子うさぎリトラは、その夜、どきどきしながら眠りにつきました。
空気のしんとした、寒い夜です。
でもリトラは、寒くなんてありません。
暖かい家の中、柔らかな毛布、そして何よりリトラ自身の、そのふわふわとした毛皮!
優しい両親におやすみのキスをされて、リトラはふくふくと眠りにつきます。
明日の朝は、今年最初の雪が降るかもしれないのです。
そして雪の降る朝には、大好きな 『雪うさぎ族の舞』 が見られるのです!
雪うさぎ族は、その名の通り、雪のような真っ白なうさぎの一族。
彼らは雪と共に舞い降りて、お日さまの光で溶けて消えてしまうのです。
けれどその短い間に舞う踊りの、なんて楽しげで、美しいことか!
思わず一緒になって踊りだしたくなるような(実際子供たちは、いつも飛び出して一緒に踊ります)雪のお祭りなのです。
「はやく、明日の朝になればいいのに…」
リトラはわくわくしながら、小さな目を閉じました。
…ふわふわと眠りに落ちていく途中で、リトラが見たものは…
真っ白なうさぎが、踊っています。
羽のようなショールをひらひらさせて、なんて綺麗なうさぎ、なんて素敵な舞い!。
声をかけることも出来ずにその踊りに見入っていたリトラは、白うさぎが踊りをやめた瞬間、思わず拍手をしていました。
「すごいわ!とっても素敵。でもあなたはだあれ?」
白うさぎは、小さな観客がいることに気付いていたのでしょう、リトラを見てにっこりと微笑んで、言いました。
「私は、雪うさぎ族のミミ。あなたは?」
「私は、リトラ。」
ミミはショールを振ってリトラを呼んで、横に座るように言いました。
「そこは寒いでしょう、一緒にこのショールにくるまりましょう」
その羽のような真っ白のショールは柔らかで、とってもあったかです。
「私は、明日生まれて、消えていく筈の雪うさぎ族の一人なの。なぜだか仲間より少し先に生まれてしまって、行き場もなくて…あなたは私のことを考えてくれていたのかしら?ここはあなたの夢の中なのね」
勝手に入ってしまってごめんなさいねと謝られて、リトラはあわてて言いました。
「ううん、とっても素敵な踊りを見せてくれたのだから、ぜんぜんいいの」
そしてリトラは、前からずっと気になっていたことを聞きました。
「雪うさぎ族は、どうしてそんなに変わっているの?」
リトラはずっと不思議だったのです。
だって、雪うさぎ族は、雪が降って溶けるまでの、本当に短い間しか生きられないのです。 そんなの、自分だったら耐えられない。
なのにどうして、あんなに幸せそうに踊るのかしらって……
ミミは優しく微笑んで、話しだしました。
昔、まだリトラのお祖母さんのお祖母さんのそのまたお祖母さんだって生まれていないような遠い昔、雪うさぎ族は、険しい山の上、深い森の奥、一年中雪の溶けないような寒い所で、そっと肩を寄せあって暮らしていました。
「でもね、そんなのって楽しいと思う?」
昼間はできるだけ動かないように、お日さまの光から逃れるように……まるでお日さまの事、嫌っているみたい。
「リトラはお日さま、大好きよ」
まっくろの大きな目をまばたきさせて、リトラは言いました。
「そうね、私達もお日さまの事、大好きよ」
だから耐えられなかった、そんな暮らし。 私達だって、他の生きものと同じように、お日さまの光を浴びて輝きたい。
でもそれは出来ない。自分たちはお日さまの光を浴びると、あっという間に溶けて消えてしまうのだから……まるでお日さまに、嫌われているみたい。
「どうして雪うさぎ族の人達は、日の光を浴びると溶けてしまうの?」
リトラは首をかしげて、真っ白なミミの顔を見上げます。
「それは、月の女神さまの呪いなの…」
「!月の女神さま?」
リトラはびっくりして、大きな声を出してしまいました。だって月の女神さまは、優しくてとっても綺麗な人なんですもの。
「そうやって、言い伝えられてきたのよ」
ミミは、リトラのふわふわの体をなだめるようになでました。
「そんなのって…あんなに優しい月の女神様が、わけもなくそんな事をする筈がないわ」
「そうよね、そうなの」
長いまつげを潤ませて、ミミは頷きます。
だからある年、勇気ある一羽のうさぎが、木陰から飛び出そうとした。
「こんな生活、私は嫌よ。私だって、大好きなお日さまの下で暮らしたいわ」
まわりの木々は、みんな止めたの。
悲しいけれど、それは呪い。そう思って、あきらめなさいと。
そして重い口を開いて、悲しい物語を語りだした。
昔々、お日さまに恋をした、小さなうさぎの少女。
お日さまも彼女の事が好きで、彼女の事だけ見ていたくって、彼女の事だけ照らしたくって…少女と二人、隠れてしまった。
でもお日さまは、生きものみんなのものだから。
みんなみんな、あなたがいなくちゃ困るのよって。
困ったのは、月の女神さまも同じ。
朝があって、夜があるから、自分の出てくる意味があるのよ。
「ごめんなさいね、お嬢さん。あなたに罪はないけれど、このままにしてはおけません。私はあなたの姿を、陽の光と共に消えてなくなる雪うさぎにかえましょう。これは私の呪いだと、そう皆には伝えましょう」
うさぎは嘆き悲しんで、溶けて消えていく自分の姿をお日さまに見られる事を恐れて、深い森の奥へと消えた
雪うさぎ族は、そのうさぎの少女の子供達なのだと……
話を聞いた勇気あるうさぎは、叫んだ。
「それならば!
どうせ消えるこの命。光の下で綺麗に舞って、大好きなお日さまの光で溶けましょう」
悲しい悲しいうさぎのダンス。
悲しいけれど、なんてきれい。
悲しいけれど、なんて幸せ。
…ずっと昔の物語り、今でも続く恋物語。
「さあ、もう私も行かなければ」
涙をながすリトラの頬に、ミミは優しくキスをします。
「泣かないでね、可愛いリトラ。私達は、幸せなのよ」
「本当に?」
にっこりとうなずいたミミの顔、忘れられない、素敵な笑顔……。
「リトラ、起きなさい。あなたが待っていた初雪よ」
優しい声に揺り起こされて、リトラは飛び起きました。
窓の外に、積もる雪。
高い空から、舞い来る白。
そしてそして、雪の中を、ひらひらと舞う、雪うさぎ……。
なんてなんて、楽しそうに踊るのかしら。
『私達は、幸せなのよ』
踊る一人が、振り返って、微笑んだ。
キラキラと、きらめく光。
ひらひらと、舞い踊る白。
一番、一番綺麗な私を、あなたの前で見せるから。
見つめていてね、照らしていてね。
それが私の唯一の願い。
お日さまにこにこ微笑んで。
君の為に、今日は照らそう。
なんて似合いの二人でしょう。
楽しそうに、見えて当然。
だって二人、幸せだもの。
だからみんな、一緒に踊ろう
お日さま輝く雪の日に。
にこにこ笑ってぴょんぴょん跳ねて。
今日はみんなで雪祭り。
子うさぎリトラは、雪の降る日が大好き。
だって雪の降る日には、素敵なダンスが見れるもの。
素敵な笑顔に、会えるもの……
ねえリトラ、溶けてしまった雪うさぎ達は、どこへ行くのか知っている?
「当然よ。月の女神さまの力で、月に昇るのでしょう?」
来年また、降ってくるためにね。
〈fin〉
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