第150回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
全米オープン、全豪オープンと
グランドスラムを連勝し、
女子テニスの世界ランキング1位に登り詰めた
大坂なおみ選手の話題です。

全米オープンは2018年9月、
アメリカのセリーナ・ウィリアムズ選手と、
全豪オープンは2019年1月、
チェコのペトラ・クビトバ選手と
いずれも決勝で対戦し、勝利しました。

テニスの世界ランキング1位というのは
アジア人として初の快挙でした。

大坂選手の魅力は
テニスの実力もさることながら
その天真爛漫なキャラクターも
多くの人の心をとらえています。

自分を飾ろうとせず、
苦手なことは「苦手」と言い、
忘れたことは「忘れちゃった」と
思ったことを素直に吐露するかたわら、
相手選手やチームへの感謝も忘れません。

人前で話すのは苦手なようで
時には困惑して、自虐的に
言うところも
「そこがキュートで可愛らしい」と
好印象を与えています。

今回の全豪オープン優勝後の
インタビューでも
「メモを用意したけど忘れちゃった」
と言って、
たどたどしくても
自分のことばで話すところが
自然体で心を打つのでしょう。

大会前の会見では
「私は精神的に3歳児みたいな
ところがあるから、
人間的に成長することが最大の目標のひとつ」
と言っていました。

厳しいプロテニスの世界、
自分の思い通りに試合を
勧められるのはまれで
戦いの最中、主導権を取れずに
心が乱れたり、ふてくされたり、涙を見せたり…
それがプレーの幼さとなり
勝てる試合を落としたりしたことも
あったようです。

全豪オープンでの優勝は
そんな自分と必死で向き合い、
成長、進化した証とも言えるでしょう。

今の精神年齢を聞かれ
「1歳くらいは成長できたから、
4歳よ、私、おめでとう」と
ユーモラスに返しています。

まだ、21歳と若く、
伸びしろがたくさんありそうです。
テニス選手としてもさらに実力に磨きをかけて
「なおみ時代」を作り上げて欲しいです。

元プロテニスプレーヤーで
全豪オープンでベスト8の経験がある
沢松奈央子さんは
大坂選手について、
「劣勢になっても、
どうすればこの窮状を打破できるか
それを可能にする対応力と技術が磨かれており、
今後まだまだ伸びるでしょう」
と語っています。

こうなれば、
テニスに限らず
よりよい人生を生きるのに必要な力
とも言えます。

さて、訳出のヒントですが、
今回は、スポーツ記事なので、
地の文は「だ・である」調で、
大坂選手のせりふの部分は
実際の大坂選手を思い浮かべて、
適宜、口語調を混ぜ、
大坂選手らしい素直なことばになるように
心がけました。

今回は
chamy さんが応募してくださいました。

chamy さん、
どうもありがとうございました。

私の訳例も載せますが、
あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第150回 課題文

 全豪オープンで優勝し、女子テニス界のトップに躍り出た大坂なおみ選手。テニスの実力もさることながら、その飾り気のないコメントに多くの人が魅了されました。彼女の愛されキャラが伝わるように訳を工夫してみてください。


(1) Not only does Naomi Osaka now look like champion material --- she's starting to sound like it too. Moments after defeating Petra Kvitova in the Australian Open final, Osaka summed up her feelings in a victory speech that combined her trademark humbleness with some self-deprecating humor.

(2) "Hello. Sorry, public speaking isn't really my strong side, so I just hope I can get through this," she said in a televised interview, as the crowd roared with applause.

(3) She then camly continued by first congratulating her opponent. "I've always wanted to play you, and you've been through so much, and honestly, I wouldn't have wanted this to be our first match. But huge congrats to you and your team. You're really amazing, and I'm really honored to have played you in the final of a Grand Slam."

(4) Choked with emotion at times, Osaka acknowledged that in advance she had "read notes, but still I forget the rest of what I am supposed to say," eliciting even more cheers and applause.

 [ 出典: 2019年2月3日付け Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (1) champion material チャンピオンの素質がある人材 / Petra Kvitova ペトラ・クビトバ (2) get through 何とか切り抜ける (3) you've been through so much あなたは大変な目に遭った ※ クビトバ選手は強盗に襲われ、手に大けがをしたあと復帰している / your team コーチやトレーナーを交えたチームのこと 

 
(1) Not only does Naomi Osaka now look like champion material --- she's starting to sound like it too. Moments after defeating Petra Kvitova in the Australian Open final, Osaka summed up her feelings in a victory speech that combined her trademark humbleness with some self-deprecating humor.

Not only does Naomi Osaka now look like champion material--- she's starting to sound like it too. ここは look like と sound like が対比になっています。「目で見ただけでなく、声を聞いても」という感じでしょうか。倒置で始まっていて「見てわかるのは当然だけど」と強調されています。

「大坂なおみ選手がチャンピオンの素質があるように見えるのは当然だが、それだけでなく、実際にチャンピオンらしく聞こえつつつつある」が直訳。

もう少し自然な日本語らしく「大坂なおみ選手がチャンピオンの素質を備えていることは全く見ての通りだが、話すことばもチャンピオンの器になってきた」と書き換えました。

「全く見ての通りだが」はもっと他に表現はないかと考え、「誰が見てもわかることだが」「衆目の一致するところだが」などを思いつきました。

chamyさんは「大坂なおみ選手、テニス界のトップアスリートとして並外れた資質を見せつけたばかりでなく、今や真の女王としての姿を現し始めた」、とても自然できれいな日本語に訳されています。

Moments after defeating Petra Kvitova in the Australian Open final, 「全豪オープンの決勝で、ペトラ・クビトバ選手に勝った直後、Osaka summed up her feelings in a victory speech that combined her trademark humbleness with some self-depricating humor. 「大坂選手は、持ち前の謙虚さと自虐気味のユーモアを交えた勝利者スピーチをする中で自分の気持ちをまとめた」が直訳。

もう少し自然な日本語らしく「全豪オープンの決勝で、ペトラ・クビトバ選手に勝った直後の勝利者スピーチでは、持ち前の謙虚さと自虐気味のユーモアを交えて今の心境を語った」に変えました。

chamy さんの「全豪オープン決勝戦で強敵ペトラ・クビトバ選手を制し優勝を勝ち取った大坂なおみ選手。新女王となった今の心境を、彼女らしい自虐混じりの気取りのないスピーチで披露した」、とてもいいと思います。

chamy さんはコメントの中で、「勝つ」ということばが難しかったと書かれていますが、ここでは「勝つ」の代わりに「クビトバ選手を制し、優勝を勝ち取る」と、光った表現をされています。

(2) "Hello. Sorry, public speaking isn't really my strong side, so I just hope I can get through this," she said in a televised interview, as the crowd roared with applause.

"Hello. Sorry, public speaking isn't really my strong side, 「みんな、ごめん。人前で話すのはあまり得意じゃないの」。自然体である彼女の雰囲気から口語で訳しました。

この Hello もいろんな訳が考えられます。観客や視聴者への呼びかけのことばなので、「こんにちは」とするより、「ねえ、みんな」「みんな」「皆さん」「あのね」「あのう」などを考えました。

so I just hope I can get through this, 「だから、何とかうまくいくようにと願うばかりよ」。

get through は困難などを「切り抜ける」という意味があります。他にもいろんな訳が考えられるところ。「何とかとうまくやれますようにと思うばかりよ」「何とかうまくいきますように、ただそれだけよ」など。

chamy さんは「今はなんとかうまく切り抜けられますようにって願ってます。」と大坂選手のはじける感じを上手く表現されています。

she said in a televised interview, as the crowd roared with applause. 「彼女がテレビ放送されたインタビューでそう言うと、観客は拍手喝采して声援を送った」。

「テレビ放送されたインタビューでそう言うと」は、もう少し自然な訳文にしたいところ、「テレビのインタビューに答える大坂選手に」に変えました。chamy さんは「テレビ局のインタビュー」とされていて、わかりやすいです。

(3) She then calmly continued by first congratulating her opponent. "I've always wanted to play you, and you've been through so much, and honestly, I wouldn't have wanted this to be our first match. But huge congrats to you and your team. You're really amazing, and I'm really honored to have played you in the final of a Grand Slam."

She then calmly continued by first congratulating her opponent. 「それから気持を落ち着けて話を続け、何よりもまず対戦相手を祝福した」。

continued by~ing は「それに続いて~する」(別のことをする)。continue ~ing 「~し続ける」(それまでやっていたことを続ける)と混同しないように。

chamyさんは「それから穏やかに対戦相手のクビトバ選手を称える言葉で続けた」とわかりやすく訳されています。

"I've always wanted to play with you, and you've been through so much, and honestly, I wouldn't have wanted this to be our first match. 「ずっとあなたと対戦したかったです。でも、あなたにはいろいろ大変なことがあって」。

you をそのまま「あなた」と訳すと何となく違和感を感じるので、「クビオバ選手」に変え、「ずっとクビトバ選手と対戦したかった」としました。

and honestly, I wouldn't have wanted this to be our first match. の wouldn't have wanted が仮定法過去完了になっていて、「こんな状況なら~したくはなかっただろうに」という意味になっています。

「正直言って、(こんな状況なら)、これを私たちの初戦にしたくはなかったのですが」が直訳。「こんな大変な時に初対戦を迎えるなんて、できれば避けたかった」に変えました。

But huge congrats to you and your team. 「でも、クビトバ選手、それにクビトバ・チームの皆さん、本当におめでとう」。

You're really amazing, 「あなたは本当に素晴らしい選手です」。ここは呼びかけている場面なので、「あなた」でいこうかと迷いましたが、やっぱり何か偉そうな感じがするので、この you も「クビトバ選手」と訳し、「クビトワ選手は本当に素晴らしい選手です」としました。

and I'm really honored to have played you in the final of a Gran Slam. 「だから、グランドスラムの決勝戦で対戦できて、心から光栄に思います」。

(4) Choked with emotion at times, Osaka acknowledged that in advance she had "read notes, but still I forget the rest of what I am supposed to say," eliciting even more cheers and applause.

Choked with emotions at times, 「時折、感極まりながら」、Osaka acknowledged that in advance she had "read notes, 「大坂選手は事前にメモを読んでいたことを認めた」。

but still I forget the rest of what I am supposed to say, 「でも何を言おうとしていたのか残りを忘れてしまった」と認めた。

ここもせりふにして「 」にくくった方がわかりやすいです。「大坂選手は『メモもちゃんと用意していたけど、この後何を言うんだったか忘れちゃった』と言い」にしました。

eliciting even more cheers and applause. 「さらに盛大な拍手喝采が沸き上がった」。

■ chamyさんの訳

大坂なおみ選手、テニス界のトップアスリートとして並外れた資質を見せつけたばかりでなく、今や真の女王としての姿を現し始めた。全豪オープン決勝戦で強敵ペトラ・クビトバ選手を制し優勝を勝ち取った大坂なおみ選手。新女王となった今の心境を、彼女らしい自虐混じりのきどりのないスピーチで披露した。

「こんにちは…ごめんなさい。人前で話すのは得意じゃないんです。今は何とか上手く切り抜けられますようにって願ってます。」 観客席から沸き起こる歓声に包まれながらテレビ局のインタビューに答えた。


それから穏やかに対戦相手のクビトバ選手を称える言葉で続けた。「今までずっとあなたと戦いたいと思っていました。あなたはとても苦しい時を乗り越えてきました。正直言って私たちの初めての対戦が今回の試合でなかったら、と思いました。でも、あなたとそしてチームの方たちに大きな感謝の気持ちを贈ります。あなたは本当に素敵な選手です。そして、あなたと、このグランドスラムの決勝で対戦できたことをとても誇らしく思います。

「本当は用意したメモを読むつもりだったけれど、ほかになんて言おうとしたのか忘れちゃった」と、時おり声を詰まらせながら打ち明けると、観客席からはますますの大きな歓声と称賛の拍手が響き渡った。

chamy さんのコメント]
 スポーツはあまり分からないのですが出来るだけ、大坂なおみ選手の本来の女の子らしさ、力や感動などが表れるように心がけました。倒置や仮定、「勝つ」という言葉が重なったり、日英とも難しかったです。

■ 小沢の訳

大坂なおみ選手がチャンピオンの素質を備えていることは衆目の一致するところだが、話すことばもチャンピオンの器になってきた。全豪オープンの決勝で、ペトラ・クビトバ選手に勝った直後の勝利者スピーチでは、持ち前の謙虚さと自虐気味のユーモアを交えて今の心境を語った。

「みんな、ごめん。人前で話すのはあまり得意じゃなくて。何とかうまくいきますように、ただそれだけよ」。テレビのインタビューに答える大坂選手に、観客は拍手喝采して声援を送った。

それから気持を落ち着けて話を続け、何よりもまず対戦相手を祝福した。「ずっとクビトバ選手と対戦したかったけど、クビトバ選手にはいろいろ大変なことがあって。正直言って、こんな大変な時に初対戦を迎えるなんて、できれば避けたかった。でも、クビトバ選手、それに、クビトバ・チームの皆さん、本当におめでとう。クビトバ選手は本当に素晴らしい選手です。今回、グランドスラムの決勝戦で対戦できて、心から光栄に思います」。

時折、感極まりながら、大坂選手は「メモもちゃんと用意してしていたけど、この後何を言うんだったか忘れちゃった」と言い、さらに盛大な拍手喝采が沸き上がった。

[小沢のコメント]
 自然体で周囲を和ませる大坂選手のキャラクターが訳に滲み出たらいいなと思いました。大坂選手のことばを日本語にするのはけっこう難しかったですが、自分も21歳に若返ったつもりで訳しました。