第138回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
2018年1月7日、
ゴールデン・グローブ賞授賞式で
米国のカリスマ的人気の司会者、
オプラ・ウィンフリーさんが行った
受賞スピーチです。

ゴールデン・グローブ賞とは
優れた映画やテレビ番組に与えられる賞で
アカデミー賞の前哨戦として
注目されています。

今年のゴールデン・グローブ賞授賞式は
出席した女優たちが
黒いドレスで集合して
話題になりました。

ハリウッドの著名なプロデューサーを
ある女優がセクハラで告発したところ
「私も」(MeToo)と告発する動きが広がり、
セクハラ抗議をするために
黒いドレスを着たのです。

今回、ウィンフリーさんは
セシル・B・デミル賞を授賞しました。

これは、
ゴールデン・グローブ賞の中で
長年の功績を称えるもので
ウィンフリーさんは
黒人女性として初受賞となりました。

受賞のスピーチは
差別されてきた黒人の歩みを
自らの人生に重ね、
差別のない社会の実現を呼びかけるもので
非常に感動的でした。

そこで、
「ウィンフリーを大統領へ」という
声が広がりました。

ウィンフリーさんは
アメリカの人気トーク番組
『オプラ・ウィンフリー・ショー』の司会を務め、
多大な影響力を持っています。

テレビ番組の司会だけでなく、
番組のプロデュース、
映画にも出演し、
幅広く事業を行っています。

ただ、
大統領にふさわしいかどうかは
政治経験がないので、
何とも言えません。

大統領選に
実際に出馬するかどうかは
今のところ明言していませんが
ご本人はまんざらでもなさそうです。

さて、訳出のヒントですが
受賞スピーチなので
ウィンフリーさんの喜びと興奮が
伝わることを目指し、
できるだけ
ドラマチックな表現にしました。

今回も、
千田良一さんが応募してくださいました。

千田さんは、
まずビデオクリップを見つつ
同時通訳で訳出して録音し、
その音源を書き取り、
整えたものを送ってくださいました。

結果として
非常に流れのよい仕上がりになっています。

千田さん、
どうもありがとうございました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第138回 課題文

 米国のカリスマ的人気を誇る司会者、オブラ・ウィンフリーさんがゴールデン・グローブ賞授賞式で、長年の功績を称える「セシル・B・デミル賞」を受賞しました。その時のスピーチの冒頭を訳してみましょう。感謝と喜びの気持ちが伝わるように訳を工夫してみてください。実際の映像もぜひご覧ください。


(1) In 1964, I was a little girl sitting on the linoleum floor of my mother's house in Milwaukee, watching Anne Bancroft present the Oscar for best actor at the 36th Academy Awards. She opened the envelop and said five words that literally made history. "The winner is Sidney Poitier." Up to the stage came the most elegant man I have ever seen. I remember his tie was white and, of course, his skin was black. And I'd never seen a black man being celebrated like that.

(2) And I have tried many many many times to explain what a moment like that means to a little girl, a kid watching from the cheap seats, as my mom came through the door bone-tired from cleaning other people's houses. But all I could do is quote and say that the explanation in Sidney's performance in "Lilies of the Field". Amen, amen. Amen, amen.

(3) In 1982, Sidney received the Cecil B. DeMille Award right here at the Golden Globes, and it is not lost on me that at this moment there are some little girls watching as I become the first black woman to be given the same award.

(4) It is an honor and it is a privilege to share the evening with all of them and also with the incredible men and women who've inspired me, who've challenged me, who've sustained me and made my journey to this stage possible.

 [ 出典: 2018年1月7日付け Los Angeles Times]

[語句のヒント]
 (1) Anne Bancroft アン・バンクロフト / the Oscar for best actor at the 36th Academy Awards 第36回アカデミー賞の最優秀主演男優賞 / Sidney Poitier シドニー・ポワチエ (2) "Lilies of the Field" 『野のユリ』 / bone-tired くたくたに疲れて (3) the Cecil B. DeMille Award セシル・B・デミル賞 


(1) In 1964, I was a little girl sitting on the linoleum floor of my mother's house in Milwaukee, watching Anne Bancroft present the Oscar for best actor at the 36th Academy Awards. She opened the envelop and said five words that literally made history. "The winner is Sidney Poitier." Up to the stage came the most elegant man I have ever seen. I remember his tie was white and, of course, his skin was black. And I'd never seen a black man being celebrated like that.

In 1964, I was a little girl sitting on the linoleum floor of my mother's house in Milwaukee, 「1964年、私は小さな女の子で、ミルウォーキーにある母の家のリノリウムの床に座っていました」。

a little girl は「小さい女の子」の他「幼い少女」「ほんの小娘」も思いつきました。

ウィンフリーさんの年齢を調べてみると、1954年生まれで、1964年当時は9歳か10歳、まさに「女の子」です。本人の意識として a little girl と言っているので、そのまま「小さい女の子」としました。

「リノリウムの床」もひっかかりました。なぜわざわざ素材名を言っているのか。「リノリウムの床」には何かニュアンスがあるのか。Google検索をしてみると、「医療施設や研究施設を強く連想させる」「適度な弾力性があり、病院、学校などの公共施設に用いられる」とありました。病院の床のような冷たい感触を想像させるものでしょうか。

ミステリー小説にも「冷たいリノリウムの床」という表現はよく出てきます。「無機質」「質素」「冷たい」などの形容詞を足すとわかりやすいかも。子どもの目線から考えて「冷たい」を付け足し「冷たいリノリウムの床」としました。ただの「冷たい床」でもよかった気がします。

watching Anne Bancroft present the Oscar for best actor at the 36th Academy Awards. 「アン・バンクロフトが第36回アカデミー賞の最優秀主演男優賞を手渡すのを見ていました」。

千田さんはここで「最優秀主演男優賞のオスカーを贈る」と表現し、臨場感を出されています。

She opened the envelop and said five words that literally made history. 「彼女は封筒を開け、まさに歴史を作った5つの単語を言いました」。

make history は「歴史を作る」が直訳ですが「歴史を変える」とするとドラマチックになります。「まさに歴史を作った5つの単語を言いました」は英語の語順通りにし、「彼女は5つの単語を言いました。そのことばはまさに歴史を変えることになりました」に変えました。

literally はもともと「文字通り」という意味ですが、really の意味でもよく使われます。

"The winner is Sidney Poitier." 「受賞者はシドニー・ポワチエ」。

Up to the stage came the most elegant man I have ever seen. 舞台に上がったのは今まで見た中で一番優雅な男性でした」。これだと直訳調なので、少し表現を変えました。「舞台にひとりの男性が上がりました。こんな優雅な人を見たのは生まれて初めてでした」としました。

elegant は「優雅な」「洗練された」「上品な」「気品のある」「品格のある」などの意味。カタカナの「エレガント」も日本語に定着しています。迷った末、「品格のある」を選びました。実際の受賞シーンの映像を見ると、ポワチエ氏は実に堂々としていて、まさに「品格がある」という感じがしたので。

I remember his tie was white and, of course, his skin was black. 「白いネクタイをしていて、もちろん、黒い肌をしていたことを覚えています」。

これでもいいですが、「今でも覚えています。その人は白いネクタイ姿で、もちろん、黒い肌をしていました」と英語の語順通りに変えました。その方がドラマチックな感じがします。

of courseは「もちろん」でいいのですが、もっと他にぴったりの表現はないか。「言うまでもなく」「何と言っても」「まさしく」「紛れもなく」など。

And I'd never seen a black man being celebrated like that. 「それに、黒人男性がこのように祝福されるのを見たこともありませんでした」。これでもいいですが「見たのは初めてでした」と前文に合わせました。

(2) And I have tried many many many times to explain what a moment like that means to a little girl, a kid watching from the cheap seats, as my mom came through the door bone-tired from cleaning other people's houses. But all I could do is quote and say that the explanation in Sidney's performance in "Lilies of the Field". Amen, amen. Amen, amen.

And I have tried many many many times to explain what a moment like that means to a little girl, 「それから、何度も何度も説明しようとしてきました。小さな女の子にとって、このような瞬間がどんな意味を持つのかを」。

「どんな意味を持つのかを」は「どれほど重要な意味を持つものだったか」に変え、重要であることをはっきりさせました。

a kid watching from the cheap seats, 「子どもの私が安物の椅子に座って見ていると」。「見ている」のはテレビだろうと考え「テレビのシーンを」を付け加えました。

from the cheap seats は「安い座席から」が文字通りの意味。自宅の床に座って見ているのになぜ「安い座席」なのか。違和感を感じ、 the cheap seats を調べてみたところ、野球用語で「ホームベースから遠い観客席」という意味を見つけました。すると from the cheat seats は「遠目から」「遠い出来事のように」の方がいいかもしれません。

as my mom came through the door bone-tired from cleaning other people's houses 「母が人様の家の掃除を終えて、くたくたに疲れて帰宅し、ドアから入って来ました」。

最初の as〜は同時進行の意味でいいと思います。「するとその時」という感じ。

この as〜のニュアンスを生かして、「ちょうど、母が人様の家の掃除を終えて、くたくたに疲れて帰宅し、ドアから入って来ました」に変えました。

But all I could do is quote and say that the explanation in Sidney's performance in "Lilies of the Field". Amen, amen, amen. 「でも、私ができたのは、『野のユリ』の中のシドニーの演技を引用して、説明するだけ。アーメン、アーメン、アーメン、アーメンと」。

all I could do is〜は「ただ〜するだけ」と訳してもいいので、次のように変えてドラマチックにしました。「でも私ったら、ただただ、『野のユリ』のシドニーの演技を引用して、説明するのが精いっぱい。アーメン、アーメン、アーメン、アーメンと」。

「引用」するは「真似する」の方がわかりやすいので変えました。

この箇所は『野のユリ』を見ていないとわかりずらいかもしれません。『野のユリ』は私も昔、見たきりで、かすかな記憶しか無いのですが、ポワチエ扮する主人公が、修道院のシスターたちに歌唱指導をするシーンで、何度も「アーメン、アーメン、アーメン、アーメン」(英語では「エイメン」と言っています)と歌い、感動的だったような気がします。

幼かったウィンフリーさんも、このきめぜりふに感動し、お母さんの前で "Amen, amen. Amen, amen."と歌ってみせたのでしょう。

(3) In 1982, Sidney received the Cecil B. DeMille Award right here at the Golden Globes, and it is not lost on me that at this moment there are some little girls watching as I become the first black woman to be given the same award.

In 1982, Sidney received the Cecil B. DeMille Awared right here at the Golden Globes, 「1982年、シドニーは、まさにこのゴールデングローブ賞受賞式の場で、セシル・B・デミル賞を受賞しました」。

and it is not lost on me that at this moment there are some little girls watching as I become the first black woman to be given the same award. 「この瞬間、同じ賞を受賞される初の黒人女性となる私を見つめている小さな女の子たちがいることがわかっています」。

not lost on〜は「〜にわかっている」ですが、「〜に違いない」と訳して、語気を強くしました。

(4) It is an honor and it is a privilege to share the evening with all of them and also with the incredible men and women who've inspired me, who've challenged me, who've sustained me and made my journey to this stage possible.

It is an honor and it is a privilage to share the evening with all of them 「今夜、皆さまとご一緒できるのは名誉の極みであり光栄の至りです」。

and also with the incredible men and women who've inspired me, who've challenged me, who've sustained me and made my journey to this stage possible. 「そしてまた、私を鼓舞して下さり、やりがいを与えて下さり、支えて下さり、私の人生の旅路をこの舞台に導いて下さった、素晴らしい男性女性の皆さまとご一緒できることもです」。

inspire はもともと「息を吹き込む」という意味ですが、そこから「霊感を与える」「鼓舞する」「元気づける」「その気にさせる」「本気にさせる」「やる気にさせる」「奮い立たせる」「奮起させる」「心に火を灯す」「心に火をつける」など。この中で、一番ドラマチックに響く表現は何かと考え、「心に火をつける」を採用しました。

「私の人生の旅路をこの舞台に導いて下さった」では、ぎこちないので「この舞台に立つに至るまでの私の人生の旅路を導いて下さった」に変えました。

■ 千田良一さんの訳

1964年、私は小さな女の子で、ミルウォーキーの母の家のリノリウム床に座っていました。テレビで見ていたのは、アン・バンクロフトが第36回アカテミー賞の最優秀主演男優賞のオスカーを贈っているシーンでした。彼女は、封筒を開け、文字通り歴史を作った5つの単語を口にしたのです。「勝者はシドニー・ポワチエ」。ステージに登場したのは、私が今まで見た中で最もエレガントな男性でした。彼のネクタイが白で、肌は、もちろん黒だったことを覚えています。私は、黒人男性がそのように褒めたたえられている姿を見たことがありませんでした。

そして、私は、そのような瞬間が、小さい女の子にとって、どんなに大きな意味があったのかを何回も何回も説明しようとしました。安い席から見ていた子どもでした。ママが他の人の家を何件も掃除して、クタクタに疲れて、帰って来たところでした。でも、それを説明して、私ができたことといえば、「野のユリ」でのシドニーの演技を引用して、こう言うだけでした。アーメン、アーメン。アーメン、アーメン。

1982年にシドニーは、ここゴールデングローブ賞授賞式で、セシル B.デミル賞を受賞しました。そして、私は、よく承知しています。この瞬間、小さな女の子たちがテレビの前にいて、私がその同じ賞を授与される最初の黒人女性になるのをじっと見守っているということを。

名誉であり、特権でもあるのは、この夕べを共にする、そのような全ての人々、また、素晴らしい皆さまが私を奮い立たせてくれたこと、やる気を掻き立ててくれたこと、私を支えてくれたこと、その皆々様が私の旅路をこのステージへと導いてくれたのです。


[千田さんのコメント]
 今回は、(今回も?)十分に時間が取れなかったのですが、本日、先ほど、実際のビデオクリップを見ながら同時通訳してみました。その英日通訳を録音した音源を書き取り、その後、流れを崩さないように、少し加えたり、省いたり、体裁を整えたものをお送りします。雑になってしまった箇所もあると思いますが、これが同時通訳の限界だと思います。

■ 小沢の訳

1964年、私は小さな女の子で、ミルウォーキーにある母の家で、冷たいリノリウムの床に座って、アン・バンクロフトが第36回アカデミー賞の最優秀主演男優賞を手渡すのを見ていました。彼女は封筒を開け、5つの単語を言いました。まさに歴史を変えることになったそのことばは「受賞者はシドニー・ポワチエ」。舞台にひとりの男性が上がりました。こんなに品格のある人を見たのは生まれて初めてでした。今でも覚えています。その人は白いネクタイ姿で、紛れもなく、黒い肌でした。それに、黒人男性がこのように祝福されるのを見るのも初めてでした。

それから、何度も何度も説明しようとしてきました。その時の瞬間が小さな女の子にとって、どれほど重要な意味を持つものだったか。子どもの私がテレビのシーンを遠い出来事のように眺めていると、ちょうど母が人様の家の掃除を終えて、くたくたに疲れて帰宅し、ドアから入って来ました。でも、私ったら、ただただ、『野のユリ』でのシドニーの演技を真似して、説明するのが精一杯。アーメン、アーメン、アーメン、アーメンと。

1982年、シドニーは、まさにこのゴールデン・グローブ授賞式の場で、セシル・B・デミル賞を受賞しました。そして今、私は同じ賞を受賞する初の黒人女性となります。今の私を見つめている小さな女の子たちがいるに違いありません。

今夜、皆さまとご一緒できるのは名誉の極みであり、光栄の至りです。そしてまた、私の心に火をつけてくださり、やりがいを与えて下さり、支えて下さり、この舞台に立つに至るまでの私の人生の旅路を導いて下さった、男性、女性を問わず、素晴らしい皆さまとご一緒できることもです。

[小沢のコメント]
ウィンフリーさんになり切ったつもりで感動を伝える訳文を作ろうと試みました。子どもの頃の思い出も重なってきっと感無量だったであろうウィンフリーさんの気持ちが伝わり、訳していて、私も感無量になりました。