第134回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
アメリカのNFL(全米フットボール・リーグ)
で始まった騒動についての
ニュースです。

騒動の発端は、
2016年8月26日、
サンフランシスコ・フォーティナイナーズ
(49ers) の
クォーターバックだった
コリン・キャパニックが
試合前の国歌斉唱で
起立を拒否し、
ひざまづいたことでした。

前年から、
米国各地で
白人警官による
黒人への暴行、殺害事件が相次ぎ、
有罪どころか
起訴もされていないことに
抗議するためでした。

彼の行動に感銘して、
黒人選手だけでなく
白人選手や
チームのオーナーまでが加わり、
国歌斉唱時に次々と
ひざまづくようになりました。

NFLは起立拒否を
個人の自由としましたが、
そこに噛みついたのがトランプ大統領です。

今年(2017年)9月22日の
アラバマ州での演説で
選手たちのひざまづく行為を批判し、
「あの、サノバビッチをグランドからつまみ出せ、
首にしろ」
と介入してきました。

サノバビッチとは
「メス犬の息子」という意味の
罵りことばで、
決して公の場で言うべきではありません。

トランプ大統領は
ツイッターでもさらに批判を続けました。

争いは
NFLだけでなく、
NBA(全米バスケットボール)や
米五輪委員会にまで波及して、
選手側を擁護する発言が相次ぎ、
トランプ大統領対スポーツ界の対決
の様相を示しました。

論争は
米国憲法で定める言論の自由にまで
拡大しました。

キャパニック選手は
昨シーズンで契約終了となり、
FA宣言をしましたが、
今のところ、
どのチームも彼を採用していません。

どんなに優秀な選手でも、
これ以上の揉め事は
困るのでしょうか。

ひざまづくのは国に対する侮辱か、愛か、
トランプ大統領の発言は適切か、不適切か、
国が二分されたような
騒動になっています。

このような状況を
一番悲しむのは
国とスポーツを愛する
一般の人たちでしょうに。

さて、
訳出のヒントですが、
トランプ大統領の介入から
話の流れが変わっているので、
一読して、
それがわかることを目指し、
わかりにくい部分は
適宜、ことばを補いました。

文体は
「だ・である」調にし、
新聞記事を書いているつもりで
訳をつけました。

今回も、
千田良一さんが応募してくださいました。
お忙しい中、
千田さん、ありがとうございました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第134回 課題文

 黒人青年が警察に暴行された事件を受けて、アメフトの選手が国歌斉唱中に不起立して抗議し、波紋がトランプ大統領にまで広がりました。それを伝えるニュースを訳してみましょう。様々な要素が絡んで話がややこしくなっています。わかりやすい訳文を工夫してみてください。


(1) What began more than a year ago with an NFL quarterback protesting police brutality against minorities by kneeling silently during the national anthem before games has grown into a roar with hundreds of players sitting, kneeling, locking arms or remaining in locker rooms ― their reasons for demonstrating as varied as their methods.

(2) Yet people rallying to defend players or decry the protests are not talking about police brutality, or the fact that former San Francisco 49ers quarterback Colin Kaepernick is no longer employed by an NFL team ― especially after President Donald Trump weighed in repeatedly to say that players should stand for the anthem or be fired for their defiance.

(3) Before NFL games began Sept. 24, the discourse had morphed into a debate over the First Amendment, Trump's insults, how much the NFL has been paid by the U.S. government for its displays of patriotism and the overall state of race relations in America.

 [ 出典: 2017年10月8日付け Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (1) grow into a roar 大騒ぎに発展する (2) decry 〜を非難する / San Francisco 49ers サンフランシスコ・フォーティナイナーズ ※ カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアのサンタクララに本拠地を置くアメリカンフットボールのチーム / Colin Kaepernick アメフト選手のコリン・キャパニック。2016年、人種差別に抗議し、試合前の国歌斉唱の際、膝をついた。 / weigh in 介入する、議論に加わる (3) morph into〜 〜に変形する 


(1) What began more than a year ago with an NFL quarterback protesting police brutality against minorities by kneeling silently during the national anthem before games has grown into a roar with hundreds of players sitting, kneeling, locking arms or remaining in locker rooms ― their reasons for demonstrating as varied as their methods.

これ全体がひとつの文で、かなりの長文です。まず、主部は、What began more than a year ago with an NFL quarterback protesting police brutality against minorities by kneeling silently during the national anthem before games。

主部の中心になる主語は、What began more than a year ago 「一年以上前に始まったこと」。このままだと直訳調なので「騒動の発端は一年以上前のこと」としました。

with an NFL quarterback protesting police brutality against minorities [NFL(全米フットボール)のクォーターバックが警察による少数人種への暴行に抗議し」。

minorities は「少数者」という意味ですが、「少数民族」「少数人種」の意味で使うことが多いです。どちらにしようか迷いましたが、アメリカは人種問題で揺れているので「少数人種」としました。

by kneeling silently during the national anthem before games 「試合前の国歌斉唱の間、無言でひざまづくことによって」。「ひざまづく」は、「ひざまづく姿勢を取る」にすると、内容に重さが感じられます。

has grown into a roar with hundreds of players sitting, kneeling, locking arms or remaining in locker roomsが述部です。「(それがきっかけで)、数百人の選手が座り込んだり、ひざまづいたり、腕を組んだり、ロッカールームにたてこもるなどの大騒動に発展した」。

― their reasons for demonstrating as varied as their methods. 「選手たちの抗議行動の理由は様々で、やり方も様々だった」。

(2) Yet people rallying to defend players or decry the protests are not talking about police brutality, or the fact that former San Francisco 49ers quarterback Colin Kaepernick is no longer employed by an NFL team ― especially after President Donald Trump weighed in repeatedly to say that players should stand for the anthem or be fired for their defiance.

Yet people rallying to defend players or decry the protests 「しかし、選手たちを擁護するために集まった人や抗議行動を非難するために集まった人は」。

are not talking about police brutality or the fact that former San Francisco 49ers quarteback Colin Kaepernick is no longer emplyed by an NFL team「警察の蛮行や、元サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクォーターバック、コリン・キャパニックがもうNFLチームに雇われていない事実も言っていない」

― especially after President Donald Trump weighed in repeatedly to say that players should stand for the anthem or be fired for their defiance. 「特に、ドナルド・トランプ大統領が、繰り返し、騒ぎに介入して、選手は国歌斉唱時に起立すべきだとか、反抗するやつは首にしろと言った後では」。

全部まとめると、「選手たちを擁護するために、集まった人も、抗議行動を非難するために集まった人も、特に、ドナルドトランプ大統領が繰り返し、騒ぎに介入して、選手は国歌斉唱時に起立すべきだとか、反抗する者は首にしろと言った後では、警察の蛮行や、元サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクォーターバック、コリン・キャパニックがもうNFLチームに雇われていない事実を言っていない」。

話の流れを整理すると、選手たちを擁護する人も非難する人も、トランプ氏大統領の介入後は、それまでの主張をしなくなったということ。そこを踏まえて、文をふたつに分けました。

まず、前半は「選手たちを擁護するためや、抗議行動を非難するために人々が集まったが、ドナルド・トランプ大統領が繰り返し騒ぎに介入して、「選手は国歌斉唱時に起立すべきだ」「反抗する者は首にしろ」と言った後は、訴えの焦点が変わった」。

「選手たちを擁護するためや、抗議行動を非難するために人々が集まった」は、「かたや、選手たちを擁護するため、かたや、選手たちを非難するために人々が集まった」とすると、すっきりします。

後半は、「以後」を補い、「以後、警察の蛮行を訴える声も、元サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクォーターバック、コリン・キャパニックがもうNFLチームに雇われていない事実を訴える声も聞こえなくなった」としました。

(3) Before NFL games began Sept. 24, the discourse had morphed into a debate over the First Amendment, Trump's insults, how much the NFL has been paid by the U.S. government for its displays of patriotism and the overall state of race relations in America.

Before NFL games began Sept. 24, 「9月24日に、NFLの試合が始まるのを前にして」。

the discourse had morphed into a debate over the First Amendment, Trump's insults, how much the NFL has been paid by the U.S. government for its displays of patriotism and the overall state of race relations in America. 「話の流れは、米国憲法修正第一条が定める言論の自由、トランプの侮辱発言、愛国心高揚のために、米国政府がNFLにいくら支払っているか、アメリカの人種間の問題が全体にどうなっているかなどの方向に逸れてしまった」。

the First Amendment「米国憲法修正第一条」だけだとわかりにくいので、後ろに「が定める言論の自由」を付け加えました。

displays of patriotism の displays は、日本語でもPCやスマホの画面を「ディスプレイ」と言うように、カタカナとして日本語に定着してます。もともと「展示」「陳列」という意味ですが、「見せつけること」「誇示」という意味もあります。ここでは、後ろに patriotism 「愛国心」がついているので、「愛国心高揚」としました。

the overall states of race relations in America 「アメリカの人種関係の全体状況」が直訳。これだと、わかるようでわからないので、「アメリカの人種間の問題が全体にどうなっているのか」としました。千田さんは「アメリカの人種間の全体的な問題」とすっきり訳されています。

■ 千田良一さんの訳

それは一年以上も前に始まった。NFLのクォーターバックが警官の少数民族に対する野蛮な行いに抗議する意味で、試合の前の国歌演奏中、静かにひざまずいたのだった。それが大きなうねりになり、数百人もの選手たちが座り込み、または、ひざまずき、腕を組合い、ロッカールームに留まるという騒ぎになった。 ― 選手たちの抗議行動の動機は、彼らの意思表示の方法の違いと同様にいろいろである。

それでも、選手たちを擁護、または、非難するために集まった人々は、警察の残虐な行為について話題としていない。また、元サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクォーターバック、コリン・キャパニックは、もはやNFLチームに雇用されていない。 ― これは、ドナルド・トランプ大統領が繰り返し議論に加わった後で起こったことで、大統領の主張は、選手たちが国歌演奏の際に起立すべきで、反抗的態度を取る者たちを首にすべきだ、とのことだった。

NFLの試合が9月24日に始まるのを前に、この論議は、憲法修正第1条に関する論争、トランプの無礼な言動、米国政府がNFLによる愛国心の誇示のために支払ってきた費用、そして、アメリカの人種間の全体的な問題へと形を変えてきたのだった。


[千田さんのコメント]
第134回課題文を本日、トライさせていただきました。よろしくお願いいたします。

■ 小沢の訳

騒動の発端は一年以上前のこと。NFLのクォーターバックが警察による少数人種への暴行に抗議し、試合前の国歌斉唱の間、無言でひざまづく姿勢を取った。それがきっかけで、数百人の選手が座り込んだり、ひざまづいたり、腕を組んだり、ロッカールームにたてこもるなどの大騒動に発展した。選手たちの抗議行動のやり方は様々で動機も様々だった。

かたや、選手たちを擁護するため、かたや、選手たちを非難するために人々が集まったが、ドナルド・トランプ大統領が繰り返し騒ぎに介入して、「選手は国歌斉唱時に起立すべきだ」「反抗する者は首にしろ」と言った後は、訴えの焦点が変わった。以後、警察の蛮行を訴える声も、元サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクォーターバック、コリン・キャパニックがもうNFLチームに採用されていない事実を訴える声も聞こえなくなった。

9月24日にNFLの試合が始まるのを前にして、話の流れは、米国憲法修正第一条が定める言論の自由、トランプの侮辱発言、愛国心高揚のために米国政府がNFLにいくら支払っているか、アメリカの人種間の問題が全体にどうなっているかなどの方向に逸れてしまった。

[小沢のコメント]
アメリカの現実から目をそらしてはいけないと思い、この課題を選びました。どれほど論争しても、国やスポーツを愛する気持ちは同じというところに着地できないでしょうか。