金沢大学の,文系向け共通教育科目(選択科目,90分×約15回)で, 二三度講義した内容を再構築したものである。 理系の一年生に対しては, 同値関係・同値類に慣れるための軽い読み物になっていると思う。 実数体の構成についても軽くふれてある。
(0 を含む)自然数,およびその演算,それらの基本的な性質は仮定している。
整数全体の集合を,数学の慣習にしたがって Z と書きます。 Z = { ..., -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3, ... } です。 正の整数 m を一つ選び,固定します。
このとき,“数”の集合として { 0, 1, 2, ..., m-1 } を考え,これを Z/m と書きます。 (注:ふつうは,数の上に横棒をひきますが, (いわゆる)ホームページでの便宜のため,ここでは下に線をひきました。)
そして,次のようにたし算とかけ算とを定義します。
(注:かけ算の記号「×」の代わりに,ここでは「*」を用います。)
m が 6 の場合と 7 の場合について,たし算・かけ算の表を書いてみましょう。
|
|
m が 7 のとき, かけ算の表の各行・各列には 0 から m-1 が一つずつ現れていますが, m が 6 のときはそうではありません。 なぜでしょう? 興味のある人は考えてみてください。 m が素数かどうかが関係しています。
さて,ここでかけ算の結合法則について考えてみましょう。 整数については, (a * b) * c = a * (b * c) が成り立つことを知っています。 Z/m ではどうでしょうか?
m = 7 とし,a = 4, b = 5, c = 6 で試してみます。
となって,この場合には結合法則が成り立っていることがわかります。
では,どんな m に対しても,どんな a, b, c に対しても,結合法則が成り立つのでしょうか?
これについて,次のような“証明”をする人がいるかもしれません。 「4 * 5 を 6 と“変形”するからわかりにくいんだ。 4 * 5 は 20 と書く。 これに 6 をかけると 120 となる。 ここで最後に,120 を 7 で割ってあまりが 1, よって 120 = 1 とする。こう考えれば,
となって,結果が一致するのは明らかだ」。
でも,20 や 120 は,定義されていません。 それでも,なんとか,この“証明”を正当化できないでしょうか?
(注:「正当化」というと,正当でないものを無理やりに正当だと言い張ること, というニュアンスがあるかもしれませんが,数学ではそうではありません。)
整数 Z 全体を考えます。正の整数 m を一つ選び,固定します。
二つの整数 a, b に対し, 「a 〜 b」,その否定「a !〜 b」を,次のように決めます。 (ふつうは,「a !〜 b」の代わりに, 「〜」に斜めの線を「≠」のようにひいた記号を使いますが, (いわゆる)ホームページの便宜のため,この記号を使いました。)
定義 2.1 a - b が m の倍数のとき a 〜 b とし,そうでないとき a !〜 b とする。 すなわち,整数 k が存在して a - b = km となるとき,a 〜 b とする。
この「〜」は,次の三つの条件をみたします。
命題 2.2
証明
[Q.E.D.]
定義 3.1 ある集合の元 a, b に対し, a 〜 b か a !〜 b かが決まっていて,次の三つの条件をみたすとき, 「〜」を同値関係という。
定義 2.1 で決めた「〜」は同値関係です。
「a と b は等しい」という関係も同値関係です。 同値関係は,“等しい”と似た関係,といえます。
同値関係があったとき,次のように,要素を同値類に分けることができます。
思考実験 3.2 あなたが,おじさん・おばさんの家へ,仕事の手伝いにいったとします。 頼まれた仕事は,次のようなものです。
“あるもの”--- なんでもかまわない --- が,数百個あります。 おじさん・おばさんは,「『〜』チェッカー」なる機械を持っています。 これは,二つの“もの”a と b をかざすと, 「a 〜 b」か「a !〜 b」かを表示する機械です。 この機械を使って, これらの“もの”を,次の二つの条件を満たすようにトレイに分けるのが,仕事です。
ただし,この「〜」は同値関係であり,トレイは十分にたくさんあるとします。
例で考えてみましょう。
一つめの p をとってきたとします。トレイを一つとって,それに入れます。
p |
二つめの q をとってきたとします。チェッカーによると,p 〜 q でした。 そこで,q は p のはいっているトレイに入れます。
p q |
三つめの r をとってきました。r !〜 p でした。 そこで,新しいトレイをもってきてそこに r を入れるまえに,少し考えました。 「もしかして,r 〜 q ということはないだろうか?」 それはありえません。 もしも r 〜 q なら,p 〜 q だったことと, 同値関係の条件を合わせて考えることにより,r 〜 p となるからです。
p q | r |
四つめの s をとってきました。s 〜 p でした s を p のはいっているトレイに入れるまえに,少し考えました。 「もしかして,s !〜 q ということはないだろうか?」 それはありえません。 p 〜 q はすでにわかっています。「〜」が同値関係であることもわかっています。 すると,s 〜 q がわかります。
p q s | r |
すこし飛ばして,次のような状態になったとします。
p q s | r t u | v |
次の x をとってきたとします。 次のようにすればよいことが,わかるでしょう。
これで無事,おじさん・おばさんに頼まれた仕事を終えることができました。---
上の例では,“もの”は有限個でしたが, 数学では,無限個あっても,上の操作ができる,という約束です。
定義 3.3 p がはいっているトレイを [p] と書く。
上の思考実験では q も [p] にはいっているので, [p] を [q] と書いてもよいことになります。 p 〜 q ならば [p] = [q] です。
数学のことばづかいでは,トレイを同値類といいます。
定義 4.1 整数全体の集合 Z を, 定義 2.1 で定めた同値関係「〜」でトレイに分けたものを Z/m とします。
おさらいも兼ねて,m = 7 とし,Z をトレイに分けてみましょう。 0, 1, 2, 3, ... の順にとりだしたとします。
14 7 0 |
… 8 1 |
… 9 2 |
… 10 3 |
… 11 4 |
… 12 5 |
… 13 6 |
次に,-1, -2, -3, ... を加えます。
14 7 0 -7 … |
… 8 1 -6 … |
… 9 2 -5 … |
… 10 3 -4 … |
… 11 4 -3 … |
… 12 5 -2 -9 |
… 13 6 -1 -8 |
「要するに,『7 の倍数』,『7 の倍数 + 1』,『7 の倍数 + 2』, ……と分けたんだろう?」 と言われればそれまでですが,ここでは 「差が 7 で割り切れるものは同じトレイに入れる」としたもの,と見てください。
これらのトレイは順に [0], [1], [2], ..., [6] と名づけることができます。 しかし,これが唯一の名前ではありません。 [4] を [-3] と呼んでもよいし,[5] を [-2] と呼んでも構いません。
整数の間にはたし算・かけ算が定義されています。 数を,カードに数が書かれたもの --- 小学校一年生の算数の時間に使ったようなもの --- と考えましょう。 「1」と書かれたカードと「2」と書かれたカードの間に 「+」という記号が書かれ, 先生が「これはいくつになりますか?」と尋ねたら 「3」というカードをとりだして答える,といった具合です。
Z/m の元の間にたし算・かけ算を定義するとは, カードの集まりである同値類(トレイ)の間にたし算・かけ算を定義することにほかなりません。 カードの間にはたし算・かけ算が定義されていますが, トレイの間のたし算・かけ算は,新たに定義しなければなりません。
定義 4.2
証明……
「おや? 定義なのになぜ証明がいるの?」と思った人もいるでしょう。
それは,こういう理由からです。 [a] には,別の名前 [a'] があります。[b] についても同様です。 m = 7 とすると, [3] には [-4] という名前もあります。 [5] には [-2] という名前もあります。
結果は別の名前になりましたが,8 - (-6) = 14 は 7 の倍数ですから, [8] と [-6] は同じトレイについた別の名前, すなわち [8] = [-6] となり,矛盾はしていません。 こういうことを,すべての場合について確かめなければなりません。 このことを,「定義 4.2 が well-defined であることを示す」 といいます。well-defined にはうまい訳語がありません。 「よく定義されている」,「定義になっている」,というような意味です。
次の命題を示せばよいことになります。
命題 4.3 上の定義は well-defined である。すなわち,次が成り立つ。
証明 a1 - a2 = km, b1 - b2 = lm と書ける。
[Q.E.D.]
いまや,§1 で紹介した証明を正当化することができます。
よって等しい,とすればよいのです。
すべての演算が well-defined になるわけではありません。
例 4.4 Z/3 で, [a][b] を [ab] と定義するのは well-defined ではない。 実際, [0] = [3] だが,(-1)0 = 1, (-1)3 = -1 となり, [1] ≠ [-1] である。
節の見出しとしては「自然数全体の集合 N」としましたが, 実際には,自然数の集合に 0 を加えたもの N0 を使います。 N = { 1, 2, 3, ... }, N0 = { 0, 1, 2, 3, ... } です。
この節では, 0 および自然数を既知とし,整数は未知として,整数全体の集合を構成します。 0 および自然数の計算には十分に慣れていて,文字式も扱えて, 論理的にものごとを考えることができるが負の数を知らない, という人を想像するのはむずしいかもしれません。 もしそうなら,そういう宇宙人を想定して,その宇宙人に整数を教えるには, と考えてみてください。
次の,0 および自然数の基本的な性質は認めます。
0 および自然数を認めて負の整数を導入するとなると, 「いままでの 2 を +2 とし,それに対して -2 というものを考える」, というアイディアが浮かびます。 こうやって定義したうえで,たし算については,次のように定義します。
ここで,四通りに場合分けをしました。 第一と第四の式では 5 と 3 を加えましたが, 第二と第三の式では 5 - 3 を計算しています。
この定義で,整数に関するたし算の結合法則 (a + b) + c = a + (b + c) を証明できるでしょうか? もちろん, できるはずです。しかし,場合分けが多くなって大変でしょう。 ここでも,次のように考えて,同値関係・同値類の考え方が使えます。
0 または自然数の組 (a, b) 全体を考えます。 組 (a, b) は,実は整数 a - b のこと,とするつもりです。 ただし,宇宙人は結果が負になる引き算を知りませんので,こうは言えません。 また,組 (a, b) と (a', b') が異なっていても, 同じ整数をあらわすことがあります。 a - b = a' - b' の場合です。ここでも,宇宙人にはこうは言えません。 しかし,ここで一工夫すると,「a + b' = a' + b の場合」と言うことができます。 そこで,こう考えます。
定義 5.1 0 または自然数の組 (a, b) 全体を考える。 二つの組 (a, b), (a', b') に対し (a, b) 〜 (a', b') であるとは, a + b' = a' + b であることをいう。
命題 5.2 上で定義した関係「〜」は同値関係である。
証明 三つの条件を確かめればよい。
[Q.E.D.]
(注:ここで,0 および自然数がみたす, 「a + x = b + x ならば a = b」を使いました。)
これで,同値類 [(a, b)] を考えることができました。 次に,たし算とかけ算を定義します。
私たちのもくろみでは, (a, b) は a - b のこと,(c, d) は c - d のことですから, (a, b) + (c, d) は (a + c) - (b + d) のことです。 (a, b) * (c, d) は (a - b) * (c - d) = ac -ad - bc + bd のことです。 これらを踏まえて,次のように定義します。
定義 5.3 次のように定義する。
一つめはともかく,二つめは複雑ですが, 目の前にいる宇宙人はこれを理解するものとします。
命題 5.4 上の定義は well-defined である。
証明 (a, b) 〜 (a', b') と仮定すると a + b' = a' + b, (c, d) 〜 (c', d') と仮定すると c + d' = c' + d である。
の計算結果が同じになればよい。
たし算について。
ので,(a + c) + (b' + d') = (a' + c') + (b + d) を言えばよい。 上の二つの仮定の式を辺々加えると a + b' + c + d' = a' + b + c' + d となる。 これで言えた。
かけ算について。
計算を楽にするため,
に間にはいってもらう。すなわち,甲さんと丙さんが同じ結果を, 丙さんと乙さんが同じ結果を得ればよい。 証明は前者についてだけおこなう。後者もまったく同様である。
ので ac + bd + a'd + b'c = a'c + b'd + ad + bc を言えばよい。 c ≥ d と仮定し,a + b' = a' + b の両辺に c - d をかけると ac - ad + b'c - b'd = a'c - a'd + bc - bd となり,移項して ac + bd + a'd + b'c = a'c + b'd + ad + bc を得る。 これは求めていた式である, この計算の際,負の数は出てこないことに注意。 c < d のときは両辺に d - c をかければよい。 [Q.E.D.]
(かけ算についての別証(その1): 「ac + bd + a'd + b'c = a'c + b'd + ad + bc を言えばよい」までは同じ。 a + b' = a' + b の両辺に c をかけて ac + b'c = a'c + bc, a' + b = a + b' の両辺に d をかけて a'd + bd = ad + b'd となる。 辺々加えると求める式を得る。 [Q.E.D.])
(かけ算についての別証(その2):丙さんを登場させないで証明する。 仮定より次の三つの式がなりたつ。
展開する。
三つの式を,辺々たす。
両辺で同じものを消す。
並べかえてカッコでくくる。
[Q.E.D.])
0 または自然数 n は,[(n, 0)] と思うことにします。 このあと,次のことを確かめる必要があります。どちらも容易です。
これで,N0 の拡張として Z が得られました。
Z でのたし算の結合法則は,次のように簡単に示せます。
[(a, b)] に対し -[(a, b)] とは [(b, a)] のこととします。 -[(n, 0)] = [(0, n)] だから,-n という記法が導入されます。
ほかに,Z の元の間に大小関係が定義され,それが N0 の大小関係の拡張になっていることを見る必要があります。
なお,ここで使った,(a, b) は a - b のこと,という見方は, 中学一年生に負の数を導入するときに役に立つ,という話を読んだことがあります。 トランプの札で,黒と赤のどちらかを +1 点,他方を -1 点と決め, カードのやり取りをする架空のゲームを考えます。 正の数しか知らなかったときは,カードを取られたら点が下がると決まっていましたが, -1 点のカードを取られるとかえって点が上がる, などという体験を通じて,負の数の演算に慣れさせる,というのです。
有理数とは,負の数もこめた,分数のことです。 すなわち,整数 a と,0 でない整数 b に対し,a/b と書ける数のことです。
前の節で,整数はトレイにはいった 0 または自然数の組,として完成させましたが, ここではもうそのことは忘れ,整数については普通に考えます。
小学校で習ったように分数の計算をする際, 途中で既約分数に約分しないと正しい答えに至らないのか, それとも,既約分数でないまま計算しても同じ答えに至るのか, という疑問が生じます。 この節では,この疑問に答えることができるでしょう。 ただ,分数の場合は,実体があります。 1リットル入りの容器に 1/3 の水を入れたのと, 2/6 の水を入れたのとではまったく同じです。 だから,そういう心配はいらない,とも考えられるでしょう。 このあたりのことはよくわかりません。 とりあえず,前節にならって,定義を始めましょう。
組 (a, b) は a/b のこと,とするつもりです。
定義 6.1 整数 a と,0 でない整数 b の組 (a, b) 全体を考える。 二つの組 (a, b), (a', b') に対し,(a, b) 〜 (a', b') であるとは, ab' = a'b であることをいう。
命題 6.2 上で定義した関係「〜」は同値関係である。
証明 三つの条件を確かめればよい。
[Q.E.D.]
(注:ここで,整数がみたす, 「0 でない整数 x に対し ax = bx ならば a = b」を使いました。)
定義 6.3 次のように定義する。
命題 6.4 上の定義は well-defined である。
証明 (a, b) 〜 (a', b') と仮定すると ab' = a'b, (c, d) 〜 (c', d') と仮定すると cd' = c'd である。
たし算について。 (ad + bc)b'd' = (a'd' + b'c')bd を言えばよい。 ab' = a'b より ab'dd' = a'bdd', cd' = c'd より bb'cd' = bb'c'd である。 これらを足せばよい。
かけ算について。 仮定の式を辺々かけ合わせると ab'cd' = a'bc'd であるから, (ac)(b'd') = (a'c')(bc) を得る。これが求める式である。 [Q.E.D.]
以下,前節と同じようなことを確かめることになりますが,ここでは省略します。
有理数全体の集合 Q の特徴として, 稠密(ちゅうみつ)であることがあげられます。 これは,任意の有理数 a, b に対し,a < b であるならば a < c < b となる有理数があることを言います。 c = (a + b) / 2 とすればよいのです。
これは,整数全体の集合 Z にはなかった性質です。 このため,有理数は,整数と異なり,“びっしり”ある,という感じです。
有限集合 X と Y との元の数が同じであるとは, X の元と Y の元と間に一対一の対応がつくことです。 これを無限集合にまで拡張しましょう。
定義 7.1 集合 X と Y の濃度が等しいとは, X の元と Y の元と間に一対一の対応がつくことをいう。
すると,一見,奇妙なことが起こります。 自然数全体の集合 N と正の偶数全体の集合を考えると, 前者は後者の倍だけあるように思えます。 しかし,一対一の対応がつくのです。
1 | ↔ | 2 |
2 | ↔ | 4 |
3 | ↔ | 6 |
4 | ↔ | 8 |
: | ↔ | : |
: | : |
有限集合であれば右側の偶数のほうが先に尽きてしまいますが, どちらも無限にあるのですから,これで一対一の対応がつきます。 自然数全体の集合 N と正の偶数全体の集合の濃度は同じです。
同様に,整数全体の集合 Z も,自然数全体の集合 N と同じ濃度を持ちます。
1 | ↔ | 0 |
2 | ↔ | 1 |
3 | ↔ | -1 |
4 | ↔ | 2 |
5 | ↔ | -2 |
6 | ↔ | 3 |
7 | ↔ | -3 |
: | ↔ | : |
: | : |
といった具合です。
次に,有理数全体の集合 Q の濃度を考えましょう。
整数は,点が一列に並んでいるイメージです。
... . . . . . . . , , , ...
有理数は,分子と分母が整数ですから, p/q に平面の点 (p, q) を対応させることにより, 平面上に並んだ格子点(x 座標も y 座標も整数である点)のようなイメージです。
: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... ... . . . . . . . . . . . ... : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :
そう言ってしまうと,少しウソが混じっています。 分母は 0 ではありませんから,(n, 0) には有理数は対応しません。 1/3 = 2/6 ですから,(1, 3) と (2, 6) には同じ有理数が対応します。 既約分数に限ると決めれば,(2, 6) には有理数は対応しないことになります。
でも,とにかく,整数よりはたくさんある,というイメージです。
ところが,有理数全体の集合と,自然数全体の集合との間に,一対一対応がつくのです。
… | … | ← | • | ||||||||
↑ | |||||||||||
• | ← | • | ← | • | ← | • | ← | • | • | ||
↓ | ↑ | ↑ | |||||||||
• | • | ← | • | ← | • | • | • | ||||
↓ | ↓ | ↑ | ↑ | ↑ | |||||||
• | • | O | → | • | • | • | |||||
↓ | ↓ | ↑ | ↑ | ||||||||
• | • | → | • | → | • | → | • | • | |||
↓ | ↑ | ||||||||||
• | → | • | → | • | → | • | → | • | → | • |
原点(上の図では O で示しました)から出発し, 格子点の上を,矢印のような順でたどってゆきます。
こんなふうに進みます。 対応が式で書けないので,なんとなく不安に思うかもしれませんが, これで対応がついています。それは,次のような理由からです。
次に,対角線論法について説明します。 いま,1000 桁の数が 1000 個,縦に並んでいるとします。 それを見せられて,ただちに, それら 1000 個の数のどれとも違う 1000 桁の数を言いなさい, と言われたとします。 1000 桁の数はたくさんありますから,適当にいえば, まず含まれていません。でも,確実にいうにはどうしたらよいでしょう?
簡単にするため,5 桁の数が 5 個,で説明します。 (一番上の「***」の行はないと思って見てください。 (いわゆる)ホームページの都合です。)
*** | *** | *** | *** | *** |
4 | 4 | 2 | 9 | 4 |
5 | 8 | 9 | 8 | 6 |
1 | 3 | 1 | 3 | 9 |
9 | 2 | 5 | 2 | 4 |
8 | 5 | 5 | 1 | 5 |
この場合,一目で 10000 が含まれていないことがわかりますから, そう答えればよいのですが, 一目では見切れないほど大きな場合だと思って考えましょう。
左上から右下への対角線を考えます。 そこの数には星印をつけました。
*4* | 4 | 2 | 9 | 4 |
5 | *8* | 9 | 8 | 6 |
1 | 3 | *1* | 3 | 9 |
9 | 2 | 5 | *2* | 4 |
8 | 5 | 5 | 1 | *5* |
これを左上から見ていって, 「偶数なら 1, 奇数なら 2」と読み替えながら言えばよいのです。 この例では,11212 となります。 この数は,上から何行めの数と比べても,一致することがありません。 なぜなら,上から n 行めの数と比べる場合,上から n 桁めを比べれば, 上の読み替え規則から,必ず異なっています。
実数全体の集合 R はまだ構成していませんが, 実数は無限小数で表される,ということは知っているでしょう。 これを利用して, 0 以上 1 未満の実数全体の集合と, 自然数全体の集合 N との間には一対一対応がつかないことを証明しましょう。 (0.25 のような有限小数で表される数には, 0.24999... のような,9 が無限に続く形の表示もありますが, どちらかを採用し,他方は捨てる,としておきます。)
もしも仮に一対一対応がついたとします。 0 以上 1 未満の実数は,1 番め,2 番め,3 番め,……と並ぶはずです。 小数点以下を並べます。 たとえばと並んだとすると,次のような表を書きます。 (実は,上の数値は,一つ前の図と同じにしてあります。)
*** | * | *** | *** | *** | *** | *** | *** |
1 | . | 4 | 4 | 2 | 9 | 4 | … |
---|---|---|---|---|---|---|---|
2 | . | 5 | 8 | 9 | 8 | 6 | … |
3 | . | 1 | 3 | 1 | 3 | 9 | … |
4 | . | 9 | 2 | 5 | 2 | 4 | … |
5 | . | 8 | 5 | 5 | 1 | 5 | … |
: | . | : | : | : | : | : | : |
上と同じように,対角線に星印をつけます。
*** | * | *** | *** | *** | *** | *** | *** |
1 | . | *4* | 4 | 2 | 9 | 4 | … |
---|---|---|---|---|---|---|---|
2 | . | 5 | *8* | 9 | 8 | 6 | … |
3 | . | 1 | 3 | *1* | 3 | 9 | … |
4 | . | 9 | 2 | 5 | *2* | 4 | … |
5 | . | 8 | 5 | 5 | 1 | *5* | … |
: | . | : | : | : | : | : | : |
そして,上と同じように「偶数なら 1, 奇数なら 2」と読み替えます。 この例では 0.11212... となります。 この無限小数は,この表にはありません。 もしも n 番めに現れていたら,小数点以下第 n 位を比べることにより, 矛盾が生じます。
(ここで,「もしそういう数が見つかったら,それを 1 番めに入れ, 以下,一つずつ繰り下げてゆけばよいではないか」という反論をときどき見かけます。 そうしたら,また新たに,表にない無限小数が見つかります。 矛盾が生じた,という時点で,議論は打ち切ってよいのです。)
このように,0 以上 1 未満の実数全体でも自然数全体の集合 N よりも濃度が大きいのですから, 実数全体の集合 R は自然数全体の集合 N よりも大きな濃度を持ちます。
このため, 有理数全体の集合 Q から実数全体の集合 R を構成するのには, やや困難が伴います。
実数全体の集合 R を構成するには,いろいろな方法があります。 ここでは,最も簡単(なものの一つ)と思われる方法で, 正の実数全体の集合を構成します。
実数について,私たちはいくつかのことを知っています。 たとえば,√2 は有理数ではない実数です。 この数の存在を認めると, 「この数よりは小さい正の有理数の集合 A」が考えられます。
この集合 A は,次の性質を持ちます。
性質 8.1
実は,正の有理数からなる部分集合がこの性質をみたすとき, それを正の実数とみなすことができるのです。
定義 8.2 正の有理数からなる集合 A が性質 8.1 をみたすとき, A を半切断とよぶ。
この半切断は,Dedekind の「切断」にならった名称です。 半切断の全体が,正の実数全体になることがわかります。
定義 8.3 A, B を二つの半切断とする。 A ⊂ B のとき,A ≤ B と定義する。 A ≤ B かつ A ≠ B のとき,A < B と定義する。
補題 8.4 A, B を二つの半切断とするとき,次の三つのうちのどれか一つがなりたつ。
証明 二つ以上が両立しないことは明らかである。 A < B でも A = B でもないとする。 定義から,ある正の有理数 r が存在して r ∈ A かつ r ∉ B である。
この二つから,x ∈ B ならば x ∈ A がなりたつ。 よって B ⊃ A であり,B > A である。 [Q.E.D.]
このように,証明には決してむずかしいことは使わないのですが, 性質 8.1 にもとづいて,じっくり考える必要があります。
正の有理数 r は,半切断 { x ∈ Q | 0 < x < r } とみなせます。
命題 8.5 A, B を二つの半切断とする。 A と B の和 A + B, 積 A * B を,次で定義すると,これらは半切断である。
証明は省略します。
Q ですでに数直線上に“びっしり”並んでいるのに, さらに R まで数を拡張する理由の一つは, 直角をはさむ一辺の長さが 1 の直角二等辺三角形の対角線の長さ √2 が無理数であることがあげられるでしょう。 もう一つ,別の理由を説明します。
数の集合の,最大数について考えましょう。
{ a ∈ R | 0 < a ≤ 1 } には最大数があります。 それは 1 です。
{ a ∈ R | 0 < a < 1 } には最大数がありません。 1 です,と言いたくなりますが,1 はこの集合に属していません。 代わりに,この集合の上限は 1 である,という言い方をします。
定義 8.6 数 x が数の集合 A の上限 であるとは,次の二つの条件をみたすことをいう。
この定義にもとづくと,上の集合 { a ∈ R | 0 < a < 1 } の上限が 1 であることがわかります。
いま,有理数しか知らないと仮定し,集合 { a ∈ Q | a > 0 かつ a2 < 2 } を考えましょう。 この集合の上限は √2 です。しかし,それは Q の元ではありません。 この集合が,有理数だけを使って定義されているにもかかわらず,です。
実数まで数を拡張すると,上に有界な集合 X は上限を持ちます。 「上に有界」とは,ある数 M が存在して X の元がすべて M 以下,となることを言います。 上に述べた,正の実数の構成法では,この上限は容易に記述できます。 X のおのおのの元は,正の有理数の部分集合です。 それらすべての和集合をとると,それが X の上限になるのです。
この節では,かなり説明・証明を省きました。 興味のあるかたは, 《Rapid Construction of Real Numbers by Half-Cuts》 をご覧になってください。
複素数とは,i2 = -1 となる数の一つを i とするとき, 二つの実数 a, b に対し,a + bi と書ける数のことです。
実は,ここが一番簡単です。
二つの実数の組〈a, b〉を考えます。 ここで〈 , 〉という特別なかっこを使ったのは, ここで複素数全体の集合を作るあいだだけしか使わない,特別な記号だからです。 〈a, b〉は a + bi に対応します。 よって,次のように,たし算・かけ算を定めます。
定義 9.1
二番めの式はやや複雑ですが,宇宙人には理解してもらえます。
実数 a は,〈a, 0〉とみなせることがわかるので, C は R の拡張であることがわかります。
このように,複素数は二つの実数の組なので,確かに実在することがわかります。 高等学校では 「二乗して -1 になる数を考え,その一つを i として」 のように導入されるので,架空の数,あるいは矛盾を含む数, と考えている人もいるようですが,その心配はありません。
もう一つの構成法は,実数を係数とする,変数 X に関する多項式全体の集合 R[X] から始めるものです。
R[X] にはたし算とかけ算が定義されています。 その意味で,これは Z に似ています。
定義 9.2 R[X] の二つの元 f(X) と g(X) に対し, f(X) - g(X) が X2 + 1 で割り切れるとき f(X) 〜 g(X),と定義する。
これが同値関係であることは,Z/m を作ったときと同じようにわかります。 この同値関係による同値類を複素数と定義します。 多項式を二次式 X2 + 1 で割ったあまりは一次式ですから, おのおのの同値類には,実数 a, b に対し,bX + a の形の元がただ一つ含まれます。 そのとき,この同値類には a + bi が対応します。
たし算に関しては,明らかでしょう。 かけ算については, (bX + a)(dX + c) = bdX2 + (ad + bc)X + ac を X2 + 1 で割ると余りは (ad + bc)X + (ac - bd) です。 これは (ac - bd) + (ad + bc)i にあたり,合っていることがわかります。
なぜ X2 + 1 で割るのかの説明はしません。 この多項式が,X に i を代入して 0 になる多項式のうちで, 最も次数の低いもの(の一つ)である,ということを注意するにとどめます,
ふつうは,複素数までで数の拡張は終わりです。 その理由の一つは,複素数を係数とする n 次方程式 anXn + an-1Xn-1 + ... + a1X + a0 = 0 が複素数の範囲で解をもつことが知られているからです。