第154回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
CNNテレビの人気キャスター、
アンダーソン・クーパー氏が
2010年に行った
ルイジアナ州テュレーン大学での
卒業式スピーチの一部です。

米国では
5月から6月にかけて卒業式が行われ、
各地の大学や高校では、
著名人がスピーチをしに来て
話題になります。

今回のクーパー氏のスピーチも
感動を呼んだもののひとつです。

クーパー氏は
1989年にエール大学を卒業しました。

在学中は政治学を専攻して、
共産主義やソ連を中心に勉強し、
ベルリンの壁が崩壊した時には
「正直、どう生きていいか途方に暮れた」と
打ち明けました。

その上で
卒業生には
「現状にとらわれるな、世界は動いている」と
訴えました。

クーパー氏自身は、
課題文にもあるように
大学を卒業後、
ABCテレビの新卒採用に応募しましたが
叶わず、
直接、ミャンマー、ソマリア、ルワンダなどの
紛争地域に自ら出向いて
現地レポートをし、
映像と記事を配信するようになりました。

やがて、ABCニュースの特派員となり、
2001年にCNNに移籍しました。

今でも(2019年8月現在)、
「アンダーソン・クーパー360°」という
CNNの看板番組のアンカーを務め
「アンディ」という愛称で
親しまれています。

1967年生まれですから、
年齢は52歳(2019年8月現在)。

ジャーナリストとしても
若さに円熟味が加わり始めた年齢で
まだまだ活躍が期待されます。

クーパー氏の持ち味のひとつに
フットワークの軽さがあります。

大きな事件があれば
たとえ海外でもすぐ現地に飛び、
現場からライブでレポートして
生の声を伝えます。

早口で、舌鋒鋭く
時には辛辣にまくしたて、
時にはユーモアを交えて語る姿は
「ニュース・ステーション」の頃の
日本版久米宏さん
と言えなくもありません。

早口英語にタジタジとなりつつも
何を言っているのか理解したくて
耳を傾けます。

さて、
訳出のヒントですが、
卒業式のスピーチなので
基本は「です・ます」調で訳しました。

ただ、スピーチの最中、
たくさんの笑いと喝采を誘い、
カジュアルな雰囲気だったので、
少しだけ、「ですよね」「ましたよ」など
くだけた口調も入れました。

実際にクーパー氏が
日本語を話せたら
こんな感じかという訳語を目指しましたが、
難しかったです。

今回は応募者がなかったので
私の訳例だけ載せます。

あくまでも一例として
参考にして下さい。

尚、クーパー氏のスピーチは
ここで見れます。

◆ 第154回 課題文

 米国CNNテレビの人気アンカー、アンダーソン・クーパー氏の卒業式の祝賀スピーチの一部を訳してみましょう。2010年にルイジアナ州テュレーン大学で行われたもので、今でも名スピーチと呼ばれています。尚、スピーチの全原稿はここで見れます。


(1) I know many of you graduating today are worried about the economy, about your job prospects. I wish I could tell you not too, but of course you should be concerned. The one thing I can tell you however, is that this has happened before, and we have recovered. The currents of history only move in one direction- and that's forward.

(2) When I graduated there were hiring freezes at most TV news networks. I tried for months to get an entry-level job at ABC news, answering phones, xeroxing, whatever, but I couldn't get hired .At the time it was crushing. But in retrospect, not geting that entry-level job, was the best thing that could have happened to me.

(3) After months of waiting, I decided if no one would give me a chance as a reporter, I should take a chance. If no one would give me an opportunity, I would have to make my own opportunity.

(4) I wanted to be a war correspondent, so I decided to just start going to wars. As you can imagine, my mom was thrilled about the plan. I had a friend make a fake press pass for me on a mac, and I borrowed a home video camera... and I snuck into Burma and hooked up with some students fighting the Burmese government... then I moved onto Somalia in the early days of the famine and fighting there.

 [ 出典: 2010年5月 Tulane University ]

[語句のヒント]
 (1) job prospects 就職の見通し (2) crushing 壊滅的 (4) sneak into~ ~に潜り込む ※ snucksneak の過去形 / hook up with~ ~と手を組む


(1) I know many of you graduating today are worried about the economy, about your job prospects. I wish I could tell you not too, but of course you should be concerned. The one thing I can tell you however, is that this has happened before, and we have recovered. The currents of history only move in one direction- and that's forward.

I know many of you graduating today are worried about the economy, about your job prospects. 「本日、卒業される皆さんは、経済情勢や、就職の見通しについて不安をお持ちでしょう」。

この you を「皆さん」にするか、「君たち」にするか迷いました。久米宏さんならどっちにするかとも考えた挙句、「君たち」ではカジュアル過ぎる気がして、「皆さん」にしました。

I wish I could tell you not too, but of course you should be concerned. 「そんなことはありませんと言えればいいでしょうけど、もちろん不安なはずです」。

not は前文を受けて、you are not worried about the economy, about your job prospects。その後ろにある too は何だろうと迷いましたが、not too とセットで「そんなにでもない」、つまり、not too concerned の省略形と解釈し、「そんなに不安がらなくてもいい」としました。

「もちろん不安なはずです」は「そりゃやっぱり不安ですよね」とカジュアルな口調にしました。

The one thing I can tell you however, is that this has happened before, and we have recovered. 「しかし、ひとつ皆さんに言えることは、以前もこんな状況がありましたが、持ち直しました」。

「ひとつ皆さんに言えることは」は「ひとつ、これだけは言えます」と簡潔にしました。

The currents of history only move in one direction- and that's forward. 「歴史の流れは一方向にしか動きません、それは前に向かっています」。

(2) When I graduated there were hiring freezes at most TV news networks. I tried for months to get an entry-level job at ABC news, answering phones, xeroxing, whatever, but I couldn't get hired .At the time it was crushing. But in retrospect, not geting that entry-level job, was the best thing that could have happened to me.

When I graduated there were hiring freezes at most TV news networks. 「私が卒業した頃、ほとんどのテレビニュース放送局は就職氷河期でした」。

TV news network とは、ニュースを共有し合うテレビ放送局の系列(ウィキペディアより)。日本にも「日本テレビ系列」(NNN)、フジテレビ系列(FNN)、TBSテレビ系列(JNN)、テレビ朝日系列(ANN)などがあります。正しく訳せば、「ニュースを共有するテレビ放送局系列」となるのでしょうが、かえってわかりにくいので、簡潔に「テレビニュース放送局」としました。

I tried for months to get an entry-level job at ABC news, answering phones, xeroxing, whatever, but I couldn't get hired. 「私はABCニュース放送局で、何ヶ月も新入社員に応募していました。仕事は電話番とかコピー取りなどです。でも、採用してもらえませんでした」。

ゼロックスとはもともと印刷機器の会社名で、「コピーを取る」という意味で使われています。

At the time it was crushing. 「当時は絶望的状況でした」。

But in retrospect, not getting that entry-job, was the best thing that could have happened to me. 「でも、振り返ってみると、新入社員として採用されなかったことは、私に起こり得る最良の機会でした」。

「私に起こり得る最良の機会」は直訳調なので、もう少し自然な訳文にしたいところ。「私にとってこれ以上はないと言うくらいの幸運でした」「私にとってこんなチャンスは二度とないというくらいの絶好の機会でした」などを考えました。

(3) After months of waiting, I decided if no one would give me a chance as a reporter, I should take a chance. If no one would give me an opportunity, I would have to make my own opportunity.

After months of waiting, I decided if no one would give me a chance as a reporter, I should take a chance. 「何ヶ月も待ち続けた挙句、私は決意しました。誰も私にレポーターの仕事をやらせてくれないなら、自分でやってやれ」。

If no one would give me an opportunity, I would have to make my own opportunity. 「誰も私にチャンスをくれないなら、自分でチャンスを作るしかないだろう」。

(4) I wanted to be a war correspondent, so I decided to just start going to wars. As you can imagine, my mom was thrilled about the plan. I had a friend make a fake press pass for me on a mac, and I borrowed a home video camera... and I snuck into Burma and hooked up with some students fighting the Burmese government... then I moved onto Somalia in the early days of the famine and fighting there.

I wanted to be a war correspondent, so I decided to just start going to wars. 「私は戦争取材記者になりたかったので、まずは戦場に行ってみようと決意しました」。

As you can imagine, my mom was thrilled about the plan. 「案の定、母はそれを聞いて興奮しました」。

thrilled は「興奮する」「大喜びする」で、ふつうはいい意味に使います。ここでそのまま「母は大喜びしました」と訳すと、戦場に行く決意をした息子に大喜びすることになり不自然な気がします。「動揺しました」「怖がりました」「震えあがりました」の方がいいのでは。

I had a friend make a fake press pass for me on a mac, and I borrowed a home video camera 「私は友人にマックのパソコンで偽の取材許可証を作ってもらい、家庭用ビデオカメラを借りました」。

and I snuck into Burma and hooked up with some students fighting the Burmese government 「それからミャンマーに潜り込み、ミャンマー政府と闘っている学生たちと接触しました」。

hook up with~はもともと「接続する」という意味。語句のヒントには「手を組む」と訳語をつけましたが、「連絡を取る」「接触する」の方がいい気がします。いっそ「取材する」でもいいかも。

the I moved onto Somalia in the early days of the famine and fighting there. 「その後、飢餓と内戦が始まったばかりのソマリアに移動しました」。

■ 小沢の訳

本日、卒業される皆さんは、経済情勢や就職の見通しについて不安なことでしょう。そんなに不安がらなくてもいいですよと言えればいいでしょうけど、そりゃやっぱり不安ですよね。でも、これだけは言えます。以前もこんな状況はありましたが、持ち直しました。歴史の流れは一方向にしか動きません。前に向かっています。

私が卒業した頃、ほとんどのテレビニュース放送局は就職氷河期でした。私は何ヶ月も、ABCニュース放送局の新入社員に応募していました。仕事は電話番とかコピー取りとかです。でも採用してもらえませんでした。当時は絶望的状況でした。でも振り返ってみると、新入社員として採用されなかったのは、私にとってこんなチャンスは二度とないというくらいの絶好の機会でした。

何ヶ月も待ち続けた挙句、私は決意しました。誰も私にレポーターの仕事をやらせてくれないなら、自分でやってやれ。誰も私にチャンスをくれないなら、自分でチャンスを作るしかないだろう。

私は戦争取材記者になりたかったので、まずは戦場に行ってみようと決意しました。案の定、母はそれを聞いて震えあがりましたよ。私は友人にマックのパソコンで偽の取材許可証を作ってもらい、家庭用ビデオカメラを借りました。それから、ミャンマーに潜り込み、ミャンマー政府と闘っている学生たちを取材しました。その後、飢餓と内戦が始まったばかりのソマリアに移動しました。

[小沢のコメント]
 アンダーソン・クーパー氏のバイタリティに触れ、楽しく訳せました。早口でしゃべっていると想定してお読みください。