第132回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
英国のウィリアム王子とハリー王子が
母親であるダイアナ元妃と交わした
最後の電話でのやり取りを
振り返ってのインタビューです。

ダイアナ元妃が
訪問先のパリで交通事故死したのは
20年前の
1997年8月31日。
まだ、36歳の若さでした。

今年(2017年)8月31日で
20年が経ちました。

英国ではかつての
ダイアナ人気を髣髴とさせる
ブームが起き、
生前のダイアナ元妃をしのぶ行事が
各地で行われました。

テレビ局による
ダイアナ元妃の追悼番組も
制作され、
当時15歳と12歳だった
二人の王子が
インタビューに応じて、
母親との思い出を語りました。

今まで、
母親の死について
沈黙を守っていた王子たちが
今回、初めて重たい口を開いたのは
亡くなって20年経ち、
ウィリアム王子の場合は
結婚して、
二人の子どもたちに恵まれ、
やっと語る余裕ができたということでしょうか。

それにしても
重たい内容です。

二人とも
事故の直前に交わした電話での会話が
「そっけなかった」ことを
今でも後悔していると語り、
二人が背負わされた苦しみの深さが
伝わりました。

ダイアナ元妃の亡くなり方が
あまりにも唐突だったためか、
チャールズ皇太子と離婚し
英国王室と確執があったためか、
事故死ではなく、
「暗殺された」とする
謀略説も
いまだに多く聞かれます。

2007年に
英国王立裁判所で
審議が行われ、
裁判所は事故死と判定しましたが、
当時のダイアナ元妃の恋人、
ドディ・アルファイド氏(享年42歳)
の父、モハメド氏は納得せず、
追及の手を緩めてはいません。

「殺された」理由としては
ドディ氏がイスラム教徒であったことなどが
挙げられています。

モハメド氏だけでなく
事故を疑問視する声は
まだ、根強くあるようです。

さて、訳出のヒントですが、
王子たちのせりふは
王室の人らしく
ていねい口調で訳しました。

王子の話す I は
「私」と訳して、
ていねいな口調にしました。

ただ、
ていねいな口調でも、
自然に話している感じを目指しました。

二人のせりふ以外のところは
ドキュメンタリー番組のナレーションを書くつもりで
「です・ます」調で訳しました。

今回も、
千田良一さんが応募してくださいました。
千田さん、ありがとうございました。

千田さんは
企業で海外事業のお仕事をされる傍ら、
通訳者としても活躍されています。

とても自然な訳文に仕上がっています。
ぜひご覧ください。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第132回 課題文

 英国のダイアナ妃が交通事故で亡くなってから20年。母であるダイアナ妃との最後の会話について語るウィリアム王子とハリー王子のインタビュー記事を訳してみましょう。王子たちの気持が伝わるように訳を工夫してみてください。


(1) It was a typical phone call between two boys and their mother, who was on vacation in France. It was brief ― the boys wanted to get back to playing with their cousins, not spend time on the phone chatting.

(2) The brevity of that 1997 call haunts Prince William and Prince Harry to this day ― for their mother, Princess Diana, would die in a car crash that night.

(3) "Harry and I were in a desperate rush to say goodbye, you know 'see you later.' ... If I'd known now obviously what was going to happen I wouldn't have been so blase about it and everything else, "William says in a new documentary. "But that phone call sticks in my mind, quite heavily."

(4) "Looking back on it now, it's incredibly hard. I'll have to sort of deal with that for the rest of my life,"Harry said. "Not knowing that was the last time I was going to speak to my mum. How differently that conversation would have panned out if I'd had even the slightest inkling her life was going to be taken that night."

 [ 出典: 2017年8月13日付け Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (2) brevity 短さ (3) you know 'see you later' 「じゃまたね」というような / blase 無関心な (4) pan out 展開する / even the slightest inkling ほんの少しの予兆でも 


(1) It was a typical phone call between two boys and their mother, who was on vacation in France. It was brief ― the boys wanted to get back to playing with their cousins, not spend time on the phone chatting.

It was a typical phone call between two boys and their mother, 「それはごく普通の母親と息子二人の電話のやり取りでした」。

typical は「ごく普通の」の他、「よくある」「どこにでもある」「どこにでもありそうな」でもいいですね。

mother, の後ろに、who was on vacation in France. 「母親は休暇でフランスに滞在中だった」がついています。

It was brief の brief は「短い」でもいいですが、「そっけない」だと感情がこもります。

the boys wanted to get back to playing with their cousins, not spend time on the phone chatting. 「息子たちはいとことの遊びに戻りたくて、電話でのおしゃべりに時間を取られたくなかったのです」。

「電話でのおしゃべりに時間を取られたくなかったのです」でもいいですが、「いつまでも電話していたくなかったのです」「いつまでも電話に出ていたくなかったのです」「早々に電話を切りたかった」も考えました。

(2) The brevity of that 1997 call haunts Prince William and Prince Harry to this day ― for their mother, Princess Diana, would die in a car crash that night.

The brevity of that 1997 call haunts Prince William and Prince Harry to this day 「その1997年のそっけないやり取りが、今でもウィリアム王子とハリー王子を苦しめている」。

for their mother, Princess Diana, would die in a car crash that night. 「と言うもの、彼らの母親であるダイアナ妃は、その日の晩に、自動車事故で亡くなったと思われるので」。

この would die に迷いました。「亡くなった」のは事実なのに、なぜ、would がついているのか。これは、「亡くなった」原因について「暗殺説」もあるので、とにかく、「自動車事故で亡くなった」ようなので、という意味で、would が入っているのでは。悩んだ末、「亡くなりました。死因は交通事故と伝えられています」としました。

Princess Diana は「ダイアナ妃」でいいような気もしますが、離婚して王室を離れているので「ダイアナ元妃」に変えました。マスコミでは、どちらも使用されています。千田さんは「ダイアナ皇太子妃」と訳されています。正式には「ダイアナ元皇太子妃」かもと思いましたが、確認しきれませんでした。

(3) "Harry and I were in a desperate rush to say goodbye, you know 'see you later.' ... If I'd known now obviously what was going to happen I wouldn't have been so blase about it and everything else, "William says in a new documentary. "But that phone call sticks in my mind, quite heavily."

Harry and I were in a desperate rush to say goodbye, 「ハリーと私は、大急ぎでさよならと言いました」。

in a despereate rush to〜の in a rush to〜にも「大急ぎで〜する」「〜しようと急ぐ」という意味があります。それに desperate 「必死の」がついているので、「必死で〜しようと焦る」という感じでしょうか。

you know 'see you later.、「まあ、何と言うか、『じゃあね』とか」。この you know, 会話でよく使われます。「わかる?」「あのね」「えーと」「だよね」など、意味はないですが、会話のつなぎ目に入れる合いの手のようなもの。

ここは、王子としての品格を保ちつつ、くだけた言い方にしたいところ。迷った末、「まあ、何と言いましょうか、『じゃあね』と言って切ると言うか」としました。

If I'd known now obviously what was going to happen I wouldn't have been so blase about it and everything else 「その後何が起きるのか、今のようにはっきりわかっていたら、そんな無関心な態度を取らなかったでしょうに」。

William says in a new documentary. 「ウィリアム王子は新たに制作されたドキュメンタリー番組の中で語っています」。

"But that phone call sticks in my mind, quite heavily." 「でも、あの時の電話が、私の心に焼きついて離れません、とても深く」。

But は「でも」がぱっと思い浮かびますた、もっとていねいな表現はないものか。「だけど」「ですけど」「とは言え」「そうは言っても」など。

stick in mind は英辞郎に「焼きついて離れない」という訳語があったので、それをいただきました。

(4) "Looking back on it now, it's incredibly hard. I'll have to sort of deal with that for the rest of my life,"Harry said. "Not knowing that was the last time I was going to speak to my mum. How differently that conversation would have panned out if I'd had even the slightest inkling her life was going to be taken that night."

"Looking back on it now, it's incredibly hard. 「今思い返してみても、信じられないくらい辛いです」。

I'll have to sort of deal with that for the rest of my life, Harry said. 「これから死ぬまでずっと、そのことに向き合っていかないと言うか」とハリー王子は言った。sort of は「みたいな」「と言うか」という感じで、会話によく登場します。

have to deal with that for the rest of my life もいろんな訳が考えられます。千田さんの「これからずっと、その思いを抱えて生きていかないといけない」は上手だなあと思いました。

Not knowing that was the last time I was going to speak to my mum.「あれが母と話をする最後だとは知りませんでした」。

Not knowing は分詞構文になっているので、適当な接続詞の意味を加えて訳すのが原則。because の意味を補って、「知りませんでしたから」を考えましたが、文の流れが不自然になります。結局、「知る由もありませんでした」としました。

mum をどう訳すか。「母」とするか「お母さん」とするか「ママ」とするか「おふくろ」とするか「おかん」とするかで、印象が変わってきます。ここは、無難なところで「母」と訳しました。

How differently that conversation would have panned out if I'd had even the slightest inkling her life was goin to be taken that night.「母の人生があの夜で終わるとほんの少しの予兆でも感じていたら、あの時の会話が、どれほど違った展開になっていたことか」。

■ 千田良一さんの訳

それは、よくある通話でした。二人の少年と彼らの母親の電話。母親の方は、フランスで休暇を取っていました。それはそっけない電話になりました。その子たちがいとこたちの所へ戻って遊びたかったからです。電話を早く切りたくて仕方がなかったのです。

その1997年の電話を短く終わらせてしまったことが、ウィリアム王子とハリー王子を今日に至るまで、悩ませることになってしまいました。その理由は、彼らの母親である、ダイアナ皇太子妃がその夜、自動車事故で亡くなってしまうかもしれなかったからです。

「ハリーと私は、大慌てでサヨナラを言おうとしていました。『じゃあ、またね』、などと言って・・・ あの時、何が起きるか、はっきりと分かっていたら、あんな無関心みたいに、あっさりした態度を取っていなかったことでしょう。」と、ウィリアムは、新しいドッキュメンタリーの中で述べています。「でも、あの時の通話は、僕の心に突き刺さったまま、重くのしかかっているのです。」

「今それを振り返ると、とてつもなく辛いのです。これからずっと、その思いを抱えて生きていかなくてはならないのだなあ。」と、ハリーは述べました。「あれが、僕がママと話す最後のやり取りになるとも知らずに。あの会話がどれほど違った形で展開していたのだろうか、もしあの夜、ママの命が取られてしまうのだと、ほんの少しでもその予兆を感じていたのなら。」

[千田さんのコメント]
今回は同時通訳の練習に使わせてもらいました。頭から訳し出すので、不自然な表現になることもあります。そこは、言葉を補ったり、また、省いたりしながら、脈絡の体裁を整えていく作業になります。

■ 小沢の訳

それはどこにでもありそうな、母親と息子二人の電話のやり取りでした。母親は休暇でフランスに滞在中。電話のやり取りはそっけないものでした。息子たちは早くいとこたちとの遊びに戻りたくて、早々に電話を切りたかったのです。

その1997年のそっけないやり取りが、今でもウィリアム王子とヘンリー王子を苦しめています。というのも、二人の母親であるダイアナ元妃は、その日の晩に亡くなりました。死因は交通事故だと伝えられています。

「ハリーと私は、早くさよならを言おうと必死で焦っていました。まあ、何と言いましょうか、『じゃあね』と言って切るというか。その後に何が起きるのか、今のようにはっきりわかっていたら、そんな無関心な態度は取らなかったでしょう。ですけど、あの時の電話が、私の心に焼きついて離れません、とても深く」と、ウィリアム王子は新たに制作されたドキュメンタリー番組の中で語っています

「今、思い返してみても、信じられないくらい辛いです。これからも死ぬまでずっと、そのことと向き合っていかないといけないと言うか。あれが母と話をする最後になるなんて、知る由もありませんでした。母の人生があの夜で終わるとほんの少しでも予感があったら、あの時の会話はどれほど違った展開になっていたことか」とハリー王子は言いました。

[小沢のコメント]
ウィリアム王子とハリー王子は、そんな自責の念を抱えて生きてきたのかと切なくなりました。ずっと辛かったでしょう。ダイアナ妃のご冥福を改めてお祈りいたします。