それは、いつもとなんら変わりない、平凡な日のことだった。 「…おう、お前さんたちか。依頼人から話は聞いてるよ。お疲れさん」 西の大陸のほぼ中央に位置する、交易中継都市・センティストでのこと。 およそ街か、それ以上の言葉で分類される規模の都市なら、間違いなく市街に存在して いるハンターズ・ギルドで、つい今しがた一仕事を終えてきた二人の人物が、ハンターの 証である写真入りライセンスを身分証明に、受付の男から報酬を受け取ろうとしていた。 二人とも、男。 青年というよりも、むしろ少年と表現した方が似合っている風体である。年齢も、せい ぜい十六、七歳といったところだろうか。 一人は黒髪で、秘めた意思の強さを感じさせる黒い瞳を持つ少年。剣などの武具は見当 たらず、手をグローブか何かで保護しているわけでもなく、ほとんど決定的とも言えるマ ントを羽織った姿を見る限り、どうやら魔道士のようだ。しかし、額に巻き付けられたバ ンダナと、肩口で袖を落としたタイプの服を着た容姿が、少年から魔道士特有の『体力的 な弱さ』を感じさせない。 もう一人は、ほのかに赤みを帯びた茶色の髪に、ブラウンの瞳。こちらも黒髪の少年に 負けず劣らず、意思は強そうだ。負けん気が強い、と言っても、恐らく間違いではないだ ろう。指の第二関節あたりから先の無いグローブで手を覆い、全体的に軽装で動きやすそ うな格好をしている。この少年は、さしずめ格闘術での接近戦を得意とする、ファイター といったところか。 「…よし」 受付の男は、二人の少年のライセンスを見て頷いた。 「フリーハンター、ルーティン=アーキテクト。ならびにロック=トーレスと確認した。 それじゃあ、仲介料その他、報酬から協会に納める分を引いた残りを、半分ずつそれぞれ 指定の口座に振り込んでおくから、端末で確認しといてくれ。 まあ、ハンター個人の報酬をピンハネするほど、協会は貧乏じゃねぇけどな」 男の軽口に適当に応じて、二人はフロアの隅に設置されている端末へと足を運ぶ。 と、そこで茶髪の少年が、器用に口笛を鳴らした。 「見ろよ、ルーティン。端末が五台に増えてる」 ルーティンと呼ばれた黒髪の少年は、茶髪の少年の言葉にうなずいて、 「前に来たときは三台だったよな。 さすがは大陸の交易中継都市。惜しみない配慮で」 二人の視線の先には、ハンターにとって欠かすことのできないアイテム、『端末』が置 かれている。アイテムと表現したが、その大きさは結構なもので、大の男でも一人で持ち 運びできるものではない。大概、必要な機能がつまっている本体と、その情報を映し出す 表示装置と、こちらの命令を本体に伝達する入力装置の三つで構成されている。ハンター 個人の情報はもちろん、世界の情勢、現在協会に申請されている依頼の一覧、その他もろ もろ。様々な情報を引き出すことができる。まさにハンターの必需品、商売道具というわ けである。原理は全く不明だが。 二人はそれぞれ端末の前に立つと、入力装置から自分の名前と認証番号、さらに暗証番 号を入力して、個人情報を閲覧した。 「…よし、振込みに問題なし、と。ロック、そっちは?」 「こっちも問題なし。なあルーティン。金も入ったしさ、ちょっと時間は早いけど、そろ そろどっかでメシにしないか? 腹減った」 「賛成。じゃあ早速、寒風吹きすさぶふところを温かく…………ん?」 「どうした?」 「…メールが来てる」 メールとは、端末と端末を結ぶ電気通信回路網を利用した手紙のやりとりのようなもの で、相手に瞬時に情報が届くのが最大の売りである。これまた原理は不明。ただ、高い利 便性の反面、これまでのような紙を使った手紙の愛好者には、風情がない、といささか不 評だが。 「ロックもメール見てみろよ。宛先が俺とお前になってるから」 「こういうとき、お前がいて良かったって思うよ。俺はお前と違って、まめにメールをチ ェックする習慣がないからさ」 「面倒臭がりだっていうだけだろ?」 苦笑するルーティンに、ロックはすまし顔で肩を竦めた。 「へーへー、すいませんでした。えっと、メール、メール……。 ……なんだ、このメール? 重要度『高』に指定されてるじゃないか」 しかも表示装置上では、『送信者』の欄が『SECRET(秘匿)』になっている。 件名は、『サンマリノに来られたし』となっていた。 「サンマリノって……」 「ここから徒歩で五日、馬車で二日、大陸鉄道で三時間のところにある、西の大陸唯一に して最大の漁港、サンマリノのことか?」 「…うん。多分。付け加えるなら、原因不明の事件のせいで、ハンターが最も行きたくな い場所のひとつとして挙げている、いわく付きの街でもある」 「こんなものを送ってくるような知り合いなんか……」 言いかけたロックの表情が、強ばった。 明らかに、何かを恐れるその表情。 「…ルーティン。あこのメール、気付かなかったことにしておかないか?」 「…実は俺もそうしたいんだけど…」 苦笑して、ルーティンは言った。 「でも、このメールの送り主が俺とお前の予想している相手だったら、見なかったら見な かったで、後々痛い目を見ると思うけど。言い訳が通用する相手とも思えないし」 がっくり、と肩を落として、ロックは諦め半分にため息をついた。 「…仕方ねぇ、見るか」 「そんな身構えなくても大丈夫さ。まだあいつのメールと決まったわけじゃないんだし」 「…そりゃまあ、そうだけど」 そう言いながらも納得しきれない様子で、ロックは端末を前に祈った。 「せめて最大最強最悪の『はずれ』が来ませんよーにっ」 大袈裟なほどのロックの行為に思わず吹き出しつつ、ルーティンは問題のメールを開封 し、その内容に眼を向けた。 中身は単純なもので、近ごろ漁港・サンマリノで起こっている、ある事件の調査を依頼 したいというものだったのだが。 問題はそこではなく、最後に書かれた一文にあった。 『二人を支える女より―愛しのルーティンと、愛しのロックへ』 「……」 ルーティンは数秒ほど気が遠くなったのを確かに自覚すると、放心しそうな意識をなん とか引きとめながら、やっとの思いでつぶやいた。 「…『はずれ』だ」 「しかも、最大最強最悪の、な」 横から訂正を入れてくるロックは、なぜか酷く疲れて見えた。
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