第157回 課題文 解説


お待たせしました!

今回は、
今年(2019年)、
最も有名になった十代の少女、
グレタ・トゥンベリさんのスピーチを
選びました。

トゥンベリさんは16歳(2019年9月現在)、
スウェーデンの高校生です

2018年8月、15歳の時、
気候変動の危機を訴え、
「学校ストライキ」を単独で決行。

学校の授業をボイコットし、
二酸化炭素排出量制限を求めて
ストックホルムの国会議事堂前で座り込みを始め、
その姿がフェイスブックで拡散されて
一躍有名になりました。

2019年9月23日、
国連の気候変動サミットに招かれての
スピーチでは、
温暖化が進まないことを批判し、
各国政府代表に
「裏切りは許さない」などと
厳しいことばを投げかけました。

トゥンベリさんに合わせて
9月20日には
全世界163ヶ国で推定400万人が
地球温暖化に抗議するデモを行い、
その多くは学校を休んで
デモに参加した子どもたちでした。

たったひとりで始めた行動が
400万人規模に拡大したのです。

若者の目には
本気で取り組まない大人たちが
地球が破滅を迎える頃、
どうせ自分はこの世にいないと
思っているように見えて
歯がゆく、腹立たしく、胡散臭く
感じられるのでしょう。

叱られた大人たちは
反省したのでしょうか。

ちなみに
アメリカのトランプ大統領は
地球温暖化を否定しており、
トゥンベリさんを
「明るく素晴らしい未来を期待している、
とても幸福な女の子だね」と
子ども扱いしたようなツィートを書いています。

でも、
トゥンベリさんの支持者が
たくさんいることも事実です。

これからも力強く、
How dare you ! と
大人たちを叱り続けて欲しいです。

さて、
訳出するに当たっては、
16歳の女子高生であることを
念頭に置いて、
訳文を考えました。

それと、
トゥンベリさんは怒っているので
その怒りが伝わるように
訳を心がけました。

今回は応募者がなかったので
私の訳例だけ載せます。

あくまでも一例として
参考にして下さい。

◆ 第157回 課題文

 米ニューヨークの国連本部で開かれた気候変動サミットで、一際、注目を集めたスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん(16歳)の演説の一部を訳してみましょう。トゥンベリさんの肉声が伝わるように訳を工夫してみてください。


(1) This is all wrong. I shouldn't be up here. I should be back in school, on the other side of the ocean. Yet you all come to us young people for hope. How dare you !

(2) Entire ecosystems are collapsing. We are in the beginning of a mass extinction, and all you can talk about is money, and fairy tales of eternal economic growth. How dare you.

(3) For more than 30 years the science has been crystal clear. How dare you continue to look away, and come here saying that you're doing enough when the politics and solutions needed are still nowhere in sight.

(4) You say you hear us and that you understand the urgency. But no matter how sad and angry I am, I do not want to believe that. Because if you really understood the situation and still kept on failing to act, then you would be evil, and I refuse to believe that.

(5) The popular idea of cutting our emissions in half in 10 years only gives us a 50 percent chance of staying below 1.5 degrees Celsius and the risk of setting off irreversible chain reactions beyond human control.

 [ 出典: 2019年10月6日付け The Asahi Weekly ]

[語句のヒント]
 (2) mass extinction 広範囲に渡る種の絶滅 (5) only gives us a 50 percent chance of staying below 1.5 degrees Celsius (産業革命前からの気温上昇を)1.5度未満に抑える目標を達成できる可能性は50%しかない


(1) This is all wrong. I shouldn't be up here. I should be back in school, on the other side of the ocean. Yet you all come to us young people for hope. How dare you !

This is all wrong. 「こんなこと大間違いです」。これでもいいですが、もう少し女子高生らしい口調はないかと考え、「私がここにいるのって、絶対おかしいでしょう」に変えました。「それって、絶対おかしいでしょう」と女子高生がよく言っているような気がするのですが…。

I shouldn't be up here.「私はここにいるべきではありません」。

I should be back in school, on the other side of the ocean. 「私は海の向こうで、学校に戻っているはずです」。

Yet you all come to us young people for hope. 「でも、皆さんは希望のために私たち若者のところにやって来る」が直訳。「希望のためにやって来る」は「希望を託している」「期待している」という意味だろうと解釈し、「でも、皆さんは誰もかれも、私たち若者に向かって期待しているだなんて言う」に変えました。

「皆さん」は「大人の皆さん」に変えて、トゥンベリさんの主張をわかりやすくしました。

How dare you ! 「よくそんなことが言えますね!」。

How dare you ! はトゥンベリさんのスピーチの中で、話題になったことばです。後ろに!がついているから強い口調を感じます。大阪弁なら「よう言うわ!」がぴったりですが、ここでは標準語で尚且つ、強い口調で訳出したいところ。「よく言えたもんだ!」「よくもまあ言えたもんです!」「よくもまあ、いけしゃあしゃあと!」「どの口が言う!」「もううんざり!」など。

全体に次のようにまとめました。「私がここにいるのって、絶対おかしいでしょう。私は海の向こうでとっくに学校に戻ってないといけないんですよ。それなのに、大人の皆さんは誰もかれも、私たち若者に向かって期待しているだなんて言う。よくもまあ、いけしゃあしゃあと!」。

(2) Entire ecosystems are collapsing. We are in the beginning of a mass extinction, and all you can talk about is money, and fairy tales of eternal economic growth. How dare you.

Entire ecosystems are collapsing. 「生態系全体が壊れかけています」。

We are in the beginning of a mass extinction「私たちは広範囲に渡る種の絶滅の始まりにいます」。これだと直訳調なので「広範囲に渡る種の絶滅が始まっているというのに」と自然な訳に変えました。

and all you can talk about is money, and fairy tales of eternal economic growth. 「それなのに、皆さんの話すことと言ったら、お金のこと、経済成長は永遠に続くなどというおとぎ話ばかり」。

(3) For more than 30 years the science has been crystal clear. How dare you continue to look away, and come here saying that you're doing enough when the politics and solutions needed are still nowhere in sight.

For more than 30 years the science has been crystal clear. 「30年以上に渡って、科学ではすっかり明らかになっています」。

How dare you continue to look away, 「よくもまあ、目をそらし続けて」。これだと直訳調なので、「よくもまあ目をそらせられるもんです」として、怒りの表現を強めました。

and come here saying that you're doing enough when the politics and solutions needed are still nowhere in sight. 「この会議の場で、必要な解決法も政治も未だに全く見えてこない、こんな状況なのに、もう十分な取り組みをしているだなんて」。

「政治」は「政治の動き」とことばを補って、わかりやすくしました。

(4) You say you hear us and that you understand the urgency. But no matter how sad and angry I am, I do not want to believe that. Because if you really understood the situation and still kept on failing to act, then you would be evil, and I refuse to believe that.

You say you hear us and that you understand the urgency. 「皆さんは私たちの声を聞いていると言うし、緊急性もわかっていると言います」。

これだと直訳調なので、もう少し感情的に「私たちの声は聞こえているですって?緊急性もわかっているですって?」に変えました。

But no matter how sad and angry I am, I do not want to believe that.「でも、どんなに悲しくて腹が立っても、私はそれを信じたくありません」。

ここも、感情的に「どれほど私が悲しくて腹立たしい思いをしているか…。皆さんの言うことは全く信用できません」に変えました。

Because if you really understood the situation and still kept on failing to act, then you would be evil 「なぜなら、本当に今の状況がわかっていて、それなのに、依然として行動を起こさないでいるなら、皆さんは悪党でしょう」。

ここは仮定法過去の文になっています。「まさかそんなことはないだろうけど」という気持ちが隠れています。そこで「まさかと思うけど」を補って訳しました。「まさかと思うけど、本当に今の状況がわかっているのに、行動を起こそうとしないなら、皆さんは悪党ですよ」としました。

and I refuse to believe that. 「皆さんの言うことを信じることを拒否します」。ここももう少し感情的に「皆さんの言うことを誰が信じるもんですか」と変えました。

(5) The popular idea of cutting our emissions in half in 10 years only gives us a 50 percent chance of staying below 1.5 degrees Celsius and the risk of setting off irreversible chain reactions beyond human control.

The popular idea of cutting our emissions in half in 10 years only gives us a 50 percent chance of staying below 1.5 degrees Celsius 「10年後に排出量を半減させるという考えがよく知られていますが、気温上昇を1.5℃以下に抑えられるかどうかは五分五分の可能性しかありません」。

「気温上昇を1.5℃以下に抑える」ではわかりにくいので、「産業革命前の気温から1.5℃以下の上昇に気温を抑える」とことばを補いました。

and the risk of setting off irreversible chain reactions beyond human control 「そして、人の管理能力を超えた連鎖反応起こり、もう元に戻せなくなる危険性があります」。

「人の管理能力を超えた」は直訳調なので、もっと他に言い方はないか考えました。「人には制御不能の」「人間の手に負えない」など。

「元に戻せなくなる危険性があります」も硬い表現なので、「もう元に戻せなくなるかもしれないんです」に変えました。

■ 小沢の訳

私がここにいるのって、絶対おかしいでしょう。私は海の向こうで、とっくに学校に戻ってないといけないんですよ。それなのに、大人の皆さんは誰もかれも、私たち若者に向かって期待しているだなんて言う。よくもまあ、いけしゃあしゃあと!

生態系全体が壊れかけていて、広範囲に渡る種の絶滅が始まっているというのに。皆さんが話すことと言ったら、お金のこと、経済成長が永遠に続くというおとぎ話ばかり。いったいどの口が言いますか!

30年以上に渡って、科学的にはすっかり明らかになっているのに、よくもまあ、目をそらせられるもんです。必要な解決方法も政治の動きも全く見えてこない、こんな状況なのに、この会議の場では、もう十分な取り組みをしているだなんて。

私たちの声は聞こえているですって? 緊急性もわかっているですって? どれほど私が悲しくて腹立たしい思いをしているか…。皆さんの言うことは全く信用できません。まさかと思うけど、本当に今の状況がわかっているのに、行動を起こそうとしないなら、皆さんは悪党ですよ。皆さんの言うことを誰が信じるもんですか。

10年後に排出量を半減させるという案がよく知られていますが、産業革命前の気温から1.5℃以下の上昇に気温を抑えられるかどうかは五分五分の可能性しかありません。人間の手に負えない連鎖反応が起きて、もう元に戻せなくなるかもしれないんです。

[小沢のコメント]
訳しながら、トゥンベリさんの怒りが伝わってきて、もっと怒らねばという気持ちになりました。ただ、私も能天気な大人のひとりとして、トゥンベリさんに厳しく叱られた気がしました。