第133回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
昨年の米大統領選で
民主党の候補だった
ヒラリー・クリントン氏の回顧録、
『What Happened』(何が起きたか)の
話題です。

昨年(2016年)の大統領選から
もう1年。
時が過ぎるのは速いものですね。

去年の今頃は
投票日間近で
両候補者が大変なデッドヒートを
繰り広げていました。

クリントン氏が負け、
共和党候補のトランプ氏が
大統領になったのは周知の通りです。

トランプ氏も
様々な疑惑や問題発言で
世間を騒がせながら、
最初の一年間を
終えようとしています。

クリントン氏は
選挙戦を振り返って
敗北は「自分の責任である」と認め、
「今回の敗北の責任を
ずっと背負って生きねばならない」とも
述べています。

その一方、
トランプ氏に対しては
「ロシアの操り人形だった」と
舌鋒鋭く批判しています。

何が正しかったのかは
今後の調査に任せるとして、
最近、クリントン氏の姿が
表舞台から消えているのが
寂しいです。

政治家ではなくなっても
影響力は強いですから、
オピニオンリーダーとして
もっと発言して欲しいです。

さて、今回の内容は
2回目のディベートの時のこと。

背後から忍び寄るような
トランプ氏の態度に
いかに耐えたかを
わかりやすい筆致で
臨場感たっぷりに
伝えています。

状況が目に見えるようで
当事者のクリントン氏は
非常に不愉快だったでしょう。

クリントン氏でさえも
その場では
「何すんのよ」「もっと離れて」
などど言って反撃できず、
耐えたのだということがわかり
セクハラに反撃する難しさを
感じました。

トランプ氏の
この変な性癖、
何とかならないものでしょうか。

さて、
訳出のヒントですが、
本の内容紹介なので、
実際に本を訳しているつもりで
全体に「だ・である」調で
訳しました。

クリントン氏は伝え上手なので
訳文を通しても
読みやすさが伝わるように
くだけすぎず、固くなり過ぎず
というところを目指しました。

今回も、
千田良一さんが応募してくださいました。
お忙しい中、
千田さん、ありがとうございました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第133回 課題文

 昨年の米大統領選で民主党候補だったヒラリー・クリントン元国務長官が回顧録を出版し、討論会中のトランプ氏について「ぞっとした」と語っています。それを伝える記事を訳してみましょう。ヒラリー氏になったつもりで実感を込めて訳してみてください。


(1) Hillary Clinton said Donald Trump's pacing, hovering demeanor onstage during an October 2016 presidential debate made her so uncomfortable, "My skin crawled." She has written in her upcoming book that Trump shadowed her so closely that she had to resist shouting out, "Back up you creep, get away from me."

(2) The Democratic nominee recounts her struggle to keep composed during that pivotal Oct. 9 faceoff in St. Louis less than a month before the election. Two days earlier, their bitter campaign was rocked by the release of recordings in which Trump bragged aggressively about groping women.

(3) During the townhall style debate, the 6-foot-3(192 centimater) Trump repeatedly hovered over Clinton, who's closer to 5-foot-5(167 cm), as she responded to questions.

(4) "This is not OK, I thought, " Clinton said in her audio narration of "What Happened", set for release Sept. 12. "It was the second presidential debate, and Donald Trump was looming behind me. Two days before, the world heard him brag about groping women. Now we were on a small stage and no matter where I walked, he followed me closely staring at me, making faces... he was literally breathing down my neck. My skin crawled.

 [ 出典: 2017年9月10日付け Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (1) demeanor 振る舞い、態度 / skin crawled ぞっとした / shadow くっついて歩く、尾行する / back up 下がる / (2) keep composed 冷静を保つ / pivotal faceoff 運命を左右する対決 / grope 〜をなでまわす (4) audio narration 音声朗読 / make faces 変な顔をする 


(1) Hillary Clinton said Donald Trump's pacing, hovering demeanor onstage during an October 2016 presidential debate made her so uncomfortable, "My skin crawled." She has written in her upcoming book that Trump shadowed her so closely that she had to resist shouting out, "Back up you creep, get away from me."

Hillary Clinton said Donald Trump's pacing, hovering demeanor onstage during an October 2016 presidential debate made her so uncomfortable, "My skin crawled." 「ヒラリー・クリントン氏は、2016年10月の大統領選討論会中、ドナルド・トランプ氏の上から見下ろすように歩く態度に不愉快極まりなく『身の毛がよだった』と語った」。

まず、敬称について。英語ニュースでは、Hillary Clinton, Donald Trump と敬称なしで報道しますが、日本語のニュースでは通常「〜氏」「〜さん」をつけています。そこで両方とも「〜氏」をつけました。

She has written in her upcoming book that Trump shadowed her so closely that she had to resist shouting out, "Back up you creep, get away from me." 「クリントン氏は新著の中で、トランプ氏が間近に接近してきたので、『下がれ、気色悪い、あっちへ行け』と叫び声たいのを必死でこらえたと書いている」。

(2) The Democratic nominee recounts her struggle to keep composed during that pivotal Oct. 9 faceoff in St. Louis less than a month before the election. Two days earlier, their bitter campaign was rocked by the release of recordings in which Trump bragged aggressively about groping women.

The Democratic nominee recounts her struggle to keep composed during that pivotal Oct. 9 faceoff in St. Louis less than a month before the election. 「民主党の大統領候補だったクリントン氏は、選挙まで一ヶ月を切っていた10月9日、セントルイスで行われた討論会での対決中ずっと、冷静さを保とうと必死で努力したことを事細か語っている」。

「冷静さを保とうと必死で努力した」だと直訳調なので「落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた」と臨場感溢れる表現に変えました。

Two days earlier, their bitter campaign was rocked by the release of recordings in which Trump bragged aggressively about groping women. 「その2日前、トランプ氏が女性の身体をなでまわすことを強気で自慢する録画が流出し、選挙戦は大混乱となっていた」。

grope women を直訳すると「女性をなでまわす」。他にも「女性の体をまさぐる」「女性の体に触る」「女性の体を触りまくる」も思いつきました。千田さんは「女性に対する痴漢行為」とすっきりと訳出されています。

aggressively の訳も迷いました。「積極的」「攻撃的に」と直訳では変です。「強気で」「どんなもんだと言わんばかりに」「勝ち誇ったように」「やりたい放題で自慢する」など。

(3) During the townhall style debate, the 6-foot-3(192 centimeter) Trump repeatedly hovered over Clinton, who's closer to 5-foot-5(167 cm), as she responded to questions.

During the townhall style debate, the 6-foot-3(192centimeter) Trump repeatedly hovered over Clinton, 「タウンホール形式の討論会の間中、6フィート3インチ(192p)のトランプ氏は、5フィート5インチ(167p)のクリントン氏が質問に答えるのを見下ろしながら、しつこくつきまとっていた」。

as she responded to questions. 「彼女が質問に答える時」。これだと直訳調なので「クリントン氏が質問に答えるのを」と変えました。

(4) "This is not OK, I thought, " Clinton said in her audio narration of "What Happened", set for release Sept. 12. "It was the second presidential debate, and Donald Trump was looming behind me. Two days before, the world heard him brag about groping women. Now we were on a small stage and no matter where I walked, he followed me closely, staring at me, making faces... he was literally breathing down my neck. My skin crawled.

"This is not OK, I thought," Clinton said in her audio narration of "What Happened", set for release Sept. 12. 「こんなこと許されないと思った」とクリントン氏は、9月12日発売の『What Happened』(何が起きたか)の音声朗読版で語った。

This is not OK, はいろんな訳ができそう。「こんなこと、許されないわ」、千田さんは「これは我慢できない」とされています。他にも「これはまずい」「これは困った」「これはだめだ」「これはだめでしょう」。大阪弁なら「こりゃあかん」。もっと強く「こんなこと、されてたまるか」。意訳ですが「ちょっと、何すんのよ」もパンチがあっていいかも。

It was the second presidential debate, and Donald Trump was looming behind me. 「2回目の大統領選討論会で、ドナルド・トランプ氏は私の背後に忍び寄っていた」。

Two days before, the world heard him brag about groping women. 「その2日前には、彼が女性の身体を触りまくって自慢する声が世界中に流れた」。

Now we were on a small stage and no matter where I walked, he followed me closely, staring at me, making faces... 「その時ふたりは小さな舞台に立っていて、私がどこを歩こうが、彼は私の背後にぴったりとつき、私をじろじろ見つめ、変顔を作り…」。

stare at〜は「凝視する」「じっと見つめる」「じろじろ見る」「まじまじと見る」など。「ガン見する」というぴったりの訳語がありますが、カジュアル過ぎるのでやめました。

he was literally breathing down my neck. 「実際、私の首に息を吹きかけた」。

literally はもともと「文字通り」という意味ですが、「本当に」「真剣な話」「マジで」というような意味で、日常生活でよく使われます。ここでは「マジで」がぴったりきますが、あまりにもくだけすぎていて却下。無難なところで「本当の話」にしました。

My skin crawled. 「身の毛がよだった」「虫酸が走った」「ぞっとした」「鳥肌が立った」など。「ゲェッと思った」も思いつきましたが、くだけすぎていて却下。

■ 千田良一さんの訳

ヒラリー・クリントンが語ったことですが、2016年10月の大統領選挙討論会の舞台上で、ドナルド・トランプが彼女に歩みを合わせ、覆いかぶさるような態度に「身の毛がよだつ」ほど、とても不快な思いをしたと述べています。もうすぐ出版される本の中で、彼女が書き記したのは、トランプがつきまとうように忍び寄ってきたので、「下がって、気持ち悪い、私から離れて。」と叫びたい気持ちだったが、それを我慢しなければならなかったこのことです。

民主党のノミネート候補者であったクリントンが、大統領選まで一か月を切った10月9日に行われた、セントルイスでの運命の対決の最中、冷静さを保つために、ずっと葛藤していた自身の姿を詳しく語っています。その二日前、激戦の選挙が揺れ動いたのは、トランプが女性に対する痴漢行為を積極的に自慢した音声記録が公開された、その時でした。

市民との対話集会形式の討論会を通じて、6フィート3インチ(192センチメートル)のトランプは、質問に応じている5フィート5インチ(167cm)弱のクリントンの頭上に繰り返し覆いかぶさってきたのでした。

「これは我慢できない、と思いました。」と、9月12日に出版予定の「What Happened(起きた出来事)」の談話の中で、クリントンは述べています。「それは、二回目の大統領討論会でした。ドナルド・トランプは、私の背後に迫って来ました。二日前に、彼が女性に対する痴漢行為を積極的に自慢する音声が報道されました。その時、私たちは、小さなステージ上にいて、たとえ私がどこに動こうとも、彼は顔を作って、私をじっと見つめ、すぐ後ろからついてきました・・・ 実際、私の首に息も吹きかけました。鳥肌が立ちました。」


[千田さんのコメント]
見直して、編集する時間がありませんでした。よろしくお願いいたします。

■ 小沢の訳

ヒラリー・クリントン氏は、2016年10月の大統領選討論会中、ドナルド・トランプ氏の上から見下ろすように歩く態度が不愉快極まりなく「身の毛がよだった」と語った。新著の中で、トランプ氏が間近に接近してきたので、「下がれ、気色悪い、あっちへ行け」と叫びたいのを必死でこらえたと書いている。

民主党の大統領候補だったクリントン氏は、選挙まで一ヶ月を切っていた10月9日、セントルイスで行われた討論会での対決中ずっと、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせたことを事細かに語っている。その2日前、トランプ氏が女性の身体を触りまくって勝ち誇ったように自慢する録画が流出し、選挙戦は大混乱となっていた。

タウンホール形式の討論会の間中、6フィート3インチ(192cm)のトランプ氏は、5フィート5インチ(167cm)のクリントン氏が質問に答えるのを見下ろしながら、しつこくつきまとっていた。

「ちょっと、何すんのよと思った」とクリントン氏は9月12日発売の新著『What Happened』(何が起きたか)の音声朗読版で語った。「2回目の大統領選討論会で、ドナルド・トランプ氏は私の背後に忍び寄っていた。その2日前には、彼が女性の体を触りまくって自慢する声が世界中に流れた。その時ふたりは小さな舞台に立っていて、私がどこを歩こうが、彼は私の背後にぴったりとつき、私をじろじろ見て、変顔を作り…。本当の話、首筋に息を吹きかけてきた。身の毛がよだった」。

[小沢のコメント]
討論会の様子はテレビ中継され、トランプ氏の行動は確かに異様でした。そんな中、クリントン氏はよくがんばったなと思います。他人ごとと思って読むと滑稽な嫌がらせぶりですが、当人は本当に気味が悪かったでしょう。