第137回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
米ニューヨーク・タイムズの記者、
アダム・ブライアント氏が書いた
リーダーシップについてのエッセイです。

ブライアント記者は
ニューヨーク・タイムズ紙に
「コーナー・オフィス」(役員室)という
連載を週一回担当し、
525人の社長にインタビューしました。

今回、課題にしたのは
連載最終回の記事で、
CEOたちから学んだ成功の秘訣を
まとめています。

ブライアント氏は
CEOには3つの共通する資質があると
言っています。

課題では一つ目の
「応用好奇心」、つまり旺盛な好奇心が
挙げられていました。

あとの二つは、
C.E.O.s seems to challenge.
「困難な状況でも飛び込むのが好き」、

Future C.E.O.s tend to focus on doing their current job well.
「将来、CEOになる人は(トップを狙うことも大事だが)
目の前の仕事にも集中する」
でした。

当たり前のことかもしれませんが
当たり前のことがなかなか実行できない
のです(反省)。

今回も、
千田良一さんが応募してくださり、
コメントもたくさん寄せてくださいました。

以下、
千田さんからいただいた
コメントをまとめました。

***************

ペンシルバニア大学の
心理学教授二名の著作、
Negativity Bias, Negativity Dominance and Contagion
では、
ある特定のネガティブ感情が
自分の中で繰り返されてしまうのは
「Negativeity Bias(否定的心理傾向)」が
かかっているからで、
否定的な記憶や感覚は
より強く残ってしまう
心理作用があるといいます。

つまり「悪は善より強い」という
一般規則が成り立ちます。

さらに、
ネガティブな思考や感情は
粘着性があり、
脳に長く残ることがあるので、
不安が憂うつ感や無力感を引き寄せて
心を疲弊させ、
私たちを弱気にさせてしまいます。

これには、
「3つの力」
1.逆境に負けない力(Resilience)、
2.不安定な状況でも見通しが立つ力(Way Power)、
3.困難があっても最後までやり遂げる意思の力
(Will Power)
を身に付けるとよいです。

この3つは
強気の源であり、
一流と言われる人であれば
必ず持っているもので
トレーニングで得られますが、
筋肉と同じで
使わないと弱くなっていくため
意識してトレーニングすることが大切です。

一流のアスリートが
自分の体を余念なく、ストイックに
鍛え続けるように
どんな状況でも強気でいられる
ようになるには
この3つの力を鍛える習慣を
身に付けるとよいです。

***************

千田さん、
どうもありがとうございました。

CEOたちも日々
意識的にトレーニングしているのでしょう。

さて、訳出のヒントですが
新聞記事なので
地の文は「だ・である」調で
CEOのせりふは
「です・ます」調で
訳しました。

新聞の連載記事なので
コーヒーでも飲みながら
気楽に読める訳文を目指しましたた。

長文が多くて、
けっこうわかりにくい箇所があったので、
イメージが浮かびやすいように
適宜、ことばを足しました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第137回 課題文

 米ニューヨーク・タイムズの記者、アダム・ブライアント氏(Adam Bryant) が525人のトップビジネスパーソンに取材して書いた How to Be The Big Boss というタイトルのエッセイの冒頭を訳してみましょう。彼らに共通する資質は、企業のトップを目指さなくても参考になります。読んで元気が出るように訳を工夫してください。


(1) Not all chief executive officers are fonts of wisdom. And some of them, as headlines regularly remind us, are deeply challenged people. Still there's no arguing that C.E.O.s have a rare vantage point for spotting patterns about management, leadereship and human behavior. After almost a decade of interviewing them, I have learned valuable leadership lessons and heard some great stories. Here are some standouts.

(2) So You Want to Be a C.E.O. ?
 A surprising number of executives do not fit the stereotype of the straight-A student and class president who seemed destined to run a big company someday. I've met C.E.O.s who started out in theater, music and teaching. Others had surprisingly low grades in school.

(3) I've noticed three recurring themes. First, they share a habit of mind that is best described as "applied curiosity." They tend to question everything. They want to know how things work, and wonder how they can be made to work better. They're curious about people and their back stories.

(4) And rather than wondering if they are on the right career path, they make the most of whatever path they're on. "I can find interest in a lot of different things and try to put that to work in a positive way, connecting the dots and considering how the pieces fit together," said Gregory Maffei, whose background includes a college degree in religious studies, and is now the chief executive of Liberty Media, the giant company with interests in everything from Sirius XM to Formula One racing.

 [ 出典: 2017年11月19日付け The New York Times International Weekly]

[語句のヒント]
 (1) fonts of wisdom 知恵の泉 / standouts 傑出した人たち (2) the straight-A student 全優の学生 / class president 学級委員長 (3) applied curiosity 応用好奇心 (4) Gregory Muffei グレゴリー・マッフェイ / Liberty Media リバティ・メディア(アメリカのメディア関連企業) / Sirius XM シリウスXMラジオ(通信衛星を利用したデジタルラジオ会社) / Formula One racing フォーミュラワン自動車レース(略称はF1レース)


(1) Not all chief executive officers are fonts of wisdom. And some of them, as headlines regularly remind us, are deeply challenged people. Still there's no arguing that C.E.O.s have a rare vantage point for spotting patterns about management, leadereship and human behavior. After almost a decade of interviewing them, I have learned valuable leadership lessons and heard some great stories. Here are some standouts.

Not all chief executive officers are fonts of wisdom. 「CEOが全員、知恵の泉であるとは限らない」。Not all〜は部分否定で「全員が〜であるとは限らない」。

chief executive officer は略してC.E.O.。日本語では「最高経営責任者」とも言い、「トップビジネスパーソン」と訳されていることもあります。他にも、「会社経営者」、「企業トップ」などがあります。

CEOということばは日本語でも認知されている気がしますが、知らない人もいるかもしれないので、最初だけ「CEO(会社経営者)」として、以後は「CEO」を使いました。

fonts of wisdom、辞書に「知恵の泉」と載っているので、語句のヒントにはそのまま載せましたが、もっと、こんこんと湧き出る泉をイメージできるようなドラマチックな表現はないか。考えた末、「こんこんと湧き出る知恵の泉」とことばを付け加えました。

And some of them, as headlines regularly remind us, are deeply challenged people. 「ニュースの見出しでいつも思い出すように、中には非常にできの悪かった人もいる」

headlines はもともと新聞の「見出し」ですが、「大ニュース」という意味でも使われます。as headlines regularly remind us は「よく大ニュースの報道で思い出すように」でもいいでしょう。

challenged は「努力を要す」「非常に苦労した」の他、disabled (障害がある)の婉曲表現としても使われます。aurally challenged 「耳が不自由な」、financially challenged「貧しい」、vertically challenged は「背が低い」、academically challenged は「学業不振」。

この deeply challenged は、後で出てくる surprisingly low grades in school と同じ学業不振のことだろうと解釈しました。「勉強面で非常に苦労した人」「出来の悪かった人」「落ちこぼれだった人」「劣等生だった人」「勉強は苦手な人」などを思いつきました。「劣等生」ということばは強烈ですが、読者は却って励まされるかもしれません。そこで「劣等生タイプの人」としました。

Still there's no arguing that C.E.O.s have a rare vantage point for spotting patterns about management, leadership and human behavior. 「それでも、CEOには経営、リーダーシップ、人間行動についての模範を見つけることにかけては稀有の才能があることは議論の余地がない」。

「経営、リーダーシップ、人間行動についての模範を見つけるための稀有の才能がある」ではわかりにくいです。要は、模範を示すということだろうと解釈し、「経営、リーダーシップ、人間行動の模範を示す」と変えました。

After almost a decade of interviewing them, 「ほぼ10年に渡ってCEOにインタビューをしてきて」。

I have learned valuable leadership lessons and heard some great stories.「貴重なリーダーシップの教訓を学び、素晴らしい話を聞いてきた」。

Here are some standouts. 「ここで何人かの傑出した人物を紹介しよう」。

(2) So You Want to Be a C.E.O. ?
 A surprising number of executives do not fit the stereotype of the straight-A student and class president who seemed destined to run a big company someday. I've met C.E.O.s who started out in theater, music and teaching. Others had surprisingly low grades in school.

So You Want to Be a C.E.O. ?
小見出しになっています。文頭の So は副詞で、さりげなく話題を変えたり、読者の気を引いたりする時に使われます。「ところで」「まあ、とにかく」「つまり」「まあ、そんなわけで」。

You want Be a C.E.O ? は「CEOになりたいかいですか?」でもいいですが、『仕事は楽しいかね』というタイトルのビジネス書を思い出し、それをヒントに「CEOになりたい?」としました。

A surprising number of executives do not fit the stereotype of the straight-A student and class president who seemed destined to run a big company someday. 「驚くほどの数の経営者が、いつかは大企業を経営する運命を背負ったような全優の生徒だったり、学級委員長であったりという既成概念には当てはまらない。

「運命を背負っている」でもいいですが、「星の下に生まれた」とすると、ドラマチックに感じます。「いつかは大企業経営者となる星の下に生まれた」としました。

I've met C.E.Os who started out in theater, music, and teaching. 「私は劇場、音楽、教育分野で働き始めたCEOに出会った」が直訳。語順を変えて、「私が出会ったCEOの中には、最初は演劇、音楽、学校教育の仕事に就いた人もいた」。

ここで「最初は演劇、音楽、学校教育の仕事に就いた人もいた」という一文がひっかかりました。演劇、音楽、学校教育からは、CEOが出にくいということでしょうか。これらも優秀な人材が必要な分野だと思いますが…。ここは筆者に聞いてみたいところです。

Others had surprisingly low grades in school. 「中には、学生時代、驚くほど成績が悪かった人もいた」。

(3) I've noticed three recurring themes. First, they share a habit of mind that is best described as "applied curiosity." They tend to question everything. They want to know how things work, and wonder how they can be made to work better. They're curious about people and their back stories.

I've noticed three recurring themes. 「私は繰り返される3つのテーマに気づいた」。これでもいいですが、「3つのテーマが繰り返し登場することに気づいた」と語順を変えると読みやすくなります。

First, they share a habit of mind that is best described as "applied curiosity". 「まず、『応用好奇心』と言い表すのがぴったりの心の習慣を共有している」。

They tend to question everything.「あらゆることに対して質問する傾向がある」。これでもいいですが、「質問攻め」ということばが思い浮かび、「何事に対しても質問攻めにする傾向がある」に変えました。

They want to know how things work, and wonder how they can be made to work better. 「彼らは物事がどう動いているのか、どうしたらもっとうまく動かせらるのかを知りたがる」。

この部分、千田さんは「物事がどのようにしたら功を奏するのか、どうすれば仕事がもっとうまくいくかを知りたがる」とスマートに訳されています。

They're curious about people and their back stories. 「彼らは人間と彼らの生い立ちを知りたがる」。これでもいいですが、「彼らは人間に興味があり、それぞれの生い立ちを聞きたがる」とことばを足しました。

back stories を千田さんは「裏話」と訳されています。いいと思います。

(4) And rather than wondering if they are on the right career path, they make the most of whatever path they're on. "I can find interest in a lot of different things and try to put that to work in a positive way, connecting the dots and considering how the pieces fit together," said Gregory Maffei, whose background includes a college degree in religious studies, and is now the chief executive of Liberty Media, the giant company with interests in everything from Sirius XM to Formula One racing.

And rather than wondering if they are on the right career path, they make the most of whatever path they're on. 「そして、自分が出世の王道を歩いているかどうかより、どんな道を歩いていようがそれを最大限に活用する」。

on the right career path 「正しいキャリアの上にいる」が直訳。「出世の王道を歩いている」と意訳しましたが、千田さんのように「正しいキャリアを歩んでいる」もいいと思います。

make the most of〜は「〜を最大限に活用する」の他、「〜を最大限に楽しむ」「〜を最大限に活かす」「〜をできる限り有意義に使う」「〜を徹底活用する」「〜を満喫する」という意味もあります。

ふと『置かれた場所で咲きなさい』というベストセラーになった本のタイトルを思い出し、それを参考にして「置かれた場所で最大限に花を咲かせる」としました。

"I can find interest in a lot of different things and try to put that to work in a positive way, connecting the dots and considering how the pieces fit together 「私は種々雑多なことに利点を見つけ、それを前向きな方法で動かそうとし、点と点をつなぎ、どうやったらピースがうまくはまるかを考えます」。

a lot of different things をどう訳すか、迷いました。そのまま「異なる多くのこと」でも間違いではありませんが、日本語としての響きが不自然。「種々雑多」の方がまだましか。このCEOの言いたいのは、興味の持てるいろんな分野に貪欲にチャレンジするという感じでしょうか。

find interest は「利点を見つける」でもいいですが、「興味、関心を持つ」とした方がいいかも。

positive は「前向き」の他、「肯定的」「積極的」「好意的」などの意味もあります。「攻めの姿勢で」でもいいかも。

全体に「私は貪欲にいろんなことに興味を持ち、攻めの姿勢で物事を動かそうとします。それで、点と点をつなぎ、どうやったらピースがうまくはまるかを考えるんです」としました。

how the pieces fit together、ジグソーパズルがぱっと思い浮かびました。pieces は「ピース」だけだとわかりにくいかもしれないので、「ジクソーパズルのようにピースがうまくはまるか」としました。

said Gregory Maffei, whose background includes a college degree in religious studies, 「と語るのは、グレゴリー・マッフェイ氏で、学歴として大学で宗教学の学位も取得している」。

and is now the chief executive of Liberty Media, the giant company with interests in everything from Sirius XM to Formula One racing. 「現在は、シリウスXMラジオからF1自動車レースまで幅広く提携をしている巨大企業、リバティ・メディアのCEOである」。

■ 千田良一さんの訳

最高経営責任者の全てが英知の泉ではない。報道などが時折気づかせてくれるのは、彼らの中には、大変な努力を強いられた人たちもいるということだ。そうであっても、CEOたちは、経営能力や指導力、行動力のあり方に目星をつけるための稀な視座を持っている。10年近く彼らにインタビューして、私は、貴重なリーダーシップの教訓を学び、偉大な物語もいくつか聞いた。際立った例の幾つかがこれだ。

そうですか、あなたはCEOになりたいのですか?
かなりの人数の最高経営責任者たちが、判で押したような、いつかは大会社のトップになることを運命づけられたような優等生や学級委員長ではない。面談したCEOたちの中には、演劇や音楽、また教育分野で仕事を始めた者もいたし、他の皆さんも、学校の成績が驚くほど悪かったのだ。

私は、繰り返し登場する三つのテーマに気がついた。第一に、彼らには、「応用好奇心」という名称がぴったりする共通の性格があって、全てに疑問を投げかける傾向がある。物事がどのようにしたら功を奏するのか、どうすれば仕事がもっと上手くいくかを知りたがる。人間にも興味があり、その人たちの裏話も聞きたがる。

彼らは、正しいキャリアを歩んでいるかを思い悩むより、どのようなキャリアであっても、それを最大限に活用している。「私は、いろいろなことに興味を見出すことができる。そして、点を繋いで、ばらばらになっている破片をはめ込む方法を考えながら、それが前向きに機能するように頑張るのです。」と、宗教学の学位を持ち、現在、シリウスXMラジオ社からF1レースまで、いろいろな分野に興味を示す巨大企業、リバティ・メディの取締役会長であるグレゴリー・マッフェイ氏は述べた。


[千田さんのコメント]
 もう10年以上も前のことですが、ペンシルバニア大学の心理学教授2名の著作、「Negativity Bias, Negativity Dominance, and Contagion」を読んだことを思い出しました。

■ 小沢の訳

CEO(会社経営者)が全員、こんこんと湧き出る知恵の泉とは限らない。よく大ニュースの報道で思い出すように、中には劣等生タイプの人もいる。それでもCEOは、経営、リーダーシップ、人間行動の模範を示すのに稀有の才能があることは議論の余地がない。ほぼ10年に渡るCEOへのインタビューをしてきて、貴重なリーダーシップの教訓を学び、素晴らしい話を聞いてきた。ここで何人かの傑出した人物を紹介しよう。

ところで、CEOになりたい?
驚くほどの数のCEOが、いつかは大企業経営者となる星の下に生まれたような全優の生徒だったり、学級委員長であったりという既成概念に当てはまらない。私が出会ったCEOの中には、最初は演劇、音楽、学校教育の仕事に就いた人もいた。中には学生時代、驚くほど成績が悪かった人もいた。

3つのテーマが繰り返し登場することに気づいた。まず、どのCEOも「応用好奇心」と言い表すのがぴったりの心の習慣を共有している。彼らは何事に対しても質問攻めにする傾向がある。物事がどう動いているのか、どうしたらもっとうまく動かせられるのかを知りたがる。人間に興味があり、それぞれの生い立ちを聞きたがる。

そして自分が出世の王道を歩いているかより、どんな道を歩いていようが、置かれた場所で最大限に花を咲かせる。「私は貪欲にいろんなことに興味を持ち、攻めの姿勢で物事を動かそうとします。そして、点と点とつなぎ、どうやったらジクソーパズルのようにピースがうまくはまるかを考えます」と語るのは、グレゴリー・マッフェイ氏で、学歴として大学で宗教学の学位も取得している。現在は、シリウスXMラジオからF1自動車レースまで幅広く提携をしている巨大企業、リバティ・メディアのCEOである。

[小沢のコメント]
CEOの資質についての文章を読むと、自分もがんばろうという気持ちにさせられます。彼らが日常で習慣に行っていることのひとつでも、自分の日常に取り入れていけたらいいなと思いますが、なかなか難しいです。それができたら、私もとっくにCEOになっているかも。