――実験の事故から奇跡の復活を遂げて、もう三年になりますね。 カナタ・キリシマ(以下、K)「過ぎてみれば早いものです。でも、現代の進化した医療 には、今でも本当に、心から感謝しています。一度は事実上、完全に死んだはずの僕を、 再び活動可能にしてくれたのですから」 ――約二年にも及ぶ月日を眠ったまま過ごした後の、率直な感想を聞かせていただけま すか? K「正直なところ、よくわかりません。眠っている間のことは、無論というべきか、覚え ていませんし」 ――事故の詳細については、やはり話すことはできませんか? K「すみません。僕は確かに当事者ですが、あの研究は僕だけのものではありません。で すから、僕の一存で決めるわけにはいかないんです。ご了承ください」 ――一時期は、マスコミも相当に騒いでいましたね。カナタ・キリシマに事故はなかっ たのではないか、自作自演の売名だったのではないか、と。 K「あれは、正直なところ、新鮮な感覚でした」 ――新鮮、ですか? K「まだ研究員にすぎない僕が、売名も何もありませんよ(笑)」 ――しかし、クニカズ・キリシマの息子として、世界から注目されているのは確かじゃ ありませんか? K「なおさらですよ。僕の名前は、すでに世界的に知られているんです。わざわざ名前を 売る必要性なんて、全くないじゃありませんか(笑)」 ――確かに、そうですねえ。 K「僕にしても、人生のうちの貴重な二年を潰してまで、名前を売りたいなんて思いませ んよ。あまりにも効率的ではありませんし、効果的とも言えません」 ――なるほど。しかし、二年という時間を経て、あなたは確かに、何かを得たというこ とではありませんか? K「加速的時空間における精神形成のシミュレーション考察、ですね」 ――世間一般的には、オルタニアス・システム≠ニいう名前の方がわかりやすいでし ょう。 K「すっかり定着してしまいましたね、その呼び名も(笑)」 ――それだけ、世間に与えた衝撃が大きかったことが窺えます。 K「ありがとうございます。大したことはしていないのですが、みなさんに受け止めてい ただいて、その反応を見られるのは、やはり研究者として嬉しいものです」 ――人と獣の中間に位置するような不思議な生き物たちが、一人ひとり完全に独立して 活動している天空都市オルタニアス。とても独特な世界観ですね。 K「あの発想は親しい友人から得たものなんです。僕だけでは、とてもあのような世界を 構築することはできなかったでしょう。彼には、今でも会うたびに感謝を口にしているん です」 ――今でも! それは素晴らしい間柄ですね。 K「ええ。僕にとって、最も親しい友人のひとりです」 ――では、そのご友人から得た発想によって生まれたオルタニアスについて、お聞きし ます。オルタニアスには、公式リリース前にのみ存在している人物がいます。セスタとい う名前の少年です。 K「はい」 ――彼は、オルタニアスにあっては珍しく……というか、唯一、普通の人間ですね? K「そうです」 ――なぜ、この少年だけを、普通の人間として存在させたのですか? K「客観的視点が必要だと考えました。また、いわゆる異分子と呼べる存在が、オルタニ アスという世界にどれだけ受け入れられるのか、それも興味がありました」 ――彼はロイダリウムにも存在していますが、こちらでも公式リリース以降には存在が 確認されていませんね。彼は一体、どこに行ってしまったのでしょうか? K「その質問は、僕にではなく、オルタニアスやロイダリウムの住人に直接尋ねるのが正 しいと思いますが」 ――最初はそうしようと思いました。しかし、あの世界に生きる人々が完全に独立した 思考を持って活動している以上、彼らがセスタという人物について正しい情報を与えてく れるとは限りませんよね? K「そうですね」 ――人によっては誇張するかもしれませんし、不確かなこともあるでしょうし、あるい は事実と異なる情報を与えられる危うさもあります。 K「おっしゃる通りです。ですから、その情報の中から、何を信じ、何を切り捨てるのか を考えなければいけませんね」 ――なので、あなたに直接問いかければ、最も信憑性の高い情報をいただけると思って のです。 K「待ってください。それは、解釈として根本的に間違っています」 ――え? K「そもそも、僕なら必ず正しいことを話すだろうと、あなたは何を根拠に、そのような 確信にも近い認識を持っているのですか?」 ――それはですね。 K「我々は、親しい間柄であってさえ、本音と建前を使い分ける生き物です。それが、雑 誌という媒体を通して全国に知れ渡るほどオフィシャルなやり取りだからといって、全て を本音で語るという前提は意味を持たないと思います。例えば――あなたが、このやり取 りを通して僕に聞きたいことが、本当は何なのか、とかね」 (VRタイムズ紙の編集長、タカヒロ・カイヤ氏の未公開インタビューより)
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