取消不能・修復可能  

… 泉 香 …





 ささいな言葉のあやが原因で、彼女と喧嘩してしまった次の日。
 僕は大学の帰り道で、雨に濡れながら公園のベンチに座る女の人を見かけた。

 駅から5分ほどの距離にあるこの公園は、駅への近道で、中を抜けるための歩道が整備されている。四季折々の花が熱心に植えられていて、通勤、通学に利用する人は多い。
 道ゆく人はみな、びしょぬれでベンチに座る彼女に不信げな視線を向けながら、けれど構わず通り過ぎて行く。

 よく見ると、彼女は傘を持っている。
 わざと濡れているんだ。

 声なんて、かけない方がいい。何か訳ありなのか、ちょっとおかしいのか。どちらにしても、余計な事には、できるだけ巻き込まれないように……

 足早に彼女の横を通り抜けようとして、僕は何故か足を止めてしまった。

 雨に濡れる、横顔。

 濡れた髪は肩よりも少し長く、その表情を隠している。
 ゆったりとベンチに座るその様子は、まわりの景色に溶け込むように、自然に見える。
 僕はもう一度、雨に濡れるその横顔を振り返る。
 そして思わず、彼女に声をかけてしまった。

「あの、どうかしたんですか?」

 少しの沈黙。
 聞こえなかったのかな?と思う一瞬前に、彼女は顔をあげた。

「………ありがとう、座らない?」

 …どうして礼なんていうんだろう。しかも、このびしょぬれのベンチに座れと?
 僕の不信は、余程素直に顔に出たのだろうか。彼女はびしょぬれのベンチを見て、あわてて言った。

「ごめん、そうよね。じゃあ、場所を移りましょう」

 なんでそうなるんだ?
 心の中で思いながら、それでも何故か彼女の後について歩きだしてしまった。
 歩道からは少し離れた所につくられている、屋根付きのベンチに移る。

 どうして僕がこんな所にこなきゃいけないんだ?

 あらためて疑問を感じたけど、何故かこの時僕は、この女の人と話をしてみたいと思ったのだ。






「川菜 藍子っていうの。普通の会社で、普通に事務やってます」

 すっかり濡れてしまった髪を白い指でかきあげながら、彼女は名乗った。

「辻谷 悟志と言います。普通の大学の2年生やってます」

 彼女にならって、僕も名乗る。

「サトシ?どの字を書くの?」

 ありがちな質問。

「悟りを志すと書きます。じいちゃんが、男は少々理屈っぽいくらい、真理を追求した方がいいってつけたらしいです」

 いいかげん、いい飽きた説明。まあしょうがないよな、今更じいちゃん恨むわけにもいかないし。

「私はね、『藍色の子供』なの。普通『愛する』だと思うでしょ?親より深い子供になりなさいって。うちもお祖父ちゃんが名付け親なのよ」

 そんなに嬉しそうに言われても。

「はあ、そうですか」

 我ながらまぬけな答。しかしこういう場合、他になんて言うんだか…

「大学2年かぁ、いいな、若いなぁ」

 僕の返事には別に興味のない様子で、彼女は既に別な事に感心しだしている。

「やっぱり肌の張りが違うよね。最近の男の子ってみんなきれいよねぇ。いいなぁ。うらやましい…」

 あんまりため息をつきながら言うから、いくつぐらいなんだろう…と思っていたら、

「私の年は聞かないでね」

 すかさずくぎをさされた。
 え〜と、とりあえず見た目は20代、なかばぐらいかな?

「大学生って楽しい?」

 いきなりそんな事聞かれても、困るんだけどな。

「社会人って、つまんないんですか?」

 とりあえず、真似をして聞いてみる。
 見つめあう形で、まばたき一つ。

「ふふふ、そうくるか。そうよね、そんな事一言で言えないよね」

 何故だか嬉しそうに笑いながら、しきりと納得する彼女。

「でもあなた、割と言うわね。面白いわ」

 …どっちが。

「ああでも、最近の若い子ってみんなそうなのかなぁ」

 そこでまた、遠い目をしてため息一つ。

「あんまり『若い』にこだわると、妙に歳とって見えますよ」

 つい言ってしまった一言に、

「もう言わない」

彼女は手で口をふさいだ。
 なんだか変な感じだな。知らない人なのに、こんな風に軽く笑いあったりして……
 似たような事を思ったのだろうか、笑いの途切れた後、彼女が小さく呟いた。

「変ね、私、一人で考え事をしたかったから、あんな所で雨に濡れていたのに…」

 それから、顔をあげてまっすぐに僕の目を見つめて言う。

「でも、声を掛けられたら分かったの。本当は、誰かに声をかけてほしかったから、あんな所にいたんだって。だから、ありがとう」

 心からの笑い。そんな感じの微笑み。
 矛盾しているその気持ちが分かるような気がして、頷く。そして聞いてしまう。

「…なにか、あったんですか?」

「ちょっとね」

 思わせぶりな間。ちょっと迷って、でも言ってしまった。

「……失恋とか…」

 不意に曇る表情。
 それまでの笑顔があんまり素敵だったからその差が激しくて、僕は焦る。
 しまった、またやっちゃった。

「ごめん。今のなし、取り消します」

 軽く頭を下げるような感じで言う。
 まただよ。なんで僕ってばこう余分な事を言ってしまうのだろう…
 焦る僕に、いいのよ、と藍子さんは笑ってくれた。

「あやまってくれたから許す。……でも本当は、会話にやり直し≠ヘきかないのよ」

 その言葉で、僕は、昨夜の清美との電話を思い出す。
 口からでてしまった言葉は、なくならない。

「そう出来たらいいのにな」

「なに?」

 いきなり呟いた言葉に、彼女が聞いてくる。

「いつもそうなんです、僕。会話とか、行動とか考えなしで、後から後悔することばっかりで…。だから、出来たらいいのにと思って。やり直し。パソコンのキーをたたくみたいに、クリックひとつで」

「なにか後悔している事があるんだ」

 思わず頷いて、それにしても僕は、会ったばかりの女の人に何を話しているのだろう。

「なんだか深刻ね、話してみてよ」

 まあいいかどうせ知らない人だし、とか言い訳しながら、結局僕は、誰かに話を聞いて欲しかっただけなんだと、だかららしくもなく知らない人に声をかけてしまったんだと、その時気付いた。








 清美…付き合って3年になる僕の彼女。
 そろそろお互いに遠慮ってもんがなくなってきて、言いたいことが全部言い合えるのはいい事だと思っていたのだけれど…

 昨夜の彼女との電話。

「ねえ、どうかしたの?元気ないね」

 会話の途中、彼女の心配げな声。

「うん、ちょっとね」

「なによ、話してよ」

 いや、ぐちっぽくなるだけだし…とか、ためらったんだけど、

「なんでも話すって約束したじゃない」

 こう言われたら、言うしかないよな。

「今日のバイトの話なんだけどさ」

「ファミレスの?」

「うん。ほら僕、昨日ビデオ借りて帰ったじゃない。それで結局夜更かししちゃってさ」

「だから一度に3本も借りて大丈夫?って言ったじゃない」

 あう。そう言ってくれるな。

「それでバイト中に大欠伸しちゃってさ、しかもそれ、もろにお客に見られちゃって…」








「ちょっとそこ、なにやってんの!合図したらすぐ注文取りに来て!」

 嫌味な感じの営業マン。その横柄さにむっとしたけど、この場合は僕が悪いもんな。
 すぐ謝って、注文を聞く。

「急いでるんだから、すぐ持って来て」

 早足で厨房に迎う途中で、別のテーブルで呼び止められる。

「ねえ、これ頼んだのと違ったわよ」

 うわっマジ?
 慌てて振り返ると、きれいに食べた後の皿。

「もったいないから食べてあげたけど」

 …本当に違うのがきたのか?

「持ってきてすぐでしたら、お取り替致しましたのに…」

 言いながら、伝票を確認する。

「それあなたが書き間違えたのよ」

 そんな馬鹿な!

「いえ、確かにお客さまがこうご注文した筈ですよ」

 口にでてしまった瞬間、後悔したんだ。

「なによあなた、バイトのくせに態度悪いわね。マネージャー呼んでらっしゃいよ!」

 呼ぶ迄もなく飛んできたマネージャーとひたすら頭下げて、その場はおさまったけど。

「あーいうのはすぐ謝っときゃいいんだよ」

 怒られて、ふに落ちない気分。
 フロアに戻って、僕は青くなった。
 さっきの嫌味な営業マン。

「急いでるって言ったろ。まだ来ないの?」

「申し訳ありません、ただいますぐ」

 しまった〜注文まだ伝えてないよ。
 厨房に飛び込んで、

「すいません、これ大至急。注文伝え忘れてました!」

 思わず大声で叫んだら、後頭部にマネージャーの一撃。

「バカヤロー!客に聞こえてるぞ!」

 近くのテーブルのお客さんの笑い声。
 怒って帰ってしまった営業マン。
 ああ、最悪…。









「きっと首だよ…、もう」

 話が勢いづいて、彼女にむかって延々愚痴る。(最初はためらってたくせに!)
 今日の行動取り消したい。それか、昨日の夜更かしする前から、リセットボタンが押せたらいいのに。
 ミスを重ねたあの瞬間に、ひとつ前の動作に戻るってできたら良かったのに…

 こっちはすごく落ち込んでるのに、彼女は何故だかクスクス笑い。

「すっごいドジ。ビデオ見なきゃ良かったのに…」

 人は真実を言われるとカッとなるのです。

「!だからそう言ってるだろ。人事だと思って笑うなよ!」

 つい言い返したら、

「怒る事ないでしょ!やつ当たりやめてよね。ほんと情けないんだから。くだらない事ばっかり考えて。うだつのあがらないって、きっとあなたみたいな人の事言うのね」

 …やつ当たりなのは認めるけど、そこまで言うか?
 むっとして、黙り込む。

「…ごめんなさい、言い過ぎたわ」

 すぐに彼女が、真面目に後悔している声で謝ってきた。

「…いいけどさ、べつに本当の事だし。でも考えなしだよね。人の気持ち全然考えてないんじゃないの?そういう軽薄な発言する人って、僕ちょっと信用出来ないと思っちゃうよ」

 言いおわった瞬間、僕も後悔した。
 受話器の向こうで、彼女が体を堅くする気配がする。

「そこまで言う?」

 しまった。今度は僕も言い過ぎた。

「ごめん!本当にごめん。八つ当りして、最低だよね…」

「あ、ううん。私も酷いこと言ったし。落ち込んでたのに、考えなしでごめんね…」

 あわてて謝って、お互い様ってことで、でもなにか気まずい思いで電話を切った。

 今のなし。取り消し、リセット。アンドゥ。コマンドZ。
 人間にも、そんな機能があったらいいのに。
 操作ひとつで、できたらいいのに。










「ふふふ、若いわねぇ」

 むっ。
 笑う彼女に、思わずかっとなってしまう。

「なんですか?それ」

 いくら自分が年上でも、19の男つかまえてそれはないでしょう?

「ああ、ごめんなさい。別に子供扱いした訳じゃないのよ。ちょっと自分の昔を思い出して、懐かしくなちゃった」

「っていうと?」

 予想外に興味深げな言葉に、先をうながす。

「私もそうだったの、昔。なんでもすぐ口にだしちゃって、それがいいことだって思ってた。でもそれが原因で沢山の人と喧嘩して…彼氏とか、親とか、上司とかね。そのうちに、しゃべれなくなっちゃったの。恐くて」

 うん、分かるような気がする。

「口は災いの元、ってやつですね」

「そう、本当にそう思ったの!」

 勢い良く、頷く彼女。

「行動もそうだった。もう、余分な事は何一つしないほうがいいんだって、すご〜く無口で地味で暗い人になった時期があったの。…信じてないでしょ?」

 上目使いでにらまれても……

「別に信じてない訳ではないですけど…」

 なんとなくあさっての方を向いて答える。

「もう!」

 口をとがらす彼女。
 なんとなく、可愛いとか思ってしまったりして…浮気じゃないぞ、清美。

「今は?」

 いちおう聞いてみたりして。

「今はね、また少しおしゃべりな人に戻ったの。やっぱり、ちゃんと言わないと駄目だって、伝えなくちゃいけない言葉まで飲み込んでたら駄目だって、言ってくれた人がいたから…」

 少し照れたような真面目なしゃべり方を聞いて、男の人、なんだろうな〜とか、何故か漠然と思った。

「のど渇かない?向こうに自販機あったよね」

 あわててそらす話題に、少し赤くなった頬…。まあいいけど。
 ありがちな感じに雨のあがりかけた公園を歩いて、コーヒーは彼女のおごり。

「難しいよね、会話とか付き合いとか。なにげない一つの言葉や動きが、相手の人にものすごいダメージ与えちゃったりして。あとからじゃやり直せないの」

 自分の分の缶紅茶を飲みながら、彼女がしみじみと言う。

「でも仕方ないよね。生き物だもの。パソコンでも、ゲームでもないんだから」

 うんうん、まったく。

「でも生身の人間だから、出来る事あるよね。壊れかけたものを直す方法、他にあるよね」

 なんだか、いきなりな切り替え。

「?」

「言葉を重ねること。話せば、いつか分かりあえるよね」

「そうですか?」

 思わず聞き返してしまう僕。
 もとの屋根付きのベンチに戻りながら、彼女が言う。

「そうなのよ。多分ね。だってそうでなきゃ、ダメよ」

 なんだか、自分に言い聞かせているような、強い口調。

「そう思っていないと、いけないと思うの」

 ペンキの剥げた木製のベンチに座りながら、つい聞いてしまう。

「それは、本当は、そんなに上手くいくものじゃない、って事ですか?」

 一瞬、黙りこむ彼女。
 それから顔をあげて。

「ダメよ、そんな風に思ったら。あきらめちゃったら、それで終わりだもの」

 力強い意見だけど。

「…それも、彼氏に言われたんですか?」

 うわっ、僕なんて事言ってんだよ。
 ごめんなさい、今のまたなしです。忘れて下さい。
 慌てて言おうとした言葉は、彼女の言葉にさえぎられた。

「やだ、分かっちゃった?」

 …そんなけろっと言っていい事なのか。

「やだな〜悟志君するどいんだ」

 手に持った紅茶の缶にむかって、藍子さんはため息をつく。

「むかつくの。喧嘩したって言うのに、結局でてくるのはあいつの言った言葉ばっかりなんだもの。少しの間、あいつの事忘れたかったのに」

 はあ、なるほど。
 なんだかな〜…ちょっとノーコメントって感じかも。
 手持ちぶたさに、コーヒーを飲み干す。

「雨、すっかりあがったわね」

 いきなり話題を変えて、藍子さんが立ち上がる。
 雨露のしたたる木の下を抜けて、再び自販機へ。缶入れがそこにしかないってのは、面倒だよな、とか思いながら、律儀に空缶入れに缶を捨てる。
 ぶつかり合う空缶の、乾いた音。

「ねえ」

 下から覗き込むようにして、藍子さんが言う。そうか、並ぶと結構背が低いんだな。

「雨上りの公園って、ロマンチックよね」

 ……え〜と?

「響きがいいじゃない。ちょっと歩きましょうよ」

 別に反論する気はありませんが。
 両脇に花壇の続く、整備された散歩道を、並んで歩く。

「5年も付き合ってると、考え方がしみついちゃってやーね」

 さらりと言うけど、5年って…

「ずいぶん長い付き合いなんですね」

「ふふふ」

 ちょっと誇らしげな笑い。

「もう腐れ縁って感じだけどね」

 その割には嬉しそうだな。

「それで、あんな所で誰かに話し掛けられるの待ってたんですか?」

 あんまりだったから、思わず言ってしまったけれど…うう〜ん、どうも今日はつっこみ過ぎだな。
 やっぱりそこでつっこむか〜と藍子さんは頭を抱えて、困ったように続ける。

「うう〜ん、ちょっと違う。それじゃナンパされるの待ってたみたいに聞こえるじゃない」

「違うんですか」

「ちがうも〜ん」

 信憑性のない答え方だな。

「……悟志君、あんまり口がすぎると、本気で彼女に嫌われるよ」

 うっ、痛い所を…。

「やっぱりそうですよね」

 なんか一気に暗い気分に戻ったぞ。
 そんな僕の様子が、余程おかしかったのだろうか。藍子さんはくすくす笑う。

「嘘よ、冗談だってば」

「笑い事じゃないですよ!」

 思わず本気で怒ってしまった。

「あら、電話は謝って切ったんでしょ」

「そうですけど…」

「大丈夫よ」

 やけに確信的な言い方。

「どうしてそんなに言い切れるんですか」

「分かるもの。昨夜の電話って、そんなの喧嘩の内に入らないわよ。悟志君の話聞いてると、彼女の事本気で好きみたいだし」

 真面目にそんな事言われても…赤くなっちゃうじゃないか。

「……そんな事、一言も言ってませんよ」

「でも分かるもの。このまま別れちゃったらやだって、心配してるでしょ」

 しぶしぶ、頷く。

「そんな風に思ってる内は平気よ。彼女もそう思ってるわ」

 なんか気に入らないな。自信満々の彼女に、一矢報いたい気分。

「でも別に、一生付き合っていこうとか決めてませんよ。いつ別れたって不思議はないですよ」

「でも、今この瞬間に別れがくるのは嫌でしょ?」

 ううっ、言葉につまる。

「ふふふ」

 嬉しそうに、不敵な笑い。

「やっぱりあなたの負け。付きあいってそうやって続いていくのよ」

 なんだか、うまく丸め込まれた気分。

「それは、経験者は語るってやつですか」

 そうよ、と誇らしげな笑顔。
 この人最初に落ち込んでたのはなんだったんだろう。
 濡れた体も、ほとんど乾いて。

 ちょっと呆れた視線を送る僕に、藍子さんは微笑む。

「悟志君と話せて良かった。なんだかさっぱりしちゃった」

 ……お役にたてて嬉しいですよ。

「お姉さん、自分の方の具体的な喧嘩の原因は、なんだったんですか?」

「ひ・み・つ」

「ずっり〜!」

「大人のお話よ」

 ウインクがやけに艶かしくて、赤くなったりしてしまった。


 その時。

 ガザガザッ。
 いきなり木々の擦れる音と、人の気配。
 振り返ると、どこかで見たような女の子。

「やだっ、やっぱり辻谷君。ひどい!」

 呟いて、そのまま走り去る。

「ああ、待ってよ!」

 追い掛けても、無駄だろうなぁ。

「立ち聞きは、ひどいって言わないのか」

 ため息と共に呟いてしまう僕に、

「彼女?」

 藍子さんが、さすがに心配げに聞いてくる。

「の、連れです。確か、かなりおせっかいなタイプの」

「あらあら…」

 肩をすくめて、気の毒そうな顔をしてくれるけど。
 最悪。いつから見てたかしらないけど、よりによって、あんなに親しげにしてたとこで。

「すげーやっかい。絶対に、ものすごいおひれがついて彼女に話が伝わっちゃうよ…」

 よしよし、いい子いい子、なんて髪をなぜてくれる白い手。
 それ嬉しいけど、よけいまずいんじゃないですか?
 頭を抱える僕に、藍子さんが言った。

「ね、彼女、人間?」

「は?」

「日本人よね」

 そうか。
 納得。

「話してみます。日本語で」

「大丈夫よ。きっと、上手くいくわ」

 余裕たっぷりの微笑みを、信じてみようと本気で思った。







 ひらひらと、夕焼けに消えていく白い腕。 同じように手を振り返して見送って、僕は考える。

 最初に、なんてきりだそう?
 今夜また、清美に電話するんだ。

 取り消しのきかない言葉を、もう一度修正する為に……









                〈fin〉




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