あの世の旅

第2部 六道輪廻編

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「う、うじ虫?・・・今のでかいうじ虫ですよね」
汚水の中から浮かんできた白いうじ虫は、すぐに汚水の中へ消えてしまった。
「今の確かに・・・うじ虫みたいでしたが・・・。いやでも・・・大きな牙というか、歯というか・・・そんなのが付いていませんでしたか?」
「ついていたよ。まあ、あれはうじ虫だよ。といっても、成長してハエになるわけじゃないけどね」
夜叉は、なんでもなかったかのようにそう言った。
「この汚水の中には、今見たような虫がうようよいるんだ。大きさは様々だ。さっきのような大きなものもいるし、親指サイズ位のもいる。ただ、そいつらは、みんな鋭い牙を持っている。一度食らいついたら絶対に離さないという牙を持っているんだ」
夜叉が話をしていると、また汚水の中からうじ虫が姿を見せた。今度は、人間の胴体をその牙で咥えていた。そして、その巨大なうじ虫は、咥えている人間を左右に振り回した後、大きく後ろにのけぞった。咥えている人間をバックドロップのような感じで汚水にたたきつけたのだ。よく見ると、咥えられている人間は丸裸で、その身体には無数の小さなうじ虫が噛みついていた。
うじ虫は、バックドロップをしたまま汚水の中に潜った。次の瞬間、汚水の中からまっすぐ上にうじ虫がジャンプをした。そして、咥えていた人間をあっという間に飲み込んだのだった。うじ虫は、何事もなかったかのように汚水の中へ消えていった。
「今、あの大きなうじ虫に人が食われましたよね」
「あぁ、食われたな」
「食われた人・・・罪人なのでしょうけど・・・、身体中に無数の小さなうじ虫がくっついてましたよね」
「あぁ、ついていたな」
夜叉はシレっとした顔でそう言った。
「っていうか、そりゃ、夜叉さんは知っているからいいですけど、ちゃんと俺にもわかるように教えてくださいよ」
俺がそういうと、夜叉はにやりと笑って「仕方がないな」と言ってから、話し始めたのだった。
「この汚水の中には、あの大きなうじ虫と小さなうじ虫がいる。そいつらは、この汚水の中に放り込まれた罪人の身体に食らいつくんだ。
罪人がこの汚水に放り込まれると、まず小さなうじ虫が一斉に罪人に噛みつく。こいつらは、罪人の皮膚を食いちぎり、身体の中へと食い込んでいく。これは激痛だな。身体の至るところでトンネル掘りが始まるんだ。目の玉に食らいつかれたら大変だぜ。もちろん、丸裸だから性器にも食らいつかれる。ケツの穴の中にも入ってくるんだよ。しかも、汚水が傷口をジュージュー焼くんだな。当然、口からも汚水は入ってくる。汚水というが、あらゆる生命の汚物だぜ。そんなのが、口からや傷口から入ってくるんだ。罪人は激痛に叫びたくても叫ぶことはできない。なぜなら、口の中から喉には、汚物が詰まってしまっているからだ。罪人は、食われながらも再生するから、そこからまた新しいうじ虫が食いついてくる。食われても食われても罪人は死なない。うじ虫は次から次へと新しいエサが与えれらるから、喜んで食いまくっている。おまけにクソまでする。汚水は減らないうえに、ますます腐ってくる。
小さなうじ虫が三回ほど罪人を食い漁ったころ、汚水の底で眠っていた大きなうじ虫が目を覚ますんだな。そいつは、罪人の胴体に食らいつくと、まずは罪人の血液と水分を吸い取る。いくら吸っても補充されるから、罪人は死なない。血液と水分を吸いあきたら、大きなうじ虫は罪人を咥えたまま振り回し、最後は空中で罪人を飲み込む。お前さんが見たのはこのシーンだ。
その後罪人はどうなるかというと、うじ虫の腹の中で溶かされるんだ。消化されるんだな。しかし、胃で消化されても死んではいない。罪人はうじ虫の腸の中を流れながら再生するんだ。で、うじ虫のクソと一緒に汚水の中へ放り出される。完全にクソ扱いだな。汚水に放り出された罪人は、すぐに小さなうじ虫に食われるんだ。このループが延々と続くのが、ここ糞尿地獄(ふんにょうじごく)だ」
夜叉は、吐き捨てるようにそう言った。
「糞尿地獄・・・」
「あぁ、そうだ。屎糞所地獄(しふんじょじごく)ともいう。ま、クソまみれの地獄ってことだな」

夜叉が話しているうちに、また大きなうじ虫が罪人を咥えて汚水の上に出てきた。
「あっ、あの男は・・・」
「あぁ、あれは等活地獄の血の池にいたやつだな。思った通り、ここまで落ちていたか・・・」
うじ虫に食われた男は、血の池地獄で阿弥陀如来の諭しにより、協力し合おうと言っていた罪人たちを出し抜き、一人だけ救われようとした長身の男だったのだ。ほかの罪人たちを裏切り、阿弥陀如来の教えに逆らった罪で、ネジのように身体をひねられ、地面にめり込んで消えていった男である。そういえば、夜叉はあの時、「あんな男は、地獄の底の一番深いところへ落ちていったに違いない」
と言っていたが、まさにその通りだった。
「馬鹿な奴だ。あの時、阿弥陀如来様の言葉をよく理解し、みんなと協力していたら、今頃はうまくいけば畜生道くらいには這い上がれたものを・・・。あんな裏切りをするから、地獄でも最低の刑罰である糞尿地獄に落ちるんだよ。救われないな、あの男は・・・」
夜叉が話している間に、また罪人を咥えたうじ虫が浮かんできた。その罪人は、女だった。しかもその女は丸坊主であった。
「おっと、あれは尼僧さんだな。あぁ、あれが例の尼僧か・・・」
その女の罪人を見て夜叉がそう言った。
「尼僧って・・・尼さんのことですよね。あの女の罪人、尼さんなんですか?。いったい何をやってここに落ちたんですか?」
「俺も直接は知らない。聞いた話だが、一時こっちの世界で話題になっていたんだよな。とんでもない尼僧がやってきたって。きっとその尼僧は、最低の地獄に行くだろうって噂だったんだが、その通りだったな」
「とんでもない尼僧って・・・いったい何をやったんですか、あの人は」
その尼僧は、どちらかと言えば美人な方であろう。しかも、豊満な肉体をしていた。ただし今は、その豊満な肉体に無数の小さなうじ虫がへばりついている。しかも、大きなうじ虫に振り回され、飲み込まれようとしていた。
「あぁあ、飲み込まれた・・・。うん、あの尼僧はな・・・」
夜叉は、しかめっ面をしながら、話し始めたのだった。

「あの尼僧はな、尼僧になる前はホステスだったそうだ。で、そこで客を取っていたんだな。その意味は分かるよな?。そう、いわゆる枕営業をしていたんだ。店は身内がやっていた小さなスナックだったらしい。あの女、その枕営業が嫌になって、ある寺に逃げ込んだんだ。そこの住職は、最近には珍しい真面目ないい住職だった。逃げ込んできた若い娘を救うため、自分の弟子にして、本山に預けて尼僧にしたんだ。その女は、一年間の厳しい修行を経て、無事に尼僧になった。が、結局、元のホステスに戻ってしまった。
それから数年後、その女、また師僧の寺へ逃げ込んできた。『今度こそは、尼僧として修行に励みます』とか言ってな。しかし、それも三年ほど続いただけで、また寺を飛び出し、行方不明となった。住職は、その尼僧が問題を起こしているわけではないからと言って、その女が戻ってくるのを待っていたんだな。ところが、その尼僧は戻ってくるどころか、寺の檀家に住職さんの悪口を言いふらし始めたんだ。スケベ住職だとか、私を犯そうとしたとか、檀家の金を使い込んでいるとか・・・。それは全部嘘で、本当はその女が住職を誘惑しようとしてフラれたから、その腹いせに噂を流していたんだな。ひどいだろ?。さすがに温厚な住職もこれではいけないと思い、その女を破門にしようとした。破門にされれば、もう尼僧ではなくなるし、その宗派内の寺院に通達が出る。そこであの女は考えた。事情を知らないようなド田舎の寺の住職をたぶらかして弟子にしてもらおうとな。見事、あの女は初めの住職の弟子からど田舎の寺の住職の弟子に乗り換えた。色仕掛けでド田舎の住職を騙したんだな。それ以来、あの女はド田舎の寺におさまって、真昼間からそこの住職といちゃついていたわけだ。その住職は結婚をしていたから、不倫関係だ。しかも寺内で真昼間から不倫をしていたんだ。最低だろ?
が、バチが当たったんだな。その寺、火事になった。焼け跡から、裸で抱き合っている住職と尼僧の遺体が見つかった。ひどい尼僧だ。さすがに、住職の家族も奥さんも、恥ずかしくてその地にはいられなくなった。寺は廃寺。檀家は、よその寺へ移った。
あの女は、寺を一つ潰したんだな。ま、あんな女の誘惑に負ける住職も住職だが・・・。その罪で、二人仲良く糞尿地獄だよ」
「じゃあ、相手の住職もこの中に?」
「当然だ。そのうちうじ虫に咥えられて出てくるだろ」
と夜叉が言った矢先だった。うじ虫が坊主頭のオッサン・・・年は60過ぎに見えたが・・・を咥えて汚水の中から現れた。
「二人仲良く地獄で糞尿にまみれていいことじゃないか。ふん、愚かな連中だよ、まったく」
夜叉は破吐き捨てるようにそういうと、
「この地獄に来る奴は、大半が坊主か尼僧だ」
「ぼ、坊さんですか?。この最もひどい地獄に落ちてくる人間が?」
俺は驚いた。坊さんならば、地獄に来るものではないと思っていたからだ。確かに、世の中にはろくでもない坊主もいるだろう。葬式ばかりして金儲けにしか興味のない坊さんとか、寄付金で最高級車を乗り回している坊さんとか、飲み歩いている坊さんとか、話はよく聞く。しかし、それでも一応坊さんだ。教えも説けば、悩んでいる人に道も説く。尊敬もされよう。そんな坊さんが、このクソまみれの地獄に来るなんて・・・。俺は、信じられなかった。
「あぁ、もっともクソまみれになる坊主は、さっき言ったような坊主や尼僧くらいのものだけどな。あぁ、あと、殺人を犯してしまった坊主とか、金まみれの坊主とかもくるな。ちなみに、あいつもここだぜ。夜唐道交(よるからどうこう)も」
あぁ、あの男ならここに来るのも納得できる。自分を仏陀だと偽り、テロを起こした人物だ。クソまみれの地獄に落ちて当然だ。
「まあ、夜唐道交は当然でしょう。しかし、坊さんっていうのは・・・」
「あのな、仕方がないぞ、坊主っていうのは、出家するときに250の戒律を受けている。尼僧は350だ。そのほとんどを守っていない。まあ、時代が時代だから仕方がない部分はあるが、目こぼしできないことだってある。特に、さっきのような、坊主と尼僧は、その最たる例だろう。昼間から寺の中で不倫していたんだぜ。クソにまみれても仕方がないな」
「まあ、確かにそうですけどね。僧侶でありながらそんなことをすればねぇ・・・」
「いずれにせよ、このクソまみれの地獄にやってくるのは、僧侶でありながら、深い罪を犯したもの・・・殺人や盗み、寺内での不倫、金まみれ・・・そうした連中が来るんだ。それと、あの血の池地獄から落ちたやつのように、地獄内で仏様の教えに従わなかったもの、仏教や真面目な僧侶を誹謗中傷し、寺院や仏像などを壊したもの、寺院を放火したもの、だな。あぁ、織田信長が焼き殺した坊主たちも、いったんここに落ちてきた。ま、比叡山内で酒池肉林を貪ってきた連中だ。当然だな」
「今はいないんですか、その坊さんたちは」
「あぁ、もう抜け出ることができたよ。一応、坊主だからな。自分の罪の深さはすぐに理解できるさ」
あぁ、なるほど、そうか。坊さんだけに、罪の深さは理解しやすいのだ。普段、檀家や信者に説いている内容なのだ。それを自分が犯してしまったのだから、そりゃ罪の深さには気が付くだろう。きっと「自分は特別、坊さんは別」と思い込んでいたのだろうが、実際に地獄に落とされれば、そりゃ気が付くものだ。
「そう、坊主ってのは、なぜか『自分たちは特別』と思い込んでいる節があるんだよ。そんなことはないのにな。同じ人間なんだからな。一般人にとって罪なことは、坊主にとっても罪なんだよ。そんなこと当然じゃないか。でも、坊主は、どうもそれを勘違いしているらしい。だから、意外と坊主は地獄へ来やすいんだよ。戒律違反も多々あるしな。でも、まあ、脱出も早いけどな」

なんだかよくわからなかったが、そんなものらしい。まあ、確かに金まみれの坊さんは多い。檀家の寄付金で本堂を建てる・修繕するならわかるけど、自宅を建てる・修繕する、高級車を乗り回す・・・というのはどうかと思う。まあ、檀家さんの恨みも買うし、地獄もアリかな、とも思う。あぁ、そういえば、先輩も『坊さんは、死ねばほとんど地獄だな。俺なんか真っ先だぜ』と笑って言っていたが、あれは本当だったんだ。だけど、先輩は金まみれでも深い罪を犯しているわけではない。なのになぜ地獄なのか・・・。
「まあ、疑問に思って当然だな。だけど、次を見ればすぐに理解できるさ」
「次ですか?。えっ?、この糞尿地獄が最悪の場所なんじゃないんですか?」
「あぁ、ここが最悪の地獄さ。これ以上の刑罰はない。だけど、特別な地獄っていうものもあるんだよ。いわばVIPルームだ」
「ヴィ、VIPルーム?」
俺の声は裏返っていた。


「そう、VIPルームだ」
夜叉は真顔でそう言った。
「まあ、特別室だな。だからVIPルーム。見ればわかるよ。こっちだ」
夜叉はそういいながら、どんどん歩いていく。ほかの刑罰のところへ行くよりも歩調が軽やかだった。ということは、そんなにひどい刑罰を行うところではないのか・・・。まあ、VIPルームというくらいだから、そこに落ちてきた罪人は、ほかの地獄よりも待遇がいいのだろう・・・。いやいや、地獄だぞ。待遇がいいってなんだ?。そんなことはないだろう。地獄はあくまでも地獄だ。待遇のいい地獄なんてあり得ない。いや、あっちゃいけないだろう。あっ、もしかすると、地獄の沙汰も金次第っていうあれか?。あっ、じゃあ、あの強欲爺さんもひょっとしてそこにっているのか?・・・俺はそんなことを考えながら、夜叉の後をついていった。
景色は相変わらずの地獄である。空はほぼ黒く、ときおり噴火のような炎が見え、それで周囲を明るくしている。地面は鋭い突起が出ている石でできている。生身の人間ならば、足の裏は血だらけだ。俺は、死人でよかった・・・などと今更ながらにホッとしていた。
「あそこだ」
夜叉が立ち止まって指をさした方向には、炎の槍でできたフェンスが張り巡らされていた。

先端が炎で燃えている槍が何本も地面に立っていた。その槍を有刺鉄線のようなツタが左右にからんでいる。槍の高さはそれほど高くはなく、2メートルくらいだろうか。そのフェンスに沿って、夜叉と俺は歩いていた。フェンスの中には、建物は立っていない。ただの広場のようだ。
「この囲いは、ずーっと続いているんだ。この囲いから向こうは、特別室だ。一般の地獄の罪人は入れない。この囲いは中のものが逃げ出さないようにというためじゃない。こっちの地獄と特別室を分けるためだけに造られている。本当にただの囲いだ。さて、門が見えてきたな。その門から中に入るぞ」
夜叉はそういうと、門の前に立ち止まり、姿勢を正した。そして
「〇*◇△・@◎×・・・・」
と何か唱えた。
「よし、入れるぞ」
俺は夜叉に続き門の中に入る。
「さっきのは、門に入るための呪文ですか?」
俺は夜叉に尋ねた。
「うん?。あぁ、そうだ。まあ、パスワードだな」
なるほど、パスワードね。こういうところに来ると、どうも古めかしい言い方をしてしまう自分がおかしかった。そう、呪文なんて言わなくていいのだ。パスワードなのだ。もしくは、開錠のための暗証番号とか、そういえばいいのだ。呪文・・・などと言った自分がちょっと恥ずかしかった。

中はただの広場である。先のほうに屋根のある休憩所のような建物が見えていた。
「あれは休憩所ですか?。でも誰もいないですねぇ・・・。ここがVIPルームなんですか?」
「あぁ、そうだ。う〜ん、今は誰もいないのかな?。いや、そんなことはないと思うが・・・」
夜叉は立ち止まって、遠くに見える休憩所のような建物を見ていた。
「あぁ、もうすぐ始まるな。間に合ったようだ」
夜叉が見ている休憩所のような建物を俺も見てみた。よく見てみると、何かが動いているようだった。休憩所のような建物の中で、何かが湧き出ているような感じだ。何かが、うにょうにょ動いているように見えた。
「さて、あいつらに俺たちの姿を見せるわけにはいかないから、ここからは俺たちは姿を消すことにする」
「姿を消す?。そ、そんなことができるんですか?」
「できるだろ、お前は死人だし。俺は夜叉だ。死人はもともと姿は見えないものだし、俺は神通力が使える。だから、姿だって消せる」
「でも、どうやって・・・。今まで姿を消すなんて・・・そんなことをしたことはないですよ」
「あぁ、わかっている。まあ、まかせておけ」
そういうと夜叉は、両手を合わせて何かを唱え始めた。それは、おそらく印と真言だろう。よく先輩がやっていた。手で印を組み、真言を唱える。すると不思議な力が働くのだ。もっとも、誰でもできる技ではない。それなりの修行が必要である・・・のだそうだ。これが密教なのだ、とよく先輩が言っていた。今、夜叉はそれをやっているようだ。
などと考えていると、ふと夜叉の姿が消えた。
「あっ、あれ、あれ、どこに行ったんですか?」
「何を言っているんだ。消えたんだよ。姿を消したの。ちなみに、お前の姿も消えているよ」
「えっ?、そうなんですか?。えっと・・・あっ、自分の手が見えない、足もだ。いやいやいやいや・・・身体には触れられるのに、身体が見えなくなっている。す、すごい・・・これはすごい」
「すごいだろ?。俺はこんなこともできるんだよ。あっはっはっは」
確かに我々の姿は消えたようだ。いわゆる透明人間である。男子ならば、一度はなりたかった透明人間である。
「あぁ、言っておくがな、大きな声は出すな。会話はすべてインカムを通じて行うからな。びっくりして大きな声を出すなよ。このVIPルームにいる奴の中には、勘の鋭いものもいる。俺たちの存在に気付くやつもいるかもしれないからな。まあ、気付かれても問題はないが、何かと面倒だ。だから、大声は出さないように注意しろ。いいな、油断するなよ。それとな、今の状態じゃあ、お前は俺の姿は見えないはずだ。ちなみに俺はお前の姿は見えているけどな。だから、お前にも俺の姿を見えるようにしてやる」
夜叉はそういうと、俺の頭を掴んだ。じんわりと温かいものが俺の身体に流れたような感じがした。それが足の先まで達した時、俺の目の前に夜叉が立っていた。
「あ、見えました」
「そうか、でも俺たちは、透明になっている。ほかの者には見えない。だから・・・」
「大声は出すな、他人に話しかけるな・・・ですね」
「そうだ。あぁ、ただし、鬼は別だ。鬼には俺たちは見える。しかし、話しかけないほうがいい。向こうから話しかけたら答えるのは構わないがな。何もないところから声だけが聞こえたら変だからな。ましてや、罪人に聞かれるのもよくないしな」
「了解です、隊長!」
俺は、ふざけてそう言った。

透明人間になったからと言って、あの建物まで飛んでいけるわけではない。夜叉は神通力が使えるから飛んでいけるのだろうが、俺は死人である。瞬間移動は無理だ。なので、透明人間になっても、行動は同じである。我々は建物に向かって歩き続けた。
さすがにVIPルームだけあって、地面は平坦である。鋭い突起が突き出た石など一つもない。普通の黄色っぽい土の地面である。触ってみたが、熱くはなかった。冷たくもない。温かい程度だ。そういえば、囲いの中に入ってからは、あの糞尿地獄のような匂いもしないし、灼熱の熱さも感じない。俺はそっと弥勒菩薩の手形を見てみた。もっとも、手形を見てもそこに状態変化への対応が書いてあるわけではない。しかし、おそらくは、ここは異常な状態の土地ではないのだろう。ひょっとしたら、現実世界と変わらないのではないか・・・。
「いいところに気が付いたな」
耳に刺したイヤホーンから夜叉の声が流れてきた。
「ここは、熱くもなく寒くもない。四季もない。まあ、ここにずーっと誰かが住んでいるというわけではないから、環境は関係ないんだけどな。ここはな、一時的に滞在する場所なんだよ。永住する場所ではないんだ。ま、見てみりゃわかるよ。さて、ここに座るか」
夜叉はそう言うと、地面に腰を下ろしたのだった。俺もその横に座った。
目の前には、あの休憩所のような建物がある。屋根があるその建物は、屋根しかなかった。柱が立っていて、その上に屋根が乗っかっている、ただそれだけだ。ほかは何もない。ここは、強い日差しもなければ、雨も降らない。だから屋根は必要ないはずなのに・・・と思っていたら
「まあ、格好つけのためだけだな。どす黒い、どんよりした空を見なくてもいいから、程度の理由だよ」
と夜叉が教えてくれた。
遠くから見た時、ゴニョゴニョとうごめいていたのは、鬼たちだった。鬼たちが集まっていたのだ。数えてみたら10人いた。
「そろったか?。うん、じゃあ、罪人を呼ぼうか。今回は、珍しく透明のギャラリーがいるようだが、気にしないで進めていく」
鬼はそういうと、俺たちの方を見てニヤッとした。もう気付かれていたのだ。隣を見ると、夜叉もニヤニヤしていた。
鬼が、建物の真ん中あたりの地面に手をかけた。何かを引っ張り上げる。それは、ドアのようだった。地面にドアが付いていたのだ。そこから罪人と言われた者たちが、ぞろぞろと這い出してきた。よく見ると、それは坊さんだった。

地面から出てきた者たちは、全員僧侶だ。坊主である。なぜそれがわかるかと言えば、誰もかれもが、僧侶の姿をしていたのだ。お坊さんの衣を着ているのだ。髪の毛があるお坊さんもいたが、大半が坊主頭である。
なるほど、ここはお坊さんに罰を与えるところなのか。そういえば、糞尿地獄の時、夜叉は「坊さんは地獄にやってくるものだ」と言っていた。ここがその場所なのだ。とんでもない罪を犯したのなら糞尿地獄のような地獄に落ちるのだろうが、そうではない坊さんは、ここに来るのだ。一応、お坊さんだから、特別扱いなのである。なるほど、VIPルームだ。
隣で夜叉がにこにこしながら頷いている。俺の思考を読み取ったのだろう。ということは、俺の考えは間違ってはいないということだ。
「さて、全員そろったか・・・。いち、にー、さん、しー・・・うん、全員いるな。よし、では始めるぞ」
地面から出てきたお坊さんは、全部で15人いた。全員、地面に正座させられている。みんな、「なぜ自分がここにいるのか?」というような顔をして、キョロキョロ周囲を見回していた。いや、一人だけ、口を真一文字に結び、目を閉じている坊さんがいる。そのお坊さんは、しっかりとした姿をしていた。
「あっ、あのお坊さん、ここに来たんだ」
俺は思わず小声でつぶやいた。
「知り合いか?」
「こっちの裁判で見かけたお坊さんですよ。確か・・・釋宗真、とかいったかな」
「あの髪の毛のある坊さんだな」
そうだ、あの人は浄土真宗のお坊さんだった人だ。結構、裁判官に説教されていたが、あまり響いていないようだった。田舎の、葬式しか知らない、人畜無害のというお坊さんだった。
「地獄へ行くよ、と裁判官からも言われていたんですが・・・、なるほど、ここへ来るのか・・・」
「ここへきて終わりじゃない。これからが本番だ」
夜叉の顔が、ちょっと引き締まったようだった。

「さて、坊主ども。なぜ、お前らがここに来たか、わかるか。あぁ、ちなみにここは地獄の一部だ。地獄の中の特別室である。坊主はな、死ぬとほぼ全員、ここに集められるんだ。ここから、お前らの罪に応じて、裁きを決めるんだ」
鬼は、お坊さんたちを見渡しながらそう言った。
「さて、なぜお前らはここに来たのか?。さぁ、答えてみろ」
鬼は、順番に答えさせた。しかし、どの坊さんも「えっ、あぁ、う〜ん」と唸って首を傾けるばかりである。鬼は「全く、クソ坊主どもが、次!」と怒鳴っている。鬼は、あの姿が立派なお坊さんの前に来た。
「うん?、なんで汝がここにいる?。何かの間違いでは?」
鬼が急にうろたえ始めた。ほかの鬼とも話している。すると、そのお坊さん、
「いや、驚かんでよろしい。わしは、望んでここに来たのじゃ。地獄を見たかったのでな。ついでに、さっきの答えを言おうか?」
と、何とも落ち着いた口調で言ったのだった。鬼は慌てまくっていた。
「あ、いや、お答えはご存知でしょう。ならば結構です」
焦った鬼の姿が妙に面白かった。
「そうですか。最後まで尋ねて、誰も答えられないようでしたら、わしが答えてもいいですが・・・まあ、あなたたちの立場もあるから、遠慮しますか。はっはっは」
そのお坊さんは、軽やかに笑ったのだった。
「ほう、珍しいな。あんなお坊さんがここに来るとは・・・」
「あのお坊さん、大した人ですよね」
「うん、本来ならば、天界・・・それも兜率天あたりに行っているような坊さんだ。あ、どうやら俺たちに気付いたみたいだぞ」
夜叉がそう言ったとき、そのお坊さんは、俺たちの方を見て、にっこりと微笑んだのである。そして、また目を閉じてしまった。
「ふむ、大した人物だ。これは面白そうだ」
夜叉は、そういうとニヤニヤしていた。

結局、最後の坊さんまで行ったが、鬼の質問に答えられる者はいなかった。鬼は、勝ち誇ったように
「なんだ、お前ら、そんなこともわからないのか。坊主のくせに。おい、お前ら。お前ら、死んだら極楽とか仏様のところとかに行けると信じていたんだろ。そうだろ?。バカな奴らだなぁ。そんないいところに行けるわけがないだろ。それほどお前らいいことをしたか?。坊さんとして、修行を重ねたのか?。どうなんだ?」
と大声で言ったのだった。そして、
「おい、そこのジジイ。お前、答えろ。坊主の本分とは何だ?」
鬼が指名したのは、あの人畜無害のお坊さんジイサンの宗真さんだった。宗真さん、下を向いてしまい、モジモジしだした。答えがわからないのである。
「おいおいおい、お前坊主なんだろ?。そんなこともわからないのか?。おい、お前、坊主だよな?」
鬼の問いかけに宗真さん、小声で「はい」とだけ答える。
「ならば、答えよ。坊主の本分、真の目的は何だ?」
鬼は鬼の形相で宗真さんに迫ったのだった。


「さぁ、答えろ!」
鬼は宗真さんを追い詰めた。しかし、宗真さん、うつむくばかりである。
「答えられないでしょう、あの人じゃあ」
俺はぼそっとつぶやいた。
「あぁ、お前さん、あの坊主を知っているんだったな」
「知っています。お葬式しかしてこなかったお坊さんですよ。何の疑いもなく、ただただ、親から言われたようにお葬式をし、法事をしてきただけのお坊さんです。そんなお坊さんが、坊主の本分は?と問われてもねぇ・・・」
わかるわけはないのだ。宗真さんだけではないだろう。おそらく多くのお坊さんが答えられないのではないか、と俺はそう思う。ちゃんと答えられるのなら、世の中のお坊さんはもう少しマシのはずだ。
黙りこくっている宗真さんに頭に来たのか、鬼は
「このクソ坊主が!、そんなこともわからんのか!」
と怒鳴りつけた。鬼だけに、その声は大きく響くだけじゃなく、建物も揺れるくらいだった。
ほとんどの坊さんがその声にビビったようだ。みんな真っ青になっている。ただ一人の坊さんを除いては・・・。おや、もう一人、びっくりしたようだが落ち着いて座っている中年の太った坊さんがいた。その中年の太った坊さんが言った。
「そないに脅かさんでもええやないですか。大きな声をださんかて、よう聞こえてますやん」
関西弁である。その太ったお坊さんを見て、立派な姿の御老僧・・・そう呼ぶことにした・・・は、にっこりほほ笑んでいる。しかし、鬼は慌てた。そんなことをいう坊さんなど、今までいなかったのだろう。
「な、なんだと?、今、何を言った!」
と慌てた様子で言った。
「いや、せやから大声ださんかて、聞こえますやん。ここは静かやさかいに」
「う、う、そ、そうか、そうだな。しかしな、こいつが答えられないから・・・」
「そんなん、答えられるわけないでしょ、真宗のお坊さんですよ。あんさん、それ知ってて聞いてるんでしょ?、ホンマ、ショーモナイな」
鬼もたじたじである。
「ほう、面白いな。あんな坊主もいるんだな。これは見ものだ」
夜叉が笑って言った。確かに見ものである。一人を除いてみんな鬼にビビっているかと思っていたら、とんだ伏兵がいたのだ。さて、鬼はどうするのか?。鬼は、何とか威厳を維持しながら、怒りの形相で太った坊さんに問いかけた。
「な、ならば、お前が答えよ。坊主の本分はなんだ?。真の目的は何だ?」
「そんなん決まってますやん。悟ることですがな」
即答である。なるほど、当たり前と言えば当たり前だ。お坊さんは出家者である。出家者は悟りを求めて出家したものである。つまり、お坊さんの真の目的、本文は悟りを得ることであろう。太ったお坊さんはさらに言った。
「あんな、真宗のお坊さんにとっては、極楽浄土に行くことと違いますか?。そのほかの宗派の坊さんは、みんな悟りを得ることが最終目標なんと違いますか?。そんなこと、当たり前のことでっしゃろ。そんなことに答えられへんって・・・そんな坊主は、坊主辞めた方がええんちゃいますのん。けけけけけ」
鬼が言いたいことまで言われてしまったようだ。鬼は、あっけにとられ言葉が出ないようである。今までビビっていた坊さんたちも、太ったお坊さんの言葉にムッとしたようだったが、どこか安堵の様子だ。たじたじの鬼を見て、安心しているのだろう。さて、どうするのか、鬼たちは・・・。

「ふむ、汝、なかなかできるようだな。よくわかった。しかしな、汝も言ったように、そんなこともわからない坊主もいるんだよ。そんなことに答えらない坊主もいるんだな。そう、たとえばお前だ!」
鬼は、ひげを生やしたお坊さんを指さした。そして、
「あの太っちょの坊主が言ったことは正しい。しかし、それでは100点満点ではない。足りない部分がある。それに答えよ!」
と命じたのである。鬼の立場を何とか取り戻したようだ。
指名されたひげの坊さん、即答はできなかった。もじもじしているだけである。
「さあ、さあ、答えよ!。あの太っちょの坊主の足りない部分を答えよ!」
「あのさぁ、ふとっちょの坊主はないんとちゃいますか?。ちょっと失礼ちゃいますぅ?」
あちこちで失笑が起きた。みなクスクス笑っている。
「う、うるさい!。お前は、太っちょ坊主と決まったんだ。それでいいのだ。ここではそう呼ぶことにしたのだ。鬼の我らに逆らうな!」
鬼は大きな声で怒鳴りつけた。建物がそれに応じて振動している。太っちょ坊さんは、「怒鳴りゃあいいってもんちゃうがな」などとブツブツ言っていた。あの立派な御老僧は、ずーっと楽しそうにニヤニヤしていたのだった。鬼は、相当焦っているのか、はぁはぁと息が荒くなっていた。
「いいか、太っちょ坊主、お前はもうしゃべらんでいい。こっちが聞くまで黙っておれ。わかったな」
「へいへい、そうしまっさ」
ふざけた答え方に「くっそ、なめやがって・・・」と鬼が小声で愚痴ったのを俺は聞き逃さなかった。どうやら、ずいぶん鬼のペースがかき乱されているようだ。鬼たちは、いったん全員集まった。何か協議をしているらしい。一人の鬼がうなずいて、その場を離れていった。それで鬼たちは落ち着いたようだった。

「こんなことは滅多にないな。今回は、大当たりだ。いい時に見学できた。鬼も俺たちが見学をしていることを知っているから、相当焦っているだろうな。今のところ、鬼はいいところを俺たちに見せていないからな。これからの展開が楽しみだ」
夜叉もずーっと楽しそうにニヤニヤしっぱなしである。
「普段は、どんな感じなんですか?」
「いつもはな、ああやって鬼が質問するだろ、ほとんどの坊主がそれに答えられないんだな。たまに、まあ満点とは言わないが、答えることができる坊主もいるがな、少数派だな。で、鬼が説教をするんだ。それでも坊主か!、出家者か!ってな。いったい今まで何をしてきたんだ!ってな」
ちょうどその時である。鬼の怒鳴り声が響いた。
「そんなことも答えられないのか!、それでも坊主か!、出家者か!」
夜叉の言ったとおりである。ということは、鬼はいつものペースを取り戻したのだろう。
鬼は、そこにいたお坊さん全員に質問した。ただし、立派な御老僧と太っちょ坊主を除いて・・・。
しかし、どのお坊さんも鬼の「太っちょ坊主の答えの不足の部分は何だ」という問いに答えれらなかった。
「おいおいおい、お前らそれでも坊主か!。ホントひどいな。お釈迦様も嘆き悲しまれるぞ、こんな連中が出家者だというのだからな」
鬼は勝ち誇ったように罵声を浴びせる。
「おい、お前ら、今まで坊主として何をしてきたんだ?。いったい何をしてきたのだ!。一人ひとり順に答えろ!。まずはお前だ」
お前だ、と言われたの宗真さんである。
「は、はい、私がしてきたことは・・・、その檀家さんの葬式と法事です。あとは、寺を維持すること・・・です。それだけです」
そりゃそうである。他にやることはないだろう。いや、ほとんどのお坊さんが、葬式と法事をしていただけではないだろうか。たまに、宗派のために役職を引き受けたり、地域のためにいろいろな活動をしていたお坊さんもいることだろう。講演や説教や法話などを積極的に行っているお坊さんもいると思う。しかし、そうした活動的なお坊さんは少数派ではないだろうか。多くのお坊さんが「葬式と法事」を行ってきたと答えるのではないだろうか。

俺が思った通り、ほぼ全員が「葬式と法事」と答えたのだった。中には、葬式と法事に加えて、「御祈祷をした」、「御祈願をした」、「説教師として全国を旅した」、「地域のボランティア活動に協力した」と答えたお坊さんもいた。そういう答えをできたお坊さんは、まだマシであろう。そうそう、あの立派な御老僧と太っちょ坊さんは、答えなくていい、と鬼から言われてしまった。二人とも相当嫌われてしまったようである。
「おい、お前ら。お前らは、何か大事なことを忘れてはいないか?。僧侶としての活動で、大事なことを忘れているだろう。さぁ、それを思い出せ。それを思い出せば、お前ら坊主の本分の答えがわかるはずだ!」
鬼は大きな声を出して問いかけたが、どこか諭しているようでもある。

「ほう、鬼はやり方を変えたようだな。手強い二人の僧侶がいたから、方針転換だな。優しく対応してきている」
「そうなんですか?、じゃあいつもはもっときつく責めるんですか?」
「あぁ、そうだ。いつもなら、ここで葬式と法事の意味を聞くんだ。葬式とは何だ、何のためにやるのか、法事とは何だ、なぜやるのか・・・」
「そんなことお坊さんなら簡単に答えられるんじゃないですか?」
「と思うだろ。それがな、そう簡単に答えれらないんだよ。多くのお坊さんが口ごもるんだな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それって、お坊さんが葬式の意味を知らないってことになりますよね」
「そういうことだな」
「それってまずいじゃないですか。意味も分からず葬式をやっているってことになりますよ」
「うん、まずいよな、それは・・・。あのな、多くのお坊さんは、葬式は死者への儀式だと思ってやっているんだ」
「えっ、それで正しいんじゃないないですか」
「おいおい、儀式には意味があるだろ?。何のための儀式なんだよ」
そうである。儀式を行うには、その意味が必要だ。意味のない儀式はない。問われているのは、葬式という儀式の意味は何だ、ということである。それに対し、「死者への儀式です」では答えになっていない。何のためにその儀式を行うのか、ということを答えなくてはいけないのだ。
「ほとんどのお坊さんが、『人は死んだら葬式を行う、それが古来からの習わしなのだ』としか答えられないのだよ。ちゃんと意味を答えられる坊さんは、極めて少ないんだ」
なんだか、ちょっとショックである。葬式の意味を分からず、ただの儀式としてだけ行っているのだと思うと、とても残念だ。それでは本当に意味がない儀式となってしまう。やる意味がなくなってしまうではないか・・・。そういえば、いつだったか先輩が「死者のことを思って葬式をしないから、単なる儀式としてだけの葬式を行うから、葬式をしても迷ってしまう死者が現れるのだ」と言っていた。なるほど、葬式の意味も知らず、単なる儀式として葬式を行えば、迷える死者が生まれても仕方がないのだろう。やっているほうが無意味でやっているのだから、死者に通じなくても仕方がないのだ。
「だから、最近では、葬式不要論まで生まれている。あれは、遺族の気休めのためにやっていることであり、遺族が葬式は必要ないと思えば、やらなくてもいいものだ、いや、むしろ必要ないだろう・・・とまで言われているんだよ。それに反論できない坊さんも多いんだよなぁ・・・」
夜叉は、「それが現実なんだよな」とさらに続け、遠くを見るような眼をしたのだった。

「思い出したか?。葬式や法事、その他お前らが行っている活動は、何のために行っているのだ?。さぁ、答えろ!」
鬼は、そこにいた坊さんたちに問いかけた。しかし、誰もが無反応である。手をあげる者もない、みんなうつむいてしまっている。
「おいおいおい、こんなに優しく問いかけているのに、まだわからないのか!。おまえら、本当に何をしてきたんだ。本当に坊主か?、出家者か?、どうなんだ!」
いくら鬼が興奮して問いかけても、「さぁ、答えてみろ」と促しても、誰も答えない。いや、答えられないのだ。そんなときに一人のでっぷりした坊さんが答えた。いかにも金持ちのお寺の住職・・・と言った感じの坊さんだった。
「もういいじゃろ、そう責めんでくれ。決まっておるじゃろうが、そんなこと。生活するために葬式したんじゃ。法事もそうじゃ。わしらの生活のためじゃ。それ以外の意味はなかろうに」
その答えに、多くの坊さんがうなずいている。ただ、立派な御老僧は眉をひそめ、太っちょ坊さんは「あ、言ってもうた」とつぶやいたのだった。

「このクソ坊主が!!!!」
今までにない、鬼の怒声が響いた。俺は思わず耳を抑え、建物は音の振動にビリビリ震え、屋根が吹っ飛びそうだった。
一瞬してその場が冷え切ったようになった。鬼が、でっぷりした金満坊主をつかみ、
「お前みたいな坊主がいるから、真面目な坊さんが誤解され、仏教が迷惑をこうむるんだよ!」
と叫びながら突き飛ばしたのだった。


鬼に突き飛ばされた太った金持ちそうな坊主さんは、数メートル転がっていった。残ったお坊さんは、「あっ」と声をあげ、急に小さくなってしまった。その時である。あの立派な御老僧が
「もういいだろ。そう責めなさんな。ここにいるお坊さんの皆さんは、何の疑いもなく・・・いや、少しは抵抗したかもしれんが・・・親の跡を継いでお坊さんになった方々であろう。そういうお坊さんに何を言っても通用はしないんじゃないのかね?。まあ、たまにはしっかりと勉強されている方もいらっしゃるけど、残念ながら、現代のお坊さんはなぁ・・・。鬼さんや、あんた達もわかっているだろうに・・・」
と言ったのだった。そう言われた鬼、きっとそれは予想外のことだったのだろう。何も返事をせず、固まってしまったのだった。
鬼は、しばらくの間、まるで金縛りにかかったかのように立ち尽くしていた。が、やがてお坊さんたちを責めていた鬼が、
「あっ、あの・・・御老僧がおっしゃることはごもっともですが・・・、そのこちらにも手順というものが・・・」
と、もそもそ言い始めた。それを聞いた御老僧
「あぁ、そうだったのか。これは失敬。いやいや、鬼さん達の仕事の邪魔をしたようだな。すまんすまん。以後、口は慎もう。だが、さっきのようにお坊さんを突き飛ばすようなことをしたら、また口を挟みますからな。次は、口だけでは済まないかもしれません。なので、暴力は慎んでくだされ。よろしくな。ほっほっほ・・・」
と笑って言ったのだった。

「いったいあの御老僧は何者なんでしょうかねぇ」
俺は夜叉に聞いてみた。夜叉は
「何者か?。簡単だ、本物の僧侶だ。あそこで縮こまっている坊主どもとは雲泥の差だな。おそらく、あの御老僧が本気を出せば、鬼は消し飛ぶな。それくらいの法力はもっているだろう」
と、ちょっと真剣な眼差しで御老僧を見つめながら言ったのだった。さらに
「お前の先輩の坊さんも大したものだが、あの御老僧はその上を行くなぁ・・・」
と、つぶやいていた。その言葉を聞き、俺は思わず「先輩って、そんなにすごいのか?」などとあらためて思ってしまった。「あの先輩がねぇ・・・」と。
「おいおい、お前の先輩は、結構すごいんだって言っただろう。でも、あの御老僧は、さらにその上を行く。まあ、年齢が年齢だからな。お前の先輩も、いまのまま順調にいけば、あの御老僧のようになるだろうがな」
夜叉は、俺の思考を読んでそう言ったのだった。
「それにしてもすごいぞ、あの御老僧は」
夜叉は再び話し始めた。
「鬼に言った一言で、今後鬼は坊主たちに暴力は振るえなくなった。しつこく責めると、また口を挟まれるかもしれないという釘も刺された。鬼はやりにくくなったな。さて、どうする鬼たちよ。これは見ものだ。むふふふふ」
なんと、夜叉が声を出して笑ったのだった。俺はそっちの方に驚いたが、俺が突っ込みを入れる前に夜叉が睨んだので、俺は黙っていることにしたのだった。
それはどうでもいいことだ。さて、鬼はどうするのか・・・。

「いいか、お前ら・・・」
鬼は静かに話し始めた。
「もう一度問う。何のための葬式か?、何のための法事なのだ?。答えられないのか?。わかるものがいたら手をあげろ。あ、そこの御老僧と太っちょ坊主はいい」
鬼の言葉を聞き、御老僧はニヤッと笑い、太っちょ坊さんは「ふん、茶番やね」と言い放った。鬼は、一瞬ピクッとしたが、何も言わず話を続けた。
「おい、誰もいないのか?。葬式の意味、法事の意味、それがわかる者は、本当にいないのか?」
しばらく、無言の時間が流れたのだった。
「もういい、わかった。じゃあ、鬼の俺が教えてやろう。鬼に教えられる坊主。情けないとは思わないか?」
そう言った鬼の問いかけにも無反応である。鬼は、大きくため息をついた。
「いいか、葬式も法事も、人々を救うためにあるのだろう。葬式は、亡くなった者をあの世・・・今お前らがいるこっちの世界だな・・・へ送るための儀式だ。その儀式を通して、僧侶は残された遺族に『諸行無常』を教えてるのだ。この世に生まれた以上、年を取り、病に罹り、死を迎えるというお釈迦様の教えを説くのだ。そして、遺族の方々に、穏やかな死を迎えるため、罪を犯さぬよう、徳を積んで平穏な心を持ちつつ生活をするよう、お釈迦様の教えを説くのだろう。それは、人々に真理を教えることでもあるのだ。すなわちそれは、人々に人間の愚かさを気付かせ、悟りへと向かう心を起こさせることでもある。つまり、人々を救うことが真の目的なのだ。それが、葬式の本来の意味だ。わかったか?」
鬼の説明にもお坊さんたちは無反応だった。「いったい何を言っているのか?」という顔である。鬼は、再び大きくため息をついた。

「はぁ・・・・。どうも響かないようだな。まあ、いい。で、法事の意味。人は亡くなってから七日ごとに四九日まで法事を行う。その意味は、お前らでもわかるな?。七日ごとに裁判を受けたからな。それもわからないようならば、もう一度、うじ虫からやり直すことになるが、さすがに四九日までのお参りに関してはわかるな?」
今度は、ほとんどの坊さんがうなずいたのだった。どうやら、四九日までの七日ごとの法事の意味は分かっているようである。そりゃそうだ。ここまでくるまでに、裁判官に七日ごとに責めらたのだから。
「あのな、一周忌とか三回忌とか七回忌とか、それも意味は同じだ。いいか、お前さんたちはこうして地獄に来ている。ここは、地獄の一部だ。坊主は、大体ここに来ることになっている。それは、お前さんたち坊主が、さっきのように坊主の本分を忘れているからだ。まあ、それはいい。そのことについては、あとで責めてやる。それよりも法事の意味だ。こうして、人々は、それぞれの罪や徳に応じて、どこかに生まれ変わる。生まれ変わり先は、地獄か餓鬼か畜生か修羅か人間界か天界だ。しかし、生まれ変わってそれで終わりではない。地獄では地獄の責め苦がある。餓鬼には餓鬼の世界の苦痛がある。畜生も修羅もそうだ。人間界や天界に行っても苦痛はある。その苦痛を和らげるため、またさらには、亡くなった者が生まれ変わった先で安楽に生きていけるようにするため、あるいは、苦しみの世界から救うため、そうしたために法事はあるのだ。一周忌や三回忌、七回忌と言った年忌の時は、生まれ変わり先を改めて決めなおす時でもあるのだ。いわば再審だな。生まれ変わり先で真面目にやっていれば、年忌の時にさらに良いところへ生まれ変わるかも知れないのだ。その時の応援が法事なのだよ。そして・・・これが大事なことだが・・・坊主は、法事を行った際に、遺族の方に六道輪廻を説き、悪趣に生まれ変わらぬよう正しい道を説くのだよ。つまり、生きている者が誤った道に行かぬよう、救いの道を説くのだ。お釈迦様の正しい教えを説くのだ。それが、法事の意味だ。わかったか?」
鬼は「わかったか?」と問いつつ、大きく三度目のため息をついた。きっと、鬼の教えを聞いた坊主たちは、半分くらいしか鬼の言葉を理解できなっただろう。それほど、彼らは仏教を理解していないのである。
「虚しいのう、鬼さんや」
その時、御老僧が声をかけた。
「まあ、それがあんたたちの仕事だから仕方がないかもしれんが、虚しかろう。まあ、そうがっかりしないで、説教はその辺でやめておいて、先に進んだ方がよかろう」
御老僧の言葉に、鬼は「ごもっともです」と何度もうなずいたのだった。そして、鬼はまとめに入った。
「いいか、坊主ども。お前らの本分は、『上求菩提下化衆生』だ。この言葉、聞いたことくらいあるだろ?・・・ないのか・・・。ま、忘れているだけかもな・・・」
鬼は、ここで4度目の大きなため息をついた。
「上には悟りを求めて、下には人々を教え導くこと・・・それが坊主の本分だろ。いいか、それくらい覚えておくことだ。わかったな」
鬼の言葉は、地獄のVIPルームに虚しく響いたのだった。

ここで、説教役の鬼が交代した。今度の鬼は、前の鬼にように恐ろしさを感じさせない鬼だった。いかつい感じではなく、ちょっとインテリ風なのだ。
「さて、これからは私がお話しします」
話し方もインテリ風だった。
「皆さんは、お坊さんのくせに極楽へもいかず、天界へもいかず、地獄へ来てしまいました。それがなぜだかわかりますか?。はい、そこのあなた、そうそうあなた、答えなさい」
まるで学校の先生みたいだ。先生のような鬼に指名された坊主は、口ごもりながらも
「我々が・・・不出来だから・・・です」
と答えた。
「そうですね。あなたたちは、不出来です。では、どのように不出来なのですか?。そこのあなた、答えなさい」
先生鬼は、別の坊さんを指名した。
「えっと・・・。その・・・。私たちは、ちゃんと布教もせず、金のために葬式や法事を行い、僧侶としての本分を忘れ・・・」
「本分を忘れ?、それからどうしたのですか?」
「本分を忘れ、贅沢に暮らしてきました。檀家に無理を言い、贅沢に暮らしてきました。だから、その・・・不出来なのです・・・」
「ふん、まあいいでしょう。でもね皆さん、これでは合格点はあげられません。なので、皆さん、最悪の地獄行きです。仕方がないですね。答えられないのですから」
先生鬼がそう冷たく言い放つと、一斉に「そんな・・・、助けてください・・」などという言葉が聞こえてきた。と、その時、太っちょ坊主が立ち上がって大きな声で話し始めたのだった。
「あかん、もう我慢できへん。もう黙ってられへん。いい加減にせいや、あんたら。おい、クソ坊主。お前らのせいで俺ら真面目な坊主もやな、巻き添えを食うんや。このボケ坊主が!。なんで地獄へ来たか。そんなもん簡単やないか。お前ら、戒律を守ってへんからやないか。ま、俺も含めてやけどな。戒律を守ってへんからやな、いったん地獄へ落ちてもしゃーないやろ。あ、そこの真宗坊主、なんも言わんでええよ。わかってるさかいに。わしらは戒律なんて受けてへんって言いたいんやろ?。あ、違うか。戒律ってなにぃ?ってか?。お前さんらは、論外やな。お釈迦様の決めた戒律さえ受けてへんあんたらが、坊主の仲間に入っているほうがおかしいんやからな。坊主でもないものが坊主面したらあかんよ。ま、それはええけどやな、俺らは、戒律を受けてもそれをほとんど守ってへんやろ、せやから地獄へ落ちたんやがな。そんなもん、簡単な話やないかい」
太っちょ坊主の言葉に、みんな唖然としてしまった。しかし、今度の鬼は、さすがにたじたじにはならなかった。
「はい、そうですね。君はなかなか優秀ですね。その通りです。合格です。皆さん、彼に感謝しなさい。これであなたたち、うじ虫にならずに済みましたからね」
鬼に褒められたのが嬉しかったのか、「そう?、俺ってすごい?」などと照れながら太っちょ坊さんは、座ったのだった。当然のことながら先生鬼は、それを無視した。
「いいですか、皆さん。皆さんは、戒律を受けながら、そのほとんどを守っていませんでした。だから、ここ、地獄にやってきたのです。なんですか?。まだ言い足りないのですか?」
先生鬼は、何か言いたそうにむずむずしている太っちょ坊さんに問いかけた。そして
「言いたいことがあるなら、言いなさい。特別に許可します」
と太っちょ坊さんに言ったのだった。
「へいへいすんませんな。なら、特別に話させてもらいまっさ」
ニコニコしながら、太っちょ坊さんは立ち上がり、
「戒律戒律って言いますけどな。時代にあわん戒律もありまっせ。しかもやね、明治政府が命令した妻帯かてそうですな。戒律無視して、明治政府が命じたんや。シャレちゃいまっせ。それはどないなりますの?。やっぱり戒律違反になりますの?。ま、幸い、俺は結婚してへんからセーフやけどな。お釈迦様かて涅槃に入る際に『時代にそぐわない戒律は捨ててもいい』っておっしゃってますやん。そこんところどないなってますの?。いい加減なことで責められるのはかなわんさかいに、はっきりしてもらいましょか」
鬼の首を取ったかのように威張って言い放った。
「そ、それは・・・それはもちろん考慮します。時代的にあわない戒律も確かに多いですからね。しかしですね、やはり僧侶として最低限、守らなければならない戒律もあるでしょ」
先生鬼、ちょっと押され気味である。太っちょ坊さん、ニヤニヤして
「ほんまでっか、まあ、考慮してもらえるんなら文句はないですけどね」
とガッツポーズをしながら言ったのだった。他の坊さんから拍手喝さいを受けている。
「で、僧侶が最低限守らないかん戒律ってなんですの?」
太っちょ坊さん、さらに突っ込んできた。しかし、先生鬼もやられっぱなしではない。
「あなたはどう思いますか?。あなたなら優秀なのでわかるでしょ?。さぁ、答えてください」
先生鬼、逆襲に出たのである。太っちょ坊さんは、考え込んでしまったのだった。先生鬼、それを見てニヤッとしたのだった。

「答えられないんですか?。偉そうに言っていた割には、あなたもダメですねぇ。情けないですね。これでは、皆さん、うじ虫コースですかねぇ。地獄のうじ虫は大変ですよ。全世界の糞尿にまみれ、亡者に踏みつぶされ続けるんです。決して成虫にはなれないんですよ。うじ虫は、死んでも死んでもうじ虫のまま。しかも、うじ虫になる前は、僧侶だったという意識が残っております。坊主の顔・・・そうあなたたちの顔をしたうじ虫んなですよ。それが、亡者に何度も何度も踏みつぶいされるんです。魂がきれいになるまでね。それしか、あなたたちの魂をきれいにする方法がないんですよねぇ・・・」
嫌みな先生鬼だ。言い方が憎たらしい。
「ち、太っちょ坊主が、余計なことを言って、火に油を注ぎやがって。なんでも知ったかぶりするからだ。責任とれよ、お前」
「そうだ、責任とれよ」
「何とかしろよ」
なんともまあ、みっともない光景だった。さっきまで太っちょ坊さんに拍手喝さいを送っていた他のお坊さんたちが、彼を責め始めたのだ。
「汚い連中ですよね」
俺は思わず、そう漏らしていた。すると夜叉は、
「あぁ、汚いな。あいつらは、地獄の仕組みをわかっていないな。バカな奴らだ本当の愚か者だな」
が苦々しい顔をしてそう言った。そして「すぐに結果は出るさ」と付け加えたのだった。

「はい、今そこの太っちょ坊主を責めた者、立ち上がってください。早く、立ち上がって!。自分で立てないなら、無理やりに立たせますよ」
先生鬼がそういうや否や、あっという間に二人の坊さんが吊り下げられたのだった。
二人の坊さんは、両腕を手首のところで縛られ、屋根に吊り下げられていたのだった。
「あ、屋根って意味があったんですね」
俺はついつい突っ込んでいた。
「こういうことは、珍しいんだがな。たいていは、みんなが鬼の問いに答えられず、説教を食らって次へ・・・というパターンだが・・・。俺も吊り下げられた坊主を見たのは初めてだ」
夜叉もそう言って驚いていたのだった。
先生鬼がぶら下がっている二人に近付いた。
「さて、この二人、どうしましょうかねぇ・・・」
その眼は、ヤバい感じの眼だった。


「おいおい、暴力はいかんと・・・」
「わかってますよ、御老僧。暴力はしません。でも、この吊り下げだけは目をつぶってください。素直に立たなかった彼らが悪いのですから」
先生鬼は、御老僧の顔を見ないで、吊り下げられた坊主をにらみつけながらそう言った。そう言われては、あの御老僧も黙るしかないだろう。鬼たちには鬼たちのやり方もあるし、何といってもここは地獄である。主導権は、鬼にあるのだ。
助けてください・・・と目で訴える二人の坊主。なんとも情けない顔である。それを見て、先生鬼はニヤニヤしていた。
「さて、どうしますかねぇ・・・。そうだ、質問をしますから、素直に答えてくださいね。もし答えられなかったり、答えなかったりした場合は・・・」
「した・・・場合は?」
吊り下げられたうちの一人が尋ねた。
「即座にうじ虫コースですね」
そう言い切った先生鬼の眼は、キラキラと輝いていた。この鬼、絶対に楽しんでいるに違いない。
「さて、尋ねます。あなたたち、お坊さんという自覚はありましたか?」
簡単な質問である。吊り下げられた坊主は「もちろん、あります」と、すぐに答えた。
「ほう、ならばなぜ・・・えっと、あなたは・・・ほう、夜な夜な繁華街に行き女性と戯れていたと・・・。ふむ、さらに・・・おや、愛人まで囲っていたのですか。いけませんねぇ。裁判の報告によると、結構、立派なこともしていたようなのに。地域の活動にも協力してしたし、ボランティアで老人ホームなども慰問していたようですな。なのになぜ、愛人まで・・・。それがなければ、天界行きだったのに・・・。ダメですなぁ。それで坊主としての自覚があった、と自信をもって言えるんですか?」
先生鬼は、吊り下げられている片方の坊主の身体をつつきながらそう言ったのだった。
「さて、もう一人のあなた。あなたは・・・これはいけませんね。寺を修繕すると言って強制的に寄付を集めた。檀家の皆さんはかわいそうですな。なんと、反発した檀家さんに対して、葬儀をしてやらんぞとすごんだ・・・。いけませんねぇ。ほう、檀家を離れようとした方に、檀家を離れると祟られるぞ、と脅した・・・。あぁ、これは救いようがないですね。さらに、余った寄付金で・・・おう一千万円以上する高級車を乗り回してたのですか・・・。あちゃー、これはダメ押しですね。これでもあなた、坊主の自覚があったと、自信をもって言えるんですか?」
裁判の内容は、すべて鬼たちに届いているようだ。鬼は、彼らの生前の所業をすべて把握しているのである。
「さて、正直に答えてもらいましょうか?。なぜ、こんなことをしたのですか?」
鬼は意地悪そうな目をして、彼らを責めた。

「あいつら、正直に答えるんですかねぇ」
俺は夜叉に尋ねてみた。
「さあ、どうかなぁ。でも、ここは正直に答えないとな。本当にうじ虫コースに飛ばされるぞ。それにしても、今の坊主はあんなものなのか。まあ、あんなものなんだろうな」
「そうですねぇ。そういう坊さんが多いわけではないと思いますよ。一部の大きなお寺さんだけじゃないですか。だいたい、裕福なお寺が少ないでしょうし。偏ってますよね、お寺も・・・」
「お寺も格差社会か?。まあ、そなんものだろうな。金があれば、欲が出る。欲が出れば、それを制御するのが大変だ。欲を抑えるより、欲に従ったほうが楽だからな。なにせ、それができる状態ならば、やってしまうだろうな。愚かなことなのだが・・・」
「本来は、そうした欲をコントロールし、欲に負けてはいけないと指導するのが坊さんの役目ですからね。彼らは、それを怠ったわけですね」
俺の言葉に、夜叉は深くうなずいたのだった。

「さぁ、早く答えろ。なぜ、罪を犯したのだ?。裁判でも尋ねられただろ?。それをここでもう一回、答えるだけだ。答えてみろ」
鬼に迫られ、吊り下げられた坊主の片方がぼそぼそと話し始めた。
「す、すみません・・・。坊主としての自覚はあったのですが、その・・・女性が好きだったんです。まさか、檀家の奥さんや娘さんに手を付けるわけにはいかないので・・・そのプロと言いますか、夜の仕事をしている女性ならば、害はないかな・・・と思いまして・・・。そ、その代わり、その罪滅ぼしと言いますか、埋め合わせと言いますか、人々のために働いたつもりです。心の底では、こんなことではいけないと思いつつ、欲に負けてしまったわけで・・・。弱い自分が情けないというか・・・」
先生鬼は、肯きながら坊主の告白を聞いていた。
「私は女性の欲に負けました。性欲に負けました。それは深く反省しております。自信をもって、坊主の自覚があった・・・とは言えません。あぁ、こんなことなら、親の跡を継いで坊主になるんじゃなかった。なりたくて坊主になったわけじゃないのに・・・。あの時、親に反発して家を飛び出しておけばよかったのだ。私は、いつもいつも悩んでいました。仮面を被った坊主でいいのか・・・と」
そう言った坊主は、うなだれていたのだった。

「ふむ、よくわかった。で、もう片方はどうなんだ?」
先生鬼は、淡々と次に進んでいる。告白をした坊さんに対しては、何の感想も示さなかった。そこに非情さ、冷たさをそこにいた坊さんたちは感じたに違いない。
「は、はぁ・・・。その私は・・・。檀家が減るのが怖かったのです。今の生活が崩れるのが怖かった。今思えば・・・。すっかり贅沢に慣れてしもうた・・・。仲間寺の間でも、大寺だ立派だ金持ちだともてはやされ、ちやほやされ、大きな顔ができた。そう言われると、もう嬉しくて嬉しくて・・・。嫌々親の跡を継いだのだが、そういうときだけは、跡を継いでよかったとしみじみ思ったものじゃ。だから、地域だけではなく、宗派にも協力をし、名誉をいくつもいただいた。それが・・・私の自慢だった・・・。これだけのことをやっているのだから、高級車に乗るくらいは許されて当然じゃ、とも思った。高級車に乗り、よその寺や本山に行くときの気分が・・・私の最大の喜びじゃった。反面、それを失くすのが最大の恐怖じゃ。檀家が一軒減ればどれだけ収入が減るか。それが数軒になれば生活は維持できるのか・・・。そんなことばかり考えておった。檀家を支配しなければ、檀家に文句を言わせないようにしなければ、絶対服従させなければ・・・そんなことばかり考えておった。それが、寺のためだと思っていたし、跡を継いだ子供ためだと思っていたし、檀家のためでもあると思ってもいたのじゃ。しかし、本当はそれは言い訳だったのじゃな。心の底では、こんなことではいかんのではないか、という疑問は常にあった。だが、それを見てはいかんとも思っていた。それを見ては、自分は負けだ、とも・・・。これでいいのだ、これでこそ現代の坊主なのだと、そう思って暮らしていたのじゃ。ふん、これでは坊主ではないわな。わしは、腐れ坊主じゃ」
先生鬼は、無表情のまま、ただ肯いているだけだった。

「意外ですねぇ。もっと言い訳するかと思ったのですが・・・」
「あぁ、しかしな、七回も裁判を受けているからな。少しはわかっているだろう。ここまで来て、心の中を素直に白状できないようではなぁ・・・。それこそ、本当の腐れ坊主だろ」
そりゃそうである。ここで反省しなければ、どこで反省するのか。それにしても、坊さんたち、一応、自分たちの所業を自覚はしているのだな、と思った。それは意外な一面だった。坊さんというのは、もっと平気な顔をしているのかと思った。何の自覚もなしに、何の後ろめたさもなしに、贅沢をしたり、威張っていたのだと思っていたけど、意外や意外、心の底では、少しは疑問に思っていたのだ。
「いやいや、そうじゃない。生きているときは、そんなことに気付いていなかっただろう。むしろ、平気だったに違いない。潜在意識として、そうした後ろめたさは持っていたかも知れないが、それはその時の自分へのいい訳だろう。本当に心の奥底にそうした疑問を持っていたのなら、なぜ自分を止められなかったのだ?。今になって気が付いた・・・。それが本心だと思うぞ。おれは、そっちの言葉を素直に言えるかどうか、それを期待していたんだがな・・・」
俺は素直に坊さんたちの告白を聞いていたが、夜叉はそうではなかった。厳しい見方をしていたのだ。なるほど、そう言われればその通りだ。よくよく聞けば、きれいごとを言っている。それは、本音ではない。本音は・・・。
「ちっ、きれいごと言いやがって。これだから大寺の坊主は嫌いだ」
そう言ったのは、太っちょ坊さんだった。

「ほう、きれいごとですか?。それはどういうことですか?」
先生鬼は、太っちょ坊さんのつぶやきを聞き逃さなかった。
「そんなこと、きまってるやん。あいつら生きているときは、平気な顔をして、堂々と贅沢三昧していたんやろ。今更なんやねん。汚ったないわ〜。ホント、ズルいわ。正直にゆうたらええねん。生きているときは、贅沢三昧していました。それのどこが悪いねん、できることをやっただけやからええやないかい。なんか文句あるのかってゆうたらええねん。本心は、そう思ってたんやろ。ここに来て、反省の言葉を言わなかあかん、言わんとマズいぞ、そう思うたから、しおらしく反省の言葉を述べただけちゃうんかい。ええ加減にせいや、ちゅーねん」
「ほっほっほっほ、すごいですねぇ君は。いやいや大したものです。これはやられましたなぁ」
先生鬼は、怒るどころか笑って太っちょ坊さんを誉めたのだった。
「いや〜、私が言おうとしたことを全部言われてしまいました。そりゃそうですよね。七回も裁判をしてきたんですから、どういう言葉を言えば助かるか、それくらいわかりますよね。でも、嘘はいけませんね。私は本心を聞きたかった。あなたちの本心をね」
そう言って、先生鬼は、ジロっと吊り下げられた二人の坊主をにらみつけたのだった。
「それにしても、あなた、いいことを言いますね。先ほどは、私の質問に答えられませんでしたが、いやいや、大したものです。なぜここに来たのか不思議なくらいですね」
先生鬼に褒められた太っちょ坊さん、ニコニコしながら「いや、それほどでも」と言って照れている。彼は、素直でいい奴なのかもしれない。
「あぁ、そのことですけどな、思いだしました」
「そのこと?」
「ほれ、最も大事な戒律って話ですがな」
「あぁ、あれですか。わかるのですか?」
「当たり前や。ちょっと焦って忘れていただけや。坊さんが忘れていけない戒律は、我らの宗派では『三昧耶戒』と言われている戒律や。それは、この身を惜しまず人々を救う、ちゅー戒律や。それさえ守っていたら、他の戒律はどうということないんちゃいますか?」
太っちょ坊さん、胸を張ってそう言った。横で、あの御老僧もニコニコして肯いている。
「せやからな、あの二人の坊さんかて、人々を救っていたのなら、多少の贅沢はかまへんのとちゃいますか。ま、あんまりひどい贅沢はアカンけど・・・、そう、そっちの高級車乗り回して檀家を脅していたやつ、そいつは救いようがないけど、もう片方は、特に重い罪とちゃいますやん。愛人がいた、というだけですがな。その愛人かて、あの坊さんのお陰で生活が成り立ったんですやろ。あの坊さんにしてみれば、自分が罪をかぶって、一人の人間を生かした、ということにもなりますやん。一般の在家の人が罪を犯さんよう、自分が罪を被る・・・。それができるんやったら、そうしたらええんちゃいます。夜の街に通っていたと責めますけどな、その坊さんが落としたお金で夜の商売をしている人たちは、潤うんでっせ。向こうも商売やがな。お金を儲けさせて、彼らの生活の役に立っておるんや、それのどこが悪いっちゅーねん。あの坊さんは、檀家にタカっていたわけではないんでしょ。自分の稼ぎから飲みに歩いていたんでしょ。ならええんちゃいますの。それで不景気な歓楽街の維持に協力していたんやから、それはそれでヨシとせなアカンのとちゃいますの?」
太っちょ坊さんの言い分は、どこかしっくりとは来ないが、確かに一理ある、とも思えた。まあ、屁理屈と言えばそうかもしれない。が、しかし、屁理屈だ、と一蹴できる言い分でもない、と俺には思えた。太っちょ坊さんの話はまだ続いた。
「あの坊さん、やることはきちんとやっていたんでっしゃろ。ならええやないですか。女の一人や二人おったかて。まあ、もちろん、罪っていえば罪ですけどね、そう大騒ぎするほどのことでもないでしょ。誰かに迷惑をかけたわけでもないでしょ。愛人のことで奥さんが苦しんだ、というなら話は別ですけどな」
太っちょ坊さんの言葉に、吊り下げられた坊主の片方が答えた。
「家内は・・・むしろ喜んでおりました。私の相手をしなくてもいい・・・その性生活のことですが・・・ということで・・・。生活に問題はなかったですし、愛人がいたことを知っていたのは、家内だけです。誰にも知られてはいませんでした。金銭的にも何も問題はなかったですし、お布施を誤魔化すということもしていません。すべて、自分の給料の中で賄っていました。なので、本音を言えば、その・・・彼が言ったように、これも人助けだと思っていたし、これくらいのことは許してもらえるだろう、くらいに思っていました。だって、みんな喜んでいるんですよ。家内は私の相手をしなくて安心している。私は、欲が満たされ仕事に精が出るようになりました。檀家ためにも精力的に働きました。寺の維持も、極力檀家に頼らずに維持管理をしっかりとやってきました。もっとも、その根底には、愛人との関係を壊したくない、という思いもありましたが、それがエネルギーとなっていたことも否定できないでしょう。本音を言います。私は、嫌々坊さんになった。嫌々なったから、坊さんの仕事も嫌々やっていた。掃除なんてなんでしなきゃいかんの、なんで檀家にへいこらしなきゃいかんの、クソ暑いのになんでこんなにたくさん着こまなきゃいかんの・・・。普通のサラリーマンをしていたら、もっと自由があったはずなのに、なんでこんなに制約されなきゃいかんの・・・。そんな思いが強く、腐っていたのです。坊主なんてくそくらえだ、とね。家内は、跡継ぎができたら『私の役目は終わった。坊主の嫁なんて立場、本当は嫌だった。嫌々結婚させられたのだから、これからは子育てしながら自由にします』と宣言された。そんな私に生きていく価値があるのか、そう悩んでいたんですよ。その時です、彼女と出会ったのは。私は、彼女に救われました。その時、『あぁ、救われるとは、こういうことか』と実感したんです。それから、私は変わりました。彼女のために一生懸命に働くようになりました。掃除も・・・皆さんが利用するトイレだって、自分から進んで掃除しました。女房はやらないですからね。寺の維持だって、なるべく檀家さんに迷惑がかからないように自分でできる修繕は自分でしました。彼女のおかげで私は生き返ったのですよ。そのため、檀家も喜んでくれました。『立派な住職になられた』と。そりゃ、本当ならば、愛人なんぞに頼らずに、自らいろいろな因縁を知り、自ら納得し、すべてを受け入れ、困難を克服し、僧侶としての役目を務めるのが理想でしょう。でもね、それは理想なんですよ。現代社会では、それは難しい。どこかで救いがなければ、我々だってやっていけないのですよ。私は、愛人に救われた。だから、今度は私が救う番だ・・・、そう思えるようになったのは事実です。なので、愛人がいたことを感謝することはあっても、反省することはなかったです」
彼は、本心を語ったのだった。


吊り下げられた坊主はさらに話を続けた。
「確かに、厳密にいえば愛人を持つことは、僧侶の世界はもちろん、世間的にも許されることではないでしょう。だけど、それによって救いがある、ということも事実です。現に私は救われた。倫理的には間違ってはいるかもしれませんが、気持ち的には何の汚れもないと、私は思っています。だから、罪は罪として受け入れます。また、息子に後を譲ったとたんに死んだことも罰があたった、とも思ってはいません。私は何一つ後悔していませんし、自分の人生はいい人生だったと思っています」
その坊さんの手が下がった。吊り下げられた状態から解放されたのだ。
「なかなかよろしい。その言葉を私は聞きたかったのです」
先生鬼は、一瞬だがにこりとしてそう言ったのだった。そして、
「さて、あなた。あなたはどうなんでしょうか?」
と、もう一人の吊り下げられている坊さんをつつきながら言った。その坊主は
「う〜ん・・・」
と唸ったきり、不貞腐れた顔をしたのだった。
「はっきり言うたらええやん。な〜んも考えてへんかったって。けけけけ」
太っちょ坊さんが、茶々を入れる。吊り下げられた坊主は、太っちょ坊さんをにらみつけて
「ちっ、本音を言えばいいんじゃな。本音を言えばこの手を外してもらえるんだな。じゃあ、言ってやる。そいつの言う通り、何にも考えていなかった。悪いとも悪くないともな。檀家から金をとる、寄付をもらう、その金を自由に使う、それは坊主の特権じゃないか。何がいけないのだ。それは当たり前のことだろ。檀家と住職の関係はそういうもんじゃろが。わしらは葬式をしてやる、檀家はその寺を守る、そういう関係なんじゃ。その寺の住職をしているわしが、何をしようと勝手じゃろうが。ふん、それが本音じゃ」
と言い放ったのだった。さらに
「坊主としての自覚?。なんじゃそれは?。坊主は、檀家の葬式をし、墓を守っていくだけじゃ。それ以外に何をしろというのじゃ?。まさか、悟りに向けて修行をしろとでもいうのか?。いつの時代の話じゃ、それは。くだらん。坊主はな、朝晩お経をあげて、葬式して、法事をして、暇な時間はゴルフでもカラオケでも好きなことをしたらええんじゃ。夜、飲みに行って何が悪い。わしが稼いだお金じゃ、わしの好きに使えばよかろう。寺の修繕の寄付金なんぞ、檀家なら出すのが当然じゃろが。寄付金が余れば、車にお金を回すのは当然じゃ。わしは住職だぞ。住職が事故にあったらどうする。頑丈な車に乗らねば、わしの命が危ないじゃろ。わしにもしものことがあったら、困るのは檀家だぞ。だから、丈夫な車に乗るのじゃ。それのどこが間違っているのじゃ?。それが坊主というものじゃ」
と開き直ったのであった。

「いや、そこまで言わなくても・・・」
ついつい俺はそう言ってしまった。
「そこまで言わなくても、わかっていることだからな。しかし、こうして本音を聞くと、こいつはとことん腐っているな、としかいいようがないな」
夜叉も渋い顔をしている。しかし、大半の坊さんの本音が、その坊主が言った通りなのではないか。本気で悟りに向かって修行をしよう、なんて思っている坊さんは、一体どれほどいるのだろうか?。皆無・・・とは言わないが、ほとんどの坊さんが悟りなんて言うことを忘れているのではないだろうか?。これが坊主の現状なのかもしれない。

「さぁ、本音を語ったぞ。早くこの手かせを外してくれ。そっちの坊主は、すぐに外してもらえたじゃないか」
自分のことを全く悪いと思っていないのだろうか、その坊主は不貞腐れたままで先生鬼に言ったのだった。
「いや〜、そこまで開き直ると、まあ、なんちゅうか、おそろしいですなぁ。いや〜、こわいわ〜。これやから檀家がたくさんある大寺の住職は嫌いや。腐ってますな。鬼さん、こんなやつ、はよう地獄のうじ虫にしてやってください。ホンマ、こんな奴が同じ坊主かと思うと腹立つわ〜」
太っちょ坊さんがわめいているが、先生鬼はそれを無視して
「本音を聞かせてもらいました。さて、この方の意見に賛成の方はどれほどいらっしゃいますかねぇ。ちょっと挙手をしてもらえますか?」
そう他の坊主に問いかけたのだった。しかし、反応はなかった。
「いけませんねぇ、無反応ですか?。無反応ということは、認めた・・・と受け取っていいのですね?。賛成ということで・・・、それでいいのですね?」
「俺は反対やで」
「わかってます。わかってますから、あなたは黙って」
先生鬼にそう言われた太っちょ坊さんは、「ちぇ」と小声で言いながら、すねていた。きっと、まだ言いたいことがあるのだろう。
ふと一人の坊さんが手をあげた。
「わ、わしも・・・反対じゃ・・・。確かに、わしも檀家に胡坐をかいて、のうのうと暮らしておった。檀家に仏法を説かず、適当な話ばかりをしておった。悟りに向かう修行なんぞ、とうの昔に忘れてしまった・・・。それは、坊主として恥ずかしい限りのことじゃろうて。しかし、あの坊さんのようには開き直れん。檀家に胡坐をかいて何が悪い、などとは言えん。本音を言えば、そういう気持ちもないわけではないが、後ろめたい気持ちも確かにある。さっき、誰かが言っておったな。罪は罪、徳は徳でいいじゃないか、その罪を受け入れるだけじゃないか・・・と。今、その意味がようやく分かった気がする。今まで、坊主なんだからいいだろう、仕方がないだろう・・・という気持ちがあったことは事実じゃ。・・・いつからだろうな、悟りへの修行を忘れたのは・・・。若いころは、少しでも悟りに近付けるようにと、座禅に励んだものだが。いつしか、もういいんじゃないか、忙しいし、そんな暇ない・・・などと自分に言い訳をして、修行をさぼっておったわい。そういう意味では、坊主失格なんじゃろうな。だが、わしは、やはりその坊さんとは違う。そこまで開き直れん」
そのほかの坊さんも、その意見に大きくうなずき「わしもそうじゃ」、「私もそう思う」という声が聞こえてきた。どうやら、この意見が、ほとんどのお坊さんの本音なのだろう。
若いころは悟りへ向けて情熱を燃やしていた。しばらくすると、悟ることは難しいと知る。寺の仕事にも追われる。日々、忙しい毎日に修行ということを忘れる。いや、こうして毎日、檀家や寺のために働くことが修行だと思うようになる。自分が悟らなくても、教えは説けるのだからそれでいいじゃないか、と自分に言い聞かし、納得していくのだ。で、俗世間の欲に次第に染まっていくのである。

「皆さん肯いていましたね。。どうやら、先ほどの意見が皆さんの本音のようですね。わかりました。では、その本音に応じて、皆さんへの処罰を決めましょうか。あぁ、あなたは・・・」
さらっと先生鬼は処罰を口にし、吊り下げられた坊さんを見た。
「あなたは、あまりにもひどいので、そのままです。よろしいですね」
と言ったのだった。吊り下げられた坊さんは、苦しげな表情でうなだれ、他の坊さんたちは、目をキョロキョロしたり、そわそわし始めた。目を閉じたままで身動きしなかったのは、あの立派な御老僧だけである。太っちょ坊さんは「ふん」と言ったきり、斜め横を向いていた。
「それにしても、ちょっと疑問なのは、太っちょさん、あなたなんですよね。あなた、そこまでわかっていて、なぜここへ来たのですか?」
先生鬼は、太っちょ坊さんの扱いに困っているようだった。確かに、彼はどこか悟ったようなところがある。なぜ、彼は地獄に回されたのだろうか?
「そんなん簡単ですがな。俺にも罪があるからでしょ?。そう閻魔さんたちは判断したんでしょうに。もっとも、自分は罪だとは思ってないですけどね」
「あなたはそうおっしゃるが、こちらにはその報告が届いていないんですよね。う〜ん、わからない」
そこへ、この鬼たちの問いかけが始まったころにどこかへ出かけていた鬼が戻ってきた。その鬼は、先生鬼に何かごニョゴニョ耳打ちをした。
「ふむ、そうか、そういう理由か。しかし、それではすぐに・・・あぁ、あなるほど。わかった、それが本当の理由で・・・うんうん。よしわかった」
先生鬼は、太っちょ坊さんを見ながら、そうボソボソうなずいたのだった。

「あの鬼、太っちょ坊さんがなぜここに来たのか、閻魔様たちに聞きに行っていたようだな。それをあの鬼に報告したようだ」
夜叉がそう教えてくれた。
「さて、どんな展開になるのかな。ちょっと楽しみだな」
夜叉は嬉しそうにしている。こういう展開は、滅多にないのだろう。
先生鬼が、太っちょ坊さんに向き直って話始めた。
「あなた、結構な遊び人だったようですね」
「えっ?、何のこと?」
「とぼけなくてもいいですよ。どうやら、ここに報告が届いていたなかったのは、単純なミスだったようです。本来ならば、私にも報告が届いているはずだったとのことです。で、その報告によりますと、あなたは結構な遊び人だったということです。とぼけるなら具体的に言いますが、よろしいですか?」
先生鬼、まさに鬼の首でも取ったかのような態度になった。しかし、太っちょ坊さんもひるまない。
「あ〜、ひょっとして風俗通いのことでっか?。そんなん、自分の勝手ですがな。それが罪というんですか?」
「立派な邪淫の罪です。あなたは不邪淫戒を受けていますからね」
「あのね、言っておきますが、俺は独身です。奥さんはおれへんの。だから、お金を払って風俗に通ったの。これのどこが邪淫の罪なんですか?」
太っちょ坊さんの切り返しに、先生鬼は返事に詰まった。「えっと・・」などと言っている。そこへ追い打ちをかけるように太っちょ坊さんは続けた。
「ええですか。俺はね、売っているものを買ったの。風俗の女性は、身体でのサービスを売ることが仕事なの。彼女たちは、その仕事をしただけ。俺はね、そのサービスを受けるためにお金を払ったの。それのどこが罪なの?。売っているサービスを買った、ただそれだけですやん」
「い、いや、しかし、僧侶たるもの、性欲は慎まないといけないでしょ。そんな欲は超越しなければ・・・」
「あ・ん・た・は・ア・ホ・か」
太っちょ坊さん、歌うように調子をつけてそう言った。さすがにそう言われた先生鬼、ムッとする。
「ア、アホとはなんですか、アホとは。こ、この私に向かって、そ、その態度は・・・」
「アホやからアホ、っていうただけですやん。そないに怒らんでもええやないですか。わからんやっちゃなぁ。あのね、他の坊さんは、結婚してますやん。結婚して、子供までいますやん。ということは、エッチしたいうことでっしゃろ。そっちは邪淫の罪にならへんのですか?。戒律では、性交してはいけないことになってますやん。でも、他の結婚している坊さんも俺もやってることは同じですよ。他の坊さんの結婚や子作りが邪淫の罪にならず、俺だけ邪淫の罪になるっておかしいでしょ?。ならば、邪淫の罪ってなんですのん?」
先生鬼、再び答えに詰まる。「えぇ、ですから・・・その・・・」などとボソボソいうのが関の山だ。
「全く、そんなことも答えられへんのに、偉そうなこと言うたらあかんよ」
勝ち誇ったように太っちょ坊さんは言った。その態度は、憎たらしいとしか言いようのない態度だった。おまけに「へっへっへっへ」と笑っている。

「だ、誰か、他の坊さんで答えられる人はいますか?」
先生鬼、自分が困ったからか、その答えを他の坊さんに振るという、暴挙に出た。これには、太っちょ坊さんも驚いたらしく
「おぉ、すごい手に出よった。これは、予測できんかったわ〜」
などと笑っている。困ったのは、答えるように振られた坊さんたちだ。どの坊さんも下を向いてしまった。太っちょ坊さん「答えられるわけないわいな〜」などと小声で歌っている。それがまた、鬼たちをイラッとさせるのだった。
しばらく無言の時間が過ぎた。鬼たちは・・・特に先生鬼はイライラしているようだ。
「だ、誰も答えられないようですね。だから、あなたたちは、坊さん失格なのですよ」
それはほとんど八つ当たりであった。とたんに太っちょ坊さん、
「鬼も失格ぅ〜」
などと笑っている。それがさらに鬼をイラつかせた。先生鬼、
「浄土真宗のお坊さんなら、わかるはずですけど!」
とヒステリックに叫んだ。すかさず
「なんや鬼さん、あんさんも人が悪い。ようわかってますやん」
と太っちょ坊さん、茶々を入れる。それを横目でにらみながら、先生鬼は続けた。
「気付かないんですか?。忘れたのですか?、ならば思い出してください。親鸞さんの悩みを、苦悩を・・・」
先生鬼はそう言ったのだが、浄土真宗系のお坊さんたちは、首を横に振るだけで答えようとはしなかった。あの、人畜無害の宗真さんもそうだ。下を向いてしまっている。
「はぁ、だからダメなんですよ、あなたたちは。では、他の宗派の方で答えられる方、いませんか?」
みんな下を向いてしまった。
「しゃーないなぁ、俺が教えてやるがな」
太っちょ坊さん、満面の笑みでそういうと、立ち上がって先生鬼の横に並んだのだった。先生鬼、「な、なにを・・」と言っているが、太っちょ坊さん、「まあ、ええから、ええから」と言って、先生鬼を押しのけてしまった。
「ほな、俺が教えたるわ。ええか、親鸞さんの若いころ、法然さんのもとで修業を始めたころの話や」
太っちょ坊さん、堂々とした態度で話し始めたのだった。
「ええか、親鸞さんはな、若いころ、女の人が気になって気になって仕方がなかったんやな。でな、好きな女もおったんや。で、その女とエッチしたかったんやな。そう、恋をしていたんや」
太っちょ坊さん、得意満面だった。


「恋をしてたら、普通はそっちの方に気が行ってしまうやろ。あぁ、あの女とイチャイチャしたいな、エロいことしたいな、あんなことやこんなことしたいな・・・。そうなったら、もう修行どころやないわな。で、親鸞さん、悩んでしまったわけや。俺は、どうしようもないアホや。女にうつつを抜かして・・・。こんなんで修行なんてできへん、あぁ、どうないしよう・・・。自分を責めるわけやな。親鸞さん、悩んで悩んで、それでもどうしようもないから、法然さんに相談したわけや。そしたら、法然さん、『そんなん、その女と結ばれたらええやん。その女と一緒になったら、念仏に専念できるんやろ?。だったら、その女と結ばれなさい。何よりも優先すべきは念仏や!』と親鸞さんに説くんやな。親鸞さん、目から鱗やがな。そうか、そうやな、エッチしたらええんや、そしたら、念仏に集中できるがな!・・・ということで、親鸞さん、その好きなおなごと結ばれて、念仏に集中して、念仏の意味を知るわけやな。これはな、邪淫の罪やないんやな。エッチはしたけど、女と一緒に暮らし始めたけど、念仏には集中できた。しかも、親鸞さん自身の悟りを得ることができた。阿弥陀さんや法然さんにすべてお任せや、絶対の信頼を持ったんやな。法然さんに従って、エッチしたことによって地獄に落ちてもいい、それでも私は法然さんを信頼するし、阿弥陀さんについていきます・・・ちゅうて念仏を唱え続けたんやな。せやから、親鸞さんの行為は、邪淫にはならんの。せやからな、さっきの吊り下げられた坊さんもやな、愛人を持ったことで坊さんの仕事、菩薩行に専念できたんやから、邪淫の罪にはなれへんのやな。当然、俺も邪淫の罪にはならへんの。ほなら、邪淫てなんやの?、ってなるわな。ええか、邪淫の罪は、性に溺れることや。性に溺れてやな、周囲に迷惑をかけたり、周囲の人を悲しませたりしたら、それは邪淫の罪になるんや。ということは、コラ、そこの坊主、お前やお前」
太っちょ坊さんは、吊り下げられたままの坊さんに向かって言った。
「お前は、あかんのや。お前さんは、檀家さんの金で飲み歩いて、女を買ってやな、そんなことばかりしてたやろ。奥さんは泣いていたんちゃうん?。お前さんのやったことは、菩薩行にも悟りにもつながってへんやん。全部、単なる欲望や。しかも、周囲に迷惑をかけてるし、奥さんは悲しませてるし・・・。これは立派な邪淫の罪やな。どや、わかったか!」
太っちょ坊さん、偉そうに胸を張ったのであった。

「ほう、すごいな、あの太っちょ・・・。大正解だ」
隣で夜叉がつぶやいた。
「あの太っちょ、なかなかももんだな。あれだけわかっていたら、本当ならば、天界へ行けるはずなのに、なんで地獄に来たんだろうか?。まだ何かあるのか?」
「そうなんですか?。まあ、仏教に関しては、相当理解しているみたいですけどね・・・。何か裏で悪いことをしていたとか・・・」
俺がそういうと、夜叉は
「いや、あれは悪いことができるような人間じゃないだろ。どちらかというと、正直者だ。だから、ついつい一言多くなる。そんな人間だぞ、彼は」
確かに、鬼たちの追及に対して、いつも口出しをしている。一言多い、と言われそうなタイプだ。きっと、黙っていられない性格なのだろう。つまりは、正直者なのだ。思ったことが、ついつい口から出てしまうのだ。しかも、ストレートに。正直で、憎まれないのだろうが、うざい・・・と言われそうなタイプである。
「そうですねぇ。となると、何か別の理由でここに来たんですかね」
「うん。まあ、おそらく、わざと鬼とのやり取りをさせられているんだろうな」
「どういうことですか?」
「すべて仕組まれているんだよ。それも、それが鬼たちに伝わったのは、伝令が来てからだろうな、きっと・・・」
夜叉はそういうと、口を閉じて、まっすぐ鬼たちを見つめたのだった。

「み、見事です。その通りです・・・。皆さん、わかりましたか?。邪淫の罪は、彼が言った通りなんですよ。本来は、親鸞さんの宗派の坊さんが答えなければいけないことなんですよ。それなのにあなたたちは・・・。葬式や法事に明け暮れ、檀家からお金を搾り取ることばかり考え、仏教を学ぶことを忘れ、『非僧非俗・・・僧にあらず俗にあらず』という親鸞さんの高尚な教えを利用して、遊び呆けているからいけないんですよ。何が非僧非俗ですか。あなたたちのやっていることは、親鸞さんの悟りを貶めていることなのですよ。それがわからないんですね」
鬼は、そういうと髪の毛があるのに僧侶の格好をしている坊さんたちを見回したのだった。
「あなたたちだけではありません。他の宗派の坊さんだって、檀家の布施や寄付にふんぞり返って、威張った態度をして、自分にとって都合のいい教えばかりを説いていたでしょう。それは、あなたたちの宗祖を貶めている行為なのですよ。『宗祖は立派なのに、うちの住職は・・・』と檀家が嘆いていたことでしょう。少しは、そこの太っちょ坊さんのように、ちゃんと仏教を学べばよかったのです」
「な、なんやの?。あぁ、ひょっとして、鬼さん、あんた俺を利用したな。まあ、ええことで利用したからええけど、なんか不満やわ〜。初めから仕組んでいたとは・・・」
太っちょ坊さんの言葉に、鬼は
「いやいや、すみません。こういうことは本来はやらないのですが、今回は特にひどい坊主どもが集まったものですから・・・。それで、閻魔様から『面白い坊主を派遣するから、彼を利用しなさい』という指示があって・・・。まあ、おかげでやりやすかったですけどね。このどうしようもない坊主たちも応えたのではないかと思います。比較すればわかりやすいですからね」
とすべてを明かしたのであった。
「ふん、まあええけどな、協力してやったんやからそれなりに報酬はもらうでぇ〜。へっへっへ・・・。あぁ、せやけど、俺を利用せんでもこちらの御老僧がいてはるやん」
太っちょ坊主は、隣に座っている御老僧の方を向いてそう言った。御老僧は、
「ほっほっほ、私がここに来たのは予想外だったんじゃよ。私は単なる見学者じゃ。閻魔様もびっくり、鬼たちもびっくり、まさかわしがここに来るとは思ってもみなかったじゃろうて。ま、年寄の気まぐれで来ただけじゃからな。それにしても、いいものを見させてもらったよ。ほっほっほ・・・」
とにこやかにそう言ったのだった。

つまりは・・・。
閻魔大王は、今回の僧侶の死者の出来があまりにも悪すぎたため、一芝居を打つことにしたのだ。で、本来は、天界へ行っているはずの太っちょ坊さんを地獄行きの坊さん連中に混ぜておいたのだ。閻魔大王の思惑通り、太っちょ坊さんは、坊主たちへの鬼の追及をひっかきまわした。鬼はあわてて閻魔大王のもとへ遣いをやる。その遣いは閻魔大王の意志を聞き、帰ってきて先生鬼に伝えた。先生鬼は、閻魔大王の指示に従い、太っちょ坊さんを利用して、邪淫の罪について坊主たちを裁いたのだ。太っちょ坊さんは、閻魔大王の思惑通り、立ち振る舞ったわけである。なお、立派な御老僧は単なる見学者だった。好きで地獄を見に来たらしい。このような流れだったのである。

「さて、皆さん、わかっていただけましたか?。あなたたちは、今までやってきた坊主どもの中でも、きわめて低次元の坊主が多かったのです。それを自覚してくださいね。では、あなたたちの裁きをします。まずはあなた」
そう言って先生鬼が指さしたのは、吊り下げられていたが本音を言って解放された坊さんだった。
「あなたは、正直に心の内を白状し、また動機は不純ではありましたが、菩薩行に励んだことは事実です。よって、1年間、地獄の通路の清掃活動を言い渡します。なお、清掃活動をしながら、仏教を学ぶことを義務付けます。さぁ、行きなさい」
先生鬼がそういうと、彼の坊さんは、ふっと消えたのだった。
「次、太っちょ坊さんと御老僧を除いたあなたたち。あなたたちは、最も重い刑に処します。それは、あなたたちが最も嫌いな、仏教の修行です。あなたたち、修行は嫌いでしょ?。特に真宗の皆さんは、修行がありませんからね。その修行を味わってもらいます。それは、仏教の勉強、托鉢・・・そう地獄で托鉢をするのですよ・・・、不浄どころの清掃・・・つまりは糞尿地獄から漏れてくる糞尿の清掃ですな・・・、座禅や瞑想、以上のことを・・・不平不満が全くなくなるまでやってもらいます。いいですね。では、行きなさい」
先生鬼がそういうと、太っちょ坊さんと御老僧を残して、坊さんたちは消えたのだった。
「さて、御老僧はどうなさいますか?」
先生鬼は尋ねた。
「うん、わしは、天界に戻るよ・・・。あぁ、そうだ、お前さんも一緒に来るかい?」
御老僧は、太っちょ坊さんを見て言った。
「えっ?、俺もですか?、いいんですか?、といっても、天界のどこですの?」
「あぁ、決まっておろうが、真言の坊主がいく天界と言ったら・・・」
「兜率天?・・・ホンマに?、俺、行っていいんですか?」
「あぁ、お前さんなら弥勒菩薩様もお大師様も大歓迎じゃろう」
「あぁ、うれしい・・・よかった、ちゃんと坊さんしてて。すんません、ありがとうございます。嬉しいわぁ、御供いたします」
太っちょ坊さんは、満面に笑みを浮かべていたのだった。それを見て、先生鬼を始め、鬼たちもニコニコしていたのだった。それは、とても珍しい光景だった。
「はい、では今回の坊主の裁きはこれにて終了します。お疲れ様でした」
先生鬼がそういうと、鬼たちは地面の扉をあけて、ぞろぞろと去って行ったのだった。いつの間にか、御老僧も太っちょ坊さんの姿も消えていた。

「どうだ?。これがVIPルームだ」
夜叉が俺の顔を見て言った。その顔は、なんだか清々しい感じがした。
「面白いと言っては何ですが・・・しかし、坊さんも裁かれるんですね。このことを知れば、現世でお寺への寄付金で苦しんでいる檀家さんたちは、少しは溜飲が下がるんじゃないでしょうか」
「だろうな。坊さんのふんぞり返った態度や強引な寄付金に頭に来ている檀家さんは多いだろうからな。しかも、文句が言えないと来ている。坊主どもも、あまり威張っているとえらい目に遭うことくらい知っておいたほうがいいな」
「ところで、坊さんたちの罰ですが、具体的にはどういうことをやるんですか?」
そう、先生鬼はさらっと刑罰を宣言してしまい、刑を宣告された坊さんたちは、あっという間に消えてしまったので、その刑が一体どういうものなのか、俺は聞くチャンスを失っていた。
「そのことなら、私から説明しましょう」
突然、俺たちの後ろから声がした。俺はビックリして後ろを振り向いた。その声には聞き覚えがあったのだ。果たして、そこに立っていたのは先生鬼だった。
「お二人が見学していることは、初めから気付いていましたよ。ですので、もう姿を現してくださっても大丈夫です。前半を担当した鬼は、お二人がみているということで、ちょっと気負ってしまったようですね。まあ、見学者は滅多にいませんからねぇ」
そう言いながら、先生鬼は、俺たちの前に座り込んだ。
「さて、刑罰の説明ですよね。その前にゲストを招きました。どうぞ姿を見せてください」
先生鬼がそういうと、ふと二人の人が姿を見せた。それは、なんと御老僧と太っちょ坊さんだった。
「御老僧は、このお二人がいたことを初めから気付いていましたよね。太っちょさんは、知らなかったでしょ?」
先生鬼が太っちょ坊さんを見てにっこりとして言った。
「もう、ホンマびっくりしたでぇ〜。こっちの人、大丈夫でっか?。食われたりしまへんやろな」
太っちょ坊さんは、夜叉を指さして少しビビりながら言った。夜叉は
「お前さんなぞ食ってもまずそうだからな、食わねぇよ。わはははは」
と大きな口をあけて笑った。それにつられ、俺たちも大笑いしたのだった。太っちょ坊さんだけ、ちょっと引きつっていたが・・・。
「あんたら、ずっ〜っと俺らの様子を見てたんか?」
太っちょ坊さんの問いに、俺はうなずき
「えぇ、初めから終わりまでね。しっかりと見学させてもらいました」
と答えた。太っちょ坊さんは、「ふ〜ん」といい、
「ホンマやったら、見学料もらいたいくらいやけど、まあええわ。面白かったしな」
とニヤニヤしたのだった。御老僧が隣でクックックと笑っていた。ここが地獄であることを忘れてしまうほど、和やかな雰囲気だった。
「ご挨拶は、このくらいにして・・・えっと、聞新さんでしたよね・・・聞きたいことがおありなんでしょ?」
先生鬼が俺に尋ねてきた。
「はい、教えて欲しいことがあるんですよ。それは、あのお坊さんたちが受けることとなった刑罰についてです」
「具体的に何をするのか・・・ということですね?。夜叉さんはよくご存じですので、もし私の説明に不足があったら助けてくださいね」
先生鬼の問いかけに俺はうなずき、夜叉は「ふんふん」と首を縦に振った。
「あ〜、それは俺も聞きたかったわ。あのクソ坊主たちがどんな罰を受けるんか、知っておきたいもんねぇ」
太っちょ坊さんも興味津々である。
「はい、では、みなさん興味がおありなようですので、お話ししましょう」
先生鬼は、そういうと、ちょっと真面目な顔になったのだった。


真面目な顔で先生鬼は話始めた。
「まず、地獄の清掃一年を言い渡された坊さんには、その刑の名前の通り、地獄の清掃をしてもらいます。地獄の清掃とは、刑罰を受けた罪人の飛び散った血肉による、その汚れを掃除してもらうのです。まさしく清掃係です」
「ちょっと待ってください」
と俺は手をあげて、先生鬼に質問した。
「今まで私と夜叉さんは、いろいろな地獄を巡ってきました。ですが、そんな清掃係の人には会ったことがないですよ。その清掃の罰を受けるお坊さんは、初めてではないでしょ?」
「そうですね、まあ、会わないでしょうね・・・」
先生鬼は、首を縦に振りながらそう言った。
「なぜ会わないかと申しますと、まあ、彼らも人目を避けたいんですよ。あなたたちの取材の話は、地獄の住人全員に知れ渡っています。あぁ、もっとも罪人は別ですけどね。罰を受けた坊さんも罪人の一人ではあるのですが、彼らは特殊でしょ。切り刻まれたり、叩き潰されたり、炎の中に放り込まれたりするわけではありません。清掃係の坊さんは、あなたたちの取材のことを知っています。彼らは、地獄の掃除が刑罰ですから、部外者のあなたたちに会うのは嫌だったのでしょう。そんなみじめな姿を見られたくなかったのでしょうね」
「そんなん、あかんやん」
太っちょ坊さんが、口をはさんだ。それは、俺も思ったことだった。刑罰受けている坊さんが、その刑罰を恥ずかしがり、姿を隠すというのは、自ら反省していないということになるのではないか。
「あなた方の言いたいことはわかります。そうです、隠れているようではいけません。ですから、そういう坊さん・・・元坊さんですね・・・は、いつまでたっても清掃係を終えることができません。先ほどの心情を告白した坊さんも、一年という期限はつけましたが、一年たってもこそこそ隠れて掃除をするようでは、清掃係は終わりません。一年たったときに、刑の延長がなされます。実際、鬼の眼を盗んでこそこそ清掃をする元坊さんはいます。なるべく鬼と接触しないように掃除をするんですね。そういう元坊さんは、結構長く地獄の掃除をやっていますよ」
「気付かへんのかなぁ、そいつら・・・」
「まあ、そういう気付かない元坊さんは少ないんですけどね。実際は、皆さん掃除をしているうちに、自分の愚かさに早く気が付きます。気が付かない元坊さんは、少数派なんですよ。自分の愚かさに気付いた元坊さんは、ここを出ることができます。多くの元坊さんは、早くにここを出ますよ。だからきっと、聞新さんたちは、清掃係の元坊さんと出会わなかったのでしょう。彼らに出会うこと自体、まれなことですからね」
なるほど、そもそも清掃の罰受けている元坊さん自体が、少ないのだ。清掃の罰受けた元坊さんは、地獄の掃除をしているうちに、己の愚かさに気が付き、地獄を出られるのだ。自分の愚かさに気が付かず、こそこそ清掃をしているものだけが、地獄に残り清掃の罰を受け続けているのだ。が、そういう元坊さんはごく少数なのだ。
待てよ・・・、己の愚かさに気付いた坊さんは、ここを出てどこへ行くのだろうか?。順に上に行くのだろうか?
俺の疑問を察した先生鬼が、再び話し始めた。
「これは刑罰を受けた元坊さんに共通していることですが、地獄での刑罰を終えた元坊さん・・・つまり、己の愚かさに気付いた元坊さんですね・・・そういう坊さんは、ここを出たあとは、それぞれの罪応じた世界に生まれ変わります。たとえば、お金で檀家を苦しめた元坊さんは、地獄での刑罰を終えると、餓鬼界へいくでしょう。邪淫を貪った元坊さんは畜生界へ行くでしょう。つまり、地獄での罰を終えると、一般人と同じように、罪に応じた世界へ生まれ変わります。まれに、天界へ行ける方もいるようですけどね。まあ、その気付き方にもいろいろありますから・・・」
そういうと、先生鬼は御老僧と夜叉をみて頷いたのだった。それに応じたかのように、夜叉が言った。
「まあ、その話はいいから、仏教の修行をせよ、と言われた坊さんたちのことを説明してやったらいいんじゃないか」
「そうですね、そのほうが分かりやすいですね」
先生鬼は、そこで一呼吸はさんだ。

「あの最低の坊さん、と言われた者たちですが、彼らの修行とは、仏教本来の修行のことです。ただし、ここは朝とか夜とかの時間の区別はありません。ですから、その修行は、鬼の合図で始まります。
あの出来の悪い元坊さんたちは、一か所に集められます。で、鬼が『沐浴せよ』と叫びます。それが修行開始の合図です。彼らは、沐浴場に行きます。そこで地獄の水・・・糞尿ですね・・・で沐浴をします。その意味は、『お前たちの心は地獄の糞尿よりも汚れている』ということを悟らせるために行うのです。まあ、それをすぐに悟るものはいませんけどね。皆さん、文句を垂れながら糞尿で沐浴します。沐浴を拒否しようものなら、自動的に頭から糞尿が降ってきます。滝のようにね・・・」
その姿を想像したのか、太っちょ坊さんが「くっくっく」と笑っていた。先生鬼は、それに構わず話を続けた。
「糞尿の沐浴を終えた元クソ坊主どもは・・・」
いつの間にか、「出来の悪い元坊さん」が「元クソ坊主ども」になっていた。
「元クソ坊主どもは、托鉢に出ます。もちろん、糞尿まみれのままです。托鉢と言っても食事を出してくれる人は住んではいません。地獄ですからね。鉢に入るのは、切り刻まれた罪人の肉片が飛んできたものだけです。たまにですが、切り刻まれた罪人の肉片が飛び散るんですよ。それを元クソ坊主どもは鉢でキャッチするんです。もっとも、その肉片を食べるわけではありません。それも清掃活動の一部です。彼らは、托鉢しながら掃除をしているのですよ。鉢に入った肉片は一か所に集められ、糞尿地獄の池の中に入れます。これは、うじ虫のエサですね。
肉片集めが終わると・・・鬼が托鉢終了と言います・・・、彼らは仏教の勉強に入ります。これが、彼らにとっては最も苦痛でしょう。
仏教の勉強とは、まさにそのままです。お釈迦様の伝記から始まり、仏教の基本的な教えを学びます。諸行無常・諸法無我・涅槃寂静、因果の摂理、十二因縁などなど、仏教の基本を学びます。教えるのは、我々鬼です」
「それのどこが苦痛やのん?。そんなん当たり前やん。それに、そんなこと生きているときに学んでるでしょうに。そんなん、苦痛でも何でもないでしょう。鬼さんが、教えるから恐怖だとか、そんなやったら許されへんわ」
太っちょ坊さんが、ちょっと不服そうに言った。
「まあまあ、そう怒らないでくださいよ。彼らにとっては、苦痛なんですよ。なんせ、クソ坊主どもですから・・・」
先生鬼は、苦笑いをしながら説明を続けた。
「まず、彼らは正座ができません。ここでの正座は少しでも足を崩すことは禁止です。案外、お坊さんって正座が苦手でしょ。というか、そもそも人間は、長時間の正座に耐えられません。しかも、座布団もありませんしね。さらに、地面はごつごつとした石でできています。彼らクソ坊主どもは、すぐに音を上げます。で、足を崩します」
そこまで聞いて太っちょ坊さんは、しかめっ面をした。そして
「あぁ、あかんわ、俺、すぐにリタイヤやわ」
と叫ぶと、先生鬼を始め、その場にいたみんなが笑ってしまったのだった。そりゃ、もっともである。それだけ太っていれば、正座は無理であろう。
「リタイヤするとどうなるん?」
太っちょ坊さん、我々の笑いに眉をひそめたが何も言わず、真剣な眼差しでそう尋ねた。

「足を少しでも崩しますと、足を崩すことができないように、正座した足の上に石板が乗せられます。これは結構痛いですよ」
「結構どころか、そんなん叫んでしまうわ。それじゃあ、仏教の教えなんか、耳にはいらへんやん」
「そうですね。勉強になりません。ですから、石を乗せらるのは、ほんのわずかな時間です。こんな感じですよ。
一人の坊主が足を崩したとします。すると、仏教を講義していた鬼が
『こら、そこのクソ坊主、足を崩したな。はい、すぐに正座しなおし』
と注意します。で、正座しなおした坊主の足の上に石板を乗せます。石板を乗せるのは、その係の鬼がいます。その鬼が、石板を乗せながら
『次の違反者がでるまで、そのままじゃ』
と告げます。そう、次に足を崩したものが出たら、その石板は次の足を崩した坊主に回されるんですよ。もし、同時に多数の坊主どもが足を崩した場合は、同時に石板を乗せます。で、誰か別の坊主が足を崩したら、彼ら全員の石板が取り除かれ、新たに足を崩した坊主に乗せられます。もちろん、乗せられる石板の数は一枚のみですよ。このようにすれば、案外、石板が足の上に乗っている時間は短いのですよ。このように石板を乗せたり、乗せ換えたりしている間にも講義は進みます。講義は、その内容の区切りのいいところで、テストがあります。テストで全員が合格点が取れないと、同じ講義を繰り返します。出来の悪いクソ坊主どもの中の、さらに出来の悪いクソ坊主がいると、他のクソ坊主が迷惑します。同じ話を何度も聞くのは苦痛ですからね。まあ、たいていは、クソ坊主どもで争いが始まりますね。お前のせいで、先に進まないじゃないか・・・とね。テストのたびに、言い争いが始まるんですよ」
「そ、そんなアホなん、あいつら・・・」
太っちょ坊さん、あきれて目をむいたのだった。

太っちょ坊さんの気持ちはもっともだろう。彼らは、その刑罰を受ける前に、さんざん鬼に質問をされているのだ。僧侶の本当の目的とは何か?、と必ず問われているのだ。で、己の罪を見つめなおすように導かれてもいるのだ。坊主としてどうなのか、という反省も促されているのだ。それなのに、刑罰が始まったら仲間で争いが起きるのだ。彼らは何もわかっていない、としか言いようがないだろう。そんな連中が生きているときに僧侶をやっていたのかと思うと、本当にがっかりである。
大きなため息をついて、先生鬼が話を続けた。
「そうなんですよ。本当に何度もがっかりすることが多いのですよ。でも、たまにですが、気が付くものもいるんですよ。みんなで教えあおうとか、そんなに責めるなよとか・・・。そうなってくれば、いい傾向ですよね。まあ、時間はかかりますが・・・。
さて、足の上に乗せられる石板がしょっちゅう回されるようになったり、全員に石板が乗ってしまう状態になると、仏教の講義は終了します。初めのうちは、仏教の講義はすぐに終了します。次第に講義も長くなってきますけどね・・・。
講義が終わりますと清掃活動に入ります。特に糞尿地獄周辺の掃除ですね。あそこは、糞尿がよく飛び散りますから。そう、ちょうど聞新さんたちが来た頃は、刑罰を受けていた坊主どもが、その刑罰を終了したあとだったんですよ。前回の坊主どもは、今回のクソ坊主どもよりも若干マシでしたから、早くに刑罰を終えたのですよ。
まあ、それはいいとしまして、その清掃の刑罰ですが、飛び散った糞尿を手で掬い取り、鬼から渡された手桶に入れます。手桶がいっぱいになったら、糞尿地獄の池に戻すのです。たまに糞尿地獄に住むうじ虫・・・聞新さんも見たと思いますが・・・その小さいウジも飛んできます。そいつらは、すぐに噛みつくんですよね」
「ということは、清掃活動をしている坊主も噛みつかれるんですね」
俺の問いに先生鬼は、大きくうなずいた。そして「あれは痛いんですよねぇ」としみじみと言った。
「糞尿地獄の周りがきれいになりましたら、鬼が叫びます。『沐浴せよ』と」
先生鬼は、そういってまた大きくうなずいたのだった。

まとめると、彼ら元坊主の刑罰の流れはこうなっているのだ。
鬼の「沐浴せよ」という掛け声で坊主たちは沐浴場に行く。
そこで、糞尿の沐浴をする。
沐浴が終わると鉢を持って、托鉢に出る。なお、鉢に入るのは、時折飛んでくる罪人の肉片である。もっともそれを食べるわけではない。肉片は集められ、糞尿地獄へ入れるのだ。ちなみに、その肉片は糞尿地獄に住む、あのうじ虫が食べるのだそうだ。
一通り清掃活動が終わると、仏教の講義が始まる。ごつごつした地面の上に坊主たちは直に正座するのだ。その状態で、仏教の基本から講義を受けるのだ。
正座を崩すと足の上に石板が乗せられる。その石板は、次に足を崩すものが現れるまで乗せたままである。もし、複数の者が同時に足を崩した場合も同じだ。
講義を受けている坊主たち全員が、足に石板を乗せられたら講義は終了し、次の修行に移るのだ。次は、清掃活動である。
坊主たちは、一人一人に手桶を渡される。彼らは、糞尿地獄の周りに飛び散った糞尿を手で掬い取り、その手桶に集めるのだ。手桶がいっぱいになったら糞尿地獄の池に戻すのである。たまに、糞尿地獄に住むうじ虫が飛んでくることがある。そのうじ虫は、坊主たちの手などに噛みつくことがある。それはかなりの激痛らしい。
糞尿地獄の周りがきれいになったら、初めに戻るのだ。そう糞尿の沐浴である。地獄には、朝とか昼とか夜とかはない。したがって、寝るということもないのだ。休むということもない。彼ら元坊主たちが、何かを悟るまで、このループは続くのである・・・・。

「下座行を嫌うようでは本物の僧侶にはなれぬ・・・。若い時に、私の師がよく言っておったが、まさにそのとおりじゃのう」
御老僧が、ふとそうつぶいやいた。
「ホンマでっせ。坊さんは年を取ってえろうなると、若い坊さんに下座行を押し付けますからね。で、自分はな〜んにもせいへん。本当に偉いお坊さんは、どんなに立派になっても、トイレ掃除とかしますからなぁ・・・」
太っちょ坊さんも同意したのだった。
「お坊さんだけじゃなく、人間、偉くなると駆け出しのころの気持ちを忘れるからな。偉くなるにつれ、うぬぼれも強くなっていくんだ。で、態度も悪くなる。人間界には『実るほど頭が下がる稲穂かな』っていう、いいことわざがあるのにな。自分のことは顧みず、そうやって説教するヤツは多いんだけどね」
夜叉が吐き捨ているようにそう言い、苦笑いをしている。その言葉に、皆がうなずいたのだった。

「せやけどね、俺やったら、この地獄をすぐに抜けられまっせ。刑罰の内容を聞いたら、地獄からの脱出なんか簡単や」
太っちょ坊さんが、みんなの顔を見回してそう言った。御老僧は、その言葉を聞いてニヤニヤしている。
「いや、そのうぬぼれとはちゃいますよ。そんなん、仏教を知っていたら、簡単ですやん」
太っちょ坊さんは、自信ありげにそういうのだった。

つづく。

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