HOME頂き物文章 > 獅哭一牙様


戦の運命は誰がために-Outside Story-

 たとえば、人は言う。

『鳥のように自由になりたい』

 叶わないそれを、人は望む。

『なんでも出来れば良いのに』

――― しかし。

 鳥が自由だなど、誰が決めたのだろう?
 何でも出来る事。
 それが、果たして幸せなのだろうか?

 普通の人が出来ない事。
 そんなことが"出来る"が故に。
 彼の者達は、普通である事を許されない。
 それは或いは………。
 はびこる『苛め』などよりも、辛い痛い現実。



(いつからだったっけ…?)

 とりとめもない考え事。
 若者らしかぬ自嘲の笑みを顔に刻み、彼――藤谷 誠一は、知らず
肺に溜めていた息を吐き出した。

――― 自由。

 それは一体なんなのだろう?
 どういう形で、どんな色をしていて、どういった音がするんだろうか?
 大きさはどれくらいなのか。一体どのくらいの重さで、何歳くらいで手に入れられるの
か。

(そんなふうだったら……意外とカンタンそうなんだけどな。手に入れるのって)

 とある昼下がりの公園。
 キャッチボールやフリスビー、バトミントン…。
 笑顔で遊ぶ親子づれ。
 犬と走り回る少年少女。
 楽しそうに笑う恋人達…。

 これは…幸せなんだろうか?
 
 金の光に照らされて、屈託無く笑う人達。

「何をたそがれている。少年」
「…っは?」
 
 唐突にかけられた声が、自分へのものだということに、ちょっとの間を必要とした。
 慌てて後ろを振り向けば、一人の女性が立っている。

「あ、あの…何か?」
「ふふっ…いいえ、なんでもないわ。あなたがちょっと元気じゃなさそうだったから」

――― ……微笑み。

 一瞬、とくんっと心臓が跳ね上がったのを、誠一は感じた。

(なんだろ…綺麗な人…)

 身なりはとても簡素である。 
 白いワンピースにサンダル、そしてバンダナ。それだけ。
 背中まで伸ばした黒髪がそよかぜに靡き、日の光に透けていてとても美しい。
 浮かべる微笑は、少なくとも誠一は見たことも無いほど自然で柔らかいものだった。

「ねぇキミ、ちょっと時間ある?」
「は? え、ああ、はい」
「ここ座っていい?」
「うん」

 しどろもどろになりながら『彼女』に応えて、誠一はふと顔をそむける。

「よいしょ…っと。
 …ん? どうかしたの?」
「あ、いえ…。何か、用ですか?」

 再び、誠一は『彼女』に問うた。

「ええ、さっきも言ったけど、貴方があまりにも暗〜いカオしてたんだもん。」
「……僕、そんなに暗かったですか?」
「うん。なんか今にも消えちゃいそうな雰囲気がね」

(……ふつー、当人目の前にしてそういう事いうかな?)

 とか思ったりするが、この目の前の女性は、そういったことを気にしないタチらしい。

(…そういえば)

「僕、藤谷 誠一っていいます」
「あっそ〜いえばまだ私名前言ってないわね。
 私は結城。閨@結城(あいだ ゆうき)っていうの」

(あ、また…)

 笑った。
 何が――― 可笑しくて笑うのだろう? このひとは。

「誠一くん…だっけ。何考えてたの?」
「え、いや…。みんな楽しそうだな……って」

 嘘は……言っていない。

「ふ……ん。羨ましい?」
「…ちょっと」

 真顔で聞いてくる結城に、誠一は公園の風景を眺めたまま言う。
 結城は、そんな誠一の横顔を見つめていた。

「皆、普通の生活してて、楽しそうで…羨ましいと思います」
「……普通…かぁ。ねぇ誠一君」
「はい?」

 後ろに倒れこみながら、結城は言った。

「私ね、もう長くないの」
「………?」

 唐突なその発言に、誠一の頭は理解できない。 
 目を見開いた幼いカオに、結城は微笑みかけて言葉を続けた。

「ホントはさ、私もう先月くらいで居なくなってたはずなんだけど。でもまだ生きてる」

(余命……の、無い……?)

 短い命。
 先月までしか生きられないはずの。

「そうなると、私しあわせなのよね。だって死ぬはずなのに生きているもの」

 何がおかしくて笑うのか、誠一にはよくわからない。
 笑っている。
 自分が死ぬという話をしているのにもかかわらず。

(けど…それって…)

「けどそれって…なんか、幸せの意味が違うんじゃ…」
「そうかもしれないわね。
 けど。
 私、他の普通に生きている人達を羨ましいなんて思わないわよ。
 だって私、私なりに楽しんでいるし。一ヶ月も長く生きちゃった。これからいくら生き
られるか分からないけど……。
 欲張りなのよね」

 話題がこんなでなければ、彼女がたたえるこの笑みは、あまりにも魅力的だ。
 けど、誠一には未だもって分からない。
 何故 彼女は、こんなことを暢気に言ってのけれられるのか。

「欲張り……ですか」
「そ。キミはでも、何もしなくても私より生きられるわ。ちょっと不公平だと思わない?」
「……すみません」

 溜まらなくなって、誠一は謝った。
 何となく、申し訳無い気がしてしまう。なんの苦労もしないで、自分は彼女より生きら
れる。

「別に謝る必要は無いわ。別に貴方がやったわけじゃないもの。
 ただ……人を羨んだって、どうしようもないわよー?」
「……そうですね。結局、『運命』からは…逃げられないのかもしれません」
「あぁら…結構フケてるわねぇ…? そんなトシで達観しないで頂戴」

 苦笑して、結城は空を見上げた。
 誠一も、つられて視線を上に向ける。

「確かに、私がこんな風に生まれてきたって『宿命』はどうしようもないかもしれないわ
ね。
 けど……」

 鳥が囀り飛び去って……。
 太陽が輝いて、緑の草木が風にゆれる。

「けど『その先』って私達が考えて決めてゆくことじゃない?」

(言われてみれば……そうかもしれない……。)

 眼を閉じて、誠一は口元に笑みを浮かべた。
 ひどく淡い笑みではあったが…。

「先生に余命診断されたあとね。わたしの旦那さんと話したの。
 どうせ決められた命なら、使いきっちゃいましょう、って。
 だから、入院しないで、いろんな所へ二人で行ったわ。時々は家族と一緒に」
「だから、結城さんは……他の人が羨ましくないんですね」

 なんとなく…。わかった気がした。

「うん。だって、世の中ってステキよ? 空も風も…いろんな街の風景も」

 屈託無く笑うその秘密。
 自分と違い、さして重大な『制約』のない人達を羨まないその気持が。

(僕はどうだろう……)

 《剣聖》とよばれ、ほしくも無い能力に、例えば命を狙われた事も一度や二度じゃない。

 そして彼を取り巻く友達も……。

 ある意味では、僕は彼女のように、いつ命が無くなるかも分からない。
 だから僕は……。

「…僕もみたいな。駿たちと一緒に」
「駿…? お友達?」
「はい。僕の大事な…頼れる親友達なんです」

 顔を向けてそう言った誠一に、結城はきょとんと驚愕のいろ。

「…どうかしました?」
「あ、いえ……すっごく良い顔だなぁって…。
 そのひとたち、よっぽど大事なのね。いつか……良かったら、紹介してくれないかしら?
 見てみたいわ、お願い!」

 突然がばちょと起きあがり、ずずずいぃっと顔を寄せ、ぱんっ! と両手の平合わせて
お願いし始めた彼女に、誠一はかなり狼狽した。

「あ、はいえっと、じゃあ話してみますよ。気の良い奴等だからきっと…」
「ほんとっ? ありがと〜!」

 そうまで嬉しがられると、逆にこそばゆい。
 誠一は含羞みの面持ちで、彼女としばし安息の時をわかつ。



 刻は黄昏。
 朱色に染まる公園に、二人の影は別れを告げた。

「じゃあ、またね。絶対お願いよ!」
「はい。それじゃあ……」
「また……」

 一人になって、誠一は家へと帰路にたつ。

 不思議な女性(ひと)だ。
 誠一は、長い話の中で、ひとつだけ心の根底を聞いてみたことがある。

『短い命で…誰かの役に立つ事ができなかったら…。生きてる意味なんてあるのかな?』

 意味がほしかった。
 今ここに存在している意味が。
 自分が、この運命の道に立たされた意味が。
 何処の誰に必要とされ、今の自分に何が出来るのか。
 それに理由が欲しい。
 無意味としか思えない出来事が、まるで当たり前に存在している理由。

『自分では、それを見出だすことはできないんだと思うわ』

 彼女もまた、自分と同じ答えをはじき出した。
 ただ、その後付けは、自分とは違う。

――― だって、何かやって自分が役に立っているなんて思ったら、
       それってすっごく自己満足じゃない?
            わたしそんなにエラくないから。傲慢だわよそんなの ――― 

 確かに…。
 何も出来ない僕が、誰かに役に立ってやったぞ、なんて言えるわけがない。

 ただ僕には…まだ彼女のような考え方で吹っ切る事の出来る自信はないな…。


 あたりまえに在るものも、珍しいものにも眼を凝らし、高揚し、そして屈託なく笑う。


――― 目に映るすべてのものが
                眩くて
                    仕方ないような『彼女』――― 


 他の人には分からない。
 人とは違うということ。その痛さ、苦しみ、辛さ、悲しみ、孤独。
 言われない差別も、他と違うがゆえに『それ』が排他的な立場に追い込まれる集団意識
も。
 例えばアニメとかが好きな人。
 例えば理想を掲げる宗教者。
 同性を愛してしまう人や、頭が良いだけだとか、勉強熱心なだけだとか。
 馬鹿だとさげすまれたり、考えが危険だと遠ざけられたり。

 人は『異端』を退けたがる。
 知らないもの、理解できないものはすぐ否定。

 だけど…自分は人を嫌いなわけじゃない。嫌いになれないのは何故だろう…?

 普通とは違う事に、今でも悩み、戸惑う。
 自分を助けてくれているみんなだって、それ以上に辛いはずだ。

(みんな……?)

 みんながいるから僕は居る。
 何故 何も出来ない僕を助けてくれるのか。
 僕が居るから、みんな忌み嫌う能力(ちから)を行使するはめになっているのに。

 そう……『僕が居る』から。

 そらを見上げて見てみれば。


 あれほど蒼かったはずの空は

          眩むだけの赤に霞みがかかり

                    今   遠くなっていく気がした。


〜 Fin 〜

**** あ と が き ****

いつもお世話になってます、誠先生。
此度は、憩う島も来訪者が増え始め、さまざまに発展していかれている事と思います。
今回、おめでとうの言祝ぎと添えまして、先生のご作品、『戦の宿命は誰がために』の主
人公誠一君を主人公にしてみました。
我輩も仮にも同じ高校二年なんですねぇ…。でも彼とかぶったりかぶらなかったり。(笑)
とりあえず、異端が最前線に出てきちゃうのは私の悪い癖でしょうか?
この時の誠一君は、作品一話目のちょい前ぐらいってふうに考えてます。
だから一話目の文に、いくつかかぶらせてみたりなんか……したんですけど。
いやはや、既成作品のアナザストーリーってやっぱ難しいッスね。
なんかこの誠一君、えらく暗いし虚無的だし悲観主義だし。すいませんキャラ崩しちゃっ
て…。
うう…稚拙な文に加えてキャラ変わりのオマケ付かい…。←笑ってやってください。
もっと精進します…。よければ長い目でみてやってください。
さて、作家になるために一歩一歩あゆみを進める我が心の師、誠先生。
ど〜〜〜〜〜〜でしたでしょ〜〜〜か。
忙しさの合間に、飲みの席での思いつきの提案で始まったこの話。
これからもweb読み切りとして続いていく戦のサダメシリーズ(←勝手にシリーズ化ス
イマセン)。そんな長い長い先のちょっとした息抜き程度に、楽しんでもらえたならば幸
いです。

では、様々なえにしのもと、機会があればまたお会い致しましょう。


2001.7/7 SUT
Akashi yao   

   

  拙作「戦の運命(さだめ)は誰がだめに」を二次創作的にアレンジしてくれました!
  自分の作品を人様のスタイルで表現してもらえるという新鮮な感覚が今でも鮮明です♪
  「サダメ」シリーズ(笑)も必ずサイトで再公開しますから、気長にお待ちください。
  ……大丈夫かなこんなカッコイイこと言っちゃって(台無し)