言わない気持ち … 泉 香 … |
好きだったから、ずっと見てた。 とてもとても好きだったから、言わないでずっと見てた。 並ぶと少し見上げる背。 少しやせぎす、でも以外と筋肉が付いてること知ってる。 色白で綺麗な肌、柔らかな髪。 冗談も言うし、運動も好きだけど、喧嘩は嫌い。 優しい人だけど、弱い人じゃない。 隠れた趣味は料理。 柔らかい口調で話して、笑い声が爽やかで。 目元が誰より可愛くて、笑顔が絶品。 そんな風にいくつもデータを集めて、でもそうやって並べてみるだけ。 好きだから、そうしてた。 大切だから、そのままでいる… 「幸美、何書いてるの?」 休み時間、親友の秋ちゃんに声をかけられて、私はノートから顔を上げた。 「これ?頼まれたの。三澤くんの○秘情報」 にっこり笑って答えると、秋ちゃんはすっごく呆れた顔で言った。 「またかよ。あんたも良くやるね」 「だってクラブの後輩たってのお願いだもん。それに幼なじみがこんなにもてるなんて、嬉しいでしょ」 むふふと笑うと彼女は、ああさいですかと呟いた。 三澤 護(ミサワ マモル)。十五歳、中学三年生。 彼の事ならなんでも私、吉田 幸美(ヨシダ ユキミ)に聞きなさい。 家族構成は、美人の母一人、三歳違いの美人の姉一人、出張しがちの父一人。 地元じゃちょっとは有名な旧家で、跡継ぎの一人息子として育てられた彼は、そのせいかどこか他の男の子とは違って見える。 決して目立つタイプの子じゃ無いんだけど、そこがまた一部の女の子の目を引く理由なのよね。地味だけど格好いい。一度気にしだしたらどんどん気になる、みたいな。 事実彼は、微妙にもてる。 派手な人じゃないから彼を好きになるのも大人しいタイプの子が多くて、おおっぴらな噂にはならないけど、ひっそりと好きになる子がちらほらちら。 でもってそういう情報網というのは以外と発達してるモノで、ひっそりと彼を好きになった彼女たちがひっそりと頼ってくるのが、彼の幼なじみで一番近くにいると思われる女の子な訳で。 「それがさ、今度の子は後輩の友達なんだけど、これがまた可愛い子なんだわ。あれなら三澤くんも気に入るんじゃないかと思うのよね」 にんまりと微笑みながら言うと、秋ちゃんがぼそりと言った。 「やり手ばばあ」 低い呟きに、頬がひくひく。 「みたいな顔してますよ、幸美さん」 すっげーポイントついたつっこみに、あくまで笑顔で答えた。 「いーの、幼なじみの役目です」 三日後。 「吉田さん」 かけられた声に、にっこり振り返る。 「あら、三澤くん。何でしょう?」 絶品と噂の笑顔を惜しみなく振りまいて、三澤くんは言う。 「ちょっと、いいかな?話があるんだけど」 いいも悪いも、断る理由はないですし。 「いいですよ。帰り道で聞きましょうか、ご近所さんですし」 「そうですね」 連れだって教室を出るけど、誤解してはいけません。私と彼の関係は、あくまで幼なじみのご近所さん、だからね。 「話ってなんでしょう?三澤くん」 歩きながら聞くと、三澤くんはひどく呆れたように言った。 「その前に吉田さん、その言葉遣いやめてくれない?」 「だって、誤解されたら困るじゃない?」 「なんの誤解でしょう?」 「自分だってそんなだし〜」 指摘すると爽やかと評判の声で笑って、 「かなわないなぁ」 と呟いた。 それは彼の口癖。 小さな頃からお姉さんと過ごす事の多かった彼は、そうやって女の人には弱いふりをする。 「で、話って何?」 予想はついてるけど、あえて聞く。 「うん、あのさ、二年生の岸川さんって子の事知ってる?」 知ってるも何も、先日情報を流してあげたばかりの、後輩のお友達。 「その子がどうかしたの?」 「手紙、もらったんだけど…」 にゃるほど、やっぱりあのタイプはアプローチも控えめね。でも行動は早いな。あれからまだ三日なのに。 「やっぱりその顔、何か知ってるね?」 「な〜にが?」 にっこり笑顔に、三澤くんはいや〜な顔。 「ね、それでどうするの?今度はオッケー?可愛い子でしょ?もしかして顔はまだ見てない?ホントに可愛いよ」 「手紙渡されたとき顔は見たけど…でも、悪いけど…」 たたみかけるように聞くと嫌〜な顔をしつつ、でも聞かれた事にはちゃんと答えてくれる、それが彼の素直な所。 「なんで〜!勿体ない。三澤くんってほんとにどういう子が好みなの?」 「何度も言ったと思うけど、僕、今女の子とつき合いたいとは思って無いんですけど」 確かに何度も繰り返した会話だけどさ、でもいい加減選んでくれてもいいと思うんだけどな。 「三澤くんて、やっぱホモ?」 「ゆーちゃん、頼むからそれはやめて」 ふふふ、来た来た。 げんなりとした顔をして、他人行儀な“沢田さん”が、懐かしい呼び方に変わる。 その瞬間が、私はとても好きだった。 「だって勿体ないんだもん、まーくん格好いいし、もてるのに」 同じように呼び方を変えて答える。 幼なじみの、ゆーちゃんとまーくん。 この関係が、とてもとても心地よくて。 「やめてよ。みんなゆーちゃんがけしかけてるだけでしょ?」 「そんな事しないよ〜。その岸川さんって子だって、ホントにまーくんの事好きで、いろいろ教えてって頼まれたのよ」 「なんかでも、必要以上に美化されてる気がする。あの子僕のこと、絶対勘違いしてるよ」 「そーお?」 並んで歩きながら、駅まで十五分。家まではそこからバスに乗って、延々三十分。 「絶対そう。大体地元じゃ名の知れた旧家って言うのやめてよ。田舎モノが威張ってるみたいで格好悪いよ」 そりゃ田舎モノですけど。 「でも事実じゃない」 「昔の話だよ。父さんはただのサラリーマンだって知ってる癖に」 「お母さんがお茶の先生で、本人もお免状持ってる事は黙っててあげてるわよ」 にっこり微笑んで返してみると、 「かなわないなぁ、幸美さんには」 またそう言って、笑い返した。 「当然です」 偉そうに頷いて、幸せだなって緩む頬をカバーする。 こんな風に、いつまでも軽口のたたける幼なじみでいたくて。 中学に上がった時に、学校ではただの“吉田さん”と“三澤くん”でいましょうと言ったのは、私の方だった。 中学生にもなって、まーくんとゆーちゃんなんて、子供みたいで嫌だよねって。 それでもどこかしらから二人の関係を聞きつけてくる子のいうのはいるモノで。 「吉田さんって、三澤くんと仲良いの?もしかして、つき合ってる?」 目一杯否定した気持ちは本当。 「ぜーんぜん。あ、でも詳しい事は詳しいよ。家が近所でちっちゃい頃からの腐れ縁だから。なんなら紹介してあげようか?」 ホントに決して、裏はないのよ。 「本当に?じゃあ、彼の事好きって子が私の連れにいるのよ。いろいろ教えてくれる?」 こうして“やり手ばばあ”は誕生した。 あ、ちなみに最初はこんなつもりじゃなかったのよ。一人の子に彼の事を教えて紹介してあげて、上手く行ったらそれで終わりじゃない。問題はこの三澤くんが、彼女とのおつき合いを断っちゃった事にあるんだから。 理由は分からないけど上手く断ったのか特に悪評も立たないし、数ヶ月後にまた別の子から同じ事を頼まれちゃったりしたら、断るわけには行かないじゃない? 都合今までに紹介した子が六人、七人? これはもう、私も意地になるでしょう。やり手ばばあでも何でも良いから紹介します任せてよ!って気分になるのも当然よね。 「でもあ〜んなに可愛い子でもダメなんだ。ホントにまーくん、どんな子ならいいの?」 「…え〜っと、次のバス二十分待ちか。暑いし、本屋にでも行く?」 話をそらすのに一応同意して、駅前の本屋へと向かう途中で更に話す。 「結構いろんなタイプいたよね〜今まで。基本的におとなしめの子ばっかだったけど、派手なタイプが好きな訳じゃないんでしょ?」 「だからもうやめようよ〜そう言うの」 困ったような顔するけど、私だってここまで来たらやめられないのよ。 「あ、もしかして…」 と、言おうと思った言葉は、あえて止めた。 だって。 「まーくん?」 上の空な気配に横を向くと、案の定、彼の視線は私じゃない所に釘付けだった。 視線の先は本屋の向かいの喫茶店。窓際に座る長い髪の女の人。 「湯浅さん…」 お姉さんかと一瞬思ったけれど、彼の呟きで違うと知れる。それはたしかお姉さんの友達で、お茶のお稽古に通ってくる人。 遠目でよく分からないけれど、うつむいた彼女の横顔は寂しげで、もしかして泣いているのかも…。 気にはなるけど、でも普通、黙って通り過ぎるよね。そう思って行こうとするけど、何故かまーくんは立ち止まったまま。 開襟シャツの袖をつんつんと引っ張ると、彼ははっとこっちを向いて慌てたように言った。 「あ、ごめんゆーちゃん、ちょっと用事思い出したから…。また明日ね、悪いけどもう、女の子けしかけたりしないでね」 けしかけてるんじゃないっちゅーのに。 ため息ついて、そっと喫茶店に入って行く後ろ姿を見送った。嘘つき。喫茶店に入るのが、急に思い出した用事なの? 大体うちの学校、下校時に制服で飲食店に入るのは禁止の筈よ? 思いつつ、止めることは出来なかった。 内緒話。三澤 護は、シスコンです。 シスコンでも、いいんだけどさ。 だからって年上のおねーさまにしか惚れないって言うのは、純情な乙女の夢を砕きまくりだと思うのよ。 揺れる路線バス。一番後ろの窓際に座って、流れていく見慣れた景色。 古いバスは冷房すらついていなくて、天上で回る扇風機、開けっ放しの窓から吹く生ぬるい風が半端に不快だった。 私が“湯浅さん”に会ったのは一度だけ、まだ小学生の頃。 お姉さんの友達で、今度家にお稽古に来る事になったのよって紹介されたその人は、子供の私から見ても綺麗な人だった。 お姉さんも美人と評判だったけれど、やっぱり類は友を呼ぶのねと私は納得したもの。 まーくんに同意を得ようと振り向くと、彼は真っ赤になっていた。 声をかけても生返事、一緒にやる筈だった宿題は上の空。 多分あれが、彼の初恋。 一目でそれと分かるのに、言っても否定するだけだけど。 「やっぱり、そうなんじゃん」 お茶のお稽古は週一度。毎週水曜日、彼が寄り道しなくなったのはあれ以後の事。 「やり手ばばあも、廃業かな…」 それは漠然とした呟きだったけど。 乙女の勘てのは、鋭いモノよね。 「三澤が年上の女とつき合ってるらしい」 誰がどこで見掛けたのか、うわさ話は高速で校内を駆けめぐる。 「本当なんですか、吉田さん」 潤んだ瞳で聞かれても、幼なじみにだって知らない事はあるのよ。 「さあね。本人に聞いてもはぐらかすだけだもの。分かってるのは、彼が近頃よく会ってるお姉さんのお友達がいるって事。三つ年上、美人。二人の関係は不明です」 何度も聞かれた疑問に私は少々うんざり答える。 「お嬢さん達、そろそろ昼休み終わるよ〜」 絶妙のタイミングで、秋ちゃんが机の回りに集まった子を散らしてくれた。 「何か分かったら教えて下さいね」 持つべきモノは友達ね!心の底で感謝しつつ、慌てて教室に戻っていく下級生にやけくそで手を振る私に、彼女は一言。 「大変ね〜、幼なじみも」 ありがたいけど、嫌みな奴。 「いいの、もう終わりだから」 向き直って答える。彼女と私は前後の席。 「そうなの?」 振り返って言う彼女は、ちょっと驚いてるみたいだった。 「分かんないけど、多分…」 「多分?」 「本命とつき合うようになったら、紹介したって仕方ないでしょ」 半分しか食べれなかったお弁当を片づけながら、私は言う。 「そうなんだ」 何故か首を傾げながら秋ちゃんは言った。 だってさ、内緒だけどまーくんの初恋が彼女だって事は、どう考えても事実だもん。 でもって多分、彼の好きな人がずっとあの人なのも事実。 水曜日に早く帰ったら一緒にお稽古出来るし、その為に早く帰るの、三年も経った今だに! 告白してくる女の子達もぜ〜んぶ断わっちゃって、一途な奴。 つらつらとぼやくみたいに言う私に、秋ちゃんはぼそりと言った。 「あたしは、幸美は三澤君の事好きなんだと思ってたけど」 次の授業の準備をする手をはたと止めて、私は彼女を見返す。 「なんで?」 見つめ合うこと十数秒間、禁断の愛と誤解されたらどうしましょうと心配しだす頃に、秋ちゃんは口を開いた。 「愛情の裏返しが引っ込みつかなくなって、紹介しまくってるのかと思ってた」 ふふふ、お見通しですか。 鋭くって含みがなくって、これだから私は彼女と友達やってるのよね。 でもごめん。にっこり笑って否定する。 「まっさか!おねしょしてた頃の記憶もあるのよ?幼なじみが恋愛感情に変わるなんて、マンガの話でしょ」 「…ふ〜ん、そうなの」 きっと納得はしてないけど彼女はそう言って、タイミング良く入ってきた先生の声に向き直った。友情に感謝。 だってさ、言えないじゃん、今更。 当番の合図で礼をして、眠たい午後の授業が始まる。 彼の席は、窓際の三番目。 カーテン越しにもれる光が暑そうで、それでも頑張って黒板を写す、額に汗のにじんだ横顔。 目立たないけど格好いい人だって、私は小学校の頃から知ってた。 内緒だけどずっと見ていたいって、一途なのは私の方。 でもさ、“湯浅さん”に一目惚れした彼を見た時に、ダメだなって思っちゃったんだもん。子供心に、諦めるしかないって思ったの。 すっごいお姉ちゃんっ子だったまーくん。 いくら私がお姉さんぶっても、本物の年上の魅力には叶わない。 そんな恋をしてるぐらいなら止めようと、呼び方を変えようって提案したのはその為。 仕方ない、じゃんね。 みんみんみんと、蝉が鳴く。 長い夏の休暇が近づいていた。 湯浅さんとまーくんは、どうやら本当につき合ってるっぽい感じだった。 夏休み、どこか人目を避けるように一緒にいる二人を、何度か見掛けた。 街中で、家の近くで。 湯浅さんと一緒にいるまーくんはいつも少し大人っぽく見えて、見掛けるとどきどきしたけど、一緒にいる二人は、いつもどこか少し辛そうに見えた。 私はそれを、歳が離れているから、まーくんが年下でまだ中学生だからだろうかと思っていたけど。 「幸美?今年はまーくんと一緒にお祭り行かないの?」 ふて寝を決め込んでいる私に、何も知らないかーさんが、不審に思って聞いてくる。 「これでも受験生よ。夏祭りなんて言ってる場合じゃないでしょ」 そんな風に答えてはみるけど。 「喧嘩でもしたの?そんな言い訳するならもう少しそれらしくしてたら?家にいたって勉強なんてしない癖にこんな時だけ…」 かーさんがちゃんと声かけてから部屋のドア開けてくれたら、それらしくふりだけでもしてたのに。 読みかけのマンガを放り出して、おもむろに起きあがる。 「出かけるの?」 「けしかけたのはそっちでしょ」 「ちゃんと謝るのよ」 なんであくまで喧嘩しててしかも私が悪いって決め込んでるかな! 「行って来ます!」 不機嫌に家を後にした。 “夏祭り”とは言っても、それは近所の神社で開かれる小さなモノだった。 それでも境内にずらりと並んだ夜店は楽しいし、女の子達は浴衣を着たり、それなりに綺麗な服を着て夜道を歩く。 全くの普段着で出てきてしまった事をちょっぴり後悔しながら、なんとなくうつむいて神社への道を歩く。 学校から離れたこの辺りでクラスメートに会う事は少ないから、小さい頃からの名残で毎年まーくんと来ていたけれど。 今年は、どっちからも何も言わなかった。 だから多分… 行き交う人が多くなって、賑やかな灯りが見えてくる。 並ぶ夜店をみると不思議と心も華やぐモノで、一人でもなんとなく楽しい気分になって屋台を冷やかしていたけれど。 程なくして、予想通りの光景を見つけてしまった。 GパンにTシャツに青のパーカー。なんでもない格好だけど、悲しいかなどんなに人混みの中でも一瞬で見つけてしまう彼の立ち姿。 大好きだった優しい微笑みの横には、水風船を持つ綺麗な浴衣姿、湯浅さん。 夜店の灯りの下、二人は自然に並んで、楽しそうだった。暗いような明るいような、全てを照らす昼とは違って、どこか妖しさを含んだ夜の灯りの下だからか。 そうしてみると、二人は非の打ち所のないお似合いのカップルに見えた。 一瞬、大人びた表情の彼が知らない人みたいで。 立ちつくす私の目と、何かを感じたような視線がふいに絡む。 笑顔を作って片手をあげて、軽く手を振る。 何か言いたげな彼の様子に彼女が気付いて、目線がそれた瞬間、私は走り出していた。 念願の初恋成就じゃん、良かったね、まーくん。 でも、まーくんってもう呼ばないから、ゆーちゃんって呼ばないでね。 吉田さんと、三澤くん。 分かってたから、あえてそう呼び合ったの。 だからもう、この次二人で話す時も、変えないでそのままでいようね。 走って走ってたどり着いたのは、神社の裏を昇った竹林の奥。 くそ暑い中走ってきたからだらだらと汗が流れて不快だったけど、気にせず進む。 そこはホントの地元の人しか知らない場所で、でも街を見下ろすには絶好の場所だった。 子供の頃、いつも二人で遊んだ場所だから。 今夜はここで、お別れしよう。 好きだったから、ずっと見てた。 とてもとても好きだったから、言わないでずっと見てた、この気持ちと… どれくらい、そうしていたのか。 気付いたら、祭りの灯りは一つ二つと消えていく。 風が随分冷たくなって、半袖の腕が冷たい。 いい加減中学生が歩くには遅すぎる時間だろう。かーさん達も心配してるかも知れない。 だけどなんとなくタイミングを逃して、立ち上がれないでいる。 と。 「……ちゃん?」 小さな声。近づいてくる足音。 がさがさと笹の揺れる音に顔を上げて振り返ると、そこにいたのはやっぱり彼だった。 「良かった、見つかって」 いつもの笑顔。見る人を安心させるようなその笑顔が、今は辛い。 「どうして来たの?」 「帰る途中で、ゆーちゃん家のおばさんに会ってさ。僕とお祭りに行くって出て来たんだろ?まだ仲直りしてないのかって聞かれたよ」 笑いながら言うまーくんの声は、私がよく知ってる彼の声でちょっと嬉しかったけど。 「いつから喧嘩したの?僕達」 「かーさんが勝手に誤解しただけよ」 そっぽを向いて答える。 子供っぽいと思うけど、仕方ないよね。 まーくんは少し困ったように黙って、でも言った。 「帰ろう、ゆーちゃん」 「ゆーちゃんって呼ばないで!」 どうしたって声が荒くなる。だって。 「吉田さんって、名字で呼んで。そんな仲良さそうにしてたら、誤解されるでしょ」 「誰に?」 誰にって…。決まってるじゃん。 ふと気付いて、彼の後ろを探るように見る。 「湯浅さん、は?」 「帰ったよ」 間髪即答。 でもそうだよね、いくらお似合いでも、まだ中学生だし。 「朝までは、一緒にいられないもんね」 「…どうして僕が、ねーさんの友達と朝まで一緒にいられるのさ」 「まーくん?」 妙に静かな声色を不思議に思って、暗闇の中の顔を見つめる。 少しの後、彼は笹を揺らして近づいて来た。 「座って良い?」 私が頷いたのを確かめて、隣に座り込む。 なんでだろう。 改めて見るまーくんは、とても辛そうに見えた。 さっき、お祭りで湯浅さんと並んでいた時は、あんなに幸せそうだったのに。 並んで座って、お祭りの灯りがどんどん消えていくのをただ見ていた。 しばらくたった後、ぽつりとまーくんが呟いた。 「違うんだ、違ったんだ…」 それは私に話していると言うよりも、自分に言い聞かせているようないい方だった。 何も言えなくて、ただその横顔をしげしげと見つめる。 「つき合ってたとか、そんなんじゃないんだ。みんなに聞かれたし、ゆーちゃんも誤解してたみたいだけど。湯浅さんとはね、ホントになんでもなかったんだよ」 「なんでもなかったって?」 どうしても、聞かずにはいられなかった。 まーくんはまた少しの間黙って、でも、話してくれた。 「湯浅さんね、彼氏と上手く行ってないって、悩んでて…そんな相談打ち明けられて…」 小さな声で言う。大好きな、優しい声。 「ただ、ただ僕が、憧れてただけ…」 悲しいことがあったみたいな、声だった。 それでも無理に笑うような、そういう顔だった。 「心配した?」 こっちを見て、微笑む。 それは、あんまり綺麗な微笑みで、私の方がどきどきした。 でもそんな風にしたって、ばればれだよ。幼なじみなんだから。 どうしてかこみ上げてくるものを押さえて、それでも私は明るく言った。 「そうね、幼なじみとしてはね」 「かなわないなぁ」 そう言って、いつもみたいにまーくんは笑う。 そうやって、いつも一歩引いてくれる所が、すごく好きで。 「帰ろっか」 「うん」 そうして、真っ暗な田舎道を、二人で帰った。 幼い頃いつもそうしてたみたいに、手を繋いで帰った。 「で?」 一応友達のよしみだし、心配してくれた事だし報告するかと話をした後、長〜い間のあとで、秋ちゃんは言った。 「で?って?」 私は聞き返す。 まだまだ暑い始業式。 「だからその後、幼なじみのまーくんとゆーちゃんの関係は?」 「幼なじみだけど」 面白くないやっちゃな〜と、秋ちゃんは毒づく。 「そんなもんだって。そうそう上手くはいかないでしょ、マンガじゃあるまいし」 全くもってその通り。 秋ちゃんは呆れたようにため息をつくと、横目で聞いた。 「そんで“やり手ばばあ”復活な訳?」 「さあて、どうしましょ」 はぐらかすように答える私に、ふふんと彼女は鼻で笑った。 お見通し、かな。 好きだったから、ずっと見てた。 とてもとても好きだったから、言わないでずっと見てた。 夏の間に、また少し身長が伸びた。 色白の肌は少しだけ日に焼けて、少しだけ逞しくなった。 冗談も言うし、運動も好きだけど、喧嘩は嫌い。 優しい人だけど、弱い人じゃない。 隠れた趣味は料理。 柔らかい口調で話して、笑い声が爽やかで。 目元が誰より可愛くて、笑顔が絶品! そんな風にいくつもデータを集めて、でもそうやって並べてみるだけ。 好きだから、そうしてた。 大切だから、そのままでいる。 でも、多分………… 〈fin〉 |