第135回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
昨年(2017年)、次々と報道された
日本のトップ製造業による
品質データの改ざんなど、
長年の不正が発覚した事件を
取り上げました。

今回の課題では
神戸製鋼所の名前が挙がっていますが、
他にも、
エアバックで有名なタカタ、
三菱マテリアル、スバル、スズキ、
日産自動車、三菱自動車工業、東亜建設工業、
旭化成、東芝、東洋ゴム工業など
名だたる企業の不正が発覚しています。
(参考:2017年12月10号『サンデー毎日』)

今回の不正は
主に、検査過程で起きています。
検査を軽視したり、
検査の資格者が足りず、
人手不足を非資格者で補ったりしていました。

今まで、
「メイド・イン・ジャパン」と言えば
高品質の代名詞だったのに、
いったい、何が起きているのでしょうか。

これについては、
今回、訳文を応募してくださった
千田さんが
詳しいコメントを寄せてくださっています。

千田さんの勤務される会社は
神鋼(業界では、
神戸製鋼所をこう呼ぶそうです)
と付き合いがあり
自動車用などのアルミ抵抗溶接
(Resistance Welding for Aluminum) で
彼らの材料と向き合っているそうです。

千田さんの許可をいただき、
以下、掲載させていただきます。

**********

日本製品の品質を支えてきた世代が
定年を迎え、
技術専門分野が
縦割りになってきたため、
全体を見渡して判断する
「俯瞰できる人材」が不足してきたのも
原因と考えられます。

各部門の利害が
他部門と衝突することが多くなり、
それを調整できる統括本部が
力をなくしてきているのが、
この問題の一因だと思います。
全社を敵に回しても
「ノー」と言えるトップが必要です。

多くの場合、
雇われ社長ではダメです。
売上・利益をあげることしか
考えないからです。
西欧式の利益追求だけの会社では、
愛社精神は生まれません。

最近の、鉄道や新幹線の事故も、
技術は当然のこと、
プロとしての心構えの継承がなされていない
結果と判断できます。

定年退職した団塊の世代が
身に付けていた、
マニュアルでは解決できないプロ意識を持った
ノーハウや総合的視野が
若いマネジメントに欠けてきているという事実の
現れでもあると思います。

このままでは、
日本の物作り産業は、
間違いなく衰退していくでしょう。
今回の一連の改ざん・不正行為は、
その前兆と捉えるべきです。

**********

千田さん、訳文のご応募に加え、
説得力あるコメントを
ありがとうございました。

さて、
訳出のヒントですが、
今回、私は
新聞記者になったつもりで
訳文を考えました。

文体は
新聞記事らしく
「だ・である」調にしました。

経済の記事ですが、
経済に馴染みがなくても
すっと読めるように
わかりにくい箇所は
適宜、ことばを補いました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第135回 課題文

 今回は経済ニュースから。神戸製鋼所の品質データの改ざんなど、相次ぐ不祥事が発覚し、かつては称賛の的だった「メイド・イン・ジャパン」の評判が地に落ちたというニュースの冒頭部分です。記事を書いた記者の嘆きの声が聞こえて来そうです。どうしてそうなってしまったのか、因果関係がわかるように、訳を工夫してください。


(1) Under the once-vaunted "keiretsu" system of close, trust-based ties between manufacturers and suppliers, "Made in Japan" became a byword for industrial quality and reliability. That reputation has eroded over recent years.

(2) Kobe Steel is just the latest in a string of corporate scandals involving data tampering and other methods of cheating that have tarnished the Japan Inc. quality stamp. It may be a sign that the govenment' push to improve corporate governance is seeing greater disclosure of wrongdoing.

(3) But the root cause is more likely that Japanese manufacturers are failing contemporary compliance standards as they grapple with a shrinking domestic market and increased global competition.

(4) As the focus has shifted to market mechanisms instead of cozy relationship-based arrangements, Japanese maufacturers have had to compete on price and expand their client base. "Growing global competition has forced Japanese manfacturers to cut costs to be more efficient, while fulfilling a production quota which is often difficult to achieve," said Motokazu Endo, a lawyer at Tokyo Kasumigaseki law office.

 [ 出典: 2017年11月12日付け Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (1) once-vaunted かつては自慢された / "keiretsu" system 「系列」方式 / byword 代名詞 / reputation has eroded 評判は崩れた (2) data tampering データ改ざん / Japan Inc. 株式会社日本 ※ 日本をひとつの企業に見立てた表現 / corporate governance 企業統治 (3) compliance standards 法令順守の基準 (4) market mechanisms 市場原理 / production quota 生産ノルマ / Motokazu Endo, a laywer at Tokyo Kasumigaseki law office 東京霞ヶ関法律事務所の遠藤元一弁護士


(1) Under the once-vaunted "keiretsu" system of close, trust-based ties between manufacturers and suppliers, "Made in Japan" became a byword for industrial quality and reliability. That reputation has eroded over recent years.
Under the once-vaunted "keiretsu" system of close, trust-based ties between manufacturers and suppliers, 「かつては自慢された『系列』方式という、製造業と業者との信頼に基づいた緊密な関係のもとで」が直訳。

まずは、manufacturer と supplier の訳語をどうするか。千田さんはそれぞれ「メーカー」と「サプライヤー」というようにカタカナですっきりまとめておられます。

manufacturer は、商品を製造する企業なので「メーカー」、日本語なら「製造業」でピンと来ます。supplier は、材料や部品などを供給する業者を指します。「サプライヤー」では経済用語に疎いとピンと来ないかもしれません。日本語で「納入業者」としてもいいですが、もっと簡潔に「業者」としました。よって、manufacturer と supplier は「製造業」と「業者」にしました。

once-vaulted は「かつては自慢された」。これでもいいですが、「定評のあった」としてもいいでしょう。

"Made in Japan" は「日本製」という意味ですが、すでに、「メイド・イン・ジャパン」で定着し、世界で高品質を表す代名詞のように使われているので、そのままカタカナで「メイド・イン・ジャパン」としました。

close, trust-based ties between manufacturers and suppliers は「製造業と業者との緊密な信頼に基づくつながり」は、「製造業と業者との緊密な信頼関係に基づくもので」と語順を変えて読みやすくしました。

全体として、日本語として読みやすいように語順を変えて、「かつては定評のあった『系列』制度とは、製造業と業者との緊密な信頼関係に基づくもので」としました。

"Made in Japan" became a byword for industrial quality and reliability. 「『メイド・イン・ジャパン』と言えば工業製品の品質と信頼の代名詞となっていた」。

That reputation has eroded over recent years. 「最近、その評判が崩れてきた」。

(2) Kobe Steel is just the latest in a string of corporate scandals involving data tampering and other methods of cheating that have tarnished the Japan Inc. quality stamp. It may be a sign that the govenment's push to improve corporate governance is seeing greater disclosure of wrongdoing.

Kobe Steel is just the latest in a string of corporate scandals involving data tampering and other methods of cheating that have tarnished the Japan Inc.「神戸製鋼所の一件は、データ改ざんやその他の不正行為など、株式会社日本の名を汚す一連の企業不祥事の中で、最新の事件として発覚したものに過ぎない」。

Kobe Steel は日本の大手鉄鋼メーカーとして著名で、「神戸製鋼所」と「神戸製鋼」とふたつ呼び方があるようです。主に、新聞では「神戸製鋼所」、週刊誌では「神戸製鋼」となっていますが、どちらでもいいのでしょうか。一応、新聞での呼称を採用しました。

just the latest 「最新のものに過ぎない」の just〜「〜に過ぎない」というニュアンスも訳出したいところ。よって、少しことばを補い、「最新の事件として発覚したものに過ぎない」としました。

It may be a sign that the government's push to improve corporate governance is seeing greater disclosure of wrongdoing. 「企業統治改善を推し進める政府の取り組みが、不祥事をさらに明るみに出した証拠と言えるだろう」。

この文は無生物主語となっているので、直訳するより、主語を副詞句のように訳した方が日本語らしくなります。そこで、「取り組みが」を「取り組みによって」と副詞句のように訳し、その後ろは「さらなる不祥事が明るみに出された」と変えました。

corporate governanceは、日本語でも「コーポレート・ガバナンス」で定着していますが、経済用語に疎くても読めるように「コーポレート・ガバナンス」(企業統治)と、カタカナ表記の後ろに日本語の意味をつけました。

(3) But the root cause is more likely that Japanese manufacturers are failing contemporary compliance standards as they grapple with a shrinking domestic market and increased global competition.

「しかし、根本原因として可能性大なのは、国内市場の縮小と国際競争の激化の中で、日本の製造業が、現代のコンプライアンス(法令順守)基準を守りにくくなっていることの方かもしれない」。

is more likely that〜「〜の方がより可能性大かもしれない」と、比較級になっています。前文の「政府の取り組みの成果により、不祥事が次々と明るみに出たかも」と書いてある箇所と比べています。つまり、政府の取り組みの成果というよりも、企業がコンプライアンスを守れなくなっていることの方が根本原因として大きいのではと言っています。

compliance は「法令順守」。これも「コンプライアンス」というカタカナで定着していますが、「コンプライアンス」(法令順守)というように、カタカナ表記の後ろに日本語の説明をつけました。

(4) As the focus has shifted to market mechanisms instead of cozy relationship-based arrangements, Japanese manufacturers have had to compete on price and expand their client base. "Growing global competition has forced Japanese manufacturers to cut costs to be more efficient, while fulfilling a production quota which is often difficult to achieve," said Motokazu Endo, a lawyer at Tokyo Kasumigaseki law office.

As the focus has shifted to market mechanisms instead of cozy relationship-based arrangements, 「焦点は、なれ合い関係による取り決めではなく、市場原理へと変わってきたので」が直訳。

この the focus 「焦点」という単語ですが、いきなり、「焦点は」と言われても、ピンと来ません。次に続くのが「なれあいに基づく取り決めでなく、市場原理へと変わってきた」なので、「焦点」とは「ビジネスのやり方の中心」のことだと理解しました。

cozy relationship-based は 「なれ合い関係に基づく」。cozy relationship は「なれ合い関係」の他にも、「なあなあの関係」「なあなあのぬるま湯関係」「不正を見て見ぬふりをする関係」。「不正を見過ごすぬるま湯的関係」などを思いつきました。

arrangement は「取り決め」でもわかりますが、もっと他にないか。辞書では「申し合わせ」「合意」「お膳立て」「手立て」などが載っていますが、ピンと来ず、無難なところで「取引」としました。

最終的には、cozy relationship-based arrangement を「不正を見過ごすぬるま湯的取引」としました。

Japanese manufacturers have had to compete on price and expand their client base. 「日本の製造業は、価格競争をして、顧客層を広げねばならなくなっていた」。

Growing global competition has forced Japanese manufacturers to cut costs to be more efficient, 「国際競争が激しくなり、日本の製造業は、さらなる効率化をすべく経費削減を迫られた」。

,while〜ingは「〜する傍ら」「〜する一方で」。

fulfilling a production quata which is often difficult to achieve, 「たいてい達成困難な生産ノルマを達成する」。もっと、簡潔に表現できないかと思っていたところ、ふと、昭和天皇の終戦宣言の一節、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」が思い浮かびました。それをヒントに「達成し難い生産ノルマに耐える」としました。

said Motokazu Endo, a lawyer at Tokyo Kasumigaseki law office. 「東京霞ヶ関法律事務所の遠藤元一弁護士は語る」。

■ 千田良一さんの訳

かつてもてはやされた「系列」方式は、メーカーとサプライヤー間の緊密な信用の上に成り立っていた。それゆえ、「メイド・イン・ジャパン」は、工業品質と信頼性の代名詞となった。その評判がこのところむしばまれてきている。

神戸製鋼所は、データ改ざんやその他、株式会社日本の品質証明印に傷をつけた不正な手段にまつわる一連の企業不祥事の最新のケースだ。それは、政府のコーポレート・ガバナンス改善の推進が不正の暴露を目撃することが多くなっている表れかもしれない。

しかし、より可能性の高い根本原因は、日本のメーカーが国内市場の縮小と国際競争の増加と格闘するため、現行のコンプライアンス基準を満たしていない事実だ。

ビジネスの焦点が人間関係の上に成り立った取り決めではなく、市場原理に変化したため、日本のメーカーは、価格競争を強いられ、顧客基盤を拡大しなければならないという状況にある。「激しさを増す国際競争によって、日本のメーカーは、効率化を実現するため、経費を下げることを余儀なくされています。その一方でなかなかに達成しがたい生産ノルマを果たしてきたのです。」と、東京霞ヶ関法律事務所の遠藤元一弁護士は述べた。


[千田さんのコメント]
良い意味でも悪い意味でも、非常になじみのある課題でした。

■ 小沢の訳

かつて定評のあった「系列」方式とは、製造業と業者との緊密な信頼関係に基づくもので、「メイド・イン・ジャパン」と言えば、工業製品の品質と信頼の代名詞になっていた。最近、その評判が崩れてきた。

神戸製鋼所の一件は、データ改ざんやその他の不正行為など、株式会社日本の名を汚す一連の企業不祥事の中で、最新の事件として発覚したものに過ぎない。コーポレート・ガバナンス(企業統治)改善を推し進める政府の取り組みによって、さらなる不祥事が明るみに出された証拠とも言えるだろう。

しかし、根本原因として可能性大なのは、国内市場の縮小と国際競争の激化の中で、日本の製造業が、現代のコンプライアンス(法令順守)基準を守りにくくなっていることの方かもしれない。

ビジネスのやり方の中心が、不正を見過ごすぬるま湯的取引ではなく、市場原理に基づく方向へと変わってきたので、日本の製造業は、価格競争をして、顧客層を広げねばならなくなった。「国際競争が激しくなり、日本の製造業は、たいてい達成し難い生産ノルマに耐える傍ら、さらなる効率化をすべく経費削減を迫られている」と、東京霞ヶ関法律事務所の遠藤元一弁護士は語る。

[小沢のコメント]
去年、連日のように報道されていた日本の製造業による検査擬装や不正のニュース。諸悪の根源は何だろうと興味を持ちました。日本の製造業、大丈夫でしょうか。時間はかかるかもしれませんが、名誉回復に取り組んで欲しいです。