第147回 課題文 解説


お待たせしました!

今回の課題は、
日産自動車の救世主として
もてはやされていた
カルロス・ゴーン元会長の
逮捕のニュースです。

2018年11月19日、
カルロス・ゴーン氏は
金融商品取引法違反の容疑で
東京地検特捜部に逮捕されました。

容疑は
2011年3月期から15年3月期の報酬が
総額約100億円だったのに、
半分の約50億円と有価証券報告書に
過小記載していたことです。

つまり、
給与の受け取り額を
実際より50億円少なく見せかけるよう
工作していたということ。

ゴーン氏と言えば
倒産寸前の日産に乗り込み、
2万人以上をリストラした「コストカッター」、
「血も涙もない男」という酷評もある一方、
汚れ役に徹して、
瀕死の日産をV字回復させた
カリスマ経営者としても
もてはやされました。

今回の不祥事については
日産の西川廣人(さいかわ・ひろと)社長が
逮捕当日の午後10時に記者会見して
ゴーン氏を非難し、
「役員がこの件を知ったのは
つい先ほどだった」と言い、
自分たちも騙された
被害者であると主張しました。

(後日、任意の事情聴取では
支払いの差額を認識していたことを
認めましたが)。

事件の背後には、
マクロン仏大統領の目論見がある
との噂もあります。

業績低迷のフランス自動車メーカー、
ルノーを救済するため
ゴーン氏を動かして
ルノーによる日産子会社化を
画策していたところ、
日産経営陣が
その対抗策として
「内部告発」という形を取って
ゴーン氏を逮捕させたというものです。

ゴーン氏逮捕は「フランス政府への牽制」とも
永田町では囁かれています。

ルノーはもともと国営企業でしたが、
1990年代に民営化されました。
現在もフランス政府が株式15%を保有します。

そのルノーは
1999年に倒産寸前だった日産に出資し、
株式の43%を保有して経営権を握りました。
日産のルノー出資は15%に過ぎず、
議決権はありません。

今回のゴーン氏逮捕には
この不平等条約改正が
日産の狙いであるとの説もあります。

ゴーン氏が
日産立て直しの功労者であるとしても、
日産の会長職を利用しての
公私混同ぶり、私利私欲ぶりは事実です。

また、そのゴーン氏に
リストラという難仕事を任せ、
不正には見て見ぬふりをして
不要になったら切り捨てるという
日産経営陣の対応にも、
モラル欠如、責任放棄の感は否めません。

様々な要素が絡んでいて
この事件は
まだまだ長引きそうです。

さて、訳出の際、
無生物主語の構文が多くて
直訳すると不自然な訳文になるので
読みやすい自然な流れになるよう
訳を書き直しました。

ニュース記事なので
地の文は「だ・である」調、
上級エコノミスト、佐藤浩介氏のことばは
「です・ます」調にしました。

今回も千田良一さんが
応募してくださり、
以下のコメントをくださいました。

***************

The case of Carlos Ghosn
is not surprising at all to me.
It was just one of those things we often see
happening all over the world.
What is noteworthy in Ghosn's case is
the size of his salaries and remuneration.

I must admit
there are extremely very few company directors
who explicitly recognize
that a company is a separate entity
as legal personality.
Therefore, many of them
tend to mix up public and private matters,
thus resulting in
"birds of Ghosn's feather"
pursuing their own self-interest.

A company doesn't belong to you
- legally and morally.

カルロス・ゴーンの事件は、
私にとって全く驚くものではありません。
それは、よく見かける
世界中でおこっていることの
一つに過ぎません。
ゴーンの事件が注目に値するのは、
彼の給料と報酬の規模です。
認めざるをえない事実は、
会社が法的人格として
独立した存在であることを明確に
認識している会社取締役が
本当にわずかしかいないということです。
ですから、その多くは
公私混同をする傾向があり、
「ゴーンと同じ穴のムジナたち」が
自分の利害打算を優先させてしまう
結果となるのです。
会社は、あなたの所有物ではない
― 法的にも道義的にも。

***************

千田さん、どうもありがとうございました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第147回 課題文

 日産自動車の「救世主」と言われていたカルロス・ゴーン前会長の逮捕は衝撃的なニュースでした。Star to fallen idol (落ちた偶像)というタイトルの記事の冒頭を訳してみましょう。わかりやすい訳文に仕上げてください。


(1) Carlos Ghosn's status as an outsider in Japan brought him huge success, as his maverick style blew a gale through a musty corporate world, but his disregard of business norms may ultimately prove his undoing.

(2) The man so embraced as the savior of a once-stumbling firm that his life was made into an inspiring manga was arrested and faced allegations of financial misconduct ― including underreporting his huge salary.

(3) The companies he rescured ― Nissan and Mitsubishi ― looked set to dump him as chairman, and his legacy as a boardroom savior lay in tatters.

(4) Until the Nov. 19 arrest, the storyline had been one of almost unbounded optimism. "Ghosn is likely the most successful foreign chairman in Japan," said Kosuke Sato, a senior economist at the Japan Research Institute. "What he did was unprecedented in Japanese corporate history." But that narrative is rapidly unravelling.

 [ 出典: 2018年12月2日付け The Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
(1) blow a gale 衝撃をもたらす (3) lay in tatters ずたずたになる (4) Kosuke Sato 佐藤浩介 / the Japan Research Institute 日本総合研究所(日本総研) / unravelling 破綻をきたす 


(1) Carlos Ghosn's status as an outsider in Japan brought him huge success, as his maverick style blew a gale through a musty corporate world, but his disregard of business norms may ultimately prove his undoing.

Carlos Ghosn's status as an outsider in Japan brought him hige success, 「日本では部外者としてのカルロス・ゴーンの立場は彼に大成功をもたらした」が直訳。無生物主語の構文なので直訳すると不自然になります。よって書き直し、「日本での部外者的立場を利用して、カルロス・ゴーンは大成功を収めた」にしました。

Carlos Ghosn をどう訳すか悩みました。呼び捨てで「カルロス・ゴーン」とするのは有罪が確定してないので抵抗があります。新聞や週刊誌の報道ではほとんどが「カルロス・ゴーン容疑者」「カルロス・ゴーン前会長」「カルロス・ゴーン元会長」でしたが、「ゴーン氏」というのも一社ありました。迷いましたが、できるだけニュートラルな表現にしようと思い「ゴーン氏」にしました。

次に迷ったのが outsider ということば。「部外者」「余所者」などが思い浮かびましたが、カタカナの「アウトサイダー」でもよかったかもしれません。千田さんは「外国人」とされていて、わかりやすいです。

as his maverick style blew a gale through a musty corporate world, 「彼の一匹狼的やり方は旧態依然とした企業社会全体に衝撃を与えたので」。これも直訳調なので、「一匹狼流の経営手腕を振るって、旧態依然とした企業社会全体に衝撃を与えたのだ」と変えました。

but his disregard of business norms may ultimately prove his undoing. 「しかし、ビジネスの規範を無視したやり方は最終的には彼の破滅を示すかもしれない」。これだと直訳調なので「ビジネスの規範を無視したために、最終的には破滅の道を辿ることになりそうだ」に変えました。

(2) The man so embraced as the savior of a once-stumbling firm that his life was made into an inspiring manga was arrested and faced allegations of financial misconduct ― including underreporting his huge salary.

The man so embraced as the savior of a once-stumbling firm that his life was made into an inspiring manga 「かつて破綻しかけた会社の救世主としてもてはやされ、その半生は感動ものとして漫画家化されるほどだった人物が」。

once-stumbling は「かつて破綻しかけた」の他、「経営危機に瀕していた」「倒産寸前だった」「経営破たん寸前だった」「瀕死の状態に陥っていた」などいろいろな表現が考えられます。

was arrested and faced allegationg of financial misconduct, including underreporting his huge salary「逮捕され、金銭を巡る不祥事の罪に問われている、巨額の給与を過小申告していることも含め」。

千田さんはここを「莫大な給与の過小申告を含む、財務上の不正行為疑惑の容疑がかけられている」とすっきり訳されています。

(3) The companies he rescured ― Nissan and Mitsubishi ― looked set to dump him as chairman, and his legacy as a boardroom savior lay in tatters.

The companies he rescured ― Nissan and Mitsubishi ―「彼が救済した会社、日産と三菱自動車は」。

looked set to dump him as chairman 「会長としての彼を切り捨て始めたようだ」。set to〜は「〜し始める」「〜することが決まっている」という意味。「会長職を解任する意向のようだ」と変え、わかりやすくしました。千田さんはここを「会長である彼をクビにすることが確実視されている」とうまく訳されています。

and his legacy as a boardroom savior lay in tatters「そして、重役室の救世主としての彼の業績は粉々に砕け散った」。boardroom savior を直訳すると「重役室の救世主」、つまり「経営陣を救った人」という意味と考え、「経営陣を危機から救った立役者としての業績」としました。

(4) Until the Nov. 19 arrest, the storyline had been one of almost unbounded optimism. "Ghosn is likely the most successful foreign chairman in Japan," said Kosuke Sato, a senior economist at the Japan Research Institute. "What he did was unprecedented in Japanese corporate history." But that narrative is rapidly unravelling.

Until the Nov. 19 arrest, the storyline had been one of almost unbounded optimism. 「11月19日に逮捕されるまでは、その筋書きは、ほぼ限りない楽観論のひとつだった」。storyline は「話の筋書き」ですが、千田さんは「物語の展開」とうまく訳されています。

the storyline 「その筋書き」とは「ゴーン氏は救世主であるという筋書き」でしょう。ここでは「救世主である筋書き」とことばを補いました。

「ほぼ限りない楽観論のひとつ」もわかりにくいので、「どこまでも楽観論として語られそうな話のひとつだった」に変えました。

"Ghosn is likely the most successful foreign chairman in Japan"「ゴーン氏はおそらく日本で最も成功した外国人重役でしょう」。

said Kosuke Sato, a senior economist at the Japan research Institute. 「と語るのは日本総合研究所の上級エコノミスト、佐藤浩介氏」。

"What he did was unprecidented in Japanese corporate history"「彼がやったことは日本企業の歴史上前例のないものでした」。これでもいいですが、「彼が」という人称代名詞を使いたくなかったので「日本企業の歴史上前例のないことをやり遂げました」に変えました。

But that narrative is rapidly unraveling.「しかし、このような言い分は急速に綻びつつある」。

unraveling は「破綻しつつある」「破綻をきたしている」ですが、他にないものか。「通用しなくなっている」「説得力を失っている」「誰も納得できなくなっている」など。

■ 千田良一さんの訳

カルロス・ゴーン氏の外国人としての立場が日本での彼の独自なやり方を可能にし、かび臭い実業界に一陣の大風を起こし、大成功をもたらした。しかし、ビジネスの基準を無視したことが彼の破滅の原因になると最終的に証明するかもしれない。

かつて経営難にあった会社の救世主として受け入れられ、その人生が感動的な漫画にもなったほどのその男が逮捕され、莫大な給与の過少申告を含む財務上の不正行為疑惑の容疑がかけられた。

彼が救済した会社の日産と三菱は、会長である彼をクビにすることが確実視されていた。そして、重役会議室の救世主としての彼の遺産は、ズタズタになってしまった。

11月19日の逮捕まで、その物語の展開は、楽観主義に限りなく近いものだった。「ゴーン氏は、日本で最も成功した外国人の会長に違いありません。」と日本総合研究所の上級エコノミスト、佐藤浩介氏は述べている。「彼がやったことは、日本の企業史上、前例のないことでした。」 しかし、その筋書きは、急激にほつれ始めている。

[千田さんのコメント]
 上記掲載。

■ 小沢の訳

日本での部外者的立場を利用して、カルロス・ゴーン氏は大成功を収めた。一匹狼流の経営手腕を振るって旧態依然とした日本の企業社会全体に衝撃を与えたのだ。しかし、ビジネスの規範を無視したために、最終的には破滅の道を辿ることになりそうだ。

経営危機に瀕していた会社の救世主としてもてはやされ、その半生は感動ものとして漫画化されるほどだった人物が逮捕され、巨額の給与を過少申告していることも含め、金銭を巡る不祥事の罪に問われている。

ゴーン氏が救済した会社、日産と三菱自動車は彼の会長職を解任する意向のようで、経営陣を危機から救った立役者としての業績は粉々に砕け散った。

11月19日に逮捕されるまで、救世主という筋書きはどこまでも楽観論として語られそうな話のひとつだった。「ゴーン氏は日本で最も成功した外国人重役でしょう。日本企業の歴史上、前例のないことをやり遂げました」と語るのは日本総合研究所の上級エコノミスト、佐藤浩介氏。しかし、このような言い分は急速に説得力を失っている。

[小沢のコメント]
 ゴーン氏が報酬額を少なく見せかけていたということは、本人自身、この額は高過ぎるという認識があったのでしょう。なぜそこまでして大金を手に入れたいのか、そんな大金をいったい何に使うのかという素朴な疑問も浮かびました。人間の欲望は無限大なのでしょうか。日産経営陣のモラル欠如、無責任な対応、フランス政府の意向も絡んで、話は単純では無さそうですが、真相解明が待たれます。