変わらず、罪人に接するとき以外はノー天気だけどな」
夜叉は吐き捨てるようにそういうと、
「さて、次の地獄は焦熱地獄だ。ま、あまり変わり映えはしないけどな」
と言って歩きはじめたのだった。

「おや、夜叉殿に聞新どのではないか」
門番の鬼が俺たちに気が付いた。
「なんだ、もう帰るのか?」
「あぁ、もうあのすごい刑罰はしっかり見たんでな。耳も限界だし・・・。次へ行くことにしたよ」
夜叉が空々しくそう答えると
「わははは、そうであろう、そうであろう。あの叫び声は地獄一だからな。他じゃあ聞けない叫び声だ。わははは。さすがの夜叉殿でも、耳が壊れますか?。わははは」
鬼は大喜びだった。夜叉は俺の方を振り返ると、ちょっとヘビっぽいべろをだした。人間がペロっと舌を出すしぐさだ。人間のようにかわいさはない。ちょっと不気味なペロッだった。
「ま、そういうことで、我々は下の焦熱地獄へ行くよ。え〜っと、門を出て左だよな?」
「はいはい、そうです。さすがによくご存知で。あぁ、焦熱地獄では、焼かれないようにご注意してくださいね。なにせ、焦熱地獄ですから。あ、夜叉殿はよくご存知でしたね。あはははは」
馬鹿笑いする鬼を横目に見て、俺たちはそそくさと門を出て道を左に折れた。その途端、また暗闇がやって来る。で、気が付くと・・・。
「暑い、暑いですね」
俺は思わずそう言ってしまった。
「まだ、焦熱地獄の門に入っていないのに暑いですよ。おかしいな、この手形、壊れたのかなぁ」
俺は、あの先輩の祖父の僧正にもらった、弥勒菩薩の力が封印してある手形を取り出した。
「その手形が壊れたんじゃない。この地獄の熱が今までの地獄の熱の数百万倍あるからだ」
「えっ?、じゃあ、この手形ではこれ以上進めないんですか?」
「そんなわけないだろ。仮にも弥勒菩薩様の力を封印した手形だぞ。その手形を両手で挟んで合掌しな。で、暑さへのオートガード・オン、と唱えるんだ」
俺は、夜叉の言う通りに手形を両手で挟んで合掌した。合掌した手は胸の前だ。夜叉は
「うんうん、そうだ、それでいい。そう、両足を肩幅まで開いて・・・。そう、まっすぐ前を見て・・・。なんだ、すごい汗だな。死人の癖に」
「暑いんですよ。早くしてくださいよ。これでいいんですか?。で、あ、呪文ですね・・・。それ、本当に言わなきゃいけないんですか?」
「もちろんだ。お前が唱えるその声に反応して、機能が発動するんだからな」
夜叉が真剣にそういうので、俺は言う通りにした。すなわち
「オートガード・オン!」
と叫んだのだ。その途端・・・。確かに、俺は光に包まれたような気がした。あくまでも気がしただけだが・・・。しかし、あの暑さは感じなくなっていた。
「どうだ?、暑くないだろ?。すごい機能だな、その手形は・・・」
そういう夜叉は、なんだかニヤニヤしている。あ、絶対あのポーズはいらなかったんだ。きっと、手形に「暑さに対応を」と言えば済むことだったに違いない。
「わははは。気が付いたか。もっと派手なポーズも考えたんだがな。ばれちゃ面白くないんでやめたんだ。でも、なかなか良かったぞ、真剣な顔をして『オートガード・オン』だもんな。あははは」
本当にムカつく。人間をからかって何が面白いんだか・・・。

「まあ、それはいいんですけどね、この焦熱地獄っていうのは、どんな奴が落ちてくるんですかッ?」
「まあ、そう怒るなよ。ちょっと地獄のうんざり感がなくなっただろ?。ほんのジョークだよ。すまんすまん。ええっと、この焦熱地獄はな・・・」
と言っているうちに、門に到着した。
「やあ、ようこそ焦熱地獄へ。ここは・・・暑いですよぉ〜。油断していると、夜叉殿でも、焼けてしまいますから注意してくださいね」
鬼がニコニコしながら門から飛び出てきた。
「ちょうどよかった。この聞新殿に、この焦熱地獄に落ちてくる罪人はどんなヤツラか、教えてやってくれ」
夜叉がそういうと、鬼はものすごい笑顔になった。
「えぇ、よろしいとも。私が説明いたしましょう。まずは、これまでの地獄、等活地獄・黒縄地獄・衆合地獄・叫喚地獄・大叫喚地獄で反省が見られなかった者がここに来ます。ま、ここでも反省が見られない場合は、さらに下へ行きますが・・・。つまり、地獄で鬼に逆らった連中が、最初に落とされるのがここ焦熱地獄ですな。こういう連中が最も多いですな。あぁ、鬼どころか仏様に逆らうようなものは、もっと下へ行きますけど・・・。次に、殺人・窃盗・強姦・詐欺・飲酒・薬物・・・これらすべてを行ったものがこの焦熱地獄にきます。つまり、酒を飲んで運転したり他人に迷惑をかけた、あるいは薬物に手を出した、そういた経験があり、なおかつ殺人や強盗、窃盗、万引きをやった。さらに、なおかつ痴漢や強姦、あるいは性に乱れ、性に溺れた。さらに人を騙した、ウソをついた、騙して金品を手に入れた・・・。ま、こういう連中ですな。その他には、何度も罪を犯し、何度も警察のお世話になったにも関わらず、反省することなく死ぬまで犯罪を犯し続けた者もここに来ますな。そういう反省なき者の集まる場所ですよ、ここは・・・。だから、刑罰も・・・そりゃひどいもんですよ、いひひひひ」
鬼は、不気味な笑いをしたのだった。
焦熱地獄、そこは反省なき者がやって来る最初の地獄なのである。その苦しみは、大叫喚地獄の十倍。その暑さは、大叫喚地獄の数百万倍である。
「そう、この焦熱地獄の火を・・・そうだな、ローソク一本分くらいの火をここから現世に持っていくとだな・・・」
「もって行くと・・・どうなるんですか?」
「あたり一面、焼け野原だな。つまり、東京の都心なんぞ、この焦熱地獄のほんのちょっとした火で丸焼けになってしまうくらいの猛火なんだよ、この焦熱地獄はな」
夜叉が、そう補足したのだった。そして、
「本当の地獄は、ここからが本番さ」
と言ったのだった。その顔は、いつもと違って少し引き締まっているように見えたのだった。


「本当の地獄はここからが本番」
夜叉が言った言葉の意味は、すぐに理解することができた。その光景はすぐに目の前に現れた。
「あ、あれは・・・あれはいったい・・・・」
「人間の丸焼きさ」
俺は震えながら質問をしたのだが、夜叉の答えはあっさりしたものだった。
「今の日本じゃあ見られないだろうが、昔はさ、獣を串刺しにして火で焼いただろ?。あぁ、今でも魚はやるよな。串刺しにして火であぶる。あれと同じだ。それの人間バージョンだ」
夜叉はどこか投げやりな感じで説明をした。そして、大きなため息をつくと
「愚かな人間どもの串焼きなんだよ」
と暗い声で言ったのだった。
そう・・・。俺の目の前にあるのは、まさに串刺しになった人間の丸焼きだった。その人間は、口からお尻の穴に鉄の棒を刺してあるのだ。両手両足はその鉄の棒に括り付けてある。その人間串刺しが火あぶりにされているのだ。もちろん、生きたままだ。口から鉄の棒が刺さっているため、叫ぶことすらできない。鬼は、二つのY字の支えに、その人間串刺しを乗せて、下から火であぶっている。火の上で鬼は人間の串刺しをグルグル回していた。焼かれている人間は、初めは身体をよじって「んーんー」と声を出して動いていたが、やがて動かなくなった。
「さてさて、上手に焼けたかな?」
鬼はそう言って人間串刺しを火から外し、槍でつつきだした。どうやら焼かれたその人間は、まだ生きているらしい。槍でつつかれるたびにビクンビクンと動いている。
「おや、こりゃあいかん、まだ生焼けじゃないか。もう一回焼くか」
鬼はそういうと、また焼き始めた。
「なんで焼かれるかわかるか?。お前はちーっとも反省しないだろ。悪いことばかりしてきたくせに、何にも反省しない。それどころか、アイツが悪い、コイツが悪い、親が悪い、環境が悪い、俺のせいじゃない・・・と文句ばかり言っていたよな。そういうヤツは、こうやって死ぬまで焼かれるんだ。あははは。でもな、そう簡単には死なないんだよ。髪の毛が燃え、肌が焼かれ、肉が焦げ落ちて骨が見え始めても、それでもまだ死ねないんだ、お前はな。骨が灰になるまで、苦しみ続けるんだよ。しかも、俺様の声もよく聞こえている。さぁ、苦しめ、もっと苦しめ。お前のせいで殺された者、財産を奪われた者、犯された者、騙された者・・・彼らの苦しみをたっぷり味わうがいい。いひひひひ」
鬼は、焼きながら大きな声で焼かれている人間に話しかけていたのだった。
やがて、串刺しの人間は骨だけとなり、その骨もとうとう灰になってしまった。
「ふん、もう終わりか。あっけないのう」
鬼がそう言って立ち上がると、火の中から一人の人間が現れた。
「あ、あ、熱い、熱い」
そいつは、そう叫びながら火から転げ出た。そいつは丸裸だった。
「おっと逃げるんじゃねぇよ」
火から転げ出たところを鬼に捕まった。鬼に腕を取られたその人間・・・ここでの罪人・・・は、あっという間に身動きが取れなくなった。
「おい、お前。ここへ来る前・・・そう現世でだ、いったい何人の人間を殴った?、答えろ!」
鬼は丸裸の罪人の腕を背中で締め上げ、つるし上げる。罪人の足は宙に浮きそうだった。もう少し上にあげれば、腕は折れてしまうだろう。苦痛に罪人は「痛い、痛い、助けて、助けて」と叫び続けている。鬼は、同じ質問を罪人の耳元で叫んだ。
「何人殴ったんだ?」
「ひーひーひー、なななな何人って・・・。ひー、いてぇ、いてぇ、そんなことわからねぇ。たたたたくさんだ。たくさん殴ったぁぁぁぁぁ」
罪人は泣き叫びながら答えた。
「そうか、たくさんか。じゃあ、俺もたくさん殴ってやる」
鬼はそういうと、罪人を放り出すと、今度は片手で罪人の両手を彼の頭上で握り、吊るし上げた。罪人の足は宙に浮いている。そして空いた片手で罪人を殴り始めた。鬼一人で罪人をサンドバッグにしているのだ。
「どこを殴ったんだ?。顔か?、腹か?」
そう言いながら、鬼は罪人を殴っている。しかも、鬼が繰り出すパンチは、通常とは異なっていた。殴るたびに火が飛んでいるのだ。
「鬼の手は、ものすごく熱いんだ。火が出るくらいにな。アニメみたいだろ?」
夜叉が解説をしてくれた。何と、鬼は、漫画やアニメのように炎のパンチを繰り出しているのだ。罪人は、殴られるたびに痛みと熱さを感じるのだ。よく見ると、罪人の顔や身体は焼けただれていた。
「なんだ、のびちまったのかよ。仕方がねぇ」
鬼はそういうと、罪人を地面に放り出した。途端に「ジュー」という肉が焼ける音と匂いと煙が漂った。罪人は、床で焼かれながら失神している。
「さてと、コイツで目を覚まさせるか」
鬼はそういうと焼けて真っ赤になった鉄の棒を持ち出した。そしてそれを
「う〜ん、この位置かな?」
と言いつつ、罪人のお尻の穴・・・肛門に突き刺したのだ。その途端
「ぎゃあーーーーーーーーー」
と言う叫び声が上がった。鬼は鉄の棒をグリグリまわしながら差し込んでいった。時折、「おっと、こっちか」と言いながら、棒の軌道を修正している。その間、罪人は叫びっぱなしだった。
罪人の叫び声がピタッと止まった。と思った瞬間、焼けた鉄の棒が口から突き出したのだった。なんと、罪人を貫いていた鉄の棒は、口からさしてあったのではなく、お尻の穴から刺してあったのだ。
罪人はモゴモゴ言いながら暴れていた。逃げようとしているのだ。それも虚しく、あっという間に両手足が鉄の棒に括り付けられた。鬼は、その罪人の串刺しをひょいと担ぐと、再びY字の支えに掛けたのだ。途端に、下から火が上がり始めた。その火の中、座って罪人の串刺しを回し始めた。
「さてさて、上手に焼けるかな?」
どこかで聞いたことがるような曲を口ずさみながら、鬼は人間串刺しをグルグル回している。そして
「上手に焼けたかな?」
と言って、火から罪人の串刺しを取り出した。槍でつつく。
「おぉ、まだ中の方が焼けていない。生焼けだ。これじゃあ、ダメだな。もう一回焼くか」
鬼は再び罪人の串刺しを焼き始めた。そう、説教しながら焼くのだ・・・。

「これの繰り返しだよ。この罰がここでは最も有名だな。昔はこの串刺しも十連ってことがあったなぁ。つまり、罪人が十人、同時に串刺しになってな、いっぺんに焼かれるんだよ。鬼が二人で両方から担いで、あのY字の支えに乗せるんだ。で、二人で回すんだな。さすがに最近は、この地獄の罪人も少なくなってきたから、一人一人行うようだな」
そう解説されても俺は何とも言いようがなかった。というか、ショックで何と言っていいのかわからなかったのだ。
「相当びっくりしたようだな」
夜叉が優しく言った。
「え?えぇ・・・。ちょっとびっくりしました。なんせ、いきなりでしたから」
それまでの地獄は、門に入ってから少し歩いて、それから刑罰のシーンに出会っていた。ところが、ここは門に入ってほんのちょっと歩いただけで刑罰が行われていたのだ。しかも、今までの地獄は刑罰の場所は塀などで囲まれていたり、小高い丘の上にあったりしたのだが、ここは囲いも無ければ山の上でもない。いきなり目の前でむき出しの状態で刑罰が行われている。
そりゃ、驚きますよ。いきなりですからね。いきなり、あんなグロイモノを見せられてしまったら、しばらく立ち直りませんよ。心の準備すらなかったのですから・・・。
と言いたいところだったのだが、口がパクパクするだけで言葉にはならなかった。
「まあ、ショックだろうな。そう、ここはいきなりだし、むき出しだ。びっくりもするわな。だから、これからが地獄の本番なんだよ。これまでは、地獄と言っても甘いほうだったんだよ。まあ、ちょっと深呼吸でもして、気持ちを整えな」
夜叉は優しくそう言ってくれたのだった。俺は、近くの岩に腰かけて休むことにした。手形の効力なのか、その岩は、熱くはなく温かい程度だった。俺は座って大きなため息をついた。

「いや〜、驚きました。はぁ・・・。びっくりしました」
やっと落ち着きを取り戻した俺は、大きく息を吸い込むんで、溜息まじりにそう言ったのだった。
「いや、ホント、今までの地獄が地獄じゃないみたいです。ここは、鬼も何の抵抗もなく、悲惨な刑罰をしている。何の抵抗もなく、というか、無表情な感じなんですよ。だから、余計に怖いんです。説教している顔も声も、感情がないような・・・。今までの地獄の鬼も、罪人をビビらせたり、脅したり、大声で恫喝したりしましたが、どことなく人間に近いものがあったような感じがするんですよ。それに、反省を促す説教も、どことなく温かさと言うか、親切と言うか、親心と言うか・・・そんなものを感じさせてくれたんですが、ここは・・・。あの鬼の説教は、淡々としているというか、冷たいというか・・・。むしろ、反省しない方がいいみたいな、そのほうが俺たちは楽しいんだよ、と言っているような気がするんですよね。鬼の説教は、ぞーっとする寒気を感じたんですよ。あれは耐えられない・・・」
俺は一気にしゃべった。夜叉はうなずきながら
「これが本当の地獄だ。地獄は甘くないんだよ」
とつぶやいたのだった。そして
「どうする?。他の刑罰も見るか?、それとも先へ進むか?」
と俺に尋ねてきた。俺はしばらく考え込んだが
「他の刑罰って、やっぱりちょっとエグいんですか?」
と反対に質問してみた。
「そうだな、今までの刑罰を思ったら、やっぱりエグいよ。そうだな・・・まあ代表的なのは、さっきの串刺しの刑だろ、それから火の海にの中に放り込まれる、炎で焼けた鉄の巨大ハンマーで叩きつぶされる、炎の矢の的となり矢で撃ち抜かれる・・・。あぁ、ここを脱出するための試験の刑罰が二つあるな・・・」
「ここを出るための試験の刑罰?」
「ここはな、普通の刑罰を耐え抜いても上の地獄へ行けるっていう保証はないんだよ。さっき言ったいろいろな刑罰を受けた後、見込みがありそうなら試験の刑罰に回されるんだ。ほら、等活地獄でもその刑罰をクリアすれば地獄を脱出できるっていう刑罰があっただろ?。あれと似たようなものだ」
「どんな刑罰なんですか?」
俺は俄然興味が出てきた。他の刑罰・・・火の海にの中に放り込まれる、炎で焼けた鉄の巨大ハンマーで叩きつぶされる、炎の矢の的となり矢で撃ち抜かれる・・・なんていう刑罰には興味はそそられないが・・・まあだいたい想像がつくし・・・試験の刑罰は面白そうだ。
「あぁ、その試験の刑罰はな、炎が迫る鬼ごっこと鉄板の上で焼かれる『猫じゃ猫じゃ』だな。罪人が多かった昔は、両方とも行われていたが、今はどうなんだろうな・・・」
夜叉は遠くを見るような眼をして考え込んだ。
「どっちでもいいですから、それを見学に行きましょう」
俺はそう提案したのだった。ただし、どっちでもいいと言ったが、俺としては『猫じゃ猫じゃ』の方が見たかった。もちろん、エグい刑罰であろう。しかし、その刑罰の名前が気になる。何なんだ『猫じゃ猫じゃ』って。ふざけ過ぎだろう。
夜叉はうなずくと、
「まあ、他の刑罰はどんなものか想像もつくし・・・。えっと、ここから近いのは・・・あぁ『猫じゃ猫じゃ』のほうだな」
こうして俺たちは『猫じゃ猫じゃ』の刑罰を見に行くこととなったのだ。

あちこちで叫び声が聞こえる中、俺たちは岩で囲まれたところにやってきた。試験会場だからか、ここは岩に囲まれていた。その囲いの中は炎が踊っていた。
「ほう、まだやっているんだな。試験場だからな、ここは特別だ。確か入り口は・・・こっちだ」
夜叉は岩の囲いに沿って歩きはじめた。
「あったあった。おっと、ちょうどいい。鬼がいた」
その入り口に、今まさに鬼が入ろうとしていたのだ。夜叉はその鬼に声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだが、まだ『猫じゃ猫じゃ』の刑はやっているのか?」
「おぉ、これは夜叉殿。あっ、その後ろは・・・物好き聞新!。いやいやこれはこれは・・・」
鬼は、刑罰を行っているときは無表情なくせして、俺たちに相対するときは、ものすごく愛想がいい。
「もちろんやってるよ。もう少ししたら始まるよ。でもねぇ、最近は参加者が少なくてね・・・。昔は二十人とかいたんだけど・・・」
「今日は何人なんだ?」
「たったの七人さ。つまらないだろ?」
鬼にそう言われ、夜叉は苦笑いしながらうなずいた。
「もうすぐ参加の罪人がこっちにくるよ。あいつらにしてみたら、ホッと一息つける移動タイムだ。あはははは」
確かに、刑罰から刑罰への移動時間は、罪人にとっては最も平穏な時間だろう。しかし、普通はそんな時間は与えられない。あっという間に次の刑罰に移ってしまっている。しかし、試験の刑罰は別なのかもしれない。試験刑罰の会場まで、罪人は少し猶予の時間を与えられるようだ。
「あ、来たよ、ほら」
鬼が指さした方から、7人の罪人が炎で燃えたロープで縛られ、炎のムチで殴られながらこっちに向かって歩いてきている。すべての罪人が丸裸だった。みんな足を引きずるようにしている。ムチで殴られているせいか、身体に蚯蚓腫れができている。血を流している罪人もいる。とてもホッと一息つける時間などではないとは思うが、刑罰中に比べればまだマシであろう。よたよたしながらも、罪人たちはこっちに向かって歩いていた。
「さぁ、見学席へ入ってください」
鬼にそう言われ、俺たちは岩の囲いにある入り口から中に入って行った。そして階段を昇ったのだった。登った先には椅子が並んでいた。
「さて、まあ座って待っていようか」
夜叉がそういうので、俺たちは椅子に座って刑罰が始まるのを待つことにしたのだった。

つづく。

バックナンバー5へ   表紙へ