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第五章 反撃開始に生き生きし


 おそらく、それは自分自身に対する自信から生まれているのだろう。
 今のルーティンの表情は、まさしく水を得た魚であった。恐怖など、微塵も感じていな
い表情だ。そこにあるのは、得体の知れない相手に対する、純粋な興味そのものだった。
 外見とは裏腹に血の気の多いルーティンだが、宿屋のベッドに横になっていたところを
襲われたときも、上空を飛行中に魔法術の集中砲火を浴びたときも、表面上はともあれ、
内にある冷静さは揺らぎもしなかった。少なくとも、ロックにはそう見えた。疲労はして
いたが、むしろそうして追い込まれていく状況を打破するのが、気持ちよくて仕方ないよ
うな感すらあった。
 ――悪役がさ、『恐いものなんかないぜ』って顔して、やりたい放題やっててさ、その
高慢チキな鼻っ柱をヘシ折るのが、なんか気分いいんだよな。『世界はてめぇを中心に回
ってるんわけじゃねーんだよ』って、思い知らせてやるのがさ。
 いつだったか、ルーティンはそんなことを言っていた。
 典型的な負けず嫌い。挑発されても、ロックと違って直情的な反応はしないが、後で必
ずやり返す。何が何でもやり返す。そういう奴だ、ルーティンは。
 そして、その度にロックは思う。ルーティンは魔道士らしくない、と。
 通常、魔道士といえば、非力でありながらも知性と教養を感じさせ、憎たらしいほどの
プライドを持っているイメージがある。少なくともロックはそう思っていた。剣士や拳士
に対して、無骨で粗野なイメージが定着しているのと同じである。もちろんそれは一般論
で、魔道士にしても剣士にしても拳士にしても、実際には様々な個性が絡んでいることな
ど周知であるし、既知でもある。だが、それでもルーティンは魔道士らしくないと思うロ
ックであった。端整な顔立ちに似合わず、気に入らない他人をいとも簡単に投げ飛ばした
り殴ったりする自分を、棚に上げて。


 街に向かって傾斜を下っていくルーティンの表情は、生き生きしていた。
 果たして相棒は、自分が今どんな顔をしているのか、気付いているだろうか。
 そんなことを考えながらも、ロックの表情はルーティンのそれと同じく、生き生きして
いた。
 いよいよ反撃、という雰囲気がそうさせるのか、今はすこぶる爽快な気分だった。走っ
てはいるが、まだ息は上がっていない。それくらいの鍛え方はしている。まだまだ準備運
動の域を越えない程度のレベルだ。
 難しいことは何一つ分からないロックであったが、街にいるであろう結界術士を探し出
す話が出たとき、また飛んで行かないのかとは、さすがに言わなかった。あんな魔法術の
嵐、飛び込むだけこちらが不利になる。それくらいのことは理解している。
 それに、ロックとて一応は考えている。理解している範囲でだが、考えている。
 ロックは不思議に思っていた。
 素朴だが、答えの見えない疑問。
 今回の事件は、街の人間を操って行っている犯行である。何かの間違いで民家に被害が
及んだら、翌日になって被害を受けた家の持ち主が不審に思ってしまうのではないか。
 なぜ自分の家に被害が、という意味ではない。
 こんな被害を受けていながら、なぜ自分は目覚めなかったのか、という部分に疑問を持
ってしまうはずだ。
 それはもちろん、なんらかの理由で操られていたのだから、目覚めるも何もなかったわ
けだが、そうして街の人間が疑念を抱くことを、もし犯人が望まなかったとしたら、どう
だろう。これから自分たちが行う『反撃』に対し、犯人は街の人間たちを差し向けてはこ
ないはずである。
 …しかし、何度も言っているが、現に宿屋でルーティンが襲われ、街の上空を飛んでい
たときの一件もある。
 では、街の人間が不審に思うことなど、犯人にとってはお構いなしだとでもいうのだろ
うか。
(…いや、待て待て)
 話を先へ進めたがる本心に、ロックは自らストップをかけた。
 そもそも、犯人がどうやって街の全ての人間を操っているのか、その方法すら特定でき
ていないのが実情である。その上で犯人の心境など想像したところで、そこから一体、何
が得られるというのか。ついさっき、相棒とも話したではないか。まずは街を覆うほどの
巨大な結界を発生させている術者に接触しよう、と。
 …とはいえ。
(…考えないようにすればするだけ、考えたくなるんだよな)
 それこそ、まさに人間の本能。一度でも知りたいと思ってしまうと、どうしても知りた
くなり、一度でも雑念が思考に混じると、いくら集中しようとしても雑念が邪魔をする。
 基本的に天の邪鬼なのだ、人という生き物は。
 しかもロックのような、頭脳労働の苦手な単純――もとい、行動派に限って、特にその
傾向が顕著だったりする。それでいて、そういう行動派に限って根は繊細だったりするの
だから、まったく世の中、どうかしている。まあ、『だからこそ面白い』ということもあ
るのだが。
 そうして幾重にもねじられた人の精神は、ねじりを失ったとき、その人物の持つ本来の
姿をさらすのだろうか。その人物の本質が見えてくるのだろうか。
 自分も。
 相棒も。
(…なんだ。何を考えてるんだ、俺は?)
 何がなんだか、さっぱり分からない。
 これは、ごく単純な意味での興味なのだろうか。
 …そうかも知れない。違うかも知れない。
 しかし、ロックは知りたかった。
 今回の事件の犯人が、果たして自分の本質に従って犯行を行っているのかどうか。
 もしそうなら、何が犯人の本質を露呈したのか。犯人に犯行を行わせるもの、それは一
体、どんなものなのか。
 さらには――。
(…やべぇ、頭痛くなってきた)
 どうやら、ガラにもなく難しいことを考えすぎたらしい。
 にわかな頭痛に、ロックはげんなりした。このまま放っておくと、かなり泥沼状態にな
りかねない。なんとかせねば。
「…なあ、ルーティン」
 気分転換を兼ねて、相棒に声をかける。
「犯人、人間だと思うか?」
「…じゃ、ないかと思ってる。推測の域を出ないけどな」
「根拠は?」
「自分の手を汚さず、駒を使って寄ってたかって標的をいじめ倒す、腐った根性が人間っ
ぽい」
「…すでに解りきってることではあるし、前々から思ってはいたんだけど、お前って、と
ことんハッキリ言うよな」
「言いつくろってやる義理がないね」
 さらに辛辣に、ルーティンは言い切った。
「そもそも、なんでいじめると思う? それはいじめる側が、どうしようもなくイラつい
ているからだ。じゃあ、なんでイラつくと思う? それは、どうしようもなく不器用な自
分を、どうにも修正できないからさ」
「…自分で自分にイラついて、その鬱憤を他人で晴らしてるってことだよな」
「まさにその通り。
 特にいじめってやつは、力に対してコンプレックスを持ってる奴が加害者って場合が多
い。何かどうしても反抗できない強力な力に屈していて、そんな自分を見るのが嫌で嫌で
仕方なくて、だから自分より弱い者を痛め付けることで、自分の精神状態を安定させてい
るんだ。だから多分、今回の犯人も、そういう類の人物だと思う。力に対してコンプレッ
クスを持った奴じゃないか、ってね」
「…それが、『犯人が人間だ』っていうことと、どうつながるんだよ?」
「自分自身の不完全さに気付いてるくせに、それでも自分は優れているはずだと思い込む
ことで心を安定させる。実現が絶対不可能な完全を求め続ける果て無き上昇思考といい、
圧倒的な力を手に入れると、その力を思い切り使ってみたくなる好奇心といい、どれもこ
れも人間の特徴だ」
「…そういうもんか?」
「そういうもんさ。だからこそ、俺たち人間の手で止めなきゃならない」
「街の人間はどうする? 襲ってくるかも知れないだろ?
 やっぱり、できるだけ手は出さない方がいいか?」
「基本的にはそうしたいけど、もしどうしようもなくなったら…」
「ああ、分かってる。当て身でも食らわせて、静かにさせるさ」
「頼むよ。まあ実を言うと、街の人間が襲ってくるかどうか、怪しいところではあるんだ
けどな」
 ぼやくようなルーティンの言葉を、ロックは聞き逃さなかった。
 ――気付いている。
 ルーティンも、ロックが疑問に感じたことと、同じことに。
「…ま、それは現実に直面してからいくらでも対処できる話ではあるんだけど、問題は犯
人をどうするか、ってことなんだよな」
「諦めの悪い犯人だったりすると、ってことだよな?」
 ルーティンは頷く。
「この街の、全ての人間の命がかかってる。
 最悪の場合、それなりの手段に出る必要もあるかもしれない」
「…ち、ちょっと、待ってよ!」
 ルーティンとロックの会話に入ってきた横槍は、かなり後ろから聞こえてきたものだっ
た。二人は取りあえず足を止め、示し合わせたように揃って振り返る。
 そこに、息も絶え絶え、といった様子のレジィの、一生懸命走る姿があった。
「なんだよ、お前。遅ぇよ」
 やっとのことで追いついたところを、あっさりと言い放つ。
「あんたたちが速すぎんのよ!」
 鬼の形相で言い返された。怖。
「まったく、あんたたちって、どういう体の構造してんのよ。体力馬鹿のロックはともか
く――」
「体力馬鹿って言うな」
 間髪おかずに突っ込む。なんとなく言われそうな気がしていたわけだが、もしそうでな
かったら、あまりに自然な話運びに、気付くことすらなかったかも知れない。
 だが、レジィの方がもう一歩上手だった。まるでロックが何か言ってくるであろうこと
など予測していたかのように、全くの無反応で話し続ける。
「――ともかく、ルーティンまで、なんでそんなに体力が有り余ってるのよ。あんただっ
て魔道士でしょうが」
「別に、魔道士だからって体力がないとか、そういうことでもないと思うんだけどな、俺
は」
「納得いかないわ」
「いや、そんなこと言われても」
「あ、もしかして、あたしって、か弱い?」
「それはちょっと」
「何よ『ちょっと』って」
「いや、ちょっと」
「だから何よ『ちょっと』って」
「そもそもお前、自分で『もしかしたら』とか言ってるし」
「あう」
「なぜ言葉に詰まる」
 ルーティンは後頭部を掻きながら、困った様子で吐息した。
「体力くらい、いくらでもつくさ。気にしなくても、いつの間にかついてる。旅してるん
だから」
「なんてったって、フリーランスのハンターだからな。どこにも所属してないから、自由
に行動できるんだ」
 ここぞ、とばかりに便乗したロックの一言に、レジィは首を傾げた。
「…でも、それじゃあハンターとして、仕事が成り立たないじゃないの?」
「だから、フリーなのさ」
「?」
 再び、首を傾げるレジィ。
 思わせぶりな物言いのルーティンは、小さく笑った。
「フリーってのは、何も『無所属』だけを意味してるわけじゃない。人探しから用心棒、
古代遺跡の調査、幻獣・珍獣の発見・保護、山賊・海賊の鎮静化、その他もろもろ。仕事
の内容にとらわれない、幅広い活動が可能であるからこそ、俺たちはフリーハンターなん
だ」
 ふぅん、とレジィ。
「…結構、奥が深いのね、ハンターって」
「…つーか、なんでお前が知らねえんだよ。ハンターズ・ギルドの長の娘が」
「別に、ハンターズ・ギルドの長の娘だからって、ハンターのことをなんでも知ってるわ
けじゃないわ。あたしはハンターズ・ギルドの長の娘である前に、一人の女の子なんだか
ら」
 言われてみれば、確かに。
「ねえ、ルーティン、ロック。今までどんな仕事をしてきたの?」
 嬉々としてそう尋ねてくるレジィに、ルーティンとロックは揃って一歩後退した。
「…なんだよ、急に」
「だって、前にあたしの用心棒を請け負ってくれたとき、大して仕事のこと、話してくれ
なかったじゃない」
「…あのときは、ベロニカ総統の娘の護衛ってことで、緊張してたんだ。
 驚いたぜ。グランフィールのギルドで、いきなり金持ちそうなおっさんに依頼を持ち込
まれたときはさ」
 グランフィールとは、西の大陸の西岸にある大都市で、ハンターズ・ギルドの本部があ
る場所である。
「あたしのこと、お嬢様だと思った?」
「わざわざ執事まで使って俺たちを呼び寄せて、しかも『今までにどのような仕事をなさ
ってらしたの?』なんて聞かれたら、そう思っても仕方ないじゃないか」
「あれは社交辞令よ、社交辞令」
「猫かぶってただけだろ」
「建前よ」
「どう違うんだよ」
「……。ねえねえ、あたしと初めて会ったとき、実は下心とかあったりした?」
「…なんだ、今の間は」
 ルーティンのツッコミは、レジィの無言によって返された。まあ、ルーティンもまとも
な返答など期待してはいなかったのか、全く気にした様子もなく話を続ける。
「俺は全然なかったね、下心なんて」
 そこで肩を竦め、
「でも、ロックはどうか知らないけど」
「はっはっは。恐ろしいこと言うなよ、ルーティン。ぶん殴るぞぉ」
「恐ろしいって何よ。恐ろしいって」
 敏感に――そうでなければ、それはそれで困ったことだが――聞きとがめて、レジィは
さらに一歩、ずいっと歩み寄った。が、当然というべきか、ロックと相棒は口を閉じてそ
っぽを向く。
 レジィはそれ以上、何を言うわけでもなく一歩退き、ため息をついた。
「まあ、いいわ。
 で、今までにどんな仕事をしてきたの?」
 どうやら、レジィにとっては、その話の方が重要であるらしい。
 ルーティンは数秒ほど視線を上げ、何か考えるような素振りを見せて、
「…それはまた今度にしよう。今は、別にやらなきゃならないことがあるし」
「…話したくないわけ?」
「誰が話したくないもんか。俺とロックのサクセス・ロードだぞ。嫌だって言われても自
慢するって」
「…別に自慢してほしいわけじゃないんだけど、あたし」
「いや、取りあえず、話したくないわけじゃない、ってことは伝えておこうと思って」
「…まあ、それは確かに伝わったけど」
 いい加減、まったりとした会話に頭痛を覚え、レジィはこめかみを指でおさえた。
「…で、なんの話をしてたの?」
「ああ、街の中で街の人間に襲われても、殺すなよって」
「…なんでそんな物騒な表現なわけ?」
「いや、いざとなると人間、つい勢いでってことも」
「ないわよっ!」
「…さすがに、それはないか」
「当たり前でしょうが。なんで残念そうに言うのよ」
「でも一応は気を付けろよ」
「あー、もー」

  ※

 率直に言おう。
 正直に言おう。
 そして素直に言おう。
 隠す理由もないし、隠しても意味がない。
 それはれっきとした、純然たる事実であって、決して否定のしようのない、やり直しの
きかない現実。今さら足掻いたところで、後悔しても巻き戻しはできない。
 だから率直に考えよう。
 難しいことなど何もない。
 だから正直に認めよう。
 余計なものを全て省いた後に残った、まっさらな真実を。
 だからこそ、素直に従おう。
 その目に映った、全ての現実に。


(…そんな簡単に受け入れられるかよ)
 覆い被さるように迫ってきた市民の一人を半身になって避け、その首筋に手刀を落とし
て行動不能にさせつつ、ロックは思った。
 街の北側の小高い丘から、街の南側――都市部へ向かって斜面を駆け下り、再び市街へ
と戻ってきた三人を、彼ら――操られた街の人間が出迎えたのだ。
 ただ、『待ち構えていた』という感じではなかった。大人数で固まってバリケードを作
っていたわけでもない。彼らは街の中をうろうろと徘徊し、その視界にロックたちを捕捉
したとたん、機械的な動きで襲いかかってくるのだ。
 この様子では、目的地である街の中央までの確実に安全な道など、期待するだけ無駄だ
ろう。街はさながら、真犯人という蜘蛛が張り巡らせた巣のようであった。
 サンマリノは、決して大きな街ではない。大都市なら、他にいくらでもあるのだ。しか
しながら、それでも西の大陸と世界をつなぐ海の出入り口であるだけに、それなりの規模
を有しているのも事実である。加えて、区画が完全に整理されているわけではないので、
ある程度でも街の道について精通していないと、間違いなく道に迷ったり、袋小路に出く
わしたりする。
 まあ、そんなことは普段から珍しくもないことであるし、取り立てて気にすることもな
いのだが、言うまでもなく、今のような状況ではそうもいかない。仕方ないとはいえ、わ
ざわざ相手の行為や思考を先読みし、わざわざ相手に合わせて行動してやるのが、なんと
も面倒で、癪に障る。陰険なやり方に遅れをとっているわけではないことは、ここで改め
て断ることでもないだろう。
 そういう点で見ると、やはり相棒はさすがである。冷静に状況を見定め、修正のできる
範囲で近い未来を予測し、行動する。不測の事態にも余裕を持って対処し、これをほぼ確
実に乗り越える。先ほど宿屋で、レジィがルーティンを『ほとんど絶対無敵』と評してい
たが、あれはあながち間違った批評でもなかったりする。かくいうロックも同じことを思
ったことがあり、本人にも直接言ったことがあるのだが、そのときルーティンは、あっさ
りとこう言った。
『この世に絶対無敵なんてのはないよ。そう思うだけなら、誰でもできるけどな』
 そう言って、ルーティンはさらに一言。
『それに、もし俺が絶対無敵なら、相棒なんか要らないだろ?』
 納得するとともに、安心もできる一言だった。
 考えてみれば、確かにルーティンとは互いに互いを補っている部分が多い気がする。自
称『行動派』の自分と、自称『頭脳派』の相棒がいれば、なんでもできるという根拠のな
い自信も、まんざらでない気がする。
 それは、決して自分だけの思い込みではないはずだと、ロックは思っている。その根拠
のない自信は、相棒に対する絶対的信頼の現れだ。どんなに過酷な状況でも、相棒は必ず
こちらの期待に応えてくれるだろうという、絶対的信頼。それがあるからこそ自分のすべ
きことに集中できるし、フォローを頼れるからこそ多少の無茶もできる。
 例えば――。
 襲ってくる街の人間たちを、腹部に掌底を食らわせて完全に気絶させたり。
 襲ってくる街の人間たちを、首筋に手刀を食らわせて黙らせたりもできる。しかも、そ
のとき手刀に微妙な力加減を考えてやる余裕すらあるほどだ。
 つまり――。
「…おい、ロック。あっまり強くやるなよ。その人たちは…」
 そう言いながら、ルーティンは背後から掴みかかろうとしてくる男の腕を、逆に振り返
って素早く掴む。
 そして。
「崩れろ、〈パラリス・ショック〉」
 ばちん、と、なんだかやたらと歯切れのいい音と、目を焼くような一瞬の閃光が走る。
ルーティンに腕を掴まれた男が一瞬仰け反り、ぐったりと倒れこんだ。電撃系魔法術の威
力を抑えることで開発された、相手を一時的な麻痺状態にする魔法術。言ってみれば、ス
タンガンのようなものだ。
 ルーティンは男が気絶したことを確認しつつ、セリフの続きを言う。
「…その人たちは、操られてるだけなんだからな」
「はっきり言わせてもらうが、全ッ然説得力ないぞ、おい」
「ルーティンの言う通りよ、ロック。くれぐれも…」
 そう言いながら、レジィは迫ってくる女に手を差し伸べて。
「堕ちる者、〈ホワイト・アウト〉」
 レジィの手に生まれた白色の発光体が、女の胸元を貫く。
 しかし、女は全くの無傷のまま、糸の切れた操り人形よろしく、力なく崩れる。光系の
魔法術の一つ、相手の精神に直接ダメージを与えて、相手をちょっとした疲労状態にする
魔法術だ。
 女が行動不能になったことを確認しつつ、レジィは残りのセリフを口にする。
「…くれぐれも、間違って殺さないように気を付けなさい」
「この際だからお前にもハッキリ言わせてもらうが、全然説得力がねえって」
 頭脳派な二人の注意に、ロックはうんざりしながら言う。
 どうも、ロックの周囲に集まってくる魔道士は、揃って血気盛んな、行動力溢れる奴ら
ばかりのようだ。まったくもって、どいつもこいつも魔道士らしからぬ魔道士である。
 …まあ、そんな相棒たちが、頼れることに変わりはないのだが。


 十数メートルほど進んだところで、またしても何人かの街人と鉢合わせる。
 が、三人の話題は、先ほどからずっと変化してはいなかった。
「…だいたい、俺の見せ場を持ってくんじゃねぇよ。
 お前ら、ただでさえ魔法術で目立ってんのに、こういう状況まで平然と対処されたら、
俺の立場がねーじゃん」
 先だって一人目を行動不能にさせながら、ロック。
「そんなことはないと思うけどな」
 襲いくる別の男を、今度は眠りの魔法術で沈黙させつつ、ルーティンは笑みとともに言
った。
「こういう状況は、接近戦や肉弾戦に弱い魔道士には、やっぱり不利さ。持久戦に持ち込
まれたら、スタミナのない俺ら魔道士には対処できなくなる。お前みたいな、接近戦の得
意な奴がいるからこそ、俺たちは余裕を持って対処できるんだ。
 前に言ったはずだぜ? 『もし俺が絶対無敵なら、相棒なんか要らない』ってな」
「…まあ、そうだけどよ」
 それは認めるが、といった微妙な反応を見せながら、ロックは次なる街の人間を黙らせ
る。
「…まあ、そうだな…」
 これは独り言のようだが、少なくとも聞き取ることは可能なだけの音量で、ルーティン
はつぶやいた。
「…手段を選ぶ必要がないなら、俺だけでこの状況に対処する方法がないわけでもないん
だけど」
 何やら、意味深だが物騒な物言いである。そのかたわらで、油断なく街人の一人を眠ら
せているところが、なんとも。
「…お前、フォローする気あるのか?」
「いや、だからさ、状況によるってことなんだよ。
 俺一人でどうにかできる状況なら、最初から俺一人でどうにかしているわけで、俺一人
ではどうにもならないから、俺以外の人間が必要になってくるわけで……って、意味通じ
てるか?」
「頭がオーバーヒート寸前だぞ。どうしてくれる」
「んなこと言われても。
 つまり、得意不得意は誰にでもあるってことを言いたかったんだ。特に俺とお前じゃ、
その辺がきれいに分かれてるから」
「……は?」
 相棒の言いたいことが全く分からず、首を傾げる。
 ルーティンは、はあ、とため息をついた。
「…分かった。難しいことはやめよう。
 結局、こういうことだ。世の中には勉強が得意な奴もいれば、運動が得意な奴もいる。
それはつまり、頭で想像した方が身に付きやすい奴と、身体を通した方が物事を覚えやす
い奴がいるからであって、そういうのを、一般的に才能と呼ぶわけだ」
「…うむ」
 背後から近付いてきた街人のみぞおちに蹴りを入れながら、うなずく。
「才能ってのは、開花するものであって、手に入るものじゃない。努力でどうにかなるも
んじゃないわけだ。だから個人個人で得意不得意が出る。俺は生まれながらに常人よりも
大きな精神容量を持ってるけど、この精神容量ってのは、後天的に変化するものではない
んだ。そういう意味では、これも一種の才能だな。それと同じような感じで、ロックには
格闘のセンス、運動のセンスがあるわけで、それは俺やレジィがいくら努力しても、手に
入るものじゃない」
「ふむふむ」
 理解したことを伝えるために、先ほどよりも多めにうなずく。
「それが、個人差ってやつだな。
 で。気孔術を除けば基本的に接近戦が得意なお前と、基本的に魔法術による遠距離攻撃
が得意な俺とでは、丁度正反対な位置にいる分、お互い相手のどこを補えばいいか、分か
りやすいだろ?」
「…今は接近戦で、しかも魔法術使ってるじゃん」
「操られてるだけの奴を相手に、遅れをとる理由はないだろ。そうでなくても、街の人間
にやられるようじゃ、俺のコケンに関わるしな。それに、魔法術の遠距離攻撃性について
は、『基本的に』と言ったはずだぜ。そんなに遠距離攻撃の一点張りだったら、魔法術の
使い勝手が悪すぎるじゃないか」
「…そりゃそうだが」
「遠距離でしか使えない魔法術ってのは、ぶっちゃけた話、近距離で使うと術者自身が巻
き込まれる可能性のある魔法術を言うんだ。例えば――」
 ぐわし。
 話をしながらルーティンは、いきなり操られた街人の一人を捕まえた。
「…こういう感じで、相手とかなり接近した状態で、例えば、爆発系魔法術を使ったりす
ると、どうなるか。それを考えてみてくれ」
 あまりにも淡々とした口調。
 ふと不安になって、ロックは念のため、思ったことを言っておくことにした。
「…使うなよ、魔法術。頼むから。
 なんの罪もない人間が破裂するところは見たくないぞ」
「…あのな」
 半眼になって、ルーティンは睨んできた。
「使うわけないだろ。ていうか、なんで俺への心配がないんだよ」
「なんかお前、丈夫そうじゃん」
「あ、それにはあたしも同感。
 ルーティンって、ちょっとしたことじゃ死なない感じよね」
「なんでそうなる」
 突然会話に便乗してきたレジィの一言に、心外そうに唸る。
「生憎だけど、物分かりの悪い相棒に怪我をしてまで分かりやすく教えてやる気は、俺に
はないな」
「…お前までそういうことを言うか」
「何を言う」
 これまた心外そうに言って、ルーティンは掴んでいた街人を睡眠魔法術で眠らせた。
「別に俺は、誹謗や中傷のつもりで言ったわけじゃないぞ」
「…じゃあ、なんだよ」
「ただちょっと、本人にとっては認めたくない事実を言っただけだ」
「うわ」
「現実とは目を背けたくなるものだが、現実をしっかり見据えることで見えてくるものも
ある、というわけだな。うんうん」
「…あんたたち、よくそんな不安定な関係で今までやってこれたわね」
 仲がいいんだか、悪いんだか。
 息は合っているように見えるが、それぞれ我の強いルーティンとロックに、レジィはた
め息とともにつぶやいた。

 目指す街の中心までは、もう少しありそうだ。