第145回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
2018年のイグ・ノーベル賞を受賞した
日本人医師、堀内朗氏のニュースです。

世間ではちょうど
日本人の本庶佑氏が
ノーベル賞医学生理学賞を授賞した
栄誉に沸いている頃、
「もうひとつのノーベル賞」とも言われる
イグ・ノーベル賞にも
日本人が受賞しました。

日本人の受賞は
12年連続となります。

イグ・ノーベル賞は
英国のユーモア科学雑誌
Annals of Improbable Research
(風変わりな研究の年報)が
1991年に創設したもので、
人々を笑わせ、考えさせてくれる
研究に対して与えられます。

風変わりで
脚光を浴びにくい研究が対象とされ
賞賛と笑いが込められています。

毎年およそ10組、
これまでに約300組が授賞し、
そのうち日本人は24組、
英国と並ぶ最多受賞国となっています。

有名なところでは
フロッピーディスクの発明者として著名な、
ドクター中松氏こと中松義郎氏も
受賞者のひとりです(2005年)。

堀内朗氏は小児科医で、
長野県の昭和伊南総合病院
消化器病センター長です。

賞の連絡を受けた時、
「最初はいたずらかと思った」そうです。

賞の内容は
「座位で行う大腸内視鏡検査
ー 自ら試してわかった教訓」。

堀内氏によると
「通常、横向きに寝て
肛門から内視鏡を入れる検査は、
外形10ミリの細い内視鏡を用い、
自分で座ってやる方が扱いやすく、
驚くほど容易にでき、
苦痛が軽減する」。

これまでは
患者に大きな負担を強いていた
大腸内視鏡検査ですが、
自分で行う手法を考案し、
自分で行うと苦痛が少ないことを
実証しました。

授賞式では
堀内氏自ら椅子に腰かけ
内視鏡を挿入するポーズを取り
聴衆から大きな喝采を浴びました。

これから、
大腸内視鏡検査は
自分でやる方式になるのかどうかは
わかりませんが、
苦痛を和らげるという点で
大いに参考になりそうです。

さて、訳出のヒントですが、
新聞記事なので
地の文は「だ・である」調で、
堀内氏のことばは
「です・ます」調にし、
できるだけ丁寧な口調に訳して
やさしい人柄の感じを出しました。

今回も千田良一さんが
応募してくださり、
以下のコメントをくださいました。

***************

なぜ過去のイグ・ノーベル賞の受賞者が
日本、米国、英国に多いのでしょうか。

研究開発するには資金が必要です。
ノーベル賞を獲得するうような研究には
資金が集まります。
しかし、
イグ・ノーベル賞を獲得するような
研究を行うには
資金が集まりにくいでしょう。
従って、
お金に余裕がある国からの参加者が
多くなるのは否めません。

また、違う観点から見ると、
誰もやらない変わった研究をする人物、
すなわち、奇人変人に対し
社会が寛容であることが重要だと思います。
そういう意味で、日本、英国、米国は、
そのような研究者に
温かい国であると
言えるかもしれません。

Is there any reason that Japan, the US, and the UK
have produced more winners
in the world for the Ig Nobel prizes ?

For research and development, a lot of funds are necessary.
It must be easier to obtain funding
for researches that could win the Nobel prizes.
However ,
who might invest money for strange researches
that receives the Ig Nobel prizes ?
It is far more difficult ot raise such funds.
Therefore,
we cannnot deny the fact that contestants
would often come from those countries
that are rich enough to open their purses.

Also from another perspective,
I think it is important for society
to be open-minded to so-called odd fellows
who are doing seemingly unnecessary researches.
In that sense, Japan, the UK and the US
seem to be warm-hearted and tolerant
to such superficially strange researchers.

***************

千田さん、どうもありがとうございました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第145回 課題文

 ノーベル賞のパロディとして知られているイグ・ノーベル賞に、自らに大腸内視鏡検査を試した日本人医師が受賞したというニュースを訳してみましょう。具体的にどのような検査なのかを、わかりやすく伝えてください。


(1) A Japanese doctor was recognized Sept. 13 with a 2018 Ig Nobel prize ー the annual award sponsored by the science humor magazine Annals of Improbable Research for comical but practical scientific discovery.

(2) Dr. Akira Horiuchi, a pediatrician at Showa Inan General Hospital in Komagane, Nagano Prefecture, won for his self-colonoscopy study in which he used a colonoscope designed for children and sat upright rather than lying in the traditional supine position.

(3) Horiuchi is not recommending that you give yourself a colonoscopy in the comfort of your own home. He said via e-mail that many people are afraid of getting a colonoscopy, and he just wanted to show how easy it can be.

(4) "If people watch a video of my self-colonoscopy, they think colonoscopy is simple and easy, " he said. People may laugh at the winners, but Horiuchi said winning an Ig Nobel brings attention to studies such as his that might otherwise be ignored.

 [ 出典: 2018年9月30日付け The Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
(1) Annals of Improbable Research 風変わりな研究の年報 (2) Dr. Akira Horiuchi 堀内朗医師 / Showa Inan General Hospital in Komagane, Nagano Prefecture 長野県駒ケ根市の昭和伊南総合病院 / colonoscopy 大腸内視鏡検査 / supine position 横向きに寝た姿勢 


(1) A Japanese doctor was recognized Sept. 13 with a 2018 Ig Nobel prize ー the annual award sponsored by the science humor magazine Annals of Improbable Research for comical but practical scientific discovery.

A Japanese doctor was recognized Sept. 13 with a 2018 Ig Nobel prize 「日本人の医師が2018年のイグ・ノーベル賞を受賞した」。

the annual award sponsored by the science humor magazine Annals of Improbable research for comical but practical scientific discovery 『風変わりな研究の年報』というユーモア科学雑誌が主宰する賞で、面白いけど実際に役立つ科学的発見に毎年贈られる」。

「毎年贈られる」の部分、千田さんは「毎年恒例の賞です」とすっきりまとめられています。

comical 「面白い」でもいいですが、もっと他にないか考えました。「笑いを誘う」「笑わせてくれる」「ユーモアあふれる」など。

(2) Dr. Akira Horiuchi, a pediatrician at Showa Inan General Hospital in Komagane, Nagano Prefecture, won for his self-colonoscopy study in which he used a colonoscope designed for children and sat upright rather than lying in the traditional spine position.

Dr. Akira Horiuchi, a pediatrician at Showa Inan General Hospital in Komagane, Nagano Prefecture, 「長野県駒ヶ根市の昭和伊南総合病院の小児科医、堀内朗氏」。

won for his self-colonoscopy study in which he used a colonoscope designed for children 「自ら行う大腸内視鏡検査の研究で受賞した。その研究で 彼は子ども用の大腸内視鏡を使い」。

and sat upright rather than lying in the traditional supine position. 「従来の横向きに寝た姿勢でなく、背筋を伸ばして座った」。

「座った」は「座位の姿勢をとる」とするとかっこよくなります。

(3) Horiuchi is not recommending that you give yourself a colonoscopy in the comfort of your own home. He said via e-mail that many people are afraid of getting a colonoscopy, and he just wanted to show how easy it can be.

Horiuchi is not recommending that you give yourself a colonoscopy in the comfort of your own home. 「堀内氏は、自宅で気軽に大腸内視鏡検査をすることを勧めてはいない」。

in the comfort of your own home の comfort は「安心」「安楽」という意味。in the comfort of your own home は「自宅にいながらの気楽さで」という意味でしょうか。グーグル検索すると「自宅にいながらにして」という意味が出てきました。ここは「自宅で気楽に」としました。

He said via e-mail that many people are afraid of getting a colonoscopy, and he just wanted to show how easy it can be. 「彼は、ただ、大腸内視鏡検査を怖がる人が多いので、どれほど簡単にできるかを訴えたかったとメールで言った」。

(4) "If people watch a video of my self-colonoscopy, they think colonoscopy is simple and easy, " he said. People may laugh at the winners, but Horiuchi said winning an Ig Nobel brings attention to studies such as his that might otherwise be ignored.

"If people watch a video of my self-colonoscopy, they think colonoscopy is simple and easy," he said. 「私が自ら大腸内視鏡検査をしている動画を見ていもらったら、大腸内視鏡検査が簡単で容易にできると思えるでしょう」と彼は言った」。

simple and easy どちらも「簡単」ですが、easy には「簡単」の他、「くつろいで」の意味もあるので、「楽々簡単」「気軽で簡単」「簡単ですぐできる」などがいいかも。

People may laugh at the winners, but 「受賞者の姿は笑いを誘うかもしれないが」。laugh at〜「〜を笑う」は「〜をあざ笑う」「冷笑する」「ばかにして笑う」という否定的なニュアンスがあります。本人は大真面目にやっているのに、見る人の爆笑を誘うイメージから「爆笑もの」としました。

Horiuchi said winning an Ig Nobel brings attention to studies such as his that might otherwise be ignored. 「イグ・ノーベル賞を受賞することで、受賞しなければ無視されたであろう私がやっているような研究が脚光を浴びました」と語った」。

これだと直訳調なので、「イグ・ノーベル賞を受賞することで、私がやっているような研究が脚光を浴びました。受賞しなければ無視されたままだったでしょう」と語順を変えました。

「無視されたままだったでしょう」は「日が当たらないままだったでしょう」「注目されることもなかったでしょう」も思いつきました。

■ 千田良一さんの訳

ある日本の医師が9月13日に2018年イグ・ノーベル賞を受賞しました。滑稽だけれど実用的な科学的発見を目的とする科学ユーモア雑誌「信じ難い研究年報」が主催した毎年恒例の賞です。

長野県駒ヶ根市の昭和伊南総合病院小児科医の堀内晃先生は、セルフ結腸内視鏡検査の研究で賞を獲得しました。これは、子ども用に設計された大腸内視鏡検査を使って、従来の横向きに寝た姿勢ではなく、椅子に背筋を伸ばして座って使用するものです。

堀内さんは、皆さんが自分の家にいて大腸内視鏡で検査することは、勧めていません。彼は、多くの人が大腸内視鏡検査を受けることを恐れている、とイーメールで述べ、それがどれほど簡単であるかを見せたかっただけなのでした。

彼は、「私が自分自身で処置する大腸内視鏡検査のビデオを見た人は、大腸内視鏡検査が簡単で楽なものだと思うでしょう。」と語り、受賞者を笑う人がいるかもしれませんが、イグ・ノーベル賞を受賞したことで、無視されていたかもしれないような研究に関心を向けることになります、と堀内さんは、お話しされました。

[千田さんのコメント]
 上記掲載。

■ 小沢の訳

日本人の医師が2018年のイグ・ノーベル賞を受賞した。『風変わりな研究の年報』という科学ユーモア雑誌が主催する賞で、笑わせてくれ、実際に役立つ科学的発見に毎年贈られる。

受賞者は、長野県駒ヶ根市の昭和伊南総合病院の小児科医、堀内朗氏で、自ら行う大腸内視鏡の研究が評価された。その研究で、堀内氏は子ども用の大腸内視鏡を使い、従来の横向きに寝た姿勢でなく、背筋を伸ばした座位の姿勢をとっている。

堀内氏は、大腸内視鏡検査を自宅で気楽にやりましょうと勧めているわけではない。ただ、大腸内視鏡検査を怖がる人が多いので、どれほど簡単に検査ができるかを訴えたかったとメールで述べた。

「私が自分で大腸内視鏡検査をしている様子を動画で見ていただいたら、大腸内視鏡検査が楽々簡単なものだと思えるでしょう」と堀内氏。受賞者の姿は爆笑ものかもしれない。しかし、堀内氏は「イグ・ノーベル賞をいただいたことで、私がやっているような研究が脚光を浴びました。受賞しなければ注目されることもなかったでしょう」と語る。

[小沢のコメント]
 患者の苦痛を和らげたいという思いから生まれた研究というところに、堀内氏のやさしさを感じました。病院に行くとお医者さんに怒られそうで緊張しますが、こんなやさしいお医者さんだと緊張しないですむでしょう。