第155回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
バスケットボール界のホープ、
八村塁選手(21歳)の話題です。

2019年6月20日、
米プロバスケットボール(NBA)の
ドラフト会議が行われ、
ワシントン州のゴンザガ大学でプレーする
八村選手が
ワシントン・ウィザーズから
日本人として初めて1巡目で指名を受けました。

これがどれだけすごいことかと言うと、
NBAドラフトは2巡目まで行われ、
指名されるのは全部で60人。

大リーグのドラフトは千人以上、
アメフト(NFL)とアイスホッケー(NHL)の
ドラフトは7巡目まであり、
今年(2019年)は
200人以上が指名されたそうですから、
NBAドラフトが
いかに狭き門かわかります。

八村選手がNBAの試合に出場すれば
日本人としては3人目、
ドラフト経由でのデビューは初となります。

八村選手は富山県出身。
西アフリカのペナン人の父と
日本人の母を持ちます。

バスケを始めたのは
富山市立奥田中学に入学してから。

バスケットボール部のコーチ、
坂本穣治氏に
「君はNBAに行くんだ」と
言われてからやる気を出し、
中学3年生の時には
奥田中は初の全国大会出場で
準優勝に輝きました。

宮城・明成高校時代に
全国高校選抜大会で3連覇を達成、
高校卒業後は
NCAA(全米大学体育協会)の強豪、
ゴンザガ大学に進学しました。

身長203センチのフォワードで
持ち前のシュート力を生かし、
2018~2019年シーズンには
全米大学選手権で
チームを8強に導き、
全米コーチ協会の「ベスト5」にも
選ばれています。

今や、NCAAでも
有数の実力選手となりました。

2020年の東京オリンピックでは
日本代表としての活躍が
期待されます。


さて、
訳出のヒントですが、
バスケットボールに疎くても
読んで意味がわかるように
適宜、ことばを補足しました。

八村選手のことばは
やさしそうで、礼儀正しそうなイメージから、
「です・ます調」で訳し、
八村選手の言う I は「私」と訳しました。

今回は応募者がなかったので
私の訳例だけ載せます。

あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第155回 課題文

 米バスケットボールチームのドラフト会議で、ゴンザガ大学でプレーする八村塁選手が、日本人として初めて一巡目で指名を受け、首都ワシントンを本拠地とするウィザーズに選ばれました。八村選手の肉声が伝わるように訳を工夫してみましょう。


(1) Rui Hachimura used to adore a manga and anime series called "Slam Dunk," which basketball team's trials and tribulations and helped bring the sport into the Japanese consciousness.

(2) Though Hachimura was born in Toyama Prefecture two years after the series ended in 1996, he was still profoundly influenced by its cultural impact.

(3) So was Joji Sakamoto, his coach at Okuda Junior High School who told Hachimura after his first practice that he was in for big things on the baskeball court ― in the United States.

(4) "He pointed at me and said : 'You're going to the NBA," said Hachimura, the Gonzaga University forward who bacame the first Japanese-born first -round draft pick, and just the third to play in the league. "At that time, I was stupid. I believed him. And he was for real to...and I really believed him. And I'm really here now. It's crazy."

 [ 出典: 2019年6月30日付け Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (1) trials and tributions 幾多の試練 (3) in for big things 将来が期待される (4) for real 本気の


(1) Rui Hachimura used to adore a manga and anime series called "Slam Dunk," which basketball team's trials and tribulations and helped bring the sport into the Japanese consciousness.

Rui Hachimura used to adore a manga and anime seried called "Slam Dunk," 「八村塁選手は、テレビアニメにもなった漫画「スラムダンク」に心酔していた。which basketball team's trials and tribulations and helped brig the sport into the Japanese consciousness. 「それは、バスケットボールチームの幾多の試練を描いたもので、日本人にバスケットボールを認知させることに役立った」。

「バスケットボールチームの幾多の試練を描いたもので」は、もう少しわかりやすく「バスケットボール部の部員たちが幾多の試練を経験する姿を描いており」とことばを足しました。

bring ~ into consciousness は「~を意識に上がらせる」「~を認知させる」という意味です。「日本人にバスケットボールを認知させることに役立った」も直訳調なので、「日本人にバスケットボールの魅力を認知させるのに一役買った」と書き直しました。

(2) Though Hachimura was born in Toyama Prefecture two years after the series ended in 1996, he was still profoundly influenced by its cultural impact.

Though Hachimura was born in Toyama Prefecture two years after the series ended in 1996, 「八村選手が富山県に生まれたのは、1996年に漫画の連載が終了した2年後だが」。

he was still profoundly influenced by its cultural impact. 「まだその漫画の文化的衝撃に深く影響されていた」。

cultural impact の訳語に苦労しました。そのまま「文化的衝撃」と訳すとわかりづらいです。

漫画「スラムダンク」は私も夢中になって読みました。型破りな不良高校生、桜木花道を主人公に、彼がバスケットボール部に入部し、徐々にバスケの面白さに目覚め、成長していく姿を描いています。バスケ部には個性豊かなメンバーが集まり、バスケ部顧問の安西先生の指導のもとに、インターハイ優勝を目指します。

とても熱い思いの詰まった青春漫画でした。「スラムダンクの文化的衝撃に深く影響された」とは、「スラムダンクには日本文化を変えるほどの強い衝撃力があって、その影響をガツンと受けた」ということ。具体的には、それまで注目されていなかったバスケットボールの魅力を日本人に注目させるだけの力があったということ(つまり前文の内容を指している)と解釈しました。

よって、「日本文化にバスケットボールを根づかせたこの漫画の威力に強い影響を受けていた」としました。

(3) So was Joji Sakamoto, his coach at Okuda Junior High School who told Hachimura after his first practice that he was in for big things on the baskeball court ― in the United States.

So was Joji Sakamoto, his coach at Okuda Junior High School 「奥田中学のバスケットボールコーチ、坂本穣治氏も同じで」。「同じで」の部分は、「スラムダンクに強く影響を受けたひとりで」と、ことばを足しました。

who told Hachimura after his first practice 「初練習の後、八村選手に言った」。

that he was in for big things on the basketball court ― in the United States. 「君は将来、バスケットボールのコートで、それもアメリカを舞台にして大活躍するぞ」。

in for~は「~をきっと経験するだろう」「~が待っているだろう」。後ろに big things on the basketball court 「バスケットボールのコートでの大活躍」がついています。

(4) "He pointed at me and said : 'You're going to the NBA," said Hachimura, the Gonzaga University forward who bacame the first Japanese-born first -round draft pick, and just the third to play in the league. "At that time, I was stupid. I believed him. And he was for real to...and I really believed him. And I'm really here now. It's crazy."

"He pointed at me and said 'You're going to the NBA," said Hachimura.,「先生は私を指さして「君はNBAに行くんだ」と言ってくれました」と八村選手は語る」。

the Gonzaga University forward who became the first Japanese-born first -round draft pick, and just the third to play in the league 「ゴンザガ大学のフォワードで、日本人として初めて一巡目で指名を受け、NBAでプレイする日本人選手としては3人目になった」。

これだとわかりにくいので、少しことばを足してバスケに疎くてもわかりやすい訳文にしました。「今はゴンザガ大学でフォワードとして活躍中で、日本人として初めて、プロバスケの最高峰、米NBAのドラフト会議の一巡目で指名を受け、NBAでプレイする選手としては日本人で3人目となった」としました。

"At that time, I was stupid. I believed him. 「当時は、愚かでした。先生のことばを信じていました」。

stupid の訳、「愚か」の他、もっとピタリとする訳語はないでしょうか。「世間知らず」「身の程知らず」「ウブ」「素直」「単純」「愚直」などを思いつきました。大阪弁なら「アホ」が適訳ですが、八村選手は大阪出身ではないので却下。

And he was for real to... 「でも先生は本気でそう言ってたんで…」。

and I really believed him .「それで私も本気で信じるようになりました」。

And I'm really here now. 「それで、今、本当にここにいます」。

It's crazy. 「全くすごいことです」。

crazy は八村選手の口癖のようで、よく使っています。そのまま「クレージー」とカタカナにすることも考えましたが、わかりやすい日本語訳はないかと考えました。「全くすごい」の他、「信じられない」「現実とは思えない」などを思いつきました。

■ 小沢の訳

八村塁選手は、テレビアニメにもなった漫画「スラムダンク」に心酔していた。この漫画はバスケットボール部の部員たちが幾多の試練を経験する姿を描いており、日本人にバスケットボールの魅力を認知させるのに一役買った。

八村選手が富山県に生まれたのは、1996年に漫画の連載が終了した2年後だが、それでもまだ、日本文化にバスケットボールを根づかせたこの漫画の威力に強い影響を受けていた。

奥田中学のバスケットボールコーチ、奥田譲二氏も「スラムダンク」に強く影響を受けたひとりである。初練習の後、八村選手にこう言った。「君は将来、バスケットボールのコートで、それもアメリカを舞台にして大活躍するぞ」。

「先生は私を指さして、君はNBAに行くんだと言ってくれました」と八村選手は当時を振り返る。今はゴンザガ大学のフォワードとして活躍中で、日本人として初めて、プロバスケの最高峰、米NBAのドラフト会議の一巡目で指名を受け、NBAでプレイする選手としては日本人で3人目になった。「当時は、愚直にも、先生の言うことをそのまま信じていました。でも先生は本気でそう言ってたんで… それで私も本気で思うようになりました。それが、今、ここに、こうして、いるなんて。現実とは思えません」。

[小沢のコメント]
 八村選手の素直なことばをうまく訳せたらいいなあと思いました。このまま伸び伸びと活躍して欲しいです。