

《beginner》 現在我が家にあるゲーム機は、SFCとGBCと64です。子供たちが遊んでいるのを横から見てはいたものの、私が実際にPLAYしたものといえば、子供が小さかったこともあり[ヨッシーアイランド]や[スーパーマリオ]などのアクションゲームが中心。子供が成長するまで、TVゲームに触れた事がない状況の元で、私は暮らしていたのです。前振りです。読み飛ばして下さってかまいません。 小学生がいる家庭なら、誰もが通るポケモンの道。 我が家も例外ではなく、赤版を手に私もポケモンゲットに精を出しました。価格が下がったのを機に1998年の夏に64を購入。 その年の12月子供達のクリスマスプレゼントも買い終え、何か私が遊べる物はないかと玩具店をぶらついていた時、目にとまったのが「時のオカリナ」でした。とてもきれいなパッケージ、そういえばCMもTVで流れていたような…。ゼルダの伝説について何も知らないまま、私は「時のオカリナ」を手にしたのです。そして最初の出会いが強烈すぎて、現在に至っているという…。 《正編と外伝》 「ムジュラの仮面」は、正編である「時のオカリナ」とは異なるテイストの作品です。本筋ではけっして出来ないことが可能なのが外伝の強み。王道をつねに歩むハイラルの物語と、自由に物語を紡げるタルミナ。 二つのリンクの物語は、私に強い感慨をもたらしてくれました。どちらも私は大好きです。 「時のオカリナ」のリンクは、重い宿命を負っています。こんな小さな肩に、ハイラルの運命が掛っている。自分の寄るべき場所さえ失い、小さな胸の中に全てを秘めて魔王と戦わねばならないなんて。 こんなにも幼いのに…自分の子供達と比べるまでもなく、とても耐えられない過酷な状況です。もしリンクのお母さんが生きていたら、我が子の運命をどんなにか嘆いたことでしょう。自分の子供には勇者にはなって欲しくありません。 ゼルダの世界に初めて触れたばかりだというのに、この男の子が三人目の子供に変わるのにさして時間はかかりませんでした。あーっ、こうして首まで浸かってしまったのね。 リンクが再び元の時代に戻ったとき、これからは宿命の旅ではなく自分自身の人生を旅する事ができるのだと、まっすぐな彼の瞳を見て私はある種の安堵を感じたのです。 思いもよらぬ出来事で、迷い込んでしまった世界タルミナ。ハイラルに似て非なるこの世界では、リンクは不思議と普通の少年に見えます。不思議な力の加護を受け、魔法が使えようともこの地でのリンクは運命を背負った少年ではありません。 ハイラルでの旅は宿命の旅、タルミナでの旅は冒険です。クロックタウンでの市井の人々との関わりが、何にも優るリンクへの贈り物に見えた私。おばあちゃんに本を読んでもらって寝ちゃうなんて、コキリの森では決して体験できない事だもの。 私の子供が普通に経験していたことが、リンクはしたことがなかったんだね。 タルミナでのリンクはとても伸びやかです。3日間という限られた時間の中で出来ることは、そんなに多くはありません。何度も3日間を繰り返さないと、きれいなお姉さんや、たくさんの人をお助けしてあげられない。一度で何もかも済ませられるほど、世の中都合よくはないのです。 あえてそうゆう状況に設定してある事に、かえって私は好感を持ちました。最初の日にもどって全てが元にもどってしまっても、リンクの頑張りが水泡に帰したわけではないからです。 ご褒美のために動くのでもありません。言い換えればしあわせな未来の記憶を多く持つ事が、リンクの心を強くします。リンクは肉親との繋がりの代わりに、違うものと強く繋がっているはずです。 ゲームの主人公にここまで感情移入する私。うむむ…リンク恐るべし。この先ゼル伝が発売されれば、また私は彼が心配でこの世界に迷わず入って行くことでしょう。そして、その時にはまた首まで浸かって、あーだ・こーだ考えているに違いない。 64で最初と最後になる2種類のゼル伝に、ゲーム初心者の私が出逢えたのはやはり「しあわせ」って事ですよね。 〈了〉 |